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水を得たハイドン エステルハージ室内管弦楽団第6回演奏会   

2015年4月29日 @セシオン杉並

ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」序曲
モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」
ベートーヴェン:交響曲第2番

松元宏康/エステルハージ室内管弦楽団


前回、エステルハージ室内管弦楽団を聴きに行ったとき、ハイドンの「熊」がそれはもうステキな演奏で耳について離れずにいたんですが、会場のセシオン杉並の近所(東高円寺)に美味しそうなラーメン屋さんが多いなって感じたんです。今度来ることがあったらぜひラーメン食べたいって。1年ぶりのエステルハージ室内管弦楽団、うう、長いからエステ室内管と略そう、の音楽会、またまたセシオン。それもお昼時。というわけでラーメン食べに行ってきました。あれ?違

エステルハージというのでハイドンのイメジが強かったんだけど(もちろんエステルハージ家が支援していた音楽家はハイドンだけではありません)、今日はハイドンなし。ちょっぴり残念。
で、音楽会は「セビリアの理髪師」の序曲から。愉しい音楽。指揮の松元さんは音楽を楽しく聴かせることに長けてると思っているので、この曲はお似合いかな、と思ってたんだけど、うむちょっとまだオーケストラにエンジンがかからない感じ。というか、アンサンブル重視で、細かい音符の縦の線を揃えようと音を小節線の上に置きに行っちゃうところがちょっと残念。ロッシーニのオペラのように、出てくる人が勝手にてんでバラバラに動き回って、でも結果としてなぜか全体が調和してる、みたいな自由さが欲しかったです。それから、第1ヴァイオリンが一所懸命強い音で余裕なく叫んでる感じがして、もっと柔らかい音って思ったんだけど、後の曲を聴いて分かった。このオーケストラ、人数が少ないので、がんばらなきゃ音量的にバランスがとれないのね。後の曲では、この点、あまり気にならなかったんだけど、ロッシーニは少し時代が下って、オーケストラも大きくなってるから、その音をイメジして書かれた、活躍する管楽器とのバランスをとるために弦楽器の人数がもう少し欲しいと思ったの。みんなが楽しそうに弾いていたのがとても良かったんですけどね。でも、今回が、初めてのロマン派の作品の演奏だったのですね。いよいよ新しい世界へ。これからを期待しましょう。このオーケストラだったら、メンデルスゾーンとかシューベルト?

2曲目はモーツァルトの「プラハ」。わたし、バカだからモーツァルトの交響曲第38番と聞いてどの曲か思い出せないんだけど、聴いたらああこの曲か〜って。でもその曲が、新鮮に響いた今日の演奏でした。という生やさしいものではない、びっくりしました。第1楽章がこの曲の、というか今日の音楽会の白眉だったと思うんだけど、複雑な対位法の音楽をそれぞれの旋律線をしっかりと明快に聞かせてくれる演奏にびっくり。それが音の勢いを伴ってカスケードが分かれたりくっついたりを繰り返しながら迸っていくの。これって「ジュピター」のフィナーレより凄くない?(「ジュピター」のは緊密で整ってる(整いすぎてる))
こういう音楽って初めて分かった。それに、さっと陰りの出るファゴットの2重奏とかのニュアンスの付け方。ステキです。第2楽章からもとても良い感じで、モーツァルトをちゃんと聴かせてくれる演奏だったと思います。テンポが速いというわけではないんだけど、スピード感があって枯れたところのない、大仰じゃない若々しいピチピチモーツァルト。

休憩後は、ベートーヴェン。地味な交響曲第2番なんだけど、わたしは、ひそかにとても好んでるベートーヴェンです。やんちゃぶりというかはっちゃけぶりが凄くて。ベートーヴェンの交響曲って1作ごとに革新があるんだけど、第2番はまさしくベートーヴェンがベートーヴェンになった曲。疾風怒濤。
さっき、今日の音楽会の白眉はモーツァルトの1楽章と書いたんだけど、全体的な音楽の充実は、ベートーヴェン。オーケストラにまだ不足を感じることはあったけど、若い音楽は、指揮者にもオーケストラにも合ってて、充実してました。それにティンパニの活躍。ちゃんと、小型の昔のティンパニで、このオーケストラ古楽器オーケストラではないんだけど、金管楽器とかピリオド楽器にするのは、難しいと思うけど、いっそ思い切って、ピリオド的なニュアンスを演奏に付けちゃったらどうだろう。似合うと思うんだけどな。とてもよく練習されてて、チェロのトップの人が中心でまとまるアンサンブルなのかな、でも皆さんが自発的で、ひとりひとりがちゃんと音楽に関わってる(少人数だからごまかせないし)のがうんとステキです。まだ、新しいオーケストラなので、これからの成長が楽しみです。古典を演奏するオーケストラというのもステキ。

ハイドンがないと思ったら、アンコールにハイドンの「月の世界」の序曲。珍しい曲だけど、一昨年の音楽会で採り上げているのですね(わたしは聴きに行けなかった)。さっきは、ベートーヴェンが今日の音楽会で一番充実と書いたけど、これが、一番のクライマックスでした。2回目の本番での演奏とあって、余裕のようなものを感じたし、初めて聴く曲だけど、なんかオペラのいいとこ取りみたいなステキな音楽でした。やっぱ、このオーケストラにはハイドンもいつもやって欲しい。
アマチュアのオーケストラでは難しいけど、同じ曲を何回かステージにあげて演奏できたらなっても思いました。

それにしても、ラーメンおいしかったな(またそっちか)。エステルハージさん、また今度も高円寺でやってくれないかしら。そしたらまたラーメン食べに行ける〜〜。夏なら冷やし中華〜〜〜。


♪♪
エステルハージ室内管弦楽団の次の演奏会は、11月22日の予定です(場所未定)。
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by zerbinetta | 2015-04-29 01:07 | アマチュア | Comments(0)

ウィンナワルツxフランスxバレエ=お洒落すぎっ 新国バレエ「こうもり」   

2015年4月25日 @新国立劇場

こうもり

ヨハン・シュトラウス2世(音楽)
ローラン・プティ(振付)

米沢唯(ベラ)、菅野英男(ヨハン)
八幡顕光(ウルリック)、今村美由紀(メイド)、他
新国立劇場バレエ団

アレッサンドロ・フェラーリ/東京フィルハーモニー交響楽団


不幸です。いつものように(あまり当たったことないけど)Z席当てようと虎視眈々としてたのに、抽選申込日を間違えて抽選会に参加すらできず。。。そして、バレエのZ席って当日分のがあまり捌けなくてお昼頃まで残ってることよくあるから、今日はちゃんと買ってあったチケットでマチネを観て、Z券を買ってソワレを観ようと思ってたのに、まさかソワレのチケットまでがお昼にはなくなってるなんて。。。というわけで、シクシク、「こうもり」は、1回だけです、観るの。「こうもり」のバレエなんて想像できなかったからまっいいか、と思ったんだけど、これがあとで大後悔。シクシク

さて、「こうもり」はヨハン・シュトラウスのオペレッタの音楽(ただし歌はほぼ抜き)にプティが振り付けたもの。わたしはてっきり、オペレッタと同じ筋だと思っていたら、そうではないんですね。登場人物も違ってきてるし、こうもりが主役のヨハンになってる(オペレッタの方は、こうもりは主役の友達に付けられたあだ名)。そしてほんとにこうもり。夜につばさが生えて他の女の元に飛んで行く〜(悪を倒しに行くのはバットマン)。もちろん暗喩でもあるんですけどね、浮気男の。夜の蝶の男版?(と思ったら夜の蝶って意味が違う。。。) このストーリー変換はテキパキして素晴らしい!

感想は一言で言うと言葉がないくらい素晴らしかった。
だとブログが成立しないので蛇に足を書き足し書き足し。4つ足の蛇。
残念ながら万年素人のわたしには、足先がどうのジュテがどうの、なんてことは言えません。それどころか、顔認識能力に欠けるわたしは、途中で、どちらがヨハンでどちらがウルリックかこんがらがる始末。そんなだから、お恥ずかしい限りなんだけど、でも、すうっと舞台を楽しむことは得意。ほんとみんながとても良くて、やっぱり新国バレエは安心して物語の中に浸れるステキなバレエ団。ひとりひとりがちゃんと上手くて、ほぼ日本人の均一的集団は、見た目も踊りの質も揃っていてきれい。これは、ほぼロシア人で体型まで揃えてくるマリインスキーみたいなロシアのバレエ団と共通する美質。もちろん、これって同時に多様性から得られる美質に欠けてるってことにもなるんだけど、もうこれはどうしようもないよね。ただ、ロシアのバレエ団よりも緩い感じがして、わたし的にはそれは居心地がいいの。
そしてもうひとつ、もしかするとわたしが日本人で、同じ感覚を持っているからかもしれないけど、新国バレエって今日のようなコミカルな作品が実に得意なように思えるんです。おしゃれなんですよ。どちらかというとこてっとしてもったりした感じの爛熟のウィーンの音楽を、プティはお洒落に換骨奪胎してるんだけど、それが、軽さのあるバレエ団に合っていて、とてもステキ。それにしても凄い化学変化よね。ウィーン、フランス、日本。それを全部いいとこ取り。今回の演目、これをそのまま、ウィーンの国立歌劇場に持ってったら、と妄想しました。本場ウィーン国立歌劇場のオーケストラのワルツで、フランス人の振付を日本人のダンサーが踊るって。夢みたい。(ウィーンのダンサーさんたちが黙ってはいないと思うけどw、ウィーンのダンサーが踊るウィーンの音楽とは、違った味わいがあって自信を持ってステキって言える。って言うか、多分、どちらもステキに違ってると思うんだ。

ここで演奏について書くと、フェラーリさんって、シャイーさんをひとまわり小っちゃくしたみたい。じゃなかった、東京フィルのピットは相変わらず安定のクオリティ。ただ、でも、ウィーンの音楽はウィーン訛りのウィーンのオーケストラで聴きたくなっちゃったのも事実。ウィーン・フィルのワルツってやっぱ、独特の本場感(リズムの付け方、音の動かし方に真似のできないものがある)。でも、踊りはエスプリの効いたフランス風なので、無国籍感のある演奏もいいんだけどね。基本、ここに来て音楽でがっかりすることはほとんどありません。外国のバレエ団とは大違い。

