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さようなら 高関/シティフィル シベリウス、マーラー   

2016年5月14日 @東京オペラシティ

シベリウス:交響曲第7番
マーラー:「大地の歌」

小山由美(メゾ・ソプラノ)、小原啓楼(テノール)
高関健/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団


確か今日が今シーズンの始まりだと思うんだけど、なぜかお終いのようなプログラム。シベリウスの最後の交響曲とマーラーの「大地の歌」。人生の終焉。プログラムを見たとき、わたしはどうしてシベリウスが先でマーラーが後なのかって思いました。確かに常識的には規模の大きい「大地の歌」が後に来るのでしょうが、「大地の歌」には(物語が)完成されていない感じがするのです(関係ないけど、「大地の歌」の初演の際もこれが音楽会の前半でしたね)。それに対してシベリウスの最後の交響曲は、短いけれども極限までに蒸留され純化された結晶の密度と重さを感じるのです。短さゆえに音楽会の前半に置かれがちのこの曲は音楽会のメインにふさわしいと思います。「大地の歌」との組み合わせででも(だからこそ)「大地の歌」を補完して完成させるのにふさわしい音楽だとわたしは思うんですