<   2015年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧   

たゆたう時間 サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ <ホリガー>   

2015年8月27日 @サントリーホール

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
グザビエ・ダイエ:2つの真夜中のあいだの時間
ホリガー:レチカント
ホリガー:デンマーリヒト ー薄明ー
シャーンドル・ヴェレシュ;ベラ・バルトークの思い出に捧げる哀歌

ジェヌヴィエーヴ・シュトロッセ(ヴィオラ)
セーラ・マリア・サン(ソプラノ)
ハインツ・ホリガー/東京交響楽団


サントリー財団サマーフェスティバルの今年のテーマ作曲家は、ハインツ・ホリガーさん。稀代のオーボイスト。わたし的にもやっぱりオーボイストで、作曲もしているというのは一応知っていたし、確かうちにCDがあるはず、と思って探したら、むむむ、他の人の現代のオーボエ作品で、ホリガーさんは演奏者だった。
この音楽会、サントリーホールのウェブ会員になると(ちょこちょこと必要事項を入力するだけ。無料だし、ホールからのご案内は来るけどそれでメイルボックスがいっぱいになっちゃう程ではないし、特典もあるからオススメですよ)、毎年このシリーズのオーケストラの部のチケット・プレゼントがあって、今年も当たっちゃった。でも、去年、一昨年と偶然同じ席が当たって、わたしの指定席かなと思っていたら今年は違う席でした。

ホリガーさんが作曲家として関心を持っている作品を自作に添えての音楽会。始まりは、出発点とも言えるドビュッシーの「牧神の午後」。ホリガーさんがどんな音楽をするのだろう?と観ていたら(聴いていたら?)、最初のフルートのソロから、細かく振りまくり。奏者を信頼して自由に吹かせても(練習でしっかりと欲しい音楽をたたき込んで)良いんじゃないかしら、窮屈よねって思ってしまいました。ソロだけじゃなくて、ずうっと細かな拍で振り続けて、なんかそよ風の薫る音楽なのに目には嵐が吹いているみたい。目を瞑って聴いている分にはものすごく繊細な音楽(お終いの方の古代シンバルの扱いが面白かった)に聞こえるのでしょうけどね。ホリガーさんの音楽の特徴は、縦の線を合わせるというより、ゆらゆらと伸縮しながら重層する横の線の流れを大切にするみたい。全てがコントロールされていて、コントロールされないところに官能があると思っているわたしは、微細な精密画を観ている驚きはあるけど、牧神の夢想したエロスは感じませんでした。

2つめの「2つの真夜中のあいだの時間」は、作曲者の言葉を借りると「いくつかの時間の合っていない大時計が予期せぬ時を告げるように」、オーケストラの中で時間が曖昧になって、楽器(群)の間の時間の位相のずれがたゆたうような音響を作っていくような音楽なんですけど、あっそうか、ホリーがさんの関心事って、音楽の縦に存在するリズムではなくて、横に流れる時間なのねって納得。

それはホリガーさんの作品にも色濃く示されていて、ヴィオラのソロとオーケストラのためのレチカントは、しゃべるような(レチ(ターレ))歌うような(カント(ターレ))ヴィオラの独奏と、それに絡んでたゆたうようなオーケストラ。ヴィオラとオーケストラの対話というより、ヴィオラとオーケストラが何となくそこにいてゆるやかな化学反応をしている感じ。完全に自分の音楽として演奏しているヴィオラのシュトロッセさんがとても素晴らしくて、この曲に新たな解釈者を得て(献呈者はツィンマーマンさん)広がりを持っていくんだろうなって思いました。

もうひとつの「デンマーリヒト」は今日が初演。ホリガーさんが大晦日に皇居のそばの公園で作った俳句(ドイツ語で)を元にした5つの歌。和風かというとちっともそうではなく、でも、時間の流れの曖昧さはもしかすると、雅楽のような規定されない時間のゆらぎに共感があるのかなとも感じました。厳格な書法を超えて自由に歌われる歌(サンさんがとても自然に歌いました)と暗くて清廉なイメジのオーケストラ。今日の音楽の中でこれが一番好きでした。

反対に、「バルトークの思い出に捧げる哀歌」は、打楽器が一定のリズムを打っている音楽で、わたしには、それがホリガーさんの微妙に伸縮する音楽とは矛盾するなって思えました。むしろ、きちんとした一定のリズムで進めた方が、有無を言わさないビート感(それが悲しいものであれ)が生まれて音楽が自然に力を持つように思うからです。でも、初めて聴く曲なので、確固たるリズムでやると違った音楽になってしまうのかもしれません。いろいろ聴いてみたいな、と思いました。

それにしても、ホリガーさんの作品を初めて聴いて、わたしにはまだ知らない、知るべき世界が豊かに広がっていて、これからもまだまだたくさんの出逢いがあることを確信して嬉しく嬉しく思いました。今日演奏した東京交響楽団もなにげにとても良くて、このオーケストラ、まだあまり聴いていないけど、これからたくさん聴かなくちゃ。若手のフレッシュな名手たちが管楽器に多いのも将来性を感じさせますね。
[PR]

by zerbinetta | 2015-08-27 23:48 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

予想外のちゃぶ台返し ツィンマーマン「レクイエム」   

2015年8月23日 @サントリーホール

ツィンマーマン:レクイエム

長谷川初範、塩田泰久(ナレーター)
森川栄子(ソプラノ)、大沼徹(バス)
新国立劇場合唱団
スガダイロー・クインテット
有馬純寿(エレクトロニクス)
大野和士/東京都交響楽団
原島大輔(字幕映像)


初台を離れて今度は、サントリーホールにツィンマーマンの「レクイエム」を聴きに。オーケストラ、3群の合唱、テープのための大作。ツィンマーマンという作曲家についてはちっとも知らないくせに(小さな曲をひとつ聴いたことがあります)、何かすごいイヴェントのようにワクワク。マーラーの交響曲第8番の初演を聴きに行った人たちもこんなふうにワクワクしていたに違いないと想像しながら。

それにしても、聴きやすいとは思えないツィンマーマンの1曲だけの音楽会で大ホールがいっぱいになるなんて、東京の音楽受容の懐の深さはすごいですね。東京は世界に冠たる(クラシック)音楽都市のひとつという意見にはちっとも賛同しないけど、音楽に対する許容力、受容力には素直に頭を垂れざるを得ません。これで発信力、創造力があれば胸を張って誇れる音楽都市になるのに。

普通の音楽会と違って、まずは今回のサントリー芸術財団・サマーフェスティバルのプロデュサー、長木誠司さんと今日の指揮者の大野さんの対談から。プレコンサート・トークじゃなくて(言葉的にはじゃないこともないのだけど)、開演時間からの音楽会にしっかりと組み込まれたもの。都響さんのシーズン・オープナーのとき、大野さんがひとりでマーラーの交響曲第7番について語ったときは、熱血で感情の迸るままにまとまりのなさ気な話しっぷりだったので少し心配したんだけど、聴き手の長木さんのリードで、今日は静かに冷静なお話が聞けました。プログラムノートの言葉を読んでも、大野さんって理知的な方なんですね。知と情のバランスがいいのだわ。音楽についての聴き所も教えてくれたんだけど、最後の方に「指輪」の愛の救済の動機が出てくると聞いてワクワク。

1時間と少し、休みなく続く音楽、というか音響、は最初の50分くらいは、テープ主体。指揮者の譜面台の横に大きな時計(タイマー)が置かれていて、それを目安に、テープで流される、詩の朗読や編集された音楽に、生のオーケストラや語り、歌を付けていくの。ミキサーというかエレクトロニクス担当の有馬さん大活躍。

まず音楽だけど、今日の演奏は、音楽以上に大名演だったと思います。ホールの中が音響で満たされて特別な空間になっていました。ただ、これが、最高の音楽かというとそうではなくて、メッセージを伝えたくて力んでいるけど、ちょっと引いちゃうみたいな。直裁的すぎるように思えるんです。もっと含蓄的で余韻を残す方が音楽としては優れているんじゃないかって。例えて言うなら、交響詩「モルダウ」にモルダウ川に沿って採取された川のせせらぎやフォークダンスや町の音をのせちゃう感じ。もしくは、印象・日の出の絵にルアーブルの港で撮った写真やらゴミになった新聞やらを小さくちぎってキュビズム風に貼っちゃった感じ。過剰でしょう、わたしの文章も。具体的なイメジが強すぎて何か強引に作曲者の弁舌を聴かされたみたいな。わたしは少し置いて行かれた。人間の愚かな行為(戦争とか独裁とか)に対する批判と悲しみの音楽は、今の時代、日本で演奏される意義が指摘されていたけれども、わたしの気持ちとは違うなとも思いました。今のわたしたちの周りの悪はもっと巧妙で、こういうストレイトはプロテストでは太刀打ちできない、気がつかないうちに進むゆっくりとした死のようなものかもしれませんから。

テキストは、背景として関連のないものがいくつも朗読され、長木さんが指摘をしたように、それを一字一句追う(追える)ものではないのだけど、ところどころで耳に留まる(外国語なので字幕で目に留まる)単語を拾っていくことで意味が形成される、個々人で拾える単語は違ってくるから、受け取るものの自由さが担保されているんだと思います。字幕にも工夫が凝らされていて、平行するテキスト、意味不明なもの、を視覚を通して感じられるようになっていたのは秀逸でした。

いろいろ思うところを言っちゃったけど、今日のこの公演に携わった人、全ての人の熱意と高いスキルが胸に迫る記念碑的音楽会であったのは間違いありません。たくさんのことを考えさせられる経験でもありました。

あっ、ちょっと残念だったのは、愛の救済の動機、うっかり気がつかないうちに終わっちゃいました〜〜。最後に出てくると勘違いしていて、実は最後じゃなかったんですね。注意深く聴いていたつもりだったのに聴き逃すなんてわたしの耳は節穴だわ。

それともうひとつ、ジャズコンボが演奏に加わっているんですけど、本編の中では聞こえるけどあまり(はっちゃけた)活躍がありません。ということなのか(?)アンコールに、ジャズコンボの演奏が。本領発揮で気前よくはっちゃけていました。破壊力抜群。この短い演奏で、意識的ではなかったにしろ「レクイエム」の全てがちゃぶ台のようにひっくり返された気がしました。ああ、わたしたちは平和な時代、ところで生きているんだ。世界はフクザツになった。レクイエムの世界はちゃらになって遠くの記憶に。。。
[PR]

by zerbinetta | 2015-08-23 23:44 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

くやしーーーベリオめーードローン 井原和子&ハイメ・ゴンザレス デュオリサイタル   

2015年8月23日 @近江楽堂

C.P.E.バッハ:トリオ・ソナタ ニ短調
H.デネリン:フルフトリニエン
G.シェルシ:いきなりのぞく 1楽章
W.F.バッハ:デュエット 変ホ長調
A.ヒナステラ:デュオ フルート、オーボエのための
L.ベリオ:セクエンツァ
G.シェルシ:いきなりのぞく 2楽章
J.S.バッハ:トリオ・ソナタ ト短調

井原和子(フルート)、ハイメ・ゴンザレス(オーボエ)
脇田英里子(チェンバロ)


フルートとオーボエのデュオ。普段ならこんな音楽会、気になっても行か(け)ない(だって、聴きたい音楽会ってものすごくたくさんあるのに身体はひとつ、お財布は軽い)んだけど、チケットをいただいたので(!)聴きに行ってきました。良かったーー。
こんな、と書いたので気を悪くした方ゴメンナサイ。だって、フルートとオーボエの組み合わせにびっくりだったんですもの。同じ楽器のデュオじゃない、木管楽器どおしのデュオ。わたしが知らないだけかもしれないけど、そんなレパートリーあんまりないよね。どんな感じになるのか想像できないのでワクワク。
今日の音楽会の主催はフルートの井原さんで、オーボエのゴンザレスさんは、井原さんのドイツ留学時代、語学学校の校舎で知り合ったそうです。井原さんは、シュトゥックハウゼンがお得意、ゴンザレスさんは、ハインツ・ホリガーさんのお弟子さん。ホリガーさん、今日本にいらしてるはずだから、来ていないかなと見回したけどいませんでした。

会場は、オペラシティの近江楽堂(実は今日まで近衞楽堂だとばかり思ってた)という石造りの教会というかシナゴーグみたいな小さな会場。お隣のタケミツメモリアルと同じように天井が高くて上から採光されています。

始まりは、バッハ・ファミリーのひとりカール・フィリップ・エマヌエルのトリオ・ソナタ。チェンバロ入りです。フルートが(音域が上なので)主役の音楽かと思っていたら、この曲は、オーボエの方が主役で、フルートの方が脇にまわってる感じ。オーボエの方が音色が強いんですね。フルートの優しさは陰で支える感じ(もちろんメロディもたくさん吹くんだけど)。でもそれだけではなくて、井原さんが、一歩下がってゴンザレスさんをたてるように控え目に吹いていたせいもあるのかもしれません。もっと前に出れば、と思いつつ。

2曲目は今日のための新作。フルートのソロです。譜面が長いので譜面台5台置き。多分わたしの見た最高記録。初めて聴く曲なので、感じたことしか言えないけど、高原の露天風呂の側を流れる小川のイメジ。木々を揺らす風の音。実際フルートには息だけの音とか空気が聞こえるような表現も。特殊奏法は出てくるけど控え目で、難しいけど、無理のない演奏して気持ちの良い音楽ではないかしら。最後の方に出てきたキーを叩いて打楽器的というかピチカート的な音が印象的(現代のフルートの奏法としてはよくあるのかもしれませんが、初めて聴いたので)。井原さんの演奏は、流石、現代音楽を吹き慣れてらっしゃるふう。技術的にとても安定していて曖昧なところはないし、何よりも音楽のイマジネイションを共有できたと感じられたのが良かったです。
そういえば、会場に着いたとき、後ろの席にかっこいい若い外国の人が座ってるなって気になっていたら、作曲者の人でした。この人、作曲家として大成していくといいな。かっこいいから。

続いて、ピッコロとオーボエの二重奏。シェルシの「いきなりのぞく」から第1楽章。なぜか数曲はさんで後半に第2楽章もあります。プログラムの前半と後半がシェルシを挟んで緩く対応しているのかな?シェルシという作曲家は、気になっていたのですが、初めて聴きます。いわゆるゲンダイ音楽(かなり変な曲を書いてたみたいなので)と思ったら、拍子抜け。性格の異なるふたつの楽器がおしゃべりするとてもかわいらしい曲。何だか鳥が囀り合うよう。メシアンのヤマナカカデンツァを思い出しちゃった(実際になんかメシアンを彷彿させたので)。後半の2楽章の方は、少しゆったりした感じの曲。歌えるメロディはないけれども、なんか優しい音楽。初シェルシでしたけど、好きになりそう。
ところで、シェルシって佐村河内事件で注目されたゴースト作曲家の大物なんですね。彼もゴースト作曲家を雇っていてシェルシの名前で作品を発表していました。佐村河内さんと違ってシェルシが今でも高く評価されているのは、きっと、彼自身、優れた作曲家であったことや彼の音楽(アイディア)が後の音楽に大きな影響を与えたからではないでしょうか。佐村河内さんと新垣さんは、様式模倣ばかりで創造性がちっともなかったから。シェルシについてはわたしは、まだまだ知らないことばかりなんだけど、秋にも彼の作品を聴く予定なので、それまでに少しでも理解を深められればいいな。

前半の最後は、バッハ・ファミリーの(人だよね?それとも他人?)ひとり、W.F.のデュエット。おっかけっこのような音楽が、ふたつの楽器の音色の違いで際だって、良い感じ。原曲は2本のフルートのデュオかな。でも、こっちの方がいいかも。

後半は、ヒナステラの曲から。この曲もフルートとオーボエのための。ヒナステラは、エスタンシアとかハープ協奏曲を偏愛してるんだけど、このデュエットもヒナステラらしい溌剌と楽しい曲。フルートとオーボエ2本だけで、こんなに世界が広がるんですね。おふたりの演奏も楽しそうでした。

オーボエ独奏のベリオの「セクエンツァ」は。。。鋭いアタックの始まりの音が聞こえた瞬間から、同じ音の持続音が。ちゃんとした音程の音楽的な音だから、あれれ、オーボエソロなのに、まさか持続音を同時に出すテクニック?なんてトンチンカンなことを思ったり。でも曲が進むにつれて、ずうっと続いているその音、機械的な音が、だんだん耳障りになってきて。誰かの携帯とか機械?それともホールの空調か何かの音。早く止めて。ゴンザレスさん頭にきて演奏止めちゃわないかな。なんて心配までして。曲は、オーボエの超絶技巧を使ったもので、それを見事に吹いていたゴンザレスさんが良かったんだけど、音が気になって音楽が頭に入りませんでした。何かの嫌がらせ?4分33秒の対偶?その音は、ゴンザレスさんが最後の音を吹き放ったとき(始まりと同じ音)にピタリと止んで。ステージの後ろから、機械(チューナーのような)を持った脇田さんが現れて種明かし。この曲もともと、ドローン(背景に流れる持続音)が伴うんですね。かーーー完全にしてやられたわ。そしてその音のせいで音楽が楽しめなかったわたし。やられた。次に聴くときはちゃんと聴きたい。(でも、言い訳すると、ドローンは機械音ではなくて楽器の音がいいなぁ。機械の倍音のない単純な音って耳障りなんだもん)

最後は、チェンバロも加わってバッハのトリオ・ソナタ。もともとはヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタだったのかな、それをフルートとオーボエに編曲したのだと思うけど、それを少しも感じさせない3つの楽器にピッタリはまった音楽。チェンバロはちょっと控え目だけど、フルートとオーボエの音色の違いが音楽に彩りを添えてステキなの。井原さんとゴンザレスさんが、音楽の旅を経て、対等に語り合っているのもステキ。

アンコールには、デュエットから「ジーグ」。すみません作曲者分かりません(バッハだったっけ?)。
たまたま伺った音楽会だけどとってもステキで幸せな気持ちにさせられました。会場にはお友達(楽器の生徒さん関係?)の方が多かったけど、いろんな人に聴いて欲しい音楽会でした。
それにしても、井原さんの笑顔ステキでした。かわいらしくって。
[PR]

by zerbinetta | 2015-08-23 16:06 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

コバケンは特別 上原彩子、小林/日フィル   

2015年8月7日 @ミューザ川崎

グリーグ:ピアノ協奏曲
シベリウス:交響曲第2番

上原彩子(ピアノ)
小林研一郎/日本フィルハーモニー交響楽団


コバケンさんを聴くのは初めてです。コバケンさんには熱烈なファンが付いていることは知っています。炎のコバケンとかと評されて熱い音楽をする人だということも。でも、ひねくれ者のわたし、皆が熱狂すればするほど引いちゃうのですね。というわけで、ファンの人たちには失礼だけど、1回くらいはコバケンさんを聴いておこう、くらいの気持ちで、ちょうど1回は参加しておきたいサマーフェスティヴァルに出演されるので聴きに来ました。リハーサルも付いてお得。

リハーサルの様子についてはとやかく書く気はないのだけど、始めにシベリウス、それからピアニストの上原さんとのグリーグでした。軽く流すように通しながら(全曲通したわけではありません)、ところどころ止めてコバケンさんが注文を付けるんだけど、とても丁寧な言葉遣いで、へりくだってお願いするみたいな感じ。もう少し威圧的な方かと思っていたら全然違ってびっくり。あっそうそう、シベリウスのあとにアンコール曲のリハーサルもあったんだけど、ここでネタバレ。え〜あ〜こんなぁ〜。私服姿の上原さんは、さばさばしたカリスマ主婦みたいな感じの方。何でもテキパキとこなしそうで凄くかっこよいの。斜に構えた感じも魅力的。

本番は、グリーグの協奏曲から。上原さんって、音楽大学に行っていないという変わった経歴の持ち主なんですね。チャイコフスキー・コンクールで優勝したというだけあって、重く力強いタッチで北欧のグリーグの協奏曲の音にピッタリ。小技や外連を排した上原さんの正面から音楽にぶつかっていく感じも好感度高いです。落ち着いた大人の演奏。今度はブラームスとかベートーヴェンとかも聴いてみたいです。演奏が終わったあとすぐの、大きな声じゃなかったけど、いわゆるフライングブラヴォーがあったんですけど、声の主はコバケンさん。上原さんにブラヴォーの声をかけていました。

コバケンさんのシベリウスは。。。コバケンさんに熱いファンがついていることに納得させられた演奏。シベリウスの音楽とは距離があると思うんだけど、炎のコバケンと言われるのが少し分かった。熱烈にロマンティックに粘る温度の高い演奏だもん。シベリウス的にはこれじゃない感が漂うけど、音楽としてその濃度に納得させられる。コバケンさんの音楽会はひとつひとつが特別なものなんだろうな。オーケストラを時間をかけて鍛えて自分の音楽を作っていくのではなくて、今ある材料で音楽を燃焼していくタイプ。燃え残りがないほど完全燃焼させる。だから、どこかのオーケストラの監督になるよりも客演してひとつの音楽会で燃え切ってしまう演奏を求めているんだ。そういう意味でコバケンさんは特別。彼の音楽にはまったり、はまらなかったり好き嫌いの振幅の激しい人だと思う。曲目によっても違いは出そう。わたしは。。。年に1度、カップヌードルが食べたーーーいって思うくらい、たまには怖いもの聴きたさで聴いてもいいかな。上から目線だけど。

アンコールには、ドヴォルザークのユモレスクを弦楽合奏版で。この曲を生まれてから死ぬまでの人生に例えて解釈するというトンデモ解釈なんだけど、リハーサルのとき種明かしされていて、本番はどうするのかなと思ったら、説明して音楽を始められました。まあなんというかフリーダムというか開いた口がふさがらないと言うか。でもコバケンさんだから許されるっていう感じもあるのよね。

日フィルは、あまり聴いたことがなかったんだけど、今日のコンサートマスターは、千葉さん、チェロのトップに辻本さんの若いピグマリオン・コンビ。オーケストラが予想以上に上手いのに嬉しいびっくり。音楽をよく知っていたし、これからもっと聴いていこう♫まずは定期会員になろっかな。定期会員だとずいぶんお安くなるのよね。
[PR]

by zerbinetta | 2015-08-07 15:59 | 日本のオーケストラ | Comments(0)