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人類の喪失の回復 ノット/東響 「ドイツ・レクイエム」   

2016年4月24日 @サントリーホール

シェーンベルク:「ワルシャワの生き残り」
ベルク:「ルル」組曲
ブラームス:「ドイツ・レクイエム」

チェン・レイス(ソプラノ)、クレシミル・ストラジャナッツ(バリトン)
東響コーラス(富永恭平)
ジョナサン・ノット/東京交響楽団


音楽作品ってそれ自体がひとつの意味を持っていると同時に、プログラムの中で他の曲と組み合わされて演奏されることによってまた違った意味も出てくると思う。そしてそのどちらもが真実。だからこそ、ステキにプログラミングされた音楽会って面白い。ノットさんは、この間のパーセルとリゲティの組み合わせでわたしのハートをむんずと掴んだんだけど、今日も「ドイツ・レクイエム」を「ワルシャワの生き残り」と「ルル」を組み合わせることで、「ドイツ・レクイエム」に新たな意味を含ませていました。1曲目がバリトンのシュプレッヒゲザング(ナレイション)、2曲目がソプラノ、そして最後にふたりの歌手が共演するという構成もステキ。(「ドイツ・レクイエム」に他の曲を挟むというのは、ケント・ナガノさんも前にやっていて、リームさんの作品を楽章の間に挟んで演奏していました)

「ワルシャワの生き残り」は、死の収容所で処刑されようとした男の語り。ほぼ英語。ストラジャナッツさんの語りは、少し淡泊だったかな。ホールの残響と座っていた席のためか、言葉はあまりよく聞き取れませんでした。無調の音楽の中に最後、ユダヤ教の祈祷文が男声合唱で闖入してくるところ、何だか黒い壁の向こうからラスボスが襲ってくるような感じで、死を前にする祈りに平安はなく、突然断ち切られる音楽。むしろ内省的な演奏は、全体的に甘くはないけれども、刺々しさがあまり感じられない分、物語が少し遠くに、思い出のように感じられました。ものすごく苦々しい恐怖の体験には違いないんですけど。恐怖の描き方の違いというか、真綿で首を絞めるような恐怖。

「ルル」の組曲も断ち切られた歌。死によって完成されることのなかったオペラという意味で、そして、死によって断ち切られたルルと、「ルル、わたしの天使・・・」と悲痛の歌で事切れるゲシュヴィッツ嬢。「ルル」は、サクソフォンやヴィブラフォンも加わった官能的な音のする音楽だと思うんだけど、ノットさんと東響の演奏は、音楽の美しさを描き出す一方、少しあっさりでセクシーさがわたしにはちょっと足りないと思いました。レイスさんの歌もその方向。ルルはファムファタルな女というより清楚系?

後半は、「ドイツ・レクイエム」。前半の苦悩を全部引き受けるかのような重く暗い始まり。チェロとコントラバスの低音が脈動みたいで、「マタイ受難曲」の始まりを思い起こさせました。ノットさんはつながりを意識しているのでしょうか。悲しみの重さと、音楽が進むにつれて、うっすらと差し込んでくる雨上がりの光り。救い。
もちろん「ドイツ・レクイエム」は、特別な機会のレクイエムではなく(それが、シューマンや作曲家の母の死に負っているとしても)、単純にドイツ語で歌われるレクイエムなのだけれども、そしてノットさんの演奏も純粋に音楽を演奏しただけだけれども、今日のようなプログラムを組むことで、レクイエムは複雑な意味を獲得する。レクイエムによって解決される(あるいは救われる)ものが、一般化されたもの、ではなくて、あるいはわたしたちの持っている個人的な感情、ではなくて、先の大戦でドイツが喪失させたもの、つながってる今の世界で喪失されているもの、の回復が示されると思うの。

ノットさんと東響の演奏は、音楽による、多分人類の共通言語である音楽による救いをもたらしてくれるものでした。暗闇から少しずつ光が差し込み僅かな色が差すグラディエイション。深い音色は、オーケストラのもうひとつの顔を見たようです(明るい音色のオーケストラのイメジが強いので)。
歌手のおふたりもこの歌のために今日ここにいる、というのを感じさせるステキな歌でした。
合唱の東響コーラスは、オーケストラに併設されている(日本ではこういうの珍しいのかな?)アマチュアの合唱団だけれどもとっても良かったです。ただ、アマチュアゆえの声量の不足を人数で補ったところがあって、少人数の緻密な合唱だったら、と思うのは、過分な望みかも知れませんね。

