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大人の理性が 子供のためのバレエ「ねむれる森の美女」   

2015年5月31日 @神奈川県民ホール

子供のためのバレエ「ねむれる森の美女」

チャイコフスキー(音楽)
佐々木忠次(総監督)
マリウス・プティパ(振付)
飯田宗孝、友田弘子、佐野志織、高岸直樹(改訂振付)
立川好治(演出、台本)

沖香菜子(オーロラ姫)、梅澤紘貴(デジレ王子)
渡辺理恵(リラの精)、奈良春夏(カラボス)
岡崎隼也(カタラビュット)、他
東京バレエ団

永峰大輔/神奈川フィルハーモニー管弦楽団


東京バレエ団の子供のためのバレエ、子供でもないのに、子供もいないのに、観に行ってきました。だって、チケット代安いし(確か一律料金だから、普段座れないような前の方の一番良い席を早い者勝ちで取れる)、東京バレエ団まだ観たことなかったし、「眠り」好きだし。ま、わたし、中身子供だし、まあいいでしょう。
ということで会場は子供だらけ。子供とお母さん、子供とお父さん。普段のバレエを観るような緊張感は会場にないけど、こういう雰囲気好き。子供みたいに素直に楽しめる。

バレエは、子供のためのということで、長いバレエを2幕、1時間半くらいにテキパキとまとまっていて、面白いのは、カタラビュット(儀典長)がしゃべること。彼が、バレエのこと(マイムとか)、あらすじなどをお話ししてくれるので、バレエを初めて観る子供たちにも(もちろん大人にも)分かりやすいの。少しコミカルなところもあるこの役所は、進行役にピッタリですね。普段、聞くことはないダンサーさんの生声、岡崎さんの声はとっても魅力的で語り口にもうっとり。この構成はほんと、ステキでした。「眠り」を何回か観たことのあるわたしでもすごく楽しめたし。

批評的なことを書くのは、子供のための、ですから野暮というものでしょう。でもちょっとだけ。普段観ている、新国立バレエと比べると、端役やコールドは少し弱いかなと思ったんですが、主役のおふたり、沖さん(1幕はちょっぴり固かったけど)と梅澤さん、カラボスの奈良さんはとてもステキでした。第1幕より、童話の主人公総動員で繰り広げられる楽しい第2幕が、緊張がほどけていて良かったです。祝会のお客さんとして舞台の後ろの方にいるコールドの人たちもひとりひとり、そこにいる人間として性格付けがされていて演技していたのも大好きなロイヤル・バレエみたいで嬉しかったです。あと、神奈川フィルには、バレエには慣れていないと思うけど、もっとがんばれーーって思いました。

舞台のあと、なんとダンサーさんたちが客席に降りてきて下さって、お客さんとたっちしたりしたのがとっても嬉しくて、通路側に席を取っていたわたしは、すぐそばでダンサーさんを観られてうっとり。沖さん顔小っちゃくてかわいらしかったーー、奈良さんは背がおっきくて貫禄あったーー(しかも美人)。わたしも子供に混じって、タッチしようかと思ったけど、大人の理性が。。。来年は子供に返ろう。とっても楽しかったので、来年もぜひ来ようと誓ったのでした。
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by zerbinetta | 2015-05-31 01:30 | バレエ | Comments(0)

お能です サーリアホのクラリネット協奏曲 ダウスゴー/都響   

2015年5月29日 @サントリーホール

サーリアホ:クラリネット協奏曲「d'om le vrai sens」
ニールセン:交響曲第3番「広がりの交響曲」

カリ・クリーク(クラリネット)
半田美和子(ソプラノ)、加耒徹(バリトン)
トーマス・ダウスゴー/東京都交響楽団


先日、都響と読響の音楽会が重なってしまったので、振り替えのできた都響の音楽会を今日のに振り替えてみました。ニールセン聴きたかったし。実はニールセンの最初の3つの交響曲を聴いたことがないんですよ。サー・コリンさんがロンドン・シンフォニーとニールセン・サイクルやってたのにもかかわらず。録音でも聴いたことがないのでわたし初演。

一方のサーリアホさんの「d'om le vrai sens」は、日本初演だけれども以前イギリス初演を聴いたことがあります(わたしが聴いたときはクラリネット協奏曲とは言ってなかった)。そのときは解説も読まずにただぼんやりと聴いていたのでいい曲だなぁとのんきに感じただけなんですが、強烈な印象に残っていて、それは、かぶりつきに近い席を取っていたのだけど、座ってみると周りに誰も座ってない。えええっ、どうやらわたしが知らない間にかぶりつきの席の人は後ろの方に移動させられてるみたいなんだけど、誰も何も言わないのでぽつねんと座っていたら、クラリネットのソロの人、客席から楽器を吹きながら入ってきて、わたしの席はそのパフォーマンスをする通路になっていたんですね。クラリネットの人は近くに来るし、何であんなとこに人がというお客さんの視線を感じるし、針のむしろでした。今日はステージの後ろなので大丈夫。ステージ前のお客さんを退避させることもしてませんでした。サントリーホールはステージと客席の間にスペースがあるからですね。

「d'om le vrai sens」は、フランスの有名なタペストリー「貴婦人と一角獣」(去年かな、日本にも来ました)に想を得て作曲された作品です。タイトルの意味、「人の真なる感覚」は、タペストリーの6枚目、この曲の第6楽章「我が唯一の望みに(a mon seul désir)」のアナグラムです。謎めいた言葉が、謎めいた絵、謎めいた音楽に余韻を残します。
今回、作曲家本人を招いてのプレコンサート・トークとこの曲の解説を読んでみて、クラリネットが一角獣を表現していることに納得。クラリネットの雄叫びが、一角獣の鳴き声なんですね(一角獣がどういう風に鳴くのかは想像の範囲だけど)。そして、クラリネット奏者の動きもきっと一角獣の動きを表すのでしょう。音と視覚に訴える演劇的な、オペラのような作品。いえ、これはオペラではありません。むしろ、能。音楽のどちらかというと静的な感じ、ソリストの制限された体の動き、ソリストが踊り(演じ)謡う(演奏する)のはまさに能につながる様式。そう感じたら、むしろ、(サーリアホさんのコンセプトを壊すことになるけど)、能楽師をステージで演じさせた方がより表現の幅が出るんじゃないかなぁって思ってしまいました。そして、このタペストリーで描かれているのは、人の五感、とそれを止揚した第6の感覚。だとすると、音と視覚だけではなくて、味や手触りや匂いまでも感じられればとも妄想。カトリックのミサで香を焚くように。あとは一斉に会場で配られる飴をなめるとかwそれは冗談だけど、この曲は音楽以上の総合芸術的。こういう劇場的なコンサート・ピースもこれから増えてこないかしら。始めからセミステージドで演奏されることを前提に書かれた擬オペラみたいな。
演奏は、流石、クリークさん。相変わらず完璧なテクニックで、無音からフォルテッシモまで、低い音から高い音までシームレスに音を出してしまう凄さ。初演者だけあって(世界各地ですでに何回も演奏されています)、音楽を完璧に捉えて自分のものにしているのが窺えます。今日、前に聴いたときよりも良く分かった気になったのは、解説読んだり2度目ということもあるけど、演奏もさらにクリークさんの手の内に落ちてることもあるに違いありません。都響のサポートもとても良くて、素晴らしかったです。音楽の理解度がいつも凄いなって感じます。とてもシンプルに書かれていて(スコアを見たらとっても整理整頓されていて、この譜面にしてこの音ありです)、最後のチェレスタの永遠へと続く音の反復が印象的でした。

実は、前半でお隣に座ったおじさん(きちんとした格好の方だったのですが)の臭いが気になってしまったので、後半では席を移りました。向こう隣の人も後半いなくなっていたのでやっぱり逃げたのかな。気を取り直して。
ニールセンは、もうダウスゴーさんの自家薬籠中の音楽を完璧に知り尽くした演奏。ダウスゴーさんは、拍子を伝えるのではなく、身体で音楽の表情をオーケストラに伝えていました。ひとつひとつのフレーズ、音に、その音がなぜ今そこにそういう形であるのか全ての出自を分かっていてそれが実際に伝わってくるのです。わたしにさえ、それが分かるのだから、一緒にリハーサルを重ねてきた都響の皆さんも弾き慣れていないと思われるニールセンの音楽に迷いが見られません。都響って、ひとりひとりの奏者の上手さは、読響とか他のオーケストラの後塵を拝するところもあるけれども、アンサンブルのまとまりは群を抜いていますね。それと音楽の理解力。指揮者の音楽をちゃんと音にできるところがステキです。今日もダウスゴーさんにしっかり付いて行って、それは素晴らしい演奏でした。リスク・テイキングなところも厭わずに攻めて行ってたのもとってもスカッとしました。ダウスゴーさんもびっくりの(だってオーケストラがあまり演奏したことのない作曲家の音楽を音にするのって難しいもの(バーンスタインも昔、ウィーン・フィルのマーラーに手を焼いていましたね))会心の出来ではなかったでしょうか。少なくともわたしはそう思いました。
ダウスゴーさんにはぜひまた、都響を振りに来て欲しいです。ニールセン・サイクルとかやってくれないかなぁ。
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by zerbinetta | 2015-05-29 00:31 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

音楽の家族再び テオフィルス室内管弦楽団第54回定期演奏会   

2015年5月23日 @かつしかシンフォニーヒルズ アイリスホール

モーツァルト:セレナーデ第7番「ハフナーセレナーデ」から 交響曲版
ルーセル:プチ・オーケストラのためのコンチェルト
サンサーンス:交響曲イ長調

高畠浩/テオフィルス室内管弦楽団


モーツァルトの洗礼名(アマデウス=テオフィルス)を楽団名に持つ室内合奏団。なぜかご招待のはがきが送られてきたので(去年聴きに行ったから?)いそいそと聴きに行ってきました。東京藝大のヴァイオリンの先生(客員かな?)、高畠さんのオーケストラ。高畠さん、結構幅広くアマチュアの指導をしています。
前回聴いたとき思ったのは、ものすごく上手いと言うわけではないけれども、ほんのりと家族的なアットホームな感じのオーケストラ。室内オーケストラの室内は、サイズだけじゃなく、室内楽的な気の置けない雰囲気も表しているのかもデスね。

モーツァルトにあやかっていると言うとおり、音楽会には必ずモーツァルトの作品を入れるそう。しかも面白い選曲。今回は、有名じゃない方の「ハフナーセレナーデ」というか、有名な交響曲になった方の「ハフナー」ではなくて、セレナーデ第7番。そしてそこから5つの楽章が、モーツァルトの手によって抜粋編曲されて交響曲になっているの(昔の交響曲全集には入っていない)。今日のはこれ。そうそう、このオーケストラ、音楽会の選曲がなぜかマニアックで(オーケストラの雰囲気にはそんなマニアックな感じはしないのですが)、今日も、モーツァルトの他は、ルーセルとサンサーンスの交響曲イ長調という、「オルガン付き」のでもなければ番号すら付いていない若い頃の作品。って15歳!なんか、近所の仲の良い気さくな雰囲気のご家庭に「今日カレーパーティーするから来て」と誘われて行ったら、本格のインドカレーが出てみんな手で食べてた、みたいな意外性。

モーツァルトは、若い頃の作品のゆえか、もともとセレナードを抜粋して交響曲にしたせいか、軽い感じの、でもステキな曲。演奏も、凄く上手とは言えないけど、きちんとしていて音楽を聴くのには十分。楽しく音楽してるのが伝わってきますしね。がむしゃらに上を目指した演奏ではなく、ちゃんと音楽することを楽しんでる感じかな。大人。しっかりツボは押さえてるし。

ルーセルのプチオケコンは、かな〜り難しそうで大丈夫かなぁと心配したけれども、大丈夫でした。管楽器やるなって思ったら、トラなのかしら、プロの人も混じってるのね。ルーセルらしい(といってもあまり知らないんだけど)ざらざらした抽象画のような感じの音楽で、ルーセルを生で聴くのは多分初めてだし、珍しい曲が聴けてラッキー。それにしても、こんな難しそうな曲で演奏が崩れなかったのは、やっぱりなにげに上手いんだ。

次のサンサーンスの交響曲も大変珍しい曲だけど(こんな曲があるなんて知らなかった。交響曲は3番まであるので3曲あるのは予想できたけど、その前に番号なしのがあったなんて)、聴いてみると、たしかに未熟な部分(まだ、サンサーンスになってないモーツァルトやメンデルスゾーンなんかをなぞった感じの)は、あるけれども澄みやかさはやっぱりサンサーンスだしもっと聴かれてもよい曲だと思いました。

アンコールには、これまたサンサーンスの組曲ニ長調から「プレリュード」。なかなかにくい選曲ではないですか。
テオフィルス室内管、プログラムに意外性があって楽しかったです(記憶をたどってみると去年も意外な曲をやってました)。珍しい曲が、お試し価格(今回は招待はがきだったので無料)で聴けちゃうのもアマチュア・オーケストラを聴きに行く楽しみですね。次のも聴きに行ってみたいと思いました。


♪♪
テオフィルス室内管弦楽団の次の演奏会は、第55回定期演奏会が、11月1日、トッパンホールの予定です。
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by zerbinetta | 2015-05-23 22:46 | アマチュア | Comments(0)

音大生の学内公開リサイタル 長尾春花、ベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタ連続演奏会 その1   

2015年5月17日 @東京藝術大学第6ホール

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1〜3番

長尾春花(ヴァイオリン)
鳥羽亜矢子(ピアノ)


ウキウキドキドキはデエトだからかしら。少し前に、長尾春花さんのソリスティックな男前なヴァイオリンを聴いてひと耳惚れ。もっと聴いてみたい、追っかけてみようかな、って思っていたところに願ってもない、音楽会が。彼女の通う東京藝大(彼女は大学院の博士課程の学生さん)で、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲のシリーズ音楽会の情報が。しかも無料。学生さんの教育の一環の公開演奏会。音楽家を目指す学生さんにとって、公の場での演奏は必須ですものね。理系の大学院生だったら学会発表みたいなものでしょうか。かえって分かりづらくなる喩えだけど。。。
第6ホールは、藝大の顔、よく音楽会が開かれる奏楽堂の裏にある、校舎とつながってるホール。確か新しく建て替えられたはずで、まだ木の匂いのするシンプルで天井が高くて体育館みたいな感じ。どういう訳か、ステージからちょっと離れて客席が作られていました。演奏する学生さんの気を散らさないためでしょうか。

8月までの4回の音楽会で順番に全曲を演奏するシリーズ最初の今日は、ソナタ第1番から3番まで。地味(?)ですね。でも、有名じゃなくても、かわいらしいし、若者っぽい過剰さもあって魅力的なんですよ。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタって実は全部がステキです。どんなアプローチで演奏するんでしょう。わくわく。

春花さんのヴァイオリンの音を聴いたとたん、そうこの音この音。ソリスティックで恰幅の良い男前の音。これが彼女の魅力だし武器になると思うのよね。今どきの若者だから、技術的なものはほとんど問題ないし、音程も正確。でも、厳しいようだけど、音楽家への道はここから。どんな音楽を創っていくのか、音楽の神さまって芸術家に試練を与える。

今日のベートーヴェンの初期ソナタは、とても良く弾けてたと思うのだけど、ベートーヴェンの音楽には正しいアプローチの仕方ではあると思うのだけど、全体を大きく俯瞰する構成的な視点からの音楽作りは、反面、道ばたの小さな花を見逃しちゃう感じがして(森を見て木を見ず)、そんな繊細な目が欲しいなと感じました。特に、第1番の緩徐楽章の変奏曲を(曲想の違いはあるにせよ)同じような調子で弾いてしまったので少し退屈に感じました。表情や音色にもっと変化を付けて表現できたらな、って思いました。

伴奏の鳥羽さんは、大学の先生ですよね。学生と先生のアンサンブル。ピアノはとっても良くて、ものすごく余裕のある感じ、というか、学生さんを引き立てつつ自由に演奏させてるけど、全部掌の上みたいな。学生と先生、公開とはいっても講堂でやるような音楽会だから、普通の音楽会と少し趣旨が違うのかもしれないけど、練習ではなくて公演である以上、先生と学生ではなくてふたりの音楽家どおしの芸術のぶつかり合いが見られればもっともっと良くなるのにって思いました。鳥羽さんはそれを受け止められる音楽家だと思うのよ。春花さんには果敢に攻めていって欲しいと思いました。これは最後の、「クロイツェル」に期待しましょう。あれは、ヴァイオリンとピアノのぶつかり合いの音楽だから。

春花さんが書いたと思われる、プログラム・ノートも演奏への思い、作品の理解が書かれていてステキでした。いま、こういうことを勉強しているみたいなレポートのような雰囲気も学生さんらしくて好印象。
勝手にいろいろ書いてしまったけど、春花さんはやっぱり、また聴きたくなる音楽家さんです。次の回は有名な「春」を含むのかな。ベートーヴェンのソナタの階段を上っていく成長を耳を澄ませて聴いていきたいです。
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by zerbinetta | 2015-05-17 01:52 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

ピアニストはクールビズ イェンセン/読響 モーツァルト、レニングラード   

2015年5月13日 @サントリーホール

モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番

アンドレアス・シュタイアー(ピアノ)
エイヴィン・グルベルグ・イェンセン/読売日本交響楽団


うわ〜久しぶりのテミルカーノフさんの「レニングラード」だわと期待して行ったら、ありゃ?違う人?テミルカーノフさん、読響を振りに来ると思ったのに今日じゃなかったっけ?という音楽会の始まり。

今日はモーツァルトのピアノ協奏曲から。第17番。ピアニストは、初めて聴くシュタイアーさんだけど、思い出した、この人フォルテ・ピアノ弾きよね、シューベルトのソナタのCD持ってる。でも今日はモダン・ピアノを弾きます。
モーツァルトのこの協奏曲は、音楽会では初めてです。CDは持っているんだけど、もっぱら20番以降の協奏曲ばかり聴いていて、初めて聴くようなものです。で、この曲めちゃ名曲じゃなーーいっ。と今更気づくわたし。明るくて、快活で、いわゆるモーツァルト満開。若くて屈託のないモーツァルト。ヴィルトゥオーゾのためではなくお弟子さんのために書かれたということで、シンプルなピアノがまたその雰囲気を醸しだしてていいの。ピアノ協奏曲というかピアノ自体が黎明期で、オーケストラとの絡みとか、モーツァルト自身ののあとの協奏曲から見ても未熟だと思うけど、かえってそこがいい、っていうかまさにそういうような音楽として書かれているところがもう言うことなし。シュタイアーさんもソロが始まる前からさりげなく通奏低音のパートをピアノで弾いて、雰囲気をもり立てる。でもね、ちょっぴりオーケストラが残念。フレーズのお終いの細かな音符が少しずれていく感じがして、なんか音楽がほころびていくんじゃないかって気になったの。ほつれてしまうことはなかったんだけど、ちょっとだけ居心地悪かった。
シュタイアーさんは、白シャツにジャケットでタイ無しのクールビズ。知的でちょっとハンサムな感じのナイス・ミドル。そんなシュタイアーさんのピアノはもうわたしのイメジ通りのモーツァルトの音。窓から聞こえてくるピアノを練習する音、と言ったら失礼かもしれないけど、音楽のイメジ通りの音が風に乗って聞こえてくるうっとり感。軽やかで無垢な音たち。ほんとに音がきれい。それに、シンプルすぎてかえって音楽にするのが難しいと思うんだけど、もうそこは完全にシュタイアーさんとモーツァルトの世界。彼らの音遊びが楽しくて幸せな気持ちに包まれる。第2楽章のドキリとするような蔭や、ベートーヴェンの第4番の協奏曲を先取りするようなオーケストラとピアノの対話、打って変わってフィナーレの明るくはしゃいだ気持ち。最後のコーダの突然の行進曲。どこを切ってもモーツァルトの音楽しか感じさせない不純物のないピアノの音。シュタイアーさんが普段弾いてらっしゃるモーツァルトの時代のフォルテ・ピアノだったらどんな風に聞こえるんだろうって想像しながら、でも、この現代楽器のオーケストラで、モダン・ピアノから泉のように湧き上がってくる屈託のない明るい音たちも紛れもない極上のモーツァルトの音楽なんだよね。古楽器も現代楽器も楽しめる今の時代を生きてる幸せ。だってどちらも等しくステキなんだもの。
シュタイアーさんのアンコールは、ハ長調のピアノ・ソナタK.330の第1楽章。協奏曲と同じ頃書かれた同じような雰囲気の音楽つながり。歌うようなフレージングもステキでした。

