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心に残るブルックナー オーケストラ・ディマンシュ第39回演奏会   

2014年9月28日 @かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール

ドビュッシー:春
ブルックナー:交響曲第8番

金山隆夫/オーケストラ・ディマンシュ


ごめんなさい。本当にごめんなさい。
と、ごめんなさいから始まるこのエントリー。オーケストラ・ディマンシュがブルックナーの交響曲第8番。アマチュア・オーケストラでブル8(ブルヲタさんはこう呼ぶのよね)。ブルックナーの最高傑作とも言われてる演奏時間が80分くらいある長大、荘厳な伽藍。さすがに難しいでしょう。特にあの荘重なアダージョは途中でへろへろになりそう。金管楽器だって最後まで持つのかしら。なんて斜に構えて、怖いもの聴きたさで出かけてきました。そして、冒頭のごめんなさい。素晴らしい演奏でした!予想を遙かに超える音楽。技術云々じゃないのね。音楽なの。

会場に着くと、この間と同じように金山さんがヴィデオ・カメラのセットをされていて、指揮者といえどもオーケストラの仲間のひとりなんですね、とクスッとしたり。金山さん、このオーケストラの演奏会のほとんどで指揮されていて、20年近くの長きにわたって常任指揮者を続けているんですね。プロのオーケストラでもなかなかない長さ。オーケストラととっても良い関係にあるのでしょう。ステキなことですよね。

音楽会のはじめは、若いドビュッシーの「春」。実は今日のプログラム、ドビュッシーとブルックナー、全く傾向は違うけど、同じ年(1887年)の作曲なんですね。びっくり。とは言え、「春」も印象派のドビュッシーをごく薄く感じるだけでまだまだ若い作品。でも、好きなんですこの曲。音楽会で聴くの多分初めてだったけど。あまり演奏されないものね。
ドビュッシーは、どうしても音色の色彩感が乏しく、弦楽器の弱音の豊かさに欠けるアマチュア・オーケストラには、キツイです。光りがキラキラする西洋絵画が水墨画のようになってしまう感じ。でも、丁寧に演奏されていたし、演奏自体はとても好感度高かったです。何より、この曲を生で聴けて嬉しいし。

休憩のあとはいよいよブルックナー。斜に構えつつドキドキ。でも、その前に、金山さんから曲紹介があって、ワーグナーチューバの音を聴かせてもらいました。ホルンとの音色の違い。結構微妙。

静かなトレモロから始まって、チェロとコントラバスのつぶやくような旋律が浮かび上がってきたとき、ゴクリと唾を飲んだの。なんて歌い回し。途切れ途切れの旋律に歌い回しというのは変かもしれないけど、でも、やっぱり歌ってる。このブルックナーは、凄そう。その、予想外のショックから構築される音楽は、大きな重心を持ってわたしを捉える。なんというか、言葉で説明しづらいけど、音楽のブラックホールに吸い寄せられて、なすがままに身を任せるしかないみたいな。それにオーケストラの人たちの真剣ぶり。これがブルックナーのトレモロだー!と言わんばかりにトレモロに命をかけるヴァイオリン弾きさんがいらしたり、みんながブルックナーの音楽に心酔しきってるみたいな、このオーケストラ、ブルヲタ度高すぎ!心配してたアダージョも聴き進むうちにどんどん音楽に飲まれていって、退屈どころか、ドキドキしてアドレナリン出まくり。オーケストラは全体的に良かったけど、特に金管楽器が、最後までパワーがあって素晴らしかったです。敢えてひとつだけ残念だったことを書くとすれば、弦楽器の人数。第1ヴァイオリンが12人(だったかな?)は少なすぎた。プロのオーケストラでも16人とか18人は使うのに、管楽器に比べて弦楽器の音量に乏しいアマチュアでこれは厳しい。弦楽器の音量がもっとあればなぁという箇所が、例えピアニッシモのところでも、いくつもありました。アマチュア・オーケストラの慢性的な弦楽器不足の話はよく聞くし、エキストラを入れるより毎回の練習に参加するメンバー重視なのかもしれない(それは正しいことだし良いことだと思う)けど、なんとかもっとたくさん座って欲しかったな。こんな素晴らしいブルックナー弾く機会なんてめったにないんだもん(プロでも)。(参加しなきゃ)もったいないよ。

金山さんの指揮も、決して極端なことをやらずに自然に任せて滔々と流れる音楽。金山さんってマーラーよりもブルックナー指揮者なんじゃない?
金山さんとオーケストラ・ディマンシュには超ぶらう゛ぉーー。秘かな心の裡を独白すると、昨日のN響より心に来たかも。


♪♪
オーケストラ・ディマンシュの次の公演は、第6回定期演奏会が来年の4月12日、すみだトリフォニーホールです。
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by zerbinetta | 2014-09-28 23:47 | アマチュア | Comments(0)