唯さんのベラは、最初の倦怠期の夫婦(というか妻に飽きた夫になおざりにされてる妻)から魅力全開。踊り手としてだけではなく、演技者として、大きな目が語る表情がほんとにステキで素晴らしいの。ちょっと難しい役かなぁと思ってたんだけど(お姫様とは違うから)、全然良し、彼女のベラをたっぷりと見せてくれました。そして、変身して舞踏会に行くところでは、オディールのように蠱惑的。女って怖いわ〜〜。実際の彼女にもこんな二面性あるのかしら?なんて勘ぐってみたりして。わたしは、唯さんのベラを観て幸せだったんだけど、くーーーー、残念なことに、初日を飾った絢子さんのベラもむちゃくちゃ良かった模様。そして、後日の、引退公演となった湯川さんのベラも特別なものであったよう。それらを観そびれたのは悔やんでも悔やみきれないっ。やっぱり、バレエは無理してでもキャスト違いで全部観ておくべきだなぁ。良い悪いでなくて、違いを見ることで作品の理解も深まるしね。(「こうもり」がこんなにステキな作品だと思ってなかったわたしのばかばか)

男性ふたりも負けてはいません。コミカルな役をほんと楽しむように踊り演じていて、こちらまで楽しくなっちゃう。生き生きしてるんだもの。役作りの上手さと、据えものでなくてしっかりと見せ場のある役はやりがいあるんでしょうね。お洒落でステキでこんな男性近くにいたらお近づきになりたいわ。羽根が付いてたら嫌だけど。

もうひとり、メイドの美由紀さんもかわいらしいコミカルな演技で目を引いていました。彼女、この間の「バヤデール」でもちょい役なのにしっかり目に留まったので、人の目を惹きつける魅力に溢れているのでしょう。こういう人が舞台にいると舞台が明るく締まってステキですね。

それにしてもステキで幸せな舞台だったのに、悔やんでみたり。バレエってなんか、罪だわ〜。泥沼。。。それもとびきりステキな♥
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by zerbinetta | 2015-04-25 16:26 | バレエ | Comments(0)

自然に湧き出たブラヴォー 新交響楽団第229回演奏会   

2015年4月19日 @東京芸術劇場

ショスタコーヴィチ:祝典序曲
橋本國彦:交響曲2番
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

湯浅卓雄/新交響楽団


池袋の東京芸術劇場のエントランスにはなぜかたくさんのインド人。ウェストゲートパークで何かイヴェントがあったのでしょうか。雨が降ってきたので雨宿り?
そのたくさんのインド人の間をすり抜けて、音楽会は新交響楽団。ショスティの10番。ショスティの交響曲の中では第5番に次いで人気よね。カラヤンも演奏してたし。そして今日のもうひとつのお楽しみは、ショスティと同年代の日本の作曲家、橋本國彦。っていっても名前さえ初めて聴くんだけどね。

まずは、ショスティの祝典序曲。吹奏楽で聴いたことがあるので、クラリネット活躍するし、吹奏楽版がオリジナルと勘違いしてましたが、オーケストラがオリジナルなんですね。こういう、スポーツカーでハイウェイを疾走するような曲と演奏は、高性能オーケストラにぴったりですね。軽々とさすがでした。スカッと。

2曲目は橋本國彦の交響曲2番。初めて聴く人。1904年生まれ49年没で、戦前から戦後にかけて、アカデミズムでも大衆音楽の分野でも活躍した人みたいです。お弟子に、矢代秋雄や芥川也寸志、黛敏郎らがいるんですね。戦前、戦中は、軍歌とか皇紀2600年奉祝曲として交響曲第1番を書いて時流に乗った活動をしています。その(戦争)責任を自ら取って大学を辞めたみたいですけど、今日の交響曲第2番は、新憲法制定を記念して書かれた音楽。というのは知らなくても全然オッケー。
びっくりしたんですけど、弟子にアヴァンギャルドな黛とかいるのに、それに反してなんて平明な曲。頭をからにして素直に楽しむのが吉な音楽。聴いててニコニコしてくるような明るくて、だれが聴いても楽しめる、クラシック音楽は聴いてみたいけど難しそうって敬遠している人に聴いてもらいたい音楽なんです。あからさまな5音階とか和風なところは、ほとんど聞こえない西洋音楽(ロマン派風のシュトラウスを加味したドヴォルザークに近い感じでしょうか)。それでも、日本人と思わせるのは、底に流れるある種の血かな。前に、USにいた頃、ラジオからインストゥルメントのポップスの音楽が流れてきたの。知らない曲だったけど、なんとなく親近感を覚えたら日本の曲だった。完全に西洋音楽なのに。という経験があるので、わたしにはまだ説明できない日本人の血、みたいなのが日本人の作る純西洋音楽にもあるんだと思う。橋本の交響曲にもそれを感じました。
それにしても青い空を思い浮かべるような音楽だなぁ。そして、ホルンに出てくる旋律がわたしの涙腺を直接刺激する。まずいよまずい。泣いちゃうぢゃないか。それに、1楽章の真ん中の盛り上がりもなんか涙腺わしづかみにするのよね。第2楽章も明るく楽しいマーチで始まってそれがいろいろ変奏されて、作曲家の腕の良さを感じるの。構成感といいきちんと計算されている感じ。こんな音楽が日本で書かれていたのね。前に聴いた、安部幸明のときも思ったけど、日本人の敢えて純西洋音楽って知らないだけで意外と名曲あるんだわ。和風ばかり(あと武満)が日本の音楽じゃない。
演奏は、ステキでした。だって、過不足なくこの音楽の魅力を伝えてくれたから。こういう音楽に目を開かせてくれたのも嬉しい。発掘していろいろ聴かなきゃ。わたし、日本人なのに日本のクラシック音楽のこと全然知らない。これじゃダメ。

休憩後はショスティの交響曲。暗くうねうねした始まりからショスティの世界に引き込まれていく。湯浅さんの指揮も真摯にこの音楽に向き合って、音ではない音楽を伝えていたし、それに応えてるオーケストラもすごい。木管楽器のソロも、それぞれめちゃ上手いし、参りました。もうここまで来るとアマチュアだのプロだのと言ってられない。そして、超高速で疾走する暴れ馬のような第2楽章。モーツァルトが疾走する哀しみだとするとショスティは疾走する狂気。これが暴走にならなくて、びしびしと決まるからスリリングで、息を飲んで一緒に走ってゴールを切ったときは、ぷはーっと爽快感。思わずひとりのお客さんからブラヴォーが出たけど、分かるよ分かる。ここではブラヴォーこそ自然。そういう演奏だもの。
続く、ちょっとおどけたような、でも途中で痛烈に孤独になる、緩徐楽章のようなスケルツォのような楽章。ここでちょっと疵が。前の楽章をパーフェクトに乗り切った安堵感か、疲れからか、アンサンブルが乱れたり、音程がずれたり。だんだん修正してきて小さな疵でしかなかったんだけど、せっかくブラヴォーが出て間がちょっとあいたんだから、音合わせをして音楽をリセットする余裕があっても良かったかなと思いました。これでもかこれでもかと現れるショスティ自身とホルンのソロの愛人さんのシグニチュア音型の諧謔と孤独感といったら。ずんと身につまされる思いでした。絶望が音楽になってる。
一転、フィナーレでは孤独の後に妙に浮かれ出して、楽しげに終わる支離滅裂さ。これが20世紀の人間だよね。いろいろ引き裂かれてしまった自我。演奏の方は、全てを出し尽くした感じ。オーケストラの上手さももちろんだけど、それ以上に、ショスティの音楽をいろいろ考えさせられたのが良かったのです。会心の演奏だったと思います。大好きなショスティに新発見の橋本。わたしも満足感でいっぱい。


♪♪
新交響楽団の第230回演奏会は、7月26日、東京芸術劇場です。
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by zerbinetta | 2015-04-19 22:52 | アマチュア | Comments(0)

見た!ブルックナー・トイレ! カンブルラン/読響 ブルックナー7   

2015年4月10日 @サントリーホール

リーム:厳粛な歌 ー歌曲付き
ブルックナー:交響曲第7番

小森輝彦(バリトン)
シルヴァン・カンブルラン/読売日本交響楽団


どうやらわたし、読響とはとても相性悪いかも。と思いました。結構たくさんの人がこのオーケストラはいいとおっしゃるのだけど、わたしにはどうもそんなに上手いようには思えなくて。コンサートマスターが日下さんのときはわたしもいい感じとは思ったんだけど。。。今日は弦楽器とホルン、ワーグナーチューバはとても良かったのにね。
と、珍しくオーケストラ評から書いてみました。

今日はブルックナー。カンブルランさんのブルックナーってなんか想像できないんだけど。ってね。カンブルランさんは1度しか聴いたことなくて、それも「トゥランガリーラ」だったので勝手にゲンダイ音楽系の指揮者だと思っていました。実は彼のことちっとも知らないんですよ。

サントリーホールは、結構空席が目立ちました。ちょっとびっくり。「トリスタン」の安い席を確保するために会員になったのにこれなら1回券で良かったかなーなんてセコイことを。でも、シーズン通してちゃんと聴けるからいいよね。ブルックナーだからお客さん少ないのかな、とわたしは思ったんだけどどうやら前半のリームのせいでお客さんが少なかったらしい。同時代の音楽が苦手というか拒否する人が多いのね?もったいない。音楽会って音楽文化の創造の場だからむしろどしどし新しい音楽を演奏すべきなのにね。どこかの国のように、助成金を得るには(日本は助成金出してないんだっけ?)、音楽会の何割かは自国の(新しい)作品を含めるとかすればいいのに。

でも、リームさんの曲ってそんなに聴きづらい音楽ではないです。普通に暮らしていれば普段耳にすることもある程度の音楽。映画やテレビで流れてる音楽だってずいぶん前衛的な音楽あるからね。わたしたちはすでに知らずにそういう音楽に耳馴染んでる。
オーケストラは、ヴァイオリンが除かれていて、いつものヴァイオリンの席にはクラリネットやその後ろにファゴット。管楽器も高い音のフルートやオーボエ、トランペットが使われてないのね。オーケストラの低い音の楽器による響きが、ちょっとワーグナーチックな重暗い雰囲気を湛えます。何か懐かしさを感じるのは、音楽が、元が分からないくらいのとても短い引用の断片でできてるからでしょうか。でもその響きに聞き覚えを感じたんです。あっ、ラヴェルっぽいとか。歌付き、ということなんですが、歌が出てきたのは最後の方の曲。バリトンの小森さんがとっても素晴らしかった。初めて聴く曲なので、演奏の良し悪しは分からないんだけど、少し中弛みをした部分もあったように思えるけど、わたし的には、響きの紡ぎ出し方の良いステキな演奏に聞こえました。この曲聴けて良かったもの、と思えたから(実は遅刻しかけてた)。

休憩時間に外に出ると、おおお!男子トイレに長蛇の列!これが噂のブルックナートイレかぁ。でも、交響曲第7番はそんなに長くないし、前半も短めだったので、トイレに行くこともないと思うんだけど。もしかすると交響曲第8番のときはもっと長い列になるのかな。見てみたいなぁ。(ちなみに、ブルックナーをやると男たちが集まるのは日本特異の現象みたいです)

で、いよいよブルックナー。弦のトレモロが始まって、うう、美しいトレモロ。今日のブルックナー、弦楽器、特にトレモロが良かったんですよ。そしてチェロとホルンの歌い出しの息の長い旋律にカンブルランさんの音楽の捉え方を聴いた気がしました。フレーズを2つ単位でとるというか、4/4(4つ振り)ではなくて2/2(2つ振り)で感じる振り方、弾き方。もちろん実際に指揮者が2つ振りにしているわけではないけど、フレーズのまとまり方がそういう風に聞こえたの。流れを重視してるんだと思うのだけど、わたし的には、つるつると流れ過ぎちゃって喉ごし爽やかだけど味にコクがないな〜なんてビールの宣伝のように感じました。でも、音楽はスタイリッシュで、澄んでいるけど重さもあってカンブルランさんの考えているとおり。木管楽器にちょっと色不足が感じられたり、全体的にオーケストラの弱さが出てしまったけど、読響は誠意を持ってカンブルランさんの音楽を音にしていたと思います。そういう意味では、カンブルランさんのやりたい音楽がよく分かった良い演奏でした。わたしの好きなタイプのブルックナーじゃないけどやりたいことの伝わる演奏って好き。第1楽章の最後のアチェレランドなど、それにしてもブルヲタさんの神経を逆撫でするような演奏でしたね〜。ブルヲタさんは来てないかもしれないけど。。。

あとで人づてに聞いたら、この演奏だいぶテンポが速かったみたいですね(1時間を切ったの?)。わたしは速めのテンポだな(特に第2楽章)とは感じたけど、速すぎるとは思いませんでした。むしろそんなに速かったのかとびっくりしたくらい。わたしはテンポのことよりも、全体的な構成が音楽をひとつの枠、フォルムのある交響曲として枠の中にあるものと捉えられていることが気になりました。もちろん、ブルックナーの交響曲ってブラームスのような絶対音楽で決してロマンティックじゃない構造的な音楽だとは思うんだけど、と、同時に(矛盾してるけど)宇宙に向かって解放されてると思うんです。閉じてないものを閉じてるように捉えているのが、わたしとは別の道かな、と。

一番良かったのは、この雄大な音楽の中にあって短いし、軽いと言われてるフィナーレ。3つの性格の異なる主題をテキパキと上手くまとめて愉しい音楽にしていました。金管楽器の開放的な響き(ちょっと音が汚かったこともあるけど)もステキ。ブルックナーの遊び心が素直に表現されていてこれはいいねを押したくなりました。

わたしの好みの演奏ではなかったけど、とっても面白かったので満足。面白いは正義!
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by zerbinetta | 2015-04-10 00:16 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

全てを音楽に 大野和士/都響 音楽監督就任記念公演   

2015年4月8日 @東京文化会館

マーラー:交響曲第7番

大野和士/東京都交響楽団


いよいよ、新監督、大野さんと都響さんの新シーズン開幕!と言っても、サントリーホールの方の定期はすでに先週開幕(シュニトケの合奏協奏曲第4番/交響曲第5番とベートーヴェンの交響曲第5番)で一足遅れだけれども、本拠地、文化会館でのシーズン・オープナー。そう言えば、日本はオーケストラの定期公演4月始まりなのね?(確か秋始まりのところもあったような気がするけど)

今日は、プレコンサート・トーク(ってちゃんと正しく言おうよ。プレトークじゃ意味が通らない)がありました。大野さんが熱くマーラーの交響曲第7番について語っていたのですが(大野さんが熱い人だとここで知りました)、ううむ、物知りのマーラー好きの人が聞いたら噴飯もののめちゃくちゃなこと言ってたな。という揚げ足取りはさておいて、ずいぶん明確に絵画的(物語的?)なイメジを語るんだな〜。初めて聴く人には分かりやすいと思うけどそんな演奏になったら嫌だなぁと思ったら、そんな演奏になったんですけどちっとも嫌じゃなかった。というかむしろ凄く面白かった。そのお話はまたあとで。大野さんはこの曲を全部夜の音楽とおっしゃっていましたが(一般的な時流では夜の音楽と言及のあるのは第2、第4楽章だけで「夜の歌」というタイトルは最近付けなくなってるんですが)、フィナーレが真昼の音楽でなくて夜の音楽とおっしゃっていたのがびっくりで、どんな演奏になるんだろうと、心配しつつワクワクでした。

大野さんと都響の演奏は、第1楽章から全曲に渡って速めのテンポを基本にして、かなり意識的にぐいぐいと推し進めていく感じです。叙情っぽいところはテンポを落として歌わせるし、さくさく進んでいくようでちゃっかりテンポを動かしてるんだけど、結構ドライヴして作ってくるので推進力が勝るんです。ただ、第1楽章はぎこちないところがあって、歌う部分で歌い切れていない感じがしました(そういう表現をしたかったのかなとも思ったんですが、そのあとの楽章ではそうではなかったのでまだ固かったのでしょう)。そして何だかうるさい。オーケストラの音が耳をつんざくように鋭くて荒いの。打楽器は過剰なまでに耳に付くし(決して鳴らしすぎてるというわけではなくて音の質が棘のよう)、都響ってこんなオーケストラだっけ?それとも都響の実力ってこんなもの?とも思ったけど、多分、大野さんがわざとそうした音楽にしてると思う。それは、マーラーのうるさい音楽と指揮姿をカリカチュライズしたマンガのイメジ通り、マーラーの生きた当時、彼の音楽を聴いた人には、こういう風に聞こえていたんだろうなって思えたから。本質的にはピリオド・アプローチなのかもしれませんね。
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大野さんって根っからのロマン主義の人じゃないよね。トークの時もおっしゃってたけど、夜が怖いと思ってるもの(子供の頃夜が怖かった)。ロマン主義って「トリスタン」の昼の世界の否定と夜の世界での陶酔に象徴されるように、夜(死、愛)への憧れだと思うから。夜を怖いものと見なしてしまえばロマン主義は理解できない。そう、大野さんは、この音楽をロマンティック=19世紀に爛熟した音楽としてではなく、彼の本能的に20世紀のヒンデミットのように演奏したんです。マーラーっていろんな解釈ができて、いろんな演奏があって面白いんだけど、大野さんのマーラーは、非ロマン主義に徹底していて良いと思う人もいるだろうし、一切受け付けられないと思う人もいるって感じ。評価が割れるのは避けられない。

第2楽章に入るとさらに夜の恐怖が深まって(実際にこの曲の中でこの楽章が一番夜)、大野さんは恐怖のあまり、大声で歌って恐怖を誤魔化してるみたい。とにかく音で満たして暗闇を走って帰ってくる子供。音楽も次から次へと音がやって来て息つく間もなく進んでいく。ちょっと息苦しかった。
そう言えば、夜の音楽の中鳴るカウベル。でも、牛って夜寝てるよね。じゃあカウベルを鳴らしてるのは?魑魅魍魎?と想像したら大野さんの音楽が少し分かった気がした。やっぱり怖いんだ。
でも、それにしても大野さん、マーラーの書いた全ての音を、至る所で別々に発展していく対旋律をちゃんと聞こえるように演奏する手腕は凄い。それに珍しい音を奇妙に強調させたりして(木管楽器のベルアップも徹底して)、今まで聴いたことのなかった変な音も聞こえたり面白いの。今日はテレビ収録もあったからあとでいろいろ確かめてみたいです。

魑魅魍魎が現れちゃう第3楽章も積極的に表現主義的。魑魅魍魎、悪魔の音楽だから、音楽的を超えて極端に言えば耳障りな音となるのも厭わない。ヴィオラのアクティヴでスピーディーな突っ込みもスリリングでした。つるつるした飛び石を跳ねて川を渡るような不安定な音楽が楽しかったの。悪魔踊ってる。楽しげに。

一転して、明るいセレナーデ。突然の闖入。宴たけなわの輪を外れて、木の陰で愛を囁き合う悪魔の恋人。ってかなりこじつけだろうけど、夜の文脈で言えばしょうがないかな。普通の恋人が悪魔の宴に闖入したら食べられちゃうじゃない。ただのバカップル?ということはさておいて、なぜか音楽は、ピタリとそこにはまってる。そして、わたし的にはこの楽章が今日の演奏の中で一番好きでした。チェロに出てくるふくよかな叙情的な部分のコントロールがしっかりされていて、ちょっとだけテンポを落とした表現が上手くはまってたの。

このまま行くかなと思ったら、予想に反して間を開けて始まったフィナーレ。もうこれは超ごった煮。闇鍋ですかーー?ありとあらゆるものが音楽の中に放り込まれては、加速されて放射される回転するエネルギー。大野さんが夜だとおっしゃってた意味分かった。まさにワルプルギスの夜のらんちき騒ぎ。「幻想交響曲」の最後の楽章。面白かったーー。最後、打楽器3人がやおら立ち上がってカウベル打ち鳴らしたとき、牛の大群が襲ってくるかと思ったよ。
大野さんの就任記念公演のテーマはごちゃ混ぜ。シュニトケの曲もそうだけど、全てのものを巻き込んで音楽にする力、意思を感じることができた。そしてそれはベートーヴェンの交響曲の勝利につながる音楽の神に与えられた特別の力。大野さんは巫覡になろうとしているのかもしれない。(サントリーの方は聴いてないけどきっとね)

全体を通して、暗いところからだんだん明るくなるように1本の筋が通っていたのもステキ(前にバレンボイムさんのユニークな演奏を聴いたときにも同じこと感じた)。全ての楽章が一連のつながりを持っていたし、フィナーレも浮き上がらずにちゃんと音楽の中のあるべき場所にあった。音楽としては強引なところもあったけど、それを辣腕でまとめ上げた大野さんも凄い。いいもの聴いた感じ。と同時に好みかと問われたら、わたしはもっと艶っぽいのが好きと答えるけど。

大野さんと都響の新時代、楽しみです。吉と出るか凶と出るか。大野さんでは、ベートーヴェンやブラームス、ちっともロマンティックじゃないシューマンも聴きたいなぁ。ショスティとかヒンデミットとかストラヴィンスキー。これは当たり前すぎて面白くない?
ただ、大野さんの登場が、今期、サントリーと文化会館での18回の定期公演のうちたった3回のみというのは残念、と言うか酷い。1年目のスケジュールの関係でそうなったのかもしれないけど、来シーズンからはもっとちゃんと関係を持って欲しい。せめてシーズンの1/3くらい振らないと。こういうことって日本の音楽業界の人は批判しないのかしらね〜。
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by zerbinetta | 2015-04-08 15:16 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

W150年Wティンパニ 東京楽友協会交響楽団第98回定期演奏会   

2015年4月5日 @すみだトリフォニーホール

ステーンハンマル:交響的序曲「エクセルシオール!」
シベリウス:交響曲第6番
ニールセン:交響曲第4番「消しがたきもの」

中田延亮/東京楽友協会管弦楽団


アマチュア・オーケストラの中で好きな団体のひとつ、東京楽友協会交響楽団(これどう短縮すればいいのですかね?楽友?東楽?楽友管?)。ニールセンをやるというので聴きに行きました。あとの曲目は知らなかったんだけど、会場に行ったらシベリウスをやるというので喜んだり(交響曲第6番大好きなんです)。ニールセンとシベリウス、どちらも生誕150年なんですね。ニールセンとシベリウスが同い年というのは知りませんでした。シベリウスは記念年に結構たくさん演奏されるみたいなのに、ニールセンは地味だなぁ。この際、めちゃくちゃ宣伝すればいいのに。

まずはステーンハンマルの「エクセルシオール!」びっくりマーク付き!作曲家初期の作品。シュトラウスやワーグナーの影響が目立って聴き取れる曲だけど、北欧テイストのところもあって、聴きやすい佳曲。プログラム・ノートによると、作曲家はその後、友達(だったかな)のアドヴァイスによってシュトラウスを離れ北欧の音楽の特徴を示す作風に変わっていったそうなんだけど、ううむ、余計なアドヴァイス。ワーグナーのリングみたいな北欧関係のリタレチャーの音楽をこの路線で作って、北のワーグナーとか言われて欲しかったな。初めて聴く曲(というかステーンハンマルの曲も初めてだ、きっと)をちゃんと良い曲だと思うに十分な演奏をしてくれたオーケストラも立派です。楽友協会、決して最高に上手いアマチュア奏者を集めているわけではないけど、どこのパートも穴がなくてバランスがとれていて安定しているんですね。安心して聴けます。

2曲目はシベリウス。この曲って細かい音符を合わせるのが難しいと思うんですよ。というかシベリウスはわざと合わないように書いている(この曲に対しての言葉かどうかは分からないけど、シベリウス自身がそう言ってる)。きちきちに合わせたら音楽の本質が失われちゃうけど、ばらばらでもダメという微妙なさじ加減。さあどうなるでしょう?
始まりの弦楽器のアンサンブルやところどころ指揮者の要求するピアニッシモに応えようとして音に力がなくなっちゃったり(でも、指揮者にそれを要求させたところはさすが)、合わせづらいところを合わせにいって逆に音楽が飛んで音符になっちゃったりしたところはあったけど、十分すぎる演奏でした。何だか、カラヤンの指揮した演奏に似ていたんですけど、中田さんカラヤンのを聴いて参考にしたのかしら?わたしの好きなタイプの演奏だったのでうっとり。

休憩のあとは、ニールセン。聴く前は、ニールセンなら交響曲第5番よね、なんて中二病的ナマ言ってたんだけど、聴き終えたら4番かっけーーー!!になった。なんてエクサイティングな演奏。熱いよ熱い。この曲本来が熱いものね〜。のっけから火花が散るんだけど、前に聴いたサー・コリンさんのオーケストラを振り落とさんばかりの快速テンポではなくて(そういうテンポが最近の流行りだって聞いた)、わたし好みの堂々としたテンポ。音が迸るような始まりと対照的に静寂が訪れる木管楽器のかわいらしい音楽。この曲、ティンパニも凄いけど木管楽器も大活躍よね。すっきとした涼しげな音で木管楽器のアンサンブルとても良かった。静と動の強烈な対比。全てをなぎ倒さんばかりの暗い力。そして未来に向かって切り開いていく強烈な意思。生の持つ本質的な力。そんな作曲家の思いと演奏者の思いが音になって溢れてく。そしてなんてかっこいい。ダブル・ティンパニの乱れ打ちも凄かったけど、ヴィオラのトゥッティの突っ込みとか、チェロのソロとか(めちゃ上手かった)、フィナーレの荒波に揉まれながら突き進む船のような金管楽器(ってなんていうはちゃめちゃな喩えだ)、そして最後にようやく現れる勝利。最後の音のひと押し、金管楽器の人たちの「息がーーーっ」の心の叫びが聞こえたよう。オーケストラももちろん立派だったけど、オーケストラの能力をより以上に引き出した中田さんにもブラヴォー。アマチュアだからって妥協することなく、情け容赦なく音楽の要求をしてこれだけの演奏を為し得た力は素晴らしいです。指揮する姿が音楽の要求を的確にオーケストラに示していたのもステキでした。

このオーケストラますます好きになりました。次回も楽しみにしています。


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東京楽友協会管弦楽団の第99回定期演奏会は、10月4日、すみだトリフォニーホールです。
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by zerbinetta | 2015-04-05 14:15 | アマチュア | Comments(0)

掛川お茶大使は男前 長尾春花 アンサンブル・フォルツァ・ウ〜ノ第7回演奏会   

2015年4月4日 @杉並公会堂

モーツァルト:歌劇「魔笛」序曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
ベートーヴェン:交響曲第5番

長尾春花(ヴァイオリン)
田尻真高/アンサンブル・フォルツァ・ウ〜ノ


ウ〜ノの伸ばしはなぜか波線。
というのは置いといて、オーケストラの名前がどういう由来なのかは分からないけど、ベートーヴェンの交響曲を指揮者なしで演奏できるくらいを目指す(実際に指揮者なしでするのではないけど)少人数のオーケストラだそうです。今日は交響曲第5番。指揮は田尻さん。

始まりは、モーツァルトのオペラ「魔笛」の序曲。むむむ。このオーケストラは、2007年結成だから8年目。年に1回の演奏会をしてるみたいで、今回が7回目の演奏会なんだけど、まだ、オーケストラの基礎体力ができていない感じ。特に弦楽器の弓圧が低くて音が痩せてるような気がするの。決してダメとか下手とかいうのではなくて、音楽はみんなひとつの方を向いているから、練習していくと上手くなると思う発展途上。オーケストラは1日で鳴らず、よね。

で、ヴァイオリン協奏曲は置いておいて(おいしいものは最後に残す主義)、ベートーヴェンの交響曲第5番は、やっぱり難しい。アンサンブルの微妙な乱れが音楽にもろに出ちゃうし、いきなり休符から始まる音楽は合わせづらい。ので、始めのうちは少し危なっかしかったんだけど、音楽が熱を帯びてくるにつれて勢いが出てきて、フィナーレでは、オーケストラものってきたと思う。ゴールまで走り切った爽快感の残る演奏になりました。

アンコールは、「エグモント」の序曲。最初の弦の音がずっしりと重くて、打って変わってやればできるじゃんって思いました。小編成で指揮者なしでも演奏できるくらいを目指す高い理想を持つオーケストラ。ぜひ、その明確な理想に向かって歩んでいって欲しいです。目標がはっきりしてると迷わないものね。コンサートマスターの人ちょっと引っ込み思案だった感じがしたので、ぐいぐいオーケストラを引っ張っていけるようになればいいな。

で、今日のハイライト。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ソロを弾いた長尾春花さんは初めて聴きます。お名前も初めて。プロフィールを見るとまだ若い、今藝大の博士課程にいらっしゃるのですね。そして、プログラムと一緒に配られたクリアファイル、何々、お茶?と訝しんでたら、春花さん、生まれ故郷の掛川のお茶大使でもあるんですね。お茶の宣伝。
ステージに現れた春花さんはとってもかわいらしい、小柄な方。速めのテンポでオーケストラの序曲が始まって、ドキドキしてたら、春花さんの最初の一音からカキーンときた。ちょっと緊張してらっしゃる感じだったけど、ヴァイオリンの音がソリストの音!艶やかではないけどとても豊かで、音楽が全てソロに集中する吸引力。そしてこの曲を何と、さくさくと叙情性を排して弾いていくの。漢(おとこ)だわ。男前。見た目と音(音楽)のギャップはもうひとりの漢、ピアニストのグリモーさんを思い出しちゃった。普通、夢見るように弾かれる高音のフラジオレットも、
凜とした豊かな音(すごい)で、しっかりと目を開けて前を見つめている感じ。このリアリスティックなチャイコフスキー好き♥オーケストラの方もなんか春花さんに巻き込まれてるみたいで、ばしばし弾いていくのだけど、オーケストラのみのトゥッティでヴァイオリンに先行するところ、田尻さんが切り込むようなアチェレランドをかけて、オーケストラもヴァイオリンもアグレッシヴ。でも決して春花さんのソロは、荒くならずに丁寧に音楽を進めていくの。
叙情的な第2楽章も同じ。でもね、歌が素っ気ないとかそういう感じが全くなくて、チャイコフスキーの音楽を蒸留して不純物を除いたらこんなに透明になったって感じ。この路線で行く第3楽章が悪かろうはずなく、冷静さと興奮を同時にまき散らしながら、跳ね回る、踊り回る。前進するエネルギー。久しぶりに見つけたって感じ。宝物にになる原石を。
アンコールにはバッハの無伴奏から、ソナタ第3番のラルゴ(ちょっと記憶が曖昧)。バッハの方も音楽をたゆまず推し進めるような流れの強い演奏。でもこちらは、少し立ち止まって路傍の花も見て欲しかった。小さな世界にも耳を凝らしてみると聞こえてくる精巧な美しさがあるから。

この人凄い!ファンになるぅ。日本に帰ってきてから追っかけようと思ったふたりめのヴァイオリニスト。ヒラリー、アリーナ、今は読響の瀧村さんに続いて通算4人目のプチ追っかけ。瀧村さんとは全く違うタイプ。瀧村さんがほんわかしていてソロよりもアンサンブル(オーケストラに入ったのは良い選択。室内楽もぜひ)の人なのに対して、春花さんは根っからのソリスト。これからどんな風に成長していくのでしょう。チャイコフスキーを一度聴いたきりなので、どんな音楽が向いているのかまだ分からないけど(ブラームスやシベリウスで聴いてみたい気がする)、なんかずっと聴いていきたい。わたし絶賛。長尾春花さん、ぜひ機会があれば聴いてみて下さい。素晴らしい(きっと、しくなる)ヴァイオリニストですよ。


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アンサンブル・フォルツァ・ウ〜ノの第8回演奏会は、来年2016年4月9日、杉並公会堂の予定です。
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by zerbinetta | 2015-04-04 10:13 | アマチュア | Comments(0)