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再びの出逢い アリーナ・イブラギモヴァ イザイ、無伴奏ソナタ   

2014年4月30日 @トッパンホール

イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1−6番

アリーナ・イブラギモヴァ(ヴァイオリン)


ふふふふ。プチ追っかけをしている大好きなヴァイオリニスト、アリーナ(イブラギモヴァさん)、日本に来てからあまり聴く機会がないので悲しいんだけど、去年の9月以来のリサイタルがやって来ました。今回は単独で、イザイの無伴奏ソナタ全曲!びっくりマークで喜びつつ、実はイザイのソナタあまりよく知らないのでした(CDは持ってる)。予習しようかとも思ったけど、せっかくだから初演的な気分を味わおうとそのまま聴きに行きました。どんな音楽なんだろう?ワクワク。

ソナタは途中休憩を挟んで3曲ずつ順番どおりに演奏されました。まず、久しぶりに聴くアリーナの潤いのあるふくよかな音色にうっとり。バッハの無伴奏で聴かせてくれた、囁くような静かな音色ではなく、歌うような音色。でも、ルクーで聴かせてくれた、大きく表情たっぷりに歌うのとは違う、なんて言うか、じんわりと音の中から歌が浮き上がってくる感じ。ルクーと同じくらいの時代を生きた(ルクーの方が10歳以上年下だけどずいぶんと先に亡くなってる)、マーラー世代のロマン派的な作品だけど、無伴奏ソナタは1920年代の作品だし、ヴァイオリン1挺のための曲だから、ロマン派的な空気を残しつつ、時代は新古典主義、歌に頼らない古典のフォルムを持った演奏を選択したのでしょう。この感じどこかで聴いたことがある。懐かしさがこみ上げてくる。そう、わたしとアリーナが初めて出逢ったリゲティの協奏曲で、混沌の中から浮かび上がってくる歌を感じたあのときのじわりと心にしみ込んできた感動。時を経てまた出逢ったんだ。ヴァイオリンの音色もたっぷりと豊かなのに滋味溢れていて、ベートーヴェンやロマン派の作品を聴いたときよりもシンプルな感じがしたのだけど、あとでプログラムを見たらヴァイオリン変えたんだ。でも、本質は、楽器じゃなくてきっと彼女の音楽へのアプローチの違いが音に出たのでしょう。
わたしは、どうしてアリーナにこんなにも惹かれてしまうのでしょう。ステキなヴァイオリニストがたくさん、同年代だってたくさんいるのに。その答えがはっきり頭に浮かびました。わたしは、彼女の音楽に惹かれてる。とても素直で自然なのに些細なところまで考え抜かれている音楽。いいえ違う。ものすごく隅々まで深く考え抜かれているのに、さりげなく素直で自然体の音楽。彼女が本質的に持っているその音楽に共感するのです。

まず始まりの第1番。第2楽章のフーガは、バッハの影響を受けたメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲のフーガみたいで流れるようなメロディアスなのだけど、アリーナの演奏はそのメロディが途切れずに複数のメロディ・ラインがまるで別々の人が弾いてるようにクリア。本当に1挺のヴァイオリンなの?実は多重録音じゃないかと疑っちゃうくらい。アリーナのスル・ポンティチェロ(っていうの初めて知った)のトレモロの宇宙の遙かから聞こえてくるような(宇宙人の囁き?)音の神秘性に、暗やみの中の無重力感を感じて、音色の幅広さに驚き。
第2番はいきなりバッハでびっくりするけど、そのあとの無窮動の展開から「怒りの日」の旋律が浮かび上がってくるところもたくさんの音符の中から大事なメロディを拾ってつなげて、それはメロディがふたつになっても同じで、横に流れを強く意識させる歌がステキ。重音を弾くと縦の線が意識されちゃいがちだけど、アリーナの重音はそれぞれの音がそれぞれの次の音にちゃんと別々につながっていくの。片方に休符があったらそこは1本の旋律の中の休符にちゃんと聞こえる。
休憩の前の第3番は、単一楽章のロマンティックな音楽。自由に書かれている感じなので、のびのびした感じがとってもステキなんだけど、アリーナの演奏は、自由に歌わせているけれどもしっかりとひとつの大きな形を作っていて、くねくねと彷徨ってるようで終わってみたら、ひとつの形を見せてくれるのがさすが。自由を謳歌しつつ実は手のひらの上で踊らされていた孫悟空のよう。という例えはヘンだけど、音楽を客観的に全体を見通す目がアリーナにはいつも付いてるのを終わってみたら気づかされる。聴いてる最中は、ものすごく没頭するしエキサイティングだけれども、終わってしばらくするとストンと音楽が見えてきて反すうしながら納得させられる感じ。

休憩のあとの第4番はまたバッハの雰囲気に戻って対位法と無窮道のオンパレードだけど、アリーナの演奏は彼女がバッハで聴かせてくれたのとは一線を画してる。艶やかな響きの音で、流れる歌を口ずさんでる。イザイの音楽自体がバッハを仰ぎ見つつもロマン派時代の音楽なのでこれでいいんだと思う。第1番や第2番では、(バッハを意識した)意欲に満ちているところが少し堅苦しくも感じられたけど、ここに来て少しリラックスしてきたみたい。前半の演奏を終えたアリーナも少し余裕のあるところがうかがわれて(それが緩さのように捉えられるところのあるのだけど)、わたしはこれくらいが好きかな。
ところでイザイってどこの人?ベルギーの人だけど、第5番にはヤナーチェクやバルトーク、みたいな東欧の草原の匂いを感じるの。ピチカートが民族楽器のような響きを醸し出してるし。フォークダンスのような終曲も楽しい。この曲を含めてどの曲もそうだけど、ものすごいテクニックを要求される音楽なのに、アリーナからはそのテクニックの難しさをちっとも感じられず、何事もないように弾かれちゃうので、演奏に驚かされることは少ないのが損かも知れないけど、音楽への集中は息を飲むばかり。でも、楽しい。
また単一楽章の第6番はロマンティック。最後の最もリラックスした感じで、お終いの方でハバネラふうの音楽も出すなど、作曲者も遊び心に溢れてる。涼しい顔をして難曲を弾いてしまうのが究極の演奏(おいしいお酒が水のように感じるかのように(らしいね))なのかも知れないけど、アリーナのはそれ。
それにしても、イザイの6曲をまとめて弾くのは体力的にも精神的にも大変だと思うのだけど、やれちゃうんですね。すごすぎ。

今日のイザイの演奏が、イザイの直系の弟子でアリーナの先生でもあったメニューインの薫陶を強く反映させたものかはわたしには分かりません。でも、アリーナの演奏からはアリーナの音楽を強く感じました。メニューインの教えから本質的で大事なところを抜き取って、アリーナは彼女のイザイを作っていったように思えます。彼女らしい、彼女にしかできない音楽を聴いたように思うからです。

今回、アリーナのイザイの無伴奏を聴いて、彼女の音楽の幅広い豊かさに心奪われてしまいました。わたしは、出逢って恋して以来、根っからのアリーナ信者なんだけど、だから、わたしの耳はあばたもえくぼで随分上げ底で聴いてるのかも知れないけど、それを差し引いてもやっぱり類い稀な音楽家だと思うのです。若さゆえの不足がないとは言わないけれども、この人の成長と成熟を同じ時代に聴けることはどんなにかステキなことでしょう。次の日本での公演は、バッハの無伴奏の全曲!になる予定です。多分、とんでもない深化した音楽を聴かせてくれるでしょう。6年前のCDの演奏は、えええーっ全然違うって思うくらい。2年前に聴いた演奏は、本当にそうだったもの。
バッハ、また聴けたらいいな。そして、イザイもCD出ないかしら。今日の喜びを音で思い出したいっ。そしてついでにバルトークとかベリオとか無伴奏曲集も出して欲しいっ。
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by zerbinetta | 2014-04-30 01:18 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

まだまだ続くよ熊さんダンス エステルハージ室内管弦楽団第5回演奏会   

2014年4月26日 @セシオン杉並ホール

ベートーヴェン:「プロメテウスの創造物」序曲
ハイドン:交響曲第82番「熊」
ベートーヴェン:交響曲第1番

松元宏康/エステルハージ室内管弦楽団


実は、去年、このオーケストラの音楽会のチラシを見たときから気になってたの。月を見上げる女の子(OLさん?)の絵がとってもかわいくて。でも去年は他用があって聴けず、今年は同じ日バレエを観るから聴けずと思ったけど、もしかしてバレエが終わってからとことこ歩いて行けば間に合うんじゃないかと思って、聴きに行く仲良しに来いと命令されたので聴きに来ました。大正解。新国から高円寺のホールまで結構距離あったなぁ。電車は都心から放射状(横)に伸びているので、初台からだと上(北)に向かう位置関係だと電車は行きづらいのね。でも歩いたせいでこの辺ラーメン屋さんが多いな、って発見。札幌で有名なお店もホールのすぐ近所にある。あっでも有名だけどわたしは普通のラーメン屋さんと思った。

エステルハージ室内管弦楽団は、その名の通り(エステルハージと言ったらハイドンでしょ。とはいえ、今日演奏される交響曲第82番は彼がエステルハージ家の楽長を辞めたあとの作品。他にもたくさんの作曲家を支援していたみたい)古典作品をレパートリーに据えた2管編成の小さなオーケストラ(ヴァイオリンが5人ずつ。コントラバスはひとり)。ただし、ピリオド楽器のオーケストラではありません(ティンパニは小さめのを叩いていましたが)。メンバーは若い人が多め。仲良しはチェロのすらっとした女の人を目敏く見つけていましたが(何しに来てるんだ)、男の人もイケメン多め、でユニークな髪型の人がぽつりぽつり(何を見てるんだわたし)。

始まりは、ベートーヴェンの序曲「プロメテウスの創造物」。あっ「英雄」の音楽ねって喜んでたら出てこなかった。「英雄」は後ろの方の曲でした。序曲じゃなかった。ちなみにあまり演奏されないけど、劇付随音楽の「プロメテウスの創造物」大好きです。演奏は、オーケストラの音がいいのにびっくりしました。人数少ないのに弦楽器はたっぷり響いてるし、意外(ごめんなさい。それほど期待していませんでした)に上手い。始まりのゆっくりした部分は、わたしの気持ち的には遅すぎてだれた感じがしたけど、速くなって溌剌としてきて良かったです。そう、今日の音楽会のキーワードは溌剌の愉悦。

わたし、オーケストラの上手さの基準は、ハイドンやモーツァルトをきちんと演奏できるかで測ってるんですね。流行のマーラーなんかは、技術的にできていればわりときちんと聞こえるように書かれてると思うけど、ハイドンやモーツァルトって楽譜どおりに演奏できてもちっとも面白くない、というか音楽にすらならない。楽譜に書かれていない音符の行間を読むことで初めて音楽が生まれる。だから、音楽をよく知らない人が演奏しても上手くいかないんだけど、それはプロでも一緒。シンプルゆえにすごい難しいんだと思う。それに、ハイドンやモーツァルトって日本で言ったら江戸時代の作品。今のわたしたちが同じ日本人なのに江戸時代のものを読むのは難しいように、黙っていても理解できる音楽ではないと思うの。音楽は時代も国境も越えるって言うけどそれは真実を含むと思うけど、わたしたちの江戸時代のイメジがテレビの暴れん坊将軍であるように(!)誤解も含んでる。古典を甘く見たらダメ。自戒を含めて。

ハイドンの80番台の交響曲は傑作の森。交響曲の世界を確立して自信に満ちた勢いが迸ってる。第82番の通称「熊」も全曲が舞曲のような活発な音楽。そして演奏は、ハイドンの愉しさを溢れるばかりに浴びせてくれるよう。音も豊かで厚さと勢いがあるし、みんな笑顔で楽しそうで、そしたらこっちまで楽しくならなきゃ損。みんなハイドン好きだよね。こんなハイドン聞かされたら誰でもハイドン好きになるよ。フィナーレの熊さんダンス、「熊」のタイトルの由来になった小さな音符付きの低音弦楽器の唸るような音もぶわーんぶわーんと思い切りよく推進力があって音楽をリードしてる。全力で踊ったフォークダンスのノリで(フォークダンスを全力で疾走するように踊るとまるで違ったようになって面白いのよ。やってみ)、スカッと気持ちいい。終わったように見せかけて終わらないハイドンのウィットも愉しくて、笑顔が止まらない音楽の演奏。いいねいいね。フェイスブックだったらいいねを100回押しちゃう。
そういえば話違うけど第1楽章の提示部の終わりにカッコウ鳴くよね?

ベートーヴェンの交響曲第1番は、ハイドンふうの演奏。というか、ベートーヴェンの最初の交響曲、まだベートーヴェンらしいはちゃめちゃなティンパニの使われ方してないんですね。芽は見られるけどまだ。疾走感のある明るい演奏で、さっきのハイドンの愉しい勢いがプラスに作用して若々しいベートーヴェン。これ好き。指揮者の松元さんは小柄で音符のまわりを快活に走り回って音楽を作っていくさまは羊の群れを追う牧羊犬のよう。指揮者と音楽とオーケストラの一体感がとっても気持ちいい。いつも一緒に練習してるのかしら(アマチュア・オーケストラではゲネプロと本番だけどプロの指揮者に振ってもらうことが多いそうなので)。お互いをよく知っているように聞こえました。松元さん体はちっちゃいけれど音楽は偉大。小っちゃい指揮者と言ったらネゼッチ(ネゼ=セガンさん)だけど、松元さんを入れてちびっ子デュオ。ん?ハーディングさんも入れて若手ちびっ子トリオかな。もちろんわたし的有望指揮者の。松元さんのエネルギッシュな音楽もっと聴いてみたくなりました。エステルハージ室内管弦楽団は、4年前の創設以来ずっと共演しているそうなので、これからもこの良い関係を続けていって、ステキな古典を聞かせて欲しいです。エステルハージ室内管弦楽団は、古典をきちんと演奏できるステキなオーケストラに認定です。正直アマチュアでここまでできるとは思っていませんでした。次回も聴きに行きます!

アンコールは、第1回の演奏会でも採り上げたという団にとっても大切な、「フィガロの結婚」序曲。これまた溌剌と快速テンポでこれから始まるスザンナのおきゃんぶりが楽しみになるような演奏でした。楽しい楽しい。

とても残念だったのはこんなにステキな演奏、音楽会だったのに、お客さんがすごく少なかったこと。もったいなすぎ。もっと宣伝しなきゃ。
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by zerbinetta | 2014-04-26 23:57 | アマチュア | Comments(0)

また圧巻 新国立バレエ ビントレー「ファスター」「カルミナ・ブラーナ」   

2014年4月26日 @新国立劇場

「ファスター」

マシュー・ハインドソン(音楽)
デヴィッド・ビントレー(振付)

新国立劇場バレエ団
ポール・マーフィー/東京フィルハーモニー交響楽団


「カルミナ・ブラーナ」

カール・オルフ(音楽)
デヴィッド・ビントレー(振付)

米沢唯(フォルトゥナ)
奥村康祐、福田圭吾、福岡雄大(神学生)
小野絢子(恋する乙女)、本島美和(ローストスワン)、他

安井陽子、高橋淳、萩原潤(独唱)
ポール・マーフィー/新国立劇場合唱団、東京フィルハーモニー交響楽団


というわけで、昨日に引き続き観てきちゃいました。やっぱり「カルミナ・ブラーナ」です。「ファスター」は、昨日はロンドンで観たときと少し印象が違うなって思ったけど、今日は新国のに慣れたのでより楽しめました。そう、これはただひたすらステージから照射されるエネルギーを浴びるんですね。でもやっぱり音楽は苦手なんですけど。。。

で「カルミナ・ブラーナ」。昨日の湯川さんのフォルトゥナが圧巻だったので唯さんはどうだろう?という不安と期待。全くタイプが違うように見えるし。唯さんはほんわかした感じで、関係ないけど髪の毛の嵩がなさそうなところに細かいニッチェのフェチズムを勝手に感じてる(わたしも髪の毛細くて量少ないから)ので、強靱なオーラを放つ運命の女神はどうかと思ってたんです。神々しくかっこよく冷淡で人を寄せ付けない運命ですから。
ところがですよ。嬉しい誤算。唯さんはセンパイの運命に縛られることなく彼女の女神を見せてくれました。そしてわたしの大誤解は、唯さんが思いっきりテクニシャンだったという事実を忘れていたこと。ほんわかした雰囲気に惑わされて(失礼な)。キレキレの踊りは超かっこいい。あのきっちりと印刷されたような言葉の踊りは、寸分の狂いもなく精密な踊りでしか表現できない。唯さんも湯川さんも凄すぎ。でもその踊りは湯川さんのとは全然違って、人肌というか、湯川さんのが不可侵な冷たい氷の神だとすると、唯さんはもっと人間的。だから、お終いの方で人間界に降りてきたフォルトゥナが神学生3を惑わすところはぞくりときた。唯さんって蠱惑的な悪女をやらしたら天下一品ですね。あの視線にはドキドキ。あれはオトコを手玉にとるタイプだよ(舞台上では)。神学生3がパンツ一丁で踊るのもムフフ。でもフォルトゥナがそのパンツに手をかけて、わたしの心臓がドクンドクンを最高潮になったときすっと離れてしまうのが不満。あそこはパンツを下ろさないと!(すいません。スケベ根性丸出しです)それにしても唯さんと湯川さん、おふたりが全く違う運命の女神を作りだしてどちらもが圧倒的なのはバレエ団にとって宝ですね。はじめから冷酷な湯川さんの運命の方が運命らしいけど、一瞬その気にさせて最後に冷酷に裏切る唯さんの運命、怖すぎ。(敢えてわたしがどちらが良かったかと問われたら、現時点では完璧に構築された湯川さんかな。唯さんにはまだ伸びしろがある。ま、比較することが愚行なんですけどね。どちらも心が震えたから)

神学生をはじめ他のキャストもおおむね今日の方がわたしには良かったです(神学生3とローストスワンはとんとんかな。でも本島さん好きだし〜〜♡)。恋する乙女の絢子さんは、こういう役だとちょっと引っ込んじゃう感じですね。もったいない。遠慮なく主役を食うくらいの火花を散らして欲しい。

ああ、それにしても素晴らしいバレエだわ。昨日も言ったけど今日もさらなる確信を持って言う。これは新国立劇場バレエ団のシグニチュア・プロダクションになる作品のひとつ。今日違うキャストで観て、違った解釈の踊りを観て、ますますそう思った。バーミンガム・ロイヤル・バレエのために最初振り付けられたとはいえ、ビントレーさんは新国立バレエの人でもあるんだし、堂々と胸を張ってうちが一番って言ってもいいと思うのよ。コンスタントな再演を希望します。

音楽は昨日より今日の方が良かった。独唱も良かったし(わたしが癖のある歌い方に慣れてきたばかりではあるまい)。カルミナ・ブラーナ、しばらく頭から離れなさそう。踊りたいっ!
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by zerbinetta | 2014-04-26 00:35 | バレエ | Comments(0)

圧巻 新国立バレエ ビントレー「ファスター」「カルミナ・ブラーナ   

2014年4月25日 @新国立劇場

「ファスター」

マシュー・ハインドソン(音楽)
デヴィッド・ビントレー(振付)

新国立劇場バレエ団
ポール・マーフィー/東京フィルハーモニー交響楽団


「カルミナ・ブラーナ」

カール・オルフ(音楽)
デヴィッド・ビントレー(振付)

湯川麻美子(フォルトゥナ)
小口邦明、古川和則、タイロン・シングルトン(神学生)
五月女遥(恋する乙女)、長田佳世(ローストスワン)、他

安井陽子、高橋淳、萩原潤(独唱)
ポール・マーフィー/新国立劇場合唱団、東京フィルハーモニー交響楽団


今シーズン限りで退任になる、デヴィッド・ビントレー芸術監督の作品をふたつです。「ファスター」は一昨年、ロンドン・オリンピックを記念して作られたもの、「カルミナ・ブラーナ」はビントレーさんがバーミンガム・ロイヤル・バレエの芸術監督になって初めて手がけられた作品で、新国立バレエでは今回が3回目の上演だそうです。「ファスター」の方は、一昨年、バーミンガム・ロイヤル・バレエがロンドンで公演を行ったとき観ていますが、「カルミナ・ブラーナ」は初めてです。大がかりな音楽に戯れた詩。中世の学生たちのコンパのノリ。大きなオーケストラに合唱、少年合唱、3人の独唱が入るのであまりオーケストラの音楽会でもかからない曲。正直に言うとそんなに好きな曲とは言えないんだけど超楽しみ。友達がすごくいいって言ってたしね。

「ファスター」は、オリンピックのいろんな競技をバレエで演じたもの。そこにちょっぴりストーリーが入っていたり。感動するとかじゃないし、音楽も打楽器賑やかにしたアダムズさん系の、つまりミニマムっぽいのだし(わたしミニマム苦手)、わたし的にはそれほど惹かれる作品じゃないけど、あっけらかんと観てると、すかっとするというかエネルギーをもらえるもの。前に観た、サドラーズの劇場よりも新国の方が舞台が俄然広いのでダンサーたちが動き回る、走り回る。もうエネルギーの発散が凄い。わたしだったらすぐ息上がりそう。舞台のせいもあるし、音楽も生なので、本家バーミンガム・ロイヤルよりも迫力あるしずっといい。それにこんなに揃った群舞は新国バレエ向き。この演目と「カルミナ・ブラーナ」を通して今日は、長田さんがさりげなく目を引きました。いいところで踊ってるんだもの。上手いし。マーフィーさん指揮の東京フィルもパワー溢れるとても良い演奏でした(作曲者のハインドソンさんも凄く素晴らしかったと褒めてらっしゃいました)。

そしていよいよ「カルミナ・ブラーナ」。誰もがテレビから流れてくるのを聞いたことがある有名な音楽が始まって幕があがると、黒のタイトなミニドレスに、ハイヒール、目隠しをした運命の女神(フォルトゥナ)にスポットライト。まさに彼女のためにその役があるといわんばかりの威厳と圧倒的な存在感を持って踊ったのが湯川さん。湯川さんこそ運命の女神なのだ。このソロの踊りが、もうかっこいいったらありゃしない。かなり難しいと思うのだけど、湯川さんの完璧なかっこよさにわたしももはや運命の操り人形。わたしの知ってるバレエの中で、ぶっちぎり最もかっこいい踊りだわ。ただ、わたしが悔しいのは、多分サイン・ランゲージを多用したこの踊り、サインの意味が分かればもっともっと深く分かるのにって思った(もちろん知らなくても感動するのだけど)。うちに帰って、鏡の前で顔にちょき当てたりしてるあほなわたし。ああ、この振り覚えたい。わたしも踊ってみたい。

最初の湯川さんのソロだけで、テンション高くなってしまったけど、次から次へと繰り出してくる斬新でときどきポップ、猥雑だったり古典的だったり、でも決してバレエのイディオムからヘンに逸脱しないで節度を保ってる。芸術的でもあり娯楽性もあるビントレーさんの面目躍如。そして、特筆すべきは、音楽と踊りが完全にマッチしているということ。知らなかったけど、もともとオルフの音楽は舞台用の作品(バレエというわけではなさそうだけど)と書かれているのが、本当にこのバレエを得て水を得た魚というか。核反応のように1+1が4にも8にもなるんです。これは20世紀バレエの代表作のひとつでしょう。

運命が終わった後、物語が始まる。それは3人の神学生によるそれぞれの物語。神学を捨てて、裸になって俗世間で遊ぶ。今の学生さんと一緒。始めの方の静かな部分での妊婦さんの踊りがわたしにはものすごく印象的で、ぐっと来てしまいました。春の豊穣の踊り。ハイヒールといい、妊婦さんといい、今までのバレエになかったような要素。でも決して奇抜ではない、必然性を感じる。
酒屋でのローストスワン(白鳥と言うより七面鳥にも見える二重性)の踊りとそれを取り巻く男の猥雑さ。食欲とセックスが象徴的にひとつの意味になって、こんなふうにカルミナ・ブラーナの世界を体現するなんて!長田さんのローストスワンがコケットで魅力的でした。キラキラと光ってる彼女。
最後は人に降りてきた運命の女神との恋が成就すると思いきや、柔らかな大きな布を使った見事な場面転換があって、始まりに回帰される運命の音楽とともに、運命の女神の無慈悲な勝利。運命がたくさん増殖して、素晴らしいクライマックス。
ほんとに凄かった。1回観ただけで心が揺さぶられた。もっと観たいです。わたしのチケットは1回観ておこうと買っておいた今日の分だけ。でも観る。観に来るもん。幸い、というかとっても残念なことに、お客さんが少なくて残りの公演のチケットもまだまだあるので。でもね、バレエ・ファンの皆さん、この演目こそが今、新国立劇場で観るべきバレエだと思うんですよ。「白鳥の湖」ばかりしか観ていなければバレエはそれこそ伝統芸能化してなくなってしまう。食わず嫌いはもったいないです。

残念ながらわたしは、本家バーミンガムでこのバレエを観たことがないのだけど、でも確信します。新国バレエ団は本家に負けず劣らずこの作品を踊ってる。まさに新国バレエの良さを体現できるバレエで、この作品は新国バレエの重要なレパートリーのひとつとして繰り返し演じられるべきだと。来シーズンからは監督が替わるけど、そんなこと関係なく、「白鳥の湖」同様、新国バレエのスタンダードな演目にして欲しいです。

音楽はオーケストラと合唱が大健闘。独唱は少しわたしの好みではありませんでした。特にテナーが(多分わざとああいう歌い方をしてるんだと理解はしてるんですが)。それにしてもピットの中の合唱や独唱の声まで、上の方まで飛んできて、新国立劇場はとても音響の良い劇場だと思いました。しつこく言いますが、ここでバレエ音楽をバレエ付きで聴くことは、クラヲタさんにぜひお勧めしたいです。次回は、めったに聴けないブリテンの「パゴダの王子」ですよ〜。ブリテンって「青少年のための管弦楽入門」だけじゃないんだからっ。(クラヲタさん的にはピーター・グライムズかしらね)
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by zerbinetta | 2014-04-25 10:40 | バレエ | Comments(0)

プロの演奏家の実力 江戸川フィル第15回スプリングコンサート   

2014年4月20日 @江戸川区総合文化センター

ワーグナー:「ローエングリン」第3幕への前奏曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」

中村ゆか里(ヴァイオリン)
スティーブン・シャレット/江戸川フィルハーモニーオーケストラ


江戸川区がどこにあるのかいまいちよく分かっていません。江東区や墨田区、葛飾区との位置関係もよく分からないし、そもそも江戸川というのがどこにあるのかも知らないんです(それを言うなら荒川やなか川、大川に隅田川も曖昧)。江戸川フィルって前にも聴いたよねって思ったら、それ江東シティオーケストラだったし。今回、江戸川フィルに弾かれたのはこのオーケストラ、若手の音楽家を支援していて、江戸川区の新人演奏会オーディションの成績優秀者との競演を毎年行ってるの。それがスプリングコンサート(来年からは春の定期演奏会と名前を変えるそうです)。今日は去年のオーディションで1位グランプリを取ったヴァイオリンの中村ゆか里さんがゲスト。そして、指揮者が外国人さんなのもアマチュアでは珍しい。

商店街を抜けて、木々の茂った大きな神社があって、小さな小川のある江戸川区総合文化センターは、会場に入る前から特別な気分にさせてくれるところなんですね。

オーケストラのメンバーがステージに揃って、コンサートマスターの人が出てきて音合わせをするかと思った瞬間、いきなり音楽が。不意を突かれた!江戸川区の歌みたい。それが終わって、音合わせ。

満を持して現れた指揮者は、ひょろりと背が高く襟のない(確か。記憶違いでないといいけど)黒の衣装で、指揮者というより風貌というか雰囲気が、若いけど何かを諦観した修行僧みたい。この人指揮できるのかしら、と思っちゃったことは秘密にしておこう(ってブログに書いてどうするの?)。でも、指揮姿はとっても様になっててかっこいい。背が高くて手足が長い感じなのが、Uチューブで観たフルトヴェングラーの指揮姿に似てるって思いました。静かに始まるかと思ったら、いきなり賑やかで、あっ第1幕じゃなくて第3幕だ、と思った「ローエングリン」の前奏曲、つかみOKな感じです。

2曲目が、中村さんのソロでチャイコン。って言ったらピアノの方だっけ?チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリン協奏曲のCDといったら真っ先にこのチャイコフスキーのだと思うんだけど、生で聴くのはとっても久しぶり。
ヴァイオリンの中村さんは、フランスに留学された経験を持つ若手。妹の里奈さんと姉妹でデュエットを組んだり、のだめの映画で清良の吹き替えをしたり、NPOの活動でボランティアをしたり地道に活動されています。
彼女のヴァイオリンは、ヴィルトゥオーゾ協奏曲を前にしてひるむことなく技術的には安定しているのだけれども(第1楽章の後ろの方でちょっと表現に危ういところがあってこのままずるずる引き摺っちゃうのかなってドキドキしたら持ち直しました。すごい)、響かせ方がソリストという感じではありませんでした。ホール全体を響かせるところまで行かず、音は楽器から聞こえてくる感じ。例えば、ミドリさんは耳を澄まさないと聞こえないくらいの最弱音でもホールを響かせて天井から音が降りてくる弾き方をするけど、中村さんはホールを楽器にするところまではいってませんでした。女王様のお通りよ的な自己主張もあまりなく、オーケストラに混じって弾いている感じは、この人は、大きなホールでソロで弾くよりも、ソロで弾くのなら小さなホール、それよりもアンサンブルで彼女の良さを発揮できるんではないかと思いました。音楽自体は誠実でどちらかというと合わせるタイプ、みんなで音楽を作ろうというタイプではないかと思います。彼女と一緒に弾く人は弾きやすいんじゃないかと思いました。

休憩の後は「田園」。ベートーヴェンの交響曲で最近一番好きです。演奏の前に、指揮者のスティーブン・シャレットさん(名前はstephenと綴るのでスティーヴンかなと思ったけど、本人がブンと書いてるのでそれに従います)、がマイクを持って曲の解説を各楽章のポイントをオーケストラの演奏を交えながらされました。日本語で!確かにどことなく日本人顔だけど、シアトル生まれの彼は、大学院からは日本で勉強しているみたいだけど、日本との接点ってどのくらいあるのかしら。完璧な日本語だし、ブログも日本語で書いてる。その彼に見とれてるわたし。なんか指揮姿が美しいのよね〜。腕の振り方とか。
「田園」は、来たときの外の小川を思い出しちゃった。とても良くまとまっていて良い演奏。うっかりとてきてきと涙こぼしちゃった。「田園」って大好きだからよくそうなるのだけど、今日のシャレットさんと江戸川フィルの演奏は、作曲家がこの曲に込めた気持ちを素直に表している演奏でわたしの琴線に触れちゃった。江戸川フィルはシャレットさんを一昨年くらいから常任指揮者に迎入れてるのだけど、これは良い選択をしたなって思える。まだまだ駆け出しの指揮者さんだけど、ちょっと気にしてこれから見つめていきたいです。
この「田園」には、さっきソロを弾いた中村さんが、第1ヴァイオリンの2列目で弾いていました。指揮者の他は彼女のことばかり観ていたのですけど、さすがプロ。今日のオーケストラの中で彼女が一番指揮を見ていました。ほとんどと言っていいくらいいつも指揮を見ていましたからね。やっぱり思った通り。中村さんはアンサンブルで生きるタイプじゃないかしら。オーケストラの人、中村さんが弾くのを見て何か感じらたらいいな。わたしは彼女の音楽に対する姿勢が感じ取られて嬉しかったです。

小さな小川の縁を歩きながらさっきの「田園」のステキな気分を反芻。でも嵐は来ませんように。
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by zerbinetta | 2014-04-20 10:43 | アマチュア | Comments(0)

オーケストラは1日にして鳴らず オーケストラconsono第5回定期演奏会   

2014年4月19日 @第一生命ホール

メンデルスゾーン:「真夏の夜の夢」序曲
シューマン:ピアノ協奏曲
ブラームス:交響曲第3番

小川典子(ピアノ)
三石精一/オーケストラconsono


一流のオーケストラの上手さって、ひとりひとりの奏者がどれだけ音楽を知ってるかだと思うんです。技術的にとっても上手で上手く弾けていても、オーケストラの人があまり曲のことを分かっていない、指揮者がどう表現しようとしているのか理解していない、と感じることはプロのオーケストラでもたまにあるし、残念です。本当に上手いオーケストラってみんながちゃんと音楽のことを分かってる。

オーケストラconsono(コンソノって読むのかな。正式名称がラテン文字なのでそのままにしてます)は、オーケストラの理念に、全てのプレイヤーが音楽の常識を理解していること、楽譜に書かれた音符の意味を理解していること、と明確に示しているので、コンセプト重視のわたしとしては興味を持って当然。そして音楽会の入場料が100円という不思議な金額なのにも興味を持ちました(プラス、演奏を聴いて自由な金額をオーケストラの活動の援助として集める)。かなり期待して出かけました。

2年前に設立された新しいオーケストラです。音楽監督(指揮者)は、ヴァイオリン教師の柏木真樹さん。プログラムを読むと独特の理論を持ってヴァイオリンを指導されているようです。それは、オーケストラにも生かされていて、平均律ではない古典調律でのチューニング(実際にはラとドで音合わせ)、ピリオド奏法ではないけどヴィブラートを使わない、などユニークな面がいろいろ。
そして今日は第5回、2年目の区切りと言うことで、柏木さんはコンサートマスターとして座って、指揮者に初めて外から三石さんを(オーケストラ設立時からのプランどおり)迎えたのでした。ソリストにはロンドンと日本で活躍するピアニストの小川さん(ロンドンで聴いたことがあります。小川さんを聴けるのも今日来た理由)。

三石さんは、長年東大オケを振っている大ヴェテラン。小学校のときの校長先生に雰囲気が似てると思っちゃいました。「真夏の夜の夢」が鳴り始めた瞬間、少し疑問符が。管楽器の発音が悪くて、それから、弦楽器は速い音符を弾けているのだけど(結構速いテンポ)、音の響きが弱いんです。楽器が完全には鳴っていないみたいな。それは、たっぷり大きく弾くところでも同じで、それが柏木さんのやり方なのかな、まだ完全に彼の方法を習得していないのか、やり方が間違っているのか(アマチュアでやるには要求が高すぎるとか)それはわたしには分からないんだけど、疑問を感じてしまいました。管楽器の発声は、どの音もアタックが強すぎて、空気の流れを感じながらそれに乗って音を出すような柔らかい発声になっていませんでした。もしかすると、管楽器に良いトレーナーがいないのかもしれませんね。

シューマンのピアノ協奏曲は、小川さんの音ばかりを耳で追っていました(わたし、協奏曲のときはソリストばかり聴いています)。小川さんのシューマンは病的なところのちっともない、明るくキラキラして爽やかな健康そのもののシューマン。いわゆるシューマンじゃないけど、こんな明るくて透明なのもいいな。小川さんはずいぶんと久しぶりにシューマンを弾いたそうだけど、手垢が付いてなくて新鮮な感じで好感度大。小川さんのまっ赤な薔薇を立体的にあしらったドレスもかわいくてステキ。小川さんって可愛らしさがパンフレットとかに載ってる写真と全く一緒でそれもなんだか微笑ましかったです。アンコールにはリストの「乙女の祈り」。これちょっと弾けるよ〜って嬉しくなっちゃいました(弾けるのは前奏だけw)。

休憩の後は、ブラームスの交響曲第3番。耳が慣れてきたせいか最初のときほど違和感がなかったんだけど(席も後ろの方に移った)、弦楽器の音の不足はいかんともしがたいなぁ。第1ヴァイオリンが8人というのは、腕利き揃いでもブラームスには少なすぎると思う。指揮者の三石さんは、がんばっていたと思うんです。わりと容赦なくオーケストラを攻めて立てていましたから。

プログラムの曲目解説も柏木さんと三石さんが書かれたものがとても充実していて読み応えもあるんだけど、まだ頭でっかちかな。音楽の読みや理念の方が、現実の遙か彼方に立っちゃってオーケストラの方がそれについて行けてない感じ。まだ2年。オーケストラは1日にして鳴らずデスね。でも、このオーケストラが成長して柏木さんの高い理想に近づいていけば、良い音楽が聴かれるかも知れません。今回、19世紀後期のブラームスまでレパートリーを広げたけれども、ノンヴィブラートのオーケストラ、基礎体力を養うためにシューベルトやメンデルスゾーンあたりまでをじっくりと取り組むのがいいのかも。これからが楽しみではあります。
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by zerbinetta | 2014-04-19 01:03 | アマチュア | Comments(0)

神さまのいないわたしも祈っていいんだと思った BCJ「マタイ受難曲」   

2014年4月13日 @ミューザ川崎シンフォニーホール

バッハ:マタイ受難曲

ハンナ・モリソン(ソプラノI)、松井亜希(ソプラノII)
クリント・ファン・デア・リンデ(アルトI)、青木洋也(アルトII)
ゲルト・テュルク(福音史家)、櫻田亮(テノールII)
ベンジャミン・ベヴァン(イエス)、浦野智行(バスII)
鈴木雅明/バッハ・コレギウム・ジャパン



日本にいる間に絶対聴かなくてはと思っていたバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)。それなのにいつもぼんやりしてチケットを取れずにいました。「マタイ受難曲」をやるというのを遙か彼方に聞いていましたが、もはやチケットはないだろうとすっかり諦めて忘れていたら、ネット友達が明日あるよと教えてくれたんです。その日はいくつかのオーケストラでどこを聴きに行こうか悩んでいたんですが、見てみるとなんと!一番安い席も残っているではありませんか!当日電話して慌てて聴きに行きました。
わたしは白状すると、「マタイ受難曲」の決して良い聴き手ではありません。生で聴くのは今日が3回目。CDでは何回も聴いたので曲はだいたい知ってるのだけど、所詮だいたい。この曲が、人類の財産、音楽史上最高の音楽とまで言われている(正しいかどうか、誇張がないかどうかは脇に置いて)ことも知ってるし、凄い音楽だということがやっと何となく分かってきた感じ。突然聴きに行って、3時間の長丁場、ちゃんと聴けるか心配でした。が、そんなことはあまりにもステキな演奏と音楽の前に霧散。素晴らしい宝物のような経験になりました。何よりも本当に嬉しかったのは、わたしがこの音楽に少し近づくことができたと思えたことです。少し成長した自分を発見できた喜び。まだまだですけど、きっと一生かかってこの音楽を聴いていくんだろうな。最後にはどんな思いで聴くことができるか今から楽しみ。

楽員さんが出てきて(拝鈍亭で聴いた4人も!そして大雪の日に指揮を聴いた方!)丁寧な音合わせが終わって指揮者を待つ緊張の時間。そこですでに落涙。すでに雰囲気で感動してしまっているわたしを他所に始まった音楽は、おやと思うほど意外とあっさり。もう少し重々しく沈痛な音楽が流れると思ったら、そうではなくて、自然に流れ、慟哭しない音楽は、祈りに満ちたもの。まるで静かな礼拝のような音楽。どんなところも身勝手な感情に流されない丁寧なバランスの取られた演奏は、でも、底に流れている祈りのゆえに真実になって心を打つの。鈴木さんとBCJは、決して中庸の安易な冒険のない演奏ではなくて、繊細を極めるボトル・シップをピンセットでひとつひとつの部品から組み立てていくような細かい作業を経て、大らかな作品を仕上げていく感じの凄まじいバランス感覚。合唱の叫びやオーケストラや歌が語るように奏するところは壊れるぎりぎりのかなり極だった表現がされていました。全員が、ひとつの方向に向かって行きつつ、予定調和でない緊張感すら孕んだ、まさに今、キリストの受難が、それを音にした、いいえ、音ではなく心を持った音楽が目の前で生まれてくる奇跡。張り詰めた空気の中でひとつひとつ語られていく聖書の物語。

鈴木さんの共感は、合唱の部分、聖書のテキストにない、わたし(たち)の告白の部分に強くあったんだと思います。彼はクリスチャンなのかしら、その部分は自分のことのように激しく指揮をしていたし、それはわたしの心臓をきゅんと掴んでドクンドクンと体中に血液を走らせます。ひとりの無実の人間を最低の無残な死に追いやった、それが積極的なものではなく成り行きだとしても、そのことに対する無力感と贖罪。十字架の物語をなんて理不尽なことだろうと憤怒する気持ちとその場にいて死罪を求めた群衆がひとりの自分の中にいることが悲しくて、音楽がひとひと染みこんでくる。涙は流れ出ることで体を浄化するけど、バッハの音楽は涙となってわたしの体と心に染みこんでくる。わたしは浄化される。

もうひとつ、鈴木さんの音楽には、とっても日本的なものを感じました。キャンパスを全て絵の具で塗りつぶす西洋的な表現ではなくて、隙間のある水墨画的な表現。音のない間がとっても大事にされていて、音のないところからふうっと音がわき出てくる感じなんです。そしてそれは、音のないところから音楽が始まると考えてる日本の聴衆があってこそできることかも知れません。西欧の音楽家ならきっと、休符の中に(音は聞こえないけれども)音を詰めたでしょう。聴き手も完全な無音を音楽のはざまに求めていない。鈴木さんのにはそれがない。でも、音のない部分で音楽が切れるというのではないんです。何もない空間が広がってそれは何もないゆえに無限の空間を生むのだけど、星々が真空の宇宙で引かれ合うように、そこには重力のような見えない力が満ちているんです。その力は祈り。礼拝のような、無信仰もののわたしでもホールで聴くより教会で聴くのがふさわしいと思った。

でもこの音楽は信仰なのでしょうか。宗教的意識の希薄なわたしたち、キリスト教以外の神さまを信仰する人たち、にはどういうふうに響くのでしょう。ヨーロッパの外の人種も違うアジアの国で本物が演奏され、聴かれることができるのでしょうか。「マタイ受難曲」につきまとう問いも今日の演奏を聴いたら無意味なものに感じられました。だって、そこには音楽があるんだもの。そしてわたしたちは深く、自由に感じることができる。信仰をもう持たないわたしも真実の心を持って感動したし、それはきっと本物と変わりない。自分の覚えた感動を自信を持って本物だと言える。キリスト教の信仰がないとこの音楽の本当は分からないなんて言わせない。わたしにとって神さまより音楽の方が根源的だもの。神さまがいなくたって祈ることはできる。心の中の深いところに梅干しの種の仁のようなものがあるから。きっとそれは誰にでもある心の芯。

ふたつのオーケストラの音色の対比はとても鮮やかで、特に第1オーケストラの落ち着いて重い豊かなヴァイオリンのソロ(若松夏美さん)とちりちりと細かな火花のように華やぐ第2オーケストラのソロ(高田あずみさん)の対照の妙は素晴らしかったです。立って演奏される歌に寄り添うオーケストラのソリストの演奏も視覚的にもとってもステキでした。
歌手陣に関して何を言うことがありましょう。皆さん、最高のものを聴かせてくれたのですが、でもやっぱり、これだけは記憶にとどめておきたい。今回の「マタイ受難曲」の一連の公演で福音史家を引退するテュルクさんの歌はまさにその集大成になるようなものでした。歌というより語りかけ、言葉がひとつひとつ真実の光りを発して。聖書の地の文を語るのですから、淡々と物語を述べているだけなのに、ときおり一瞬音を外して言葉を裸にするところにドキリ。「この言(ことば)は命であった」というヨハネ福音書の一節が心に浮かびました。

演奏について言葉にしようとすればするほど、言葉が音楽から離れて生命を失っていくような気がします。こんなブログを書きながら音楽を伝えられないもどかしさ。こういう音楽は聴くしかない。音楽について書かれたものをいくら読んでも、音楽についていくら語ってもそれは表面の薄膜をなぞったに過ぎない。こんな恩寵のような演奏は体験しなければならない、音楽の神さまが下さる一期一会の宝物ですね。そしてその恩寵をより深く受け入れるためにもっとよく音楽を聴けるようになりたい。そしてできるなら、もっと上手にそれを言葉で伝えられるようになりたい。
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by zerbinetta | 2014-04-13 19:56 | 日本のオーケストラ | Comments(2)

お寺でハイドンの至福 はいどん楽遊会その十   

2014年4月6日 @雑司ヶ谷拝鈍亭

ハイドン:弦楽四重奏曲 作品2−6、33−2「冗談」、76−1

若松夏美、竹嶋祐子(ヴァイオリン)
成田寛(ヴィオラ)、鈴木秀美(チェロ)


音楽って聴くだけじゃないと思う。演奏者が観たいから足繁く音楽会に通うし、ホールやまわりの雰囲気、一緒に聴くたくさんの仲間との音楽を通じてのつながり、など、いろんなことが全部わたしにとっては大事なこと。耳だけではなく全身を耳にして、目にして、全ての皮膚の細胞を感覚器にして楽しみたい。だから、どこでどんな音楽が演奏されるかはとてもとても大切。シューベルトは仲間で気の置けない音楽会をして作品を聴かせていたけど、多分シューベルトの多くの作品はそんな雰囲気の中で聴くことができたら(それはなかなか難しいんだけど)、それはきっと特別な体験になるでしょう。もちろんそれはハイドンでも!ハイドンの弦楽四重奏曲をプライヴェイト空間で聴けるなんて。しかも演奏は超一流の人たち。ここは雑司ヶ谷の本浄寺。ハイドン好きのお寺の住職さんが、趣味が高じて小さな音楽ホールを作っちゃって音楽会を開いてるの。ハイドンだけでなく音楽会を開いたり、落語会とかもやってるようです。内輪の集会ではなく誰でも聴きに来られるのが(有料だけどむちゃ安い)いい。ステキですね。

さっきまでの異国の世界から、日本のお寺へ。といっても新しい集会所なのでものすごく和という訳でもないのですが、暖簾に染め抜かれたHAYDNをまねき文字風に意匠したのがステキにお出迎え。すご〜く雰囲気良い。お寺の住職さんの講話を聞くでもなく(一言挨拶はあったけど)、お寺ということ以外は普通の音楽会。ただとってもプライヴェイトな空間。
演奏者は、鈴木さん率いるバッハ・コレギウム・ジャパンのメンバーという豪華なもの。このシリーズは、ハイドンの初期、中期、後期の弦楽四重奏曲群からそれぞれひとつずつを選んで演奏するもの。10回目(わたしは初めて聴きに来ます)の今日は、作品2の6、「冗談」という愛称の33の2、76の1です。3つの時期を並べるので、ハイドンの弦楽四重奏曲の発展がよく分かりますね。メヌエットの聞き比べなんか面白い。そしてそれはまさに、弦楽四重奏というジャンルの始まりの歴史。実はわたし、弦楽四重奏曲が苦手であまり聴かないんだけど、でもなぜかハイドンとメンデルスゾーンとシマノフスキとグレツキ(すごい脈絡のなさ)のは好きで聴けるんですよね〜。

作品2は初めて聴くんだけど、すでに充実した感じ。弦楽四重奏として完成されてる。と思ったんだけど、次に作品33を聴いちゃうと、まだまだって思っちゃうね。第1ヴァイオリンの若松さんの調子が悪そうで、弓が滑ったような音が混じったり、おやっ?松ヤニ塗り直した方がいいよと素人のくせに思ったんだけど、演奏が終わったあと、後ろに引っ込んでなにやらしていました。やっぱり、松ヤニ塗ったのかな。

そのせいか2曲目からは、だいぶ安定してきました。作品33番は、弦楽四重奏にハイドンありを決定づける充実した6曲です。そこここにウィットがありハイドンらしさ爆発。積極的な表現で聴きながらわたしはにやにや。気の合った仲間同士のアンサンブルもステキで、誰がリードするってこともなく、場面場面で主役になる人が音楽をリードしていました。それぞれの自発性が高いのに、勝手な方向に行かずに音楽でまとまってるのがいいんです。古楽器のアンサンブルはヴィブラート控え目なので誤魔化しがきかないので難しいと思うんだけど、そこはプロフェッショナル。安心して身を任せられます。会場も広くないので、古楽器でも音ががんがん飛んできて、まあそこは専門の音楽ホールではないので音楽ホールのような間接音の柔らかさを求める向きには不満があるかも知れないけど、好きな人たちの集まりでヨロコビに満ちていました。でも、最後の冗談は笑おうよ。そこ笑うとこだよ。

休憩のあとは、鈴木さんのお話があってから作品76の1。
作品76は、さらに音楽が充実して、でもシンプルになってハイドンの四重奏曲の完成形。でも音楽が固くならずにすらすらと流れるように柔らか。ハイドンの弦楽四重奏というと、ファースト・ヴァイオリン主導で音楽を作るみたいな言われ方することがあるけど、今日の演奏を聴くとそんなことなく、みんなが主役。その上、今日は演奏もアットホームな感じで(かといって手を抜いてるわけではないし非常に高いレヴェルで音楽を遊んでる)ステキ。日頃、バッハ弾いてるからハイドンで楽しんじゃうのかな。ものすごく贅沢な精神のリフレッシュ。わたしもこんな遊びならたくさんしたいな。
去年友達に教えてもらって、やっと予定が合って聴きに来れたけど、これからは欠かさず聴きに来たいわ。ハイドンとお寺。「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」が奏される日は来るのでしょうか。
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by zerbinetta | 2014-04-06 23:38 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

プロのコンサートマスターの実力 新交響楽団第225回演奏会   

2014年4月6日 @東京芸術劇場

ハチャトリアン:バレエ「ガイーヌ」から
サンサーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シュエラザード」

大谷康子(ヴァイオリン)
曽我大介/新交響楽団


首都圏のというよりまず間違いなく日本のアマチュア・オーケストラの中で5本の指に入る実力を持つと思われるオーケストラ、ヘタなプロより上手い新交響楽団の音楽会に行ってきました。場所は池袋ウェストゲートパークの前にある芸術劇場。わたし、どうも芸術劇場って苦手です。音が客席まで上手く飛んでこないような気がするんです。ステージ上で音が鳴っていて、それがもわもわと雲のように客席に広がってくる感じ。1枚のシースルーカーテンを挟んでオーケストラを見ているようです。それはともかく。

「ガイーヌ」は、「剣の舞」「アイシェの目覚めと踊り」「山岳民族の踊り」「子守歌」「レズギンカ」の5曲。「剣の舞」以外は第1組曲から選択されているけど、バレエ音楽の中から選りすぐって選曲した感じですね。
いきなり「剣の舞」だけど、伊福部さんチックの曲だし、こういう音楽がこのオーケストラの根っこかなと思ったら違った。かなりの快速テンポで、裏打ちが表になるんじゃないかと思うドキドキ感。このオーケストラ、こういう曲を勢いで弾くより、しっとりとじっくり聴かせる音楽の方に適正があるような気がする。結構生真面目でお行儀がいい感じがするのよね。でも、面白いほど上手いんだけど。「ガイーヌ」は、録音では聴いたことがあるけど、生で聴くのは初めて。2番目の曲だったかな、フルートの音域のソロをピッコロの低音で吹いているオーケストレイションが新鮮でした。良い曲多いから、バレエで全曲聴いてみたいけど、物語は残念、つまらなそうね。

2曲目のサンサーンスのヴァイオリン協奏曲第3番も初めて。ソリストは東京交響楽団のコンサートマスターの大谷さん。なんと情けないことに、ぼんやりしながら聴いてしまいました。第1楽章の途中でもう2楽章になった(単一楽章の曲かな〜って)と勘違いするほどの体たらく。
初めて聴く大谷さんは永遠のかわいい系の人。仕草もかわいらしくておしゃべりで楽しそうな感じ。そして、コンサートマスターをしているらしい、気配り目配りでソロを弾いてらっしゃいました。特に第2楽章の始まりのオーケストラとの対話は、優れたインタヴュウアのように相手(オーケストラ)の言葉を上手に引き出してステキでした。強い自己主張やキラキラした派手やかさはないけれども、気の置けない仲間との合奏を楽しんでいる感じが伝わってきて良かったです。大谷さんが人気があるのが少し分かった気がしました。ヨーヨー・マさんとかランランさんとか音楽や表情から人柄が伝わってくる人っているんだけど、大谷さんもそのひとりだわ。

休憩後の「シュエラザード」は、黒のドレスに着替えた大谷さんが(客演)コンサートマスターに。プロのコンサートマスター(大谷さんって日本を代表するコンサートマスターのおひとりですよね)の実力に瞠目。こんなにすごいことになるとは、鳥肌立てながら聴いてました。
大谷さん、今度はものすごく攻めてくる。最初のソロから、えっと思うところで弱音で弾いて、オーケストラ全員と会場のお客さんの耳を大谷さんに釘付けに。そのあとも至る所でドキリとする挑発を連発する大谷さん。そしてその挑発に応えるオーケストラのソロの上手さ。ソリストたちの競演。こうなると面白くないはずがない。4つの楽章のソロをそれぞれに違う表情で弾き分けるところも流石。曽我さんの音楽に全面的に賛成するわけではないけれども(テンポとか動かし方とか)、演奏者が自発的に音楽のやりとりをする演奏は大好き。正直、これは曽我さんの音楽と言うよりも大谷さんのシュエラザードでしょう。トゥッティのところも大谷さんが入って芯ができたというか、幅広い音やテキパキと駆けるパッセージ、歌わせ方、一緒に弾いてる人たちもきっと楽しいでしょうね。わたしだってワクワクのしっぱなし。凄いもの聴いたと思ったよ。

アンコールのとき管楽器のメンバーが大幅入れ替え。曽我さんのキューで太鼓がビートを刻んで、「レズギンカ」再び。曽我さんは、ふてくされるように指揮台にこっちを向いて座ってたり、楽しそうにキューを出したり、楽しい指向。オーケストラも太鼓のビートにのっかってノリノリな感じだし、この調子で最初の「ガイーヌ」聴きたかったかも。
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by zerbinetta | 2014-04-06 00:29 | アマチュア | Comments(0)