ぶれない頑固さ ブロムシュテット/N響   

2014年9月27日 @NHKホール

モーツァルト:交響曲第41番
チャイコフスキー:交響曲第6番

ヘルベルト・ブロムシュテット/NHK交響楽団


BCJのリハーサルのあとは、ラーメンを食べて渋谷のN響へ。ブロムシュテットさんのモーツァルト/チャイコフスキー・ファイナル。自由席は、少しでも良い席を取ろうと開演前から並んでいるのですね。そして階段ダッシュ。まあわたしは、適当に座れれば良いのでのんきなものです。

ブロムシュテットさんとN響のモーツァルト、チャイコフスキーは、結論から言うと、わたしは41/6番より前回の40/5番の方がブロムシュテットさんの’らしさ’がより出てると感じました。チャイコフスキーの交響曲第6番は、元々のうつわがしっかりしているので、うつわの形を整えるブロムシュテットさんのやり方だとうつわばかり映えて、中にある感情が漏れ出さなくなるからじゃないかって思いました。もともと感情ダダ漏れ系で器を作ってやらないと形が見えてこない曲ならブロムシュテットさんのが生きると思うんだけど。そんなことを感じながら、でもすごい演奏だなぁと客観的に観ているわたし。多分ブロムシュテットさんはそういう風に音楽してる。そして、やっぱり、この音楽は泣きたいと思っているわたしには、音楽の外に置いてけぼりにされた感じです。

モーツァルトの最後の交響曲は、40番と同様、ピリオドスタイル的なアプローチでした。速めのテンポだけど、40番のときとは違って疾走しないのは、哀しい音楽じゃないから、ではなくて(ジョークですよー)、ハ長調の堂々とした音楽だからでしょう。ただ、これは座った席(一番上の方)が悪いのかもしれないけど(小編成のヴィブラート控え目の音作りだとこの曲でこのホールは大きすぎると思う)、枯れた音が音楽の祝祭感を薄めていたように思えました。N響は古楽っぽくはなりきれていないんだよね〜。わたしの勝手なイメジでは、古楽器はやんちゃで、わりと指揮者に従順に答えるN響は、ブロムシュテットさんのお堅い指揮と相まって、頑固爺の盆栽な感じなのかな。もっと自由にのびのびやってもいいのでは、といつも思っちゃう。

と文句を言いつつも、あそこまで徹底的にやられるとやっぱり納得。というかあっぱれ。最高の賛辞を込めて職人さんだわ。

来シーズンもブロムシュテットさん、来られるのかしら?ブルックナーとかベートーヴェンとかやってくれないかしらね〜。山を外して生誕150年のシベリウスとか。。。ブロムシュテットさんにはいつまでもお元気で、ぜひまた厳しい音楽を聴かせて欲しいです。
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by zerbinetta | 2014-09-27 23:12 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

快楽よ、わたしを満たしたまえ! BCJ公開リハーサル   

2014年9月27日 @調布グリーンホール

バッハ:カンタータ「岐路に立つヘラクレス」

鈴木雅明/バッハ・コレギウム・ジャパン


ご招待に当たったので調布までBCJの公開リハーサルに出かけてきました。
会場に着くとコンサートマスターの若松夏美さんが入念に音出ししていました。どこかで聴いたことのある旋律だなと思ったら、「クリスマス・オラトリオ」。なんと、「岐路に立つヘラクレス」ってその後、ほとんどそのまま「クリスマス・オラトリオ」に流用されているんですね。へぇ〜。

リハーサルなので、簡単に書くと(曲を一通り通して終わり)、快楽を歌うソプラノのジョアン・ランさんに誘惑されてしまいました。快楽にどこまでも堕ちていきたい。徳になんぞ誘惑されないぞ、と強く思った。
「クリスマスオラトリオ」に改作さた快楽のソプラノのアリアはクリスマスオラトリオではアルトが歌うの。ソプラノの方がずっといい。それに、「ヘラクレス」での淫らな歌詞の方がずっといい(歌い出しは同じ歌詞!)。「むさぼるのです 快楽を みだらな乳房に そこに限りなど ありはしない」
ああ、なんてステキでしょう。音楽は快楽!どうか、わたしの生が限りのない快楽で満ちあふれますように!!
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by zerbinetta | 2014-09-27 00:54 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

数寄者 オーケストラ《エクセルシス》第5回演奏会   

2014年9月23日 @杉並公会堂大ホール

テオドール・デュボワ:アドニス ー3部からなる交響詩
フィリップ・ゴーベール:海の歌 ー3つの交響的絵画
アルベリク・マニャール:交響曲第4番

大浦智弘/オーケストラ《エクセルシス》


こんな作曲家いたのか、こんな曲あったのかというマニアックなクラヲタ心をくすぐる曲ばかりを演奏してるオーケストラ《エクセルシス》の音楽会を聴いてきました。
アマチュア・オーケストラの利点のひとつは、お客さんのことをあまり考えずに好きな曲を選曲できるということでしょう。よっぽどのマニアじゃないと知らないけれども、実は良い曲だったり、たまには聴いてもいいんじゃないっていうような曲を遠慮なく音楽会にかけられる。プロのオーケストラだと定期演奏会に、ブラームスに紛れ込ませたり、ましてやメインに聴いたことのない作曲家のだと、文句を言ってくるお客さんがいるそうだから大変。悲しいというか情けないことだけど。
アマチュアのオーケストラの中には敢えて、そんなマイナーな音楽ばかりを採り上げたり、ロシアものとかショスティー専門とか、日本の作曲家とか、今度フランス専門のができるみたいですけど、小さなニッチェを攻めていくユニークなオーケストラが結構あります(あっ!プロだったらバッハ中心のBCJがありますねっ)。初めて聴く(去年は聴きたかったけど他に予定があって泣く泣くあきらめた)エクセルシスは、国や地域に囚われず広くマイナーな作曲家の作品を発掘してくれるオーケストラ。今日はフランスもの。わたしの知ってる、聴いたことのある作曲家は、マニャールだけ。

前半の2曲は、どちらも日本初演、詩にインスパイアされた交響詩(的)な作品。なので、音楽に先だってその詩がフランス語で読まれました(わたしたちは訳をプログラムで)。どちらの曲も絵画的だけど、内容は対照的で、ギリシア神話のアドニスの物語に想を得たドゥ・リールの詩に作曲された「アドニス」は、いきなり激しい悲しい音楽、フォールの「海のバラード」に作曲された「海の歌」は大らかな海の情景に始まる曲。のんきな「海の歌より」、アドニスの死と(春の)再生を音楽にした「アドニス」の方が好きだったかな。ただ、どちらもドビュッシーの影にあって、音楽会で頻繁に演奏されるという曲ではなさそうです。自分だけの秘密の佳曲としてCD棚の隅っこにあるのをときどき取り出してふふふふふと聴くのがちょうど良い愛で方のような気持ちです。

後半のマニャールの交響曲4が気合いの入った好演。お客さんが少なかったのがもったいない。
それにしてもマニャールの曲は複雑でどこに連れて行かれるか分からないアドヴェンチャー。最後唐突にアーメン終止になったり、突然ヴァイオリンがソロ弾き始めたり、無理やりフーガにしてみたり。力業。演奏する方も大変だったに違いない。果敢に挑戦するオーケストラもオーケストラだな。指揮者の大浦さんも数年前、この曲の日本初演をした人。そして、ここから始まった、知られざる音楽を演奏する旅。

知られざる曲を聴くのは、一期一会。もしそれが、良くない演奏だったら、曲が悪いのではなく演奏が悪かったのに、その曲をまた聴きたいフォルダーにしまわず、ゴミ箱にドロップしてしまうと思うんですね。新作もそうですけど、地域初演を含めて初めて音になる曲を演奏する人は、それなりの責任感を持ってきちんと演奏しないといけないと思うんです。それって、アマチュアには荷が重いと思うんです、って最初に書いたことと矛盾してるんですが。でも、今日の《エクセルシス》は、初めましての曲をきちんと提示してくれました。もちろん、演奏はプロには敵わないです。でも、下手なプロ以上にひとりひとりが音楽にきちんと向き合った演奏をしていたと思います。少なくともわたしには、みんなが曲をきちんと理解して弾いてるのが分かりましたし、音楽の姿が伝わってきました。

知られざる音楽を演奏するのは大変だと思います。楽譜の準備もあるし、録音もないような曲だと、どう演奏していいのか想像つかなかったりもするでしょう。様式に慣れないこともあるかもしれません。ウィキペディアにも出てなさそうなので、プログラムの解説を書くのも大変。でも、大浦さんとオーケストラは、演奏も解説もほんと良い仕事をしてると思いました、音楽愛好家として。いえ、音楽好事家として。愛すべき数寄者たち。わたしも仲間に加えてもらいたいくらい。

ダンディ「旅の画集」より「緑の湖」。ダンディって「フランスの山人の歌による交響曲」くらいしか知ってる曲ないけど、こんな曲書いてるんですね。ゆるやかな舞曲のような爽やかな午後のピクニック。
今日はひとつとして知ってる曲なかったけど、面白かった〜。視野が少し広がったみたい。


♪♪
オーケストラ《エクセルシス》の次の公演は、第6回定期演奏会が来年の9月22日、杉並公会堂です。映画音楽作曲家の純音楽プログラムですって。どんな知らない曲が聴けるか、楽しみです。
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by zerbinetta | 2014-09-23 01:21 | アマチュア | Comments(0)

きゃああかわゆいいい♥ 牛田智大、大井剛史/ニューフィル千葉   

2014年9月21日 @松戸森のホール

モーツァルト:「フィガロの結婚」序曲
ショパン:ピアノ協奏曲第1番
ベートーヴェン:交響曲第5番

牛田智大(ピアノ)
大井剛史/ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉


ニューフィル千葉は聴いてみたかったんです。でも現在、ベートーヴェンの交響曲サイクルをやっている年に2回の定期演奏会は、なかなか日が合わずまだ聴けずじまい、そんなとき、話題の小学生、あっ今は中学生か、牛田くん(ごめんなさい。さん付けで呼ばなきゃいけないところですが、彼のかわいらしいお顔をみてると親しみをくめて君付けしたくなります)が協奏曲を、メインにベートーヴェンの交響曲を演るというので、お買い得な音楽会に出かけてみました。牛田くんってどんなだろう?ニューフィル千葉ってどうだろう?

「フィガロの結婚」の序曲でご挨拶。実はわたし、とっても失礼なことに、ニューフィル千葉ってそんなに上手くないだろうって思ってたの。アマチュアに毛が生えたくらいかなって。ほんと失礼だわ。謝ります。ごめんなさい。プロとアマチュアの差は歴然とあるんですね。プロのオーケストラだってピンからキリまであるけど、確かにニューフィル千葉はもっとがんばれーーっても思うところあったけど、音色が明るくて聴いていてニコリとなるのは、ステキ。オペラのように楽しげな「フィガロの結婚」序曲。楽しい音楽会の幕開き。

牛田くんを聴くのはもちろん初めて、というか実はあまりよく知らなかったり(牛牛くんと勘違いしてたもんね。それにしても牛ブームなのかしら)、何かのテレビでインタヴュウに答えてるの観たけど子供じゃない、と思ったらしっかりした受け答えでわたしより大人じゃん。それにきゃわいいいい。
実物の牛田くんは、もう少し大人っぽく見えました。14歳。大人と子供が混在する七色のお年頃。まだまだ子供だと思っていたら大人成分も。お年頃ですよね〜。まだ、優等生な感じも残ってるけどステキな音楽家になりそう。大人のオーケストラを翻弄するような強引さ、気まぐれさを身につけて、ショパンの持つダーティというかデモーニシュな暗さが入るともっと良くなる。おねーさんがあんなこともこんなことも教えて差し上げたい♡肥沃な悪の道にお誘いしたい。ってわたし、クンドリか。
アンコールには、プーランクの即興曲第15番「エディット・ピアフを讃えて」。とてもセンスの良い音楽を選曲。キラキラとステキな演奏でした。牛田くんって意外にもプーランクが好きなのね。彼のピアノでプーランクの秘曲をいろいろ聴きたい。現在はモスクワで勉強しているとのこと。じっくりと深く音楽を育てて(どうか大人の皆さんは売れるからといって彼を消耗品のように扱わないで下さい)、素晴らしい音楽家になっていくことを♥の目を持って見届けていきたいです。

お終いは、ベートーヴェンの交響曲第5番。オーケストラに弱さはあるものの、ベートーヴェン・サイクル進行中だけあって堂に入ったものでした。常任指揮者の大井さんのベートーヴェンは、強烈な個性は感じられないものの明るいポジティヴなみんなのベートーヴェンといった感じで好感度大。わたしは好きです(きゃっ)。

アンコールは、ハイドンの、いいえ贋ハイドンのセレナーデ。ハイドンのセレナーデとして有名だけどほんとはロマン・ホフシュテッターの作。でも良い曲、ではあるんですよ。でも、今度は本物のハイドン聴かせて下さいね〜。ベートーヴェン・サイクルのあとはハイドンなんていいな(妄想中)。

ニューフィル千葉は、おおよそ2管編成の小さなオーケストラ。団員にはヴァイオリンは6人しかいないし、トロンボーンなんかはひとりもいないので、必要なときはエキストラ頼むのかな。演奏会は、定期演奏会が年2回とニューイヤー・コンサートそれといくつかの音楽会の他は、たくさんの学校での音楽鑑賞教室。こちらが回数的にはメインの活動かな。文化活動の予算が公的にも私的にも厳しい中にあってぜひ、地域のオーケストラとしてがんばって欲しいです。来年は創設30周年みたいだし、わたしももっと聴きに行こうと思います。
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by zerbinetta | 2014-09-21 18:08 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

ヨーロッパの中心でモーツァルトに真っ直ぐつながるチャイコフスキー ブロムシュテット/N響   

2014年9月20日 @NHKホール

モーツァルト:交響曲第40番
チャイコフスキー:交響曲第5番

ヘルベルト・ブロムシュテット/NHK交響楽団


去年、N響に客演したブロムシュテットさんを聴きそびれたことを後悔していました。ブロムシュテットさんは、最長老指揮者のひとり。今聴いておかないと、もう聴くことができなくなるかもしれません。と思ったら、登場したブロムシュテットさんは元気いっぱい。お若くも見えるし(15年ぐらい前に見たときと変わっていないような気がした)、椅子無しの指揮台でずっと立ったままの指揮で、歩くときも矍鑠としてらっしゃるし、良かった。もっとたくさん聴けるように長生きして下さい。

今年のプログラムは、モーツァルトとチャイコフスキーの最後の交響曲群を組み合わせたシリーズ。サントリーホールで行われた初回(第39番と第4番)は、聴きに行かなかったので2回目、第40番と第5番からです。

小編成のモーツァルトは、予想外の展開にびっくり。速い!ヴィブラート少なめで快速テンポのモーツァルトは、ピリオド系の演奏で馴染んではいるけど、まさか、ブロムシュテットさんとN響から聴けるとは思ってもみなかった。ほんとのこと言うと、ブロムシュテットさんの演奏は、あまり聴いたことなくて、どういう演奏をしてきた人なのかは知らなかったんですけど、モダン・オーケストラ畑にいておじいちゃん指揮者ということで、勝手にもちょっとロマンティックな演奏をするんだろうと想像してたんです。ブロムシュテットさんのこの演奏が、昔からのスタイルなのか、ピリオド系の成果を採り入れたものに変わってきていたのかは、分からないんですけど。でもね、これはステキな演奏だと思いました。第2楽章もさくさくと速くて(ここが一番びっくり)、短調のこの音楽に、あの有名な「悲しみは疾走する」という言葉が、(この曲に付けられた言葉ではないにしても)どうしてもピッタリと思い出されました。そして、この演奏は、N響にこそふさわしいと思いました。ロンドン・シンフォニーやウィーン・フィルなんかでは、音色の柔らかさ豊潤さが邪魔をしてこういう音楽にはできないなと思いましたから(器用にやることはできるかもしれないけどそれは、彼らの良さを消すことでもあるから)。ただ、ひとつ、残念だったことは、近所に座ったおじさんが盛大ないびきで寝ていたこと。いびきをかくなら外で寝てよ。

もっとびっくりしたのはチャイコフスキー。わたし的にはブロムシュテットさんって北欧ものとかブルックナーなので(CD持ってるから)、チャイコフスキーは想像できなかったんですけど、始まりの序奏からあまりの展開にびっくり。なんて細かい。デジタル!クラリネットの旋律の強弱をまるでステレオのボリュウムつまみをカチカチと(デジタルなのでカチカチと)回すように細かくでも明確に付けてくるんです。そして、被さってくる弦楽器のテヌートの音符との対比。楽譜通りと言えば楽譜通りなんだけど、ブロムシュテットさんの中に音量や表現の絶対的な基準があって、それぞれが相対的ではなく、ブロムシュテットさんが決めた絶対的な音量や表現で演奏されていたと思います。そして、譜面をなぞって演奏したのにとても熱い。
ブロムシュテットさんが楽譜ばかり見て、チャイコフスキーの残した唯一のテキストである楽譜からのみ音楽を求めたことによって、チャイコフスキーの交響曲が、ロシアを出て、西ヨーロッパの真ん中の交響曲の伝統の大きな幹に、モーツァルトやベートーヴェンに直接つながる交響曲として聞こえました。チャイコフスキーの演奏が常に持っていた甘やかな叙情や、メランコリックな表情、ロシアの民俗的な体臭は、背後に追いやられて。
わたしは、ゲルギーの以前の演奏のような、同郷の人にしかできないようなニュアンスに満ちたチャイコフスキーの演奏が大好きなので、交響曲のうつわを大事にしたブロムシュテットさんの演奏は、好きな演奏とは言えません。でも、ここまで徹底的にやられるともう参ったと言うしかないのです。ものすごく納得。チャイコフスキーの音楽の新しい面を聴かせてくれたと思います。西ヨーロッパの中心を常に意識していたチャイコフスキー。ブロムシュテットさんの演奏は、そんなチャイコフスキーの音楽を徹底的に表現していたとも思えるし、実は最近のゲルギーが秘かに目指している音楽に近いのでは、なんて思いました。
好き嫌いは別にして、すごい演奏を聴いた。稀にみる充実した音楽会でした。次の第41番と6番にも期待が膨らみます。
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by zerbinetta | 2014-09-20 19:56 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

まったりと睡眠の時間 小泉/都響 ブルックナー2   

2014年9月19日 @東京芸術劇場

エロード:ヴィオラ協奏曲
ブルックナー;交響曲第2番

鈴木学(ヴィオラ)
小泉和裕/東京都交響楽団


三浦さんのあとは、都響です。ブルックナーの交響曲第2番。ブルックナーの交響曲は、0番や00番はほっといて、今まで2番以外は全部聴いたので、ついに今日、わたしのブルックナー・サイクルが完成です。初稿はまだだよ、なんてブルヲタさんたちに言われなきゃですが。。。

最初にエロードさんのヴィオラ協奏曲。エロードさんって、バレエ・ファンにはお馴染みの「リーズの結婚」の作曲者かと思ったら、1936年ブダペスト生まれでウィーンで活躍している作曲家でした。独奏は都響のトップ、鈴木さんです。鈴木さんって何となく外国の人に見えますね。遠くから見ているからかしら(しかも目が悪い)。
エロードさんのヴィオラ協奏曲は最近の作品。ですが、調性的で3和音が響く仄かにロマンティックな曲。とても聴きやすくてきれいな音楽。ヴィオラとオーケストラの協奏曲ってヴァイオリンに比べて少ないし、普通に聴きやすい曲があまりないので、空白を埋める曲として良いのではないかしらんと思いました。日陰者のヴィオリスト(びよりすと)さんたちには、音楽会に普通にかけられるレパートリーが増えて良いことだし。せっかく、優秀なヴィオリストってたくさんいるのに、オーケストラの協奏が、ヴァイオリンの人とのモーツァルトやヴィオラよりオーケストラが目立つ「イタリアのハロルド」だけじゃ悲しいものね。かといって、優秀なヴィオリストの台頭により最近書かれるようになった前衛的な作品だと、「そんな曲は特別な音楽会でやってブラームスの交響曲と一緒に定期でやるな」って言われかねないしね(実際にそういうこと言う人いるらしいんですよ〜〜嫌ね〜〜)。エロードさんの曲は、ヴィオリストとお客さんのどちらも幸せにする曲ではないかと思います。たくさんのヴィオリストに弾かれて重要なレパートリーのひとつに定着すればいいな。
でも、こういう美しい音楽で、初めて聴く、まだ聴き慣れない音楽は、眠気を誘うのも事実みたいです。協奏曲と言ってもヴァイオリンのみたいに派手でなくやっぱりヴィオラですから。わたしの周りの人みんな寝てましたw鈴木さんの演奏とても良かったし、良い曲だったのにもったいな〜い。

ブルックナーの交響曲は、実は正直なんだかよく分かりませんでした。わたしは、ブルックナーに対して強い思い入れはないし、CDでもこの曲はほとんど聴いていなかったので(わたしのブルックナーは交響曲第4番からです)、この曲への愛も理解も足りないせいだと思うのだけど、未熟な筆致で書かれた素人作家の小説みたいで、話があっち行ったりこっちに来たり、わたし、今どこ?みたいな。オーケストラは誠実に演奏してたと思うんです。小泉さんも、なにも足さず何も引かず、楽譜をあるがままに。多分そこがいけなかったんじゃないかな。後期の作品ならまだしも、構成がゆるいと思われるこの曲は、何か仕掛けた方が良いのでは、と。まあ、わたしにブルックナーは語れませんが。。。多分合ってると思う。小泉さん、初めて聴くのにごめんなさい。
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by zerbinetta | 2014-09-19 23:58 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

ショパンは麻薬 三浦友理枝 i like chopin II   

2014年9月19日 @佐倉市民ホール

ショパン:マズルカ第5番、ワルツ第9番「告別」、ワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」
ポロネーズ第6番「英雄」、アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ
舟歌 嬰ヘ長調、12の練習曲第5番「黒鍵」、第12番「革命」
スケルツォ第3番、第2番

三浦友理枝(ピアノ)


この間、三浦さんの演奏が凄く良かったよ〜って話をしてたら、気のきいた友達が誘ってくれたお昼の公演。仕事を休んで金曜日の昼間のプチ贅沢。昔、金曜日の妻たちへとかってテレビなかったっけ?(観たことない)

i like chopin IIと題されているからにはこの音楽会、シリーズの2回目。ショパンはたくさん書いてるから、このシリーズ3回目4回目はあるのでしょうか?どうしてloveじゃなくてlikeなのかなと思いつつ、この慎ましやかさがいいのかなとも思ってみたり。会場は平日のお昼にもかかわらず満員でした。平日のお昼は、勤め人は無理といいつつも、実際は仕事を休める人も多くいるから、音楽会の時間帯として(こればかりでは困るけど)ありだなと思います。新国のオペラも平日のお昼でも満席だったし。

ショパンのわりと有名な曲で構成されている今日の音楽会、前半が舞曲で後半が舞曲以外。曲の合間に三浦さんの短いお話(曲のことなど)があって、午後のゆるやかな時間を楽しむにはぴったりの選曲と雰囲気の音楽会でした。三浦さんのお人柄もあるのでしょうね。お話は、猫背気味ですごく上手というわけではないけど、自然な語りかけでとても感じが良かったですし、演奏も普通の音楽会のような緊張感もあって(イージーリスニングのように弾き流す感じではなくて(それがダメって言うわけではなくてそういう音楽の聴き方がされてもいいんだけど))、きちんと本格的な音楽会で音楽に向き合って聴きにきて満足できるものでした。わたし的には、後半の舟歌と2曲のスケルツォがうんとステキに思えました。

お話の中で印象に残ってるのは、三浦さんが、初めて大きな曲「アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ」を小学校の2年生のとき弾いたのを先生に褒められたとおっしゃって、すごいなって思ったこと。わたしはピアノを弾かないのでよく分からないんだけど小学生で弾けて単純にすごいなって思ったの。手も小っちゃいだろうし。

演奏は、とても心地良いショパン。張り詰めた感じや胸を突き動かされるような強い表現はないけど、その代わり、優しく包み込まれるような、いつまでも聴いていたい音楽。ショパンの音楽は、麻薬だと思うのだけど、三浦さんの演奏は、毒の部分は少なめかな。でも、やっぱり心をとろけさせる成分はしっかり残っているのよね。

アンコールには有名な「ノクターン」(記憶がこんがらがっているかもしれません)。やっぱりショパンは麻薬だ。早く次が聴きたくなってしまいました。ぜひ、第3回を。三浦さんは、室内楽もやってらっしゃるので、ショパンの室内楽(いい曲なんだよね〜)も聴かせて欲しいな。
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by zerbinetta | 2014-09-19 23:29 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

ジュリエット死ななかったよ 新日本交響楽団第93回定期演奏会   

2014年9月15日 @すみだトリフォニーホール

チャイコフスキー:イタリア奇想曲
プロコフィエフ:「ロミオとジュリエット」第1、第2組曲から
チャイコフスキー:交響曲第5番

松元宏康/新日本交響楽団


なぜか観客動員数の多い新日本交響楽団。今日もトリフォニーホールはほぼいっぱいで、いつも座ってる席には座れず(自由席)隅の方でした。すごいすごい。
今日の指揮者は松元さん。何となく名前を聞いたことのある人だと思ったら、前に愉しいハイドンをやった人だ。期待期待。

「イタリア奇想曲」はこの間聴いたばかりなので奇しくも対決となりました(勝手に)。でもやっぱりどうしても、いろんなメロディをつないだだけの曲にしか聞こえず残念。松元さんの指揮は、悲しげな旋律の歌わせ方が良かったり、でもむしろ楽しい部分で本領発揮。途中、おっ!!とびっくりマークふたつでニヤリとするようなポルタメントをヴァイオリンにキメさせて、あれ絶対、指揮者、やりーってどや顔してたハズ。というわけで「イタリア奇想曲」は今日の方が好きかな。

「ロミオとジュリエット」はバレエの物語が分かるように組曲版を再構成したもの、ってどこかに書いてあったような気がしたけど、聴いてみたら、えええええっっ!ジュリエット死なないじゃん。うううう、裏切られた〜(?)なんでぇ〜って思ったら、組曲1番と2番から抜粋再構成だって。ジュリエットの死は、組曲第3番なのよね。諸般の都合により組曲第3番の楽譜は取り寄せられなかったのかしら。演奏曲と演奏順は、次の通りなんですけど(数字は組曲の番号)、
「モンタギュー家とキャピュレット家」(2)、「少女ジュリエット」(2)、仮面(1)、「ロミオとジュリエット」(1)、「ティボルトの死」(1)、「僧ロレンス」(2)、「ジュリエットの墓の前のロミオ」(2)
僧なんていらないからジュリエット入れてよーーって心の中でじたばた。いくら、最初の版がジュリエットは死なずハッピーエンドになるからと言って、これはないよぉ〜。(ちなみにジュリエットは死ななくても最後の音楽は一緒です)(オリジナル版のバレエを観たことあるのがちょっぴり自慢♪)
演奏は、正直、わたし、このオーケストラがよく分かりません。上手いのか下手なのか。いいえ下手ではないんです。でもすごく上手いかと言われると、とても良く聞こえるときとそうでないときがひとつの曲の中でもあるような気がして、ううんとなってしまいます。もう1回くらい聴くとちょっとは分かってくるかなぁ。

最後は、チャイコフスキーの交響曲第5番。この曲も「また」ですね。名曲だし、最近だけでも何回か聴いているので、そろそろ新しいことがないと印象に残りません。ハードル高し。で、新日本交響楽団をまだ掴みかねてるわたしは、よく分かりませんでした。とても丁寧にきちんと演奏していたんですが、反面、引っかかるところがないというか、ちょっと要求高いんですけど、このオーケストラならそれを望んでもいいんではないかとも思うし。松元さんも大きな身振りで踊るように振ってらしたんですが、曲のせいかも知れないけど、前のハイドンのときのような愉しさがあまり感じられませんでした。あの勢いがこの曲にももっとストレイトに出てくればいいのに、とちょっともったいないな。

今回わたしの中に迷いみたいものがあってちょっと厳しめの文章になってしまったんだけど、真面目な良いオーケストラだと思うんですよ。また聴いてみたいと思うもの。
アンコールに演奏された「アンダンテ・カンタビーレ」は、じっくりと歌のあるしっとりした良い演奏で、交響曲で火照った気持ちを鎮めてくれました。


♪♪
新日本交響楽団の次の公演は、第94回定期演奏会が来年の3月15日、すみだトリフォニーです。
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by zerbinetta | 2014-09-15 01:40 | アマチュア | Comments(0)

デブ礼賛 文楽「不破留寿之太夫」   

2014年9月14日 @国立劇場小劇場

不破留寿之太夫

シェイクスピア(原作)
鶴澤清治(監修、作曲)
河合祥一郎(脚本)
石井みつる(美術)

豊竹英大夫、豊竹呂勢大夫、豊竹咲甫大夫、豊竹靖大夫
鶴澤清治、鶴澤藤蔵、鶴澤清志郎、豊澤龍爾、鶴澤清公

桐竹勘十郎(不破留寿之太夫)、吉田和生(春若)
吉田簑二郎(お早)、吉田一輔(お花)
桐竹紋臣(旅人)、吉田勘市(居酒屋亭主)
吉田玉佳(蕎麦屋亭主)、大ぜい(家来、町人)


オーケストラHALを聴いたあとは、初めての国立劇場で初めての文楽。ヴェルディの最後のオペラの元にもなってるシェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」と「ヘンリー4世」を翻案した新作「不破留寿之太夫(ふぁるすのたいふ)」。初めて観る伝統芸能、文楽がちょっとエキセントリックな新作、というのはわたしらしいけど(バレエを初めて観たときもかなり変わった作品でした)、ヴェルディのオペラで親しみあるし、これは何より観なくちゃと思ったんです。古典はあとで観ればいいから。

音楽会との間に時間がちょっと中途半端にあったので、早く着いてロビーで本でも読んでればいいかと思っていたら、国立劇場って時間前には(他の公演をやっていて(?))建物の中には入れないのね。情報館でヴィデオ観たり、仕方なく外のベンチに座ってたけど、冬だったり雨の日だったりしたら大変そう。これちょっと不親切すぎない?(有料のレストランみたいところはあります)

文楽を含めて日本の伝統芸能に全く詳しくないんでトンチンカンなことしか書けないんですが、文楽がロックだとすると(いやだって義太夫ってやっぱりかっこいいよ。太棹の音を谷崎潤一郎が絶賛してたのもこういうことだったのかって分かって)、今日の新作はパンク。だって、太鼓や笛(舞台裏)、琴が入ったり、太棹の弦を弓で弾いたり(普通しないよね?)、グリーンスリーヴスが聞こえたり。完全に伝統の傘のうちに乗せると思ってたら違っていたのでびっくり。伝統的な文楽の形を観たいと思った人にはがっかりだったかもしれないし、足りないところはあったのかもしれないけど、わたしは良かったと思いました。
大夫と三味線は始まりの部分と本編で変わったんだけど、本編の人たちは、素人のわたしでも分かる、全然違って力がありました。最初からすごいなとは思っていたんだけど、変わったらもっと凄くなって。作品を作った太棹の鶴澤さんって人間国宝の方だったんですね。至福。大夫の声が太棹とかの音色とものすごく合っていて、一体となって音楽を作るのが素晴らしかったです。音の少ないシンプルな音楽で長く時間をかけて作られてきたものの美しさを感じました。

文楽の人形は頭が小さくて10頭身くらい(?)。顔が小さいのは、表情が見づらいので舞台には不向きとも思ったんですが、大きければ重くなって操作ができなくなるし、小さな劇場で上演するから問題ないんですね。でも予想外(わたしは頭が大きな人形だと思ってた)のプロポーションの良さにモデル体型ねとクスッとしてしまいました。
3人で動かす人形は、人形劇をみてると言うより、本物の人が動いてるみたい。というか、人形遣いは人形に本当に命を吹き込むんですね。

初めて観る文楽は、新鮮で観に来て良かった。たくさん笑ったし、大いに楽しめました。今度は古典を観に来たいです。近松門左衛門とか観たいもの。

お話は、ヴェルディのオペラより膨らませた部分と省略した部分があって、でも、オペラを知っていればだいたい分かるし(っていうより日本語だから分かりやすいよね)、人間のペーソスは日本人も西洋人も変わらないし、人の様のおかしみは普遍的。ただ、日本の伝統芸能の文脈の中に取り込まれた物語は、日本の空気感を身に纏っていたように思います。人のおかしみ、哀しさが日本人のわたしにより身にしみてくると言うか。最後の空しさが、全ては冗談からそのあとに来る寂寥感に置き換わっていたように感じました。

不破留寿之太夫は無責任で怠け者、嘘つきで行き当たりばったり、とおよそ人間のくずだけど、享楽的なポジティヴさを併せ持ってるあまりお付き合いしたくない人。だけど惹かれてしまう。日本人としては、寅さんやバカボンのパパに通じる人。でも、彼の、戦いなんてそんなつまらないことして何になるんだ、酒でも飲んで楽しく暮らしていく方がよっぽどいいというのは、今の時代に突きつけられた命題なのかもしれませんね。不破留寿之太夫の独白で、他の人たちには不真面目なことのようで理解されなかったけど、現代の私たちの現状もとても似ていると思う。不破留寿之太夫は、不真面目な人物だけど、このお話の中に、誰も彼を理解しなくてもわたし(作者でありわたしであり)は彼を礼賛する想いのようなものが底にあったように思えるんです。人に迷惑をかけない程度に不破留寿之太夫のように生きたいと思ったのでした。

最後、グリーンスリーヴスはずるいなって思ったんですが、だんだんじんわりと感動しきて、劇場をあとにしながらゆっくりと泣いていたのでした。
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by zerbinetta | 2014-09-14 23:31 | 舞台 | Comments(0)