後半は、ショスティの交響曲第7番。通称「レニングラード」。正直なところ、ショスティの交響曲の中であまり好きな曲ではないんだけど、ある意味ショスティのストレイトな気持ちが出ている音楽と言えるかもしれない、レニングラードがんばれ交響曲。というのが最近のわたしの感じなんだけど、イェンセンさんはどんな音楽を聴かせてくれるでしょう。
のっけから速めのテンポで物語の渦の中心に切り込んでいきます。この語り口は、前に聴いたネルソンズさんのを思い出しました。でも、なにか説得力が弱い?指揮者とオーケストラの間に少しずれがあるような気がする。オーケストラのショスティの音楽への理解が不足しているように思えるの。特にショスティの楽器である、小クラリネットやピッコロ、トランペット、それに今日の主役と言える小太鼓。。。戦争の行進を告げる小太鼓のソロが、音を小さく絞りすぎていて(これは指揮者の指示なのかな)、リズムが何をやっているのか分からなかったし、リズムで音楽を先導するところまで至ってなかった。1楽章の最後のドキリとする悪夢の回想のようなトランペットのソロもあの音はないだろうと。ホルンの低音での強奏も音がよれよれで締まりなかったし。。。わたし、読響さんとはとことん相性悪いのかな。でも、弦の厚みは魅力的だし、第3楽章の主題がヴィオラに戻ってくるところなんてすごく良い音で素晴らしかった。シンバルやバンダの金管楽器もとても良かったし。読響って、ひとりひとりは良い音持ってると思うんだけど、いつも音楽への理解度が足りてないと思ってしまうのはどうしてだろう?
イェンセンさんは、若手というかもう40代だから中堅どころの指揮者。オーケストラを見事にドライヴした指揮ぶりはとても好感度高かったです。でも、彼の「レニングラード」は混沌なのかな。第1楽章の見事なカオス、混沌ぶりには自然に涙が出たし、最後の何だか強引な盛り上がり方にも混沌が見えたのは、彼がこの音楽をそう捉えているからでしょう。答えのない、勝利?皮肉?わたし的には、もっと素直に愛国的な音楽だと思うんですけど、ショスティっていろいろ考えされちゃうからなぁ。
最後、曲が終わったときの拍手までの気まずい時間(イェンセンさんはゆっくりと手を下ろしていった)も何だかそんなことなんだろうと思います。わたしは、この曲は音楽が終わると同時に、感極まってわーーっと拍手が巻き起こる音楽だと思うんですよ。愛国の曲なんだから。どんな皮肉屋だって戦争嫌いだって、自分の町が不条理な敵に包囲されて攻められていたら、自国の勝利を願わずにはいられないでしょう。ショスティに煽られて素直に心を熱くしてもいいと思うんですよ。
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by zerbinetta | 2015-05-13 15:36 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

トランペット吹きの休日出勤 アウローラ管弦楽団第13回定期演奏会   

2015年5月2日 @すみだトリフォニー

リムスキー・コルサコフ:序曲「ロシアの復活祭」
グラズノフ:交響詩「ステンカ・ラージン」
リムスキー・コルサコフ:墓前にて 〜ベリャーエフ追悼のための前奏曲〜
ムソルグスキー/ラヴェル:組曲「展覧会の絵」

米津俊広/アウローラ管弦楽団


ちょっと気持ちがさえないので、アウローラさん今回はパスかなと思っていたんですが、「展覧会の絵」もそれほど好きではないし、はっ!でも、「展覧会の絵」と言ったら最初のトランペット!もしかしてあの人が吹くの?と思ったらいてもたってもいられなくなって出かけました。わたしにはあまり関係ないけど、ゴールデンウィークのぽかぽか陽気のステキな日。そう、アウローラさんのトランペットの人、アマチュア・オーケストラの中でも屈指の奏者のひとりだと思うんですね。聴かなくちゃ。

最初は「ロシアの復活祭」。いかしたメロディもないし、ほぼ2つの主題がしつこく繰り返されるような音楽なのであまり魅力を感じなかった曲なんだけど、おっと、勢いがある。こんな風に勢いよく演奏されたらこの曲が生きますね。そういえば思い出した。アウローラさんって最初に聴いたとき(「イーゴリ公」とボロディンの交響曲)勢いのある演奏をするオーケストラだなって思ったのでした。打楽器が特にステキでびしびしと音楽に核を与えてくれました。それに、ホルンのトップだけでなく下を吹いてる人たちがこのオーケストラとても良いです。痒いところに手が届くようなバランスでハーモニーを付けていて、パート練習とかしっかりやってるのかしら。アウローラさん、こういう(勢いのある)曲が得意なんですね。しつこく繰り返される「たんたたたんたた」のロシアのリズムつながりで「ルスランとルドミュラ」もやってくれないかしら。

そして、「ステンカ・ラージン」。ボルガの舟歌が高校のときの友達のテーマ・ソングだったという超私的な理由で思い出して可笑しくなっちゃう曲。交響詩の叙景的というよりは、ザッハリヒな感じの演奏で、盛り上がる部分ではオーケストラの勢いが良さとなって表れていました。反面、ペルシアの姫を表す優しい部分は少しさっぱり気味で音楽の流れの中に埋められてしまった感じがしました。木管楽器のソロがグラズノフの厚いオーケストレイションに隠れ気味だったのがちょっと残念でした。前半はここまで。

後半、いよいよトランペットが聴けるとワクワクして身構えてたら、じゃーーん、と。えっ?あれ?一瞬、ディティユーの「メタボール」が聞こえたかと焦ってしまいましたが、まだ1曲あったんですね。リムスキー・コルサコフの短い曲。ちょっとドビュッシー風の印象主義的な音もする音楽なんだけど、コテコテ系感のあるリムスキー・コルサコフがこんな曲を書いてるなんて、と驚きでした。こういう滅多に聴くことのできない音楽を聴くことができるのも楽しみです。

そして、いよいよ「展覧会の絵」。やっぱりトランペットが上手かった〜。少し重い感じの音はロシアの音色。それにしてもこの曲、トランペットが苛酷だわ。ソロもあるし、なんか難しそうな高い音で細かく吹くのもあるし、最後までばてずに盛り上げなければいけないし。でも、しっかりと聞かせてくれましたよ〜。米津さんの指揮もオーケストラを上手くコントロールしながら音楽を分かりやすく聞かせてくれたし、パスしないで聴きに来て良かった〜と思いました。

プログラムの団長さんのご挨拶によると、このオーケストラも7年目に入って、団員さんの人生の転機とかで難しい時期を迎えているそうです。でも、新しい団員さんを入れたり、新陳代謝をしながらも続けていって欲しいと思っています。ロシア専門オーケストラとして7年も続けてきた、ユニークなオーケストラの色やスタイルがあるし、これが失われるのはもったいないですから。アマチュア・オーケストラの運営ってとっても難しいと思うのだけど、乗り越えて、息の長い伝統のあるオーケストラになって欲しいです。仕事や家庭の事情で一時的にオーケストラを離れなければならない人にとっても帰る家があることは、とっても心強いことだと思うので。このオーケストラを何回か聴いてきて心からそう思います。

蛇足
全然関係ないけど、ウェブ・サイトのプロフィールのペイジのアウローラの演奏してきた曲の中で、ハチャトリアンがロシア・ソヴィエト以外の音楽に分類されてるのが腑に落ちないです。わたしの誤解かな?


♪♪
アウローラ管弦楽団の次の演奏会は、第14回定期演奏会が、来年1月10日、ミューザ川崎の予定です。
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by zerbinetta | 2015-05-02 17:10 | アマチュア | Comments(0)