素晴らしい音楽会でした。


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by zerbinetta | 2016-04-24 01:43 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

フレッシュ ピリオド・スタイル! オルケストラ・クラシカ第4回定期演奏会   

2016年4月23日 @トッパンホール

ハイドン:交響曲第85番「王妃」
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番
モーツァルト:交響曲第40番

渡辺美穂(ヴァイオリン)
大森悠/オルケストラ・クラシカ


惑星のあとは、トッパンホールでオルケストラ・クラシカ。大阪フォルのオーボイスト、大森さんの下に集まった東大オケ出身者(大森さんもOBで東大から音楽家になってます)を中心にしたアマチュアの室内アンサンブル。大森さんの元同僚の渡辺さんがゲスト・コンサートマスターをしていて、今日はソリストとして登場。オーボエ吹きの指揮者というと、東京シティ・フィルの初代音楽監督、というかタモリ倶楽部でヘンな指揮者として有名になった、というかヴァイオリニストの宮本笑里さんのお父さんの宮本文昭さんを思い浮かべるという脱線は置いておいて、大森さんは、練習で音楽の表情をオーケストラに伝えるのためにオーボエで吹いちゃうほどの人(オーケストラのサイトから)。さて、どんな音楽を聴かせてくれるのでしょう。実は、失礼ながらあまり期待していなかったんだけど、これがびっくり嬉しい、とてもステキな音楽会だったのでした。

音合わせを聞いたとき、あっ!このオーケストラ上手いって予感がしたんですけど、「王妃」を聴いてその予感が正しかったことを確信。小さな編成(第1ヴァイオリンが7人)のオーケストラなんだけど、しっかり音が出てるし、弦楽器は前から後ろまでみんな上手そう。それをベースに大森さんが自在に音楽を作るのだけど、反応もいいし、とっても音楽がこなれてるの。そしてどうやら、表現はピリオド系。もちろん、現代楽器のオーケストラだけど、アクセントの付け方とか、ピリオド・スタイルの成果を採り入れてる。古典がレパートリーの中心の室内オーケストラの思い切った割り切り方がステキ。それから、メンバーが若く、イケメンが多いのも嬉しい♡

ピリオド・スタイルのカミソリはヴァイオリン協奏曲で凄みを増しました。ヴァイオリンの渡辺さんが、アグレッシヴでシャープな切り込みのモーツァルト。アクセント鋭く小股の切れ上がったモーツァルトとは俺のことだって感じね。モーツァルトでばっさばっさと切りまくる感じが、腑抜けたヒーリング音楽に堕落したモーツァルトと対照的で良いの。(ゲスト)コンサートマスターとして一緒に弾いている渡辺さんをサポートするオーケストラも渡辺さんの意を汲んで、キレキレのモーツァルト。この演奏は素晴らしかったです。
渡辺さんのアンコールは、バッハの無伴奏パルティータ第1番から「ブーレ」でした。こちらはキレキレではなくわりとおとなしめ。即物的な感じかなぁ。

お終いはソロを弾いた渡辺さんも第1ヴァイオリンの末席に加わって、モーツァルトの交響曲第40番。大きな方のト短調。第1楽章の有名な旋律は、ロマンティックな行き方もあると思うけど、もちろん、大森さんの演奏は、それとは一線を画すもの。オーケストラにはチェンバロも入って(前半の演奏にももちろん入っていました)、バスの動きに通奏低音風な彩りを添えていたり、アマチュアのオーケストラでこんなステキなピリオド・スタイルの演奏が聴けてびっくり。大森さんのおおっと思うような独特なテンポの変化やフレージング(特に第3楽章のメヌエットが秀逸)、渓流のような音の流れ、ワクワクして退屈しないほんとに目の覚めるような刺激的なモーツァルトでした。

アンコールにハイドンの交響曲第38番「エコー」からアンダンテ。ヴァイオリンがエコーを交わす(郭公も聞こえる?)のが洒落ててかわいいの。とても気の利いてるアンコール。

大森さんとオルケストラ・クラシカ、常連になりたい。もっと聴きたいと思いました。まだまだ先は長いのに、今年アマチュアで最も印象に残った音楽会になりそう。次回の定期演奏会の日程は未定みたいです。




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by zerbinetta | 2016-04-23 23:10 | アマチュア | Comments(0)

なぜかイギリス インキネン/日フィル   

2016年4月23日 @サントリーホール

ブリテン:ヴァイオリン協奏曲
ホルスト:組曲「惑星」

庄司紗矢香(ヴァイオリン)
東京音楽大学(女声合唱)
ピエタリ・インキネン/日本フィルハーモニー交響楽団


インキネンさん、寂しいことに日フィルの首席客演指揮者として最後の音楽会。若くてステキ、イケメン指揮者なのに~。なんてね。だって来シーズンからは、日フィルの主席指揮者としての嬉しい登場となるんですもの。客演指揮者から主席指揮者への流れは、信頼関係が培われてきた証でオーケストラとしても幸せな結果。次のシーズンからますます楽しみになりそう。そして、インキネンさんは、ご自身のキャリアのために日フィルでは、初めて振る新しい音楽を積極的に採り上げてる風なのもなんかステキ。今日は、イギリスもの。レパートリー的には傍流系?インキネンさん、確かニュージーランドのオーケストラでも仕事しているからそこでイギリスつながり?

ブリテンのヴァイオリン協奏曲は初めて聴きます。本場ロンドンでも聴いたことなかったよ~。いろんな国の音楽がまんべんなく演奏されちゃう東京ならでは。ただ、山椒をちょっぴり効かせるとしたら、自国やアジア(系)の音楽に対してはわりと冷たいね。
音楽は、短いシンプルな音型のオスティナートの上に、ちょっとブリテンらしからぬ(ってブリテンをよく知っているわけでもありませんが)、叙情的な旋律が独奏ヴァイオリンで奏でられて始まって、おや、良い曲って思いました。こんな曲が知らないでまだ残っていたとは。中間部分では激しく盛り上がりつつも旋律は明快で叙情的な気分は保ったまま。紗矢香さんの演奏は、叙情的な旋律をキチンと弾いていくのが良かったんですけど、ちょっとヴィブラートのかけ方が気になりました。もう少し控え目の方が良かったんじゃないかなぁ。技巧的なスケルツォは、見事な余裕。もともとテクニシャンのイメジが紗矢香さんにあったので面目躍如。そのままカデンツァを経てパッサカリアのフィナーレはショスティの鏡像みたい(作曲はブリテンが先)。紗矢香さんのヴァイオリンは、とても集中力が高いものだったけど、前に感じた息の詰まるような感じがなくて、音楽に柔らかさが出てきていたと感じました。ミドリさんと似たタイプかなと思ってたけど、この部分で変わっていくのだろうな。

後半は「惑星」。よく知ってる曲なので、素直に楽しもっ。インキネンさんの演奏も、つべこべ余計なことを考えないで、大仰ではないさらさらとした筆遣いで過不足のない音の絵を描いていく感じ。作曲家が想を得た占星術的なうさんくささはなくて、クリアな音楽。ホルストの音楽も個々の惑星の占星術からイメジされる雰囲気をただ音に描いただけで、それ以上ではなさそうだしね。インキネンさんのアプローチは、浄水がさらさら流れるような金星や水星にアフィニティが高かった反面、土星や天王星に澱みが欲しかったです。戦争の火星は、戦車でもスターウォーズでもなく、サイバー戦争のようなものをなぜか感じてしまいました。破壊的ではない(でも迫力はあった)演奏がヴァーチャル感を煽ったのでしょうか。
最後の海王星も、宇宙の果てに光りの粒が流れていくように仄かに蛍光を発してキラキラと。神秘性というより探査衛星の漂流を思い浮かべたのは、理知的な科学の時代の音楽だから?最後の女声合唱がホールP席の後ろの廊下で歌って、ドアを閉じることで音量を下げていったということらしいんですけど(わたしの席からは見えないのであとから教えてもらいました)、あれ?PA使ってるのかな?と思ったほどホールに声が漂ってきて、サントリーホールってなかなか良いホールだなって、再認識。宇宙船のゆりかごで太陽系の外への果てることのない旅を、地球外生命が見つけてくれることを祈りつつフェイドアウト。


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by zerbinetta | 2016-04-23 01:38 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

火照りそう メルクル/新日フィル フランス音楽の粋   

2016年4月22日 @すみだトリフォニー

プーランク:「牝鹿」
フォーレ:「パヴァーヌ」
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」全曲

栗友会合唱団(栗山文昭)
ジュン・メルクル/新日本フィルハーモニー交響楽団


実はひそひそ話、わたしは新日フィルが嫌いです。新日フィルを聴きに行くくらいならアマチュアのオーケストラを聴きに行った方がマシ、と悪態をつくくらいに(しかも新日フィルの定期公演のチケットは都内のオーケストラでは高い方)。わたしの、評価の基準は上手い下手ではありません。みんなが音楽をきちんと(分かって)演奏しているか、なんです。今まで聴いた新日フィルは、音楽をいい加減に演奏しているのをそこここで感じたので受け入れられなかったんです。でも、新日フィルの音楽会を良いと評価する人もたくさんいて、わたしも2回3回聴いたくらいで悪口言うのも大人げないなと思い直して、今回3回聴いてみることにしました。「ダフニスとクロエ」(全曲)とか「涅槃交響曲」とか聴きたい曲がプログラムに上がってるしね。これでダメだったら、もう三行半を付けるって息巻いて(えらそーに。上から目線でごめんなさい)。

今日は、メルクルさんの指揮でフランスもの。メルクルさんってフランス人じゃないけど、フランスもの得意。メルクルさん好き♡というのを再発見したのでした。
プログラムは、「ダフニスとクロエ」のことしか頭になくて、最初の曲が始まったとき、プーランクの曲だとは思うけど、、、初めて聴く曲かしら、と思っていたら「牝鹿」は、前にアマチュアのオーケストラで聴いたことがあったんですね。すっぽり忘れてました。
「牝鹿」については辛口です。なにせ、三行半を突きつけるつもりで聴きに来たのですから。耳がささくれたってます。ごめんなさい。オーケストラのせいばかりとは言えないんですけど、管楽器の音が分離せずにお団子のようになって3階席には聞こえてきて、ちょっと重くてお洒落じゃないなぁ。渋滞したパリの道路。プーランクの音楽って軽妙洒脱というか、とおってもお洒落でスマートだと思うんですよ。トップ奏者たちは、わりとお洒落に弾いてる感じなんですけど、後ろで支えてる人、特に和声をになってる金管楽器とかが生真面目に(音を保って)吹いていて、抜けるところが抜けずに重くなってる感じなんですね。

合唱が入った「パヴァーヌ」は、オーケストラの後ろに人が立ったせいか、管楽器のお団子は少し改善されたみたいです。美しい音楽が美しく演奏されたのですが、わたしはフォーレの独特の倦怠感がやっぱり苦手だな、と思い出しました(フォーレの音楽を倦怠感で片付けるところがもうフォーレ知らずを告白していますね、きっと)。

休憩のあと、いよいよ「ダフニス」全曲。第2組曲が有名でよく演奏されるけれども、全曲でも50分程度だから、合唱が入ってコストがかかるけど、もっと演奏されて欲しいなぁ。
メルクルさんは、気合い十分。指揮台を枠一杯に縦横無尽に動きながら、オーケストラをリードし鼓舞していく。オーケストラもそれに応えて、力のこもった演奏。その分、柔らかな光の繊細さは少し後退して(それでも、十分素晴らしかったと思う)、荒っぽさ、ワイルドさが出てきたんだけど、それが、ぐいぐいと進むように指揮された、第1部の「グロテスクな踊り」とか第2部での「戦いの踊り」でとても効果的で活き活きとした演奏を生み出していました。ヴォカリーズの合唱もオーケストラの楽器のように、雲のように同じ雰囲気を作っていて良かった。切れば熱い血の迸り出る熱血のラヴェル。ヴィヴィッドで荒い筆遣いの音楽。アンニュイな午後がいっぺんにエッジの効いたシャープな光りの渦に巻き込まれました。わたしもメルクルさんに熱血指揮されたいなぁ。メルクルさんの音楽やっぱり大好き♡

というわけで、三行半は保留です。次回も良い音楽を期待しています、新日さん。


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by zerbinetta | 2016-04-22 18:58 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

時をかけるポリフォニー ノット/東響 リゲティ、パーセル、ツァラトゥストラ   

2016年4月16日 @東京オペラシティ

リゲティ:「アトモスフェール」
パーセル:4声のファンタジア z.742、z.739
リゲティ:「ロンターノ」
パーセル:4声のファンタジア z.737、z.741
リゲティ:「サンフランシスコ・ポリフォニー」
シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」

神戸愉樹美ヴィオラダ・ガンバ合奏団
ジョナサン・ノット/東京交響楽団


今シーズンから定期会員になってみる東響、定期公演デビュウの前にフライング気味にオペラシティ・シリーズの開幕を聴きに来ました。だって、リゲティやるんですもの。それも音楽監督のノットさんで。生ノットさんは初めてなんですが、わたしがノットさんを知ったのは、ベルリン・フィルとのリゲティの作品集のCDなんです。それにとても感動して。それを今度は、オーケストラは違うけど生で聴けるなんて、幸せ。しかもですよ、プログラミングが凝っていて、リゲティは、ポリフォニーつながりで、パーセルのガンバ四重奏曲と組み合わされるのです(リゲティとパーセルの曲を交互に切れ目なく)。プログラミングは、わたしが音楽会で一番重要視しているところなので、こんなステキなプログラムに驚嘆と感嘆を覚えるのです。

ヴィオラダ・ガンバはステージ後ろの合唱席下手側で弾きます(わたしの席からは無念。死角になりました)。リゲティの曲があって、続けて(アタッカではなく、交響曲の楽章のように少し間を置いて)パーセル。300年の時を隔てて、音楽のスタイルも全然違うのに、お互いに溶け合うように交互に響きあう不思議。バロック音楽と現代の音楽の親和性が高いといつも思ってたわたしもこんなにも!ってびっくり。ピリオド・スタイルってアーノンクールさんがおっしゃるように、単に作曲された当時の楽器で当時の演奏法を百科事典的に再現することではなくて、当時の人たちの耳にその音楽がどう新鮮に聞こえたかを今のわたしたちに再現すること。それはまさしくコンテンポラリー(同時代の/現代の)で今の時を指向してる。だからこそ時代を超えた音楽が今の音楽として聞こえるのですね。ポリフォニーつながりで曲を配してそのことを実際の音で聴かせて証明してくれたノットさんの慧眼にブラヴォーです。

リゲティの「アトモスフェール」と「ロンターノ」って一見、似通った音楽に聞こえるのだけど(素人ぶりを暴露)、今日の演奏では、全く別物の音楽に聞こえたのはもうひとつのびっくり。「アトモスフェール」は、原初的でもやもやしていてまだ実態のない感じの、頭によぎったイメジでは、未受精卵の周りにもやもや漂っている無数の精子。それに対して「ロンターノ」は、形をなした(多分、音楽の背後に聞こえてくる聖歌のようなメロディ!がそうさせるのでしょう)、命を得た胎児を内包している子宮。お腹に耳を当てて命の胎動を聞くように、聞き耳を立てて音楽に吸い込まれる快感。目を瞑ったその先にある何か。

と、なんちゃって哲学的な独白をしてみたけれども、後半の「ツァラトゥストラ」は、冒頭の超有名な派手やかさとは対照的な哲学的な演奏。ここで、今日のキーワード、ポリフォニーが断然生きてきます。「学問について」のフーガはもちろん、そこに至る「世界の背徳を説くものについて」からの弦楽器の細かな分奏で’マイクロ・ポリフォニー’!のように扱われる音たちが、リゲティの世界とつながって聞こえるのはステキ。外連味のある「ツァラトゥストラ」を期待すると、細かく丹念に描き出される音の糸の綾で紡がれた音楽に肩すかしを食らわせられるけど、わたしは、この演奏にステキな新しさを感じました。

今年から会員になってみたノットさん率いる東響の定期演奏会、ますます楽しみで待ち遠しくなってきました。


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by zerbinetta | 2016-04-16 14:27 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

back to the future 同時代の音楽 ロト/都響 ストラヴィンスキー   

2016年4月12日 @東京文化会館

ストラヴィンスキー:「ペトルーシュカ」(1911)、「火の鳥」(1910)

フランソワ・グザヴィエ・ロト/東京都交響楽団


「ペトルーシュカ」と「春の祭典」だと思って行ったら「火の鳥」だった今日の音楽会。指揮者は、去年、読響さんを振ったのを聴いて大絶賛のロトさんだし、そのロトさん、ピリオド・スタイルの「春の祭典」のCD(わたしは未聴)が話題になっていたので、とても期待していた音楽会でした。そしてその期待は裏切られることなかった。ロトさん最高!都響がんばれ!

4月始まりの都響のシーズン・オープナー。と言っても、音楽監督はお留守で、特別なこともしない、いつもの定期演奏会なんですね。日本のオーケストラのシーズンって4月始まりと西欧のように秋始まりがあるみたいでこんがらがるんだけど、シーズン開幕に特別感がないのもそれを助長してるのかも。これはちょっと残念。

ストラヴィンスキーのバレエがふたつ、でも、今回はひとつひとつあれこれ書くよりも、2つ対比して書いた方がいいかな、って思える音楽会でした。
ロトさんのアプローチは、「ペトルーシュカ」と「火の鳥」では全然違ってて、「ペトルーシュカ」では、音楽の前衛性(複調とか異質なものを積み重ねていくやり方とか)を強調。他方、「火の鳥」の伝統的なロシア音楽の親しみやすさと楽器の響きの革新。20世紀始まりの当時、ストラヴィンスキーのバレエ音楽を初めて聴いた人たちの驚きを、今のわたしたちにも、ーもう100年も前の音楽なのに、もっと新しい音楽をたくさん知っているのにー、再現させてくれる類い稀な演奏。タイムマシンで連れてこられた、まさに、同時代性のピリオド・スタイル精神の音楽。それぞれの音楽の本質を突いているからこそ。違ったアプローチと書いたけど、実はどちらも音楽の生まれたときの同時代性の核心を付くアプローチなんですね。この次代の音楽を今演奏するのには、珍しい対向配置だったけど、わたしの席(サイド)では、その効果は残念、限定的だったかな。

「ペトルーシュカ」は華やかな明るさ、お祭り広場の賑やかさ、親しみやすいメロディに溢れていて、すうっと分かりやすい、一見分かりやすい音楽だけど、それ以上に、緻密に重ねられた異質のモチーフの斬新さ。ロトさんはそれを4kハイヴィジョンのような高精細に聴かせてくれる。
ロトさんの演奏は、この間聴いたヤマカズさんのような独特な節回しはなかったけれども、同じようにフレーズひとつひとつ、一音一音まで目が行き届いていて、隙がないの。重ねられた音たちが全部聞こえて、軋んだり調和したり、色を放ったり、全てが聞こえてくるもの凄く情報量の多い演奏。楽章をつなぐドラムロールにディナーミクの変化を加えてドキリとさせたり、アクセントを強調したり。謝肉祭の賑わいが消えて最後に向かってどす黒いカオスが渦巻いて来るさまは圧巻で、でも首を刎ねるタンバリンは控え目、そこはヤマカズさんに軍配が上がったけど、そこからグロテスクに音楽が終わって、糸が切れてすっと力が抜けた。お見事。

「火の鳥」は、全曲なのでバレエのシーンが浮かぶんだけど(「ペトルーシュカ」はまだバレエを観たことないんです)、ロトさんの演奏は、組曲版にはないバレエのつなぎの部分がとても丁寧で聞かせどころになっていました。組曲はいいとこ取りをしているので、その間の部分は(音楽的には)あまり価値がない、聞いてもつまらない、と思われがちだったのに、ロトさんのはその部分にこそストラヴィンスキーの天才を見いだしている感じです。今日の演奏を聴いてわたしもその部分で音楽的実験がたくさんなされているように感じました。それを明晰に聴かせてくれて、むしろ普通にきれいなメロディが出てきたり盛り上がったりする部分よりも面白かったです。そして最後、主題が倍の音価になって繰り返されるところ、わたしの大好きな1945年版のように音を短めに切って演奏させたところは、ほんともうツボ。素晴らしい「火の鳥」でした。

ただ、オーケストラにもうちょっとがんばりというか余裕があれば。。。ロトさん、素晴らしい指揮者だけど、都響を鳴らすのは、現時点でフルシャさんの方が上かな。フルシャさんは首席客演だし、ロトさんは多分初めての共演だと思うから仕方がないんだけどね。でも、ロトさんには都響を定期的に振りに来た欲しいわ。去年素晴らしい演奏を聴かせてくれた読響と取り合いになっちゃうのけど。って言うか、どこか東京のオーケストラの音楽監督になって下さらないかな。ロトさんの音楽は、今の東京のクラシック音楽の聴き手を変えていくために絶対必要だわ。アーノンクールさん亡き後、彼を引き継ぐ次代の若手はロトさんだもん。



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by zerbinetta | 2016-04-12 01:11 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

爽快な登山の余韻 東京楽友協会第100回演奏会   

2016年4月3日 @すみだトリフォニー

ウォルトン:戴冠式行進曲「宝珠と王杖」
レスピーギ:バレエ組曲「シバの女王ベルキス」
シュトラウス:アルプス交響曲

橘直貴/東京楽友協会交響楽団


首都圏の社会人アマチュア・オーケストラで歴史が古いとこ、どこだか分かりますかー?
多分一番は、OB交響楽団 1937-(定期演奏会の回数189)(学生オーケストラはもっと古くからあるのいくつかあります)で、次に都民交響楽団 1948-(121)、新交響楽団 1956-(233)が続きます。そして、今日聴きに行った、東京楽友協会管弦楽団が1961年創立で、今日が記念すべき100回目の演奏会。長く続けることは目標でも目的でもないけれども、多分たくさんあった困難を乗り越えて長く続いているアマチュア・オーケストラってやっぱりそれだけで凄いと思う。いいえ、それだけではなく、長く続いているのには理由があってそれが音楽にしみ出てくるのがいいの。これらのオーケストラはどこも聴いてみてねって薦められるもの。

楽友協会さんの100回記念はアルプス登山。登山の情景模写のように振る舞って、実はシュトラウスのオーケストラ作品の中で最も哲学的な音楽ではないでしょうか。人生は登山に例えられる、って言うし。記念演奏会にふさわしいでしょ(記念だから選ばれたかどうかは知りませんが)。

前半は、ウォルトンの「宝珠と王杖」の行進曲。おめでたい曲。ステキな行進曲(好き♡)だけど、機会音楽なのであまり演奏されないのが残念。「威風堂々」のように定番になってもいいのに。ジャジーな細かな楽想が賑やかに聞こえて、とても演奏もしずらそう、特にホルンなんか、難しそうな音符を後ろで吹いてるのが、あまり聞こえなくて労多くして報われなさそうで、ちょっとまとめるのに苦労していた感じ。でも、最後のなりふり構わぬ大盛り上がり(に作曲家がした)で、オルガンの人がノリノリで弾いていたのにいいねを劇押し。

「シバの女王ベルキス」は、吹奏楽にも編曲されてよく知られているそう。わたしは初めて聴きます。バンダや軍隊の太鼓も加わる大編成の賑やかな曲。プログラムの解説によるとバレエの初演は、総勢1000人くらいの出演者だったとのこと。そんなバレエ観てみたい。オーケストラで演奏されるのも珍しいみたいだけど、エキゾティックな旋律と過剰なまでの派手やかな商店街を流れる音楽みたいな、ここまでやるか的な色物具合が面白かったです。登山の前に大盛り上がり。山小屋で大宴会しちゃったみたいな。橘さんは、オーケストラを解放して適度に外連があってなかなかでした。チェロのソロがとっても上手かったですね。

お終いは「アルプス交響曲」。いよいよ登山。大好きな曲なのでワクワクしながら聴いていました、とか言いつつ、羊が出てきたら突進して追い払っちゃえ(それドン・キホーテ)とか、雷落ちないかなとか(ほんとに雷落ちたの(サンダーマシーンが叩いた勢いで落っこちた)聴いたことあるの)、ヘンなことばかり。あと、カウベルは何年か前に亡くなったマーラーへの追悼かなとか。ユングフラウだったら電車でてっぺん近くまで行けるのにとか。それにしてもサンダーマシーン、今日はステージの後ろの方左右に2つあったけど、いつもいつ来るかいつ来るかとワクワクしながら見つめてしまうの。嵐が終わる頃、1度しか鳴らないんだけど、もったいないな。もっとがんがん雷鳴らしまくればいいのに、と浅はかな素人。
橘さんは、オーケストラの良さを無理なく引き出して、理路整然とした音楽を作っていました。描写音楽と言うより、音楽自体を大事に捉えた交響曲的寄りなアプローチですね。とてもきっちり、オーケストラをドライヴしている感じで、オーケストラもそれに応えてステキな音楽を奏でていました。ちょっと真面目すぎて、(プロのオーケストラだったら)聞こえない、細かな背景の音(聞こえないけれども靄のように音の雰囲気を作る)まで浮き出て聞こえていたのはご愛敬。オフステージの金管部隊も大きな音で(大好き!)かっこよかったし、素晴らしいアルプス登山でした。楽しくて、その分、哲学的な深みにはあまり触れなかったかな。でもいいの。登山そのものだって楽しいんだから。最後、夕日の奥に沈み込む、心地良い疲れと爽快感の余韻は、音楽の充実の賜物でしょう。

カーテンコールのとき、プログラムにもステキな文章を寄稿されていた、なんと!楽団創立メンバーにして100回の音楽会に皆勤賞で乗っている方が紹介されて、指揮者から花束が贈呈されていました。75歳には見えない若々しさ。これには、わたしも感涙。このオーケストラの背骨の凄みを見る思いがしました。多分それはメンバーみんなが共有している、オーケストラの歴史が作る道筋なのでしょう。
記念すべき登山を無事に終えて、これからもずっとこつこつとステキな音楽会を積み重ねていって欲しいですしそうするのでしょう。末永く聴いていきたいオーケストラです。


♫♫
東京楽友協会交響楽団の次の定期演奏会は、9月18日、すみだトリフォニーホールです。
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by zerbinetta | 2016-04-03 10:39 | アマチュア | Comments(0)

[news from japan] bruckner needs extra male toilets   

agency for cultural affairs, government of japan, ordered that the concert halls should provide extra male toilets when the concert includes any one of bruckner’s symphonies to prevent a long queue for the toilet during intermissions. if they are not able to do it at least 10 min intermission must be placed after every single movement of the symphony, or forcing the symphony to end within 30 min by adequate cuts and/or playing it faster.

[bruckner toilet] a weird phenomenon in the symphony concerts in japan is a hundred meter long queue for the male toilet (not female one) during intermissions, specifically when the program contains a bruckner’s symphony. this is hardly observed in the concerts including any other long symphonies such as mahler’s. bruckner symphonies are quite popular in japan especially among men (so called bruota (bruckner-otaku)). so the concert hall is crowded with men and they rush into the toilet before the long symphony. another possible reason is suggested from psychological and physiological researches. ‘this is preliminary data…’ dr. buruwota says ‘so far we don’t know the exact mechanism but our results show a diuretic effect of the bruckner symphony. interestingly, this effect is much obvious in japanese men. i personally prefer to go to the toilet just for having a sound sleep during the tedious symphony’
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by zerbinetta | 2016-04-01 08:04 | Comments(0)

ニュウス   

文化庁は、有識者懇談会で指摘されていた、我が国におけるブルックナーの交響曲を含む音楽会での劇場、音楽堂等の男性トイレの不足問題(所謂ブルックナー・トイレ)を解消することを目的として、以下の指針を劇場、音楽堂等の運営する者に通達する。この通達は平成28年4月1日より試行するものとする。

一)ブルックナーの交響曲の一を全曲演奏する劇場、音楽堂等は男性トイレを倍増しなければならない。但し、トイレの増設は演奏当日のみの仮設でも可とする。
二)トイレの増設が不可能な場合は、各楽章の間に最低10分間の休憩を置くものとする。もしそれが芸術上の理由で認められざる場合は、作曲家に対して友人が行ったように凡長な箇所をカットする、又は演奏速度を速めて概ね全曲を30分以内で終わらせるように努めなければならない。

一部女性有識者から提起されていたバレエ・トイレ問題については、今後の検討課題とされ、当面は男子トイレの一部を女子用に流用する等、劇場の努力を要請するに留めた。
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by zerbinetta | 2016-04-01 00:06 | Comments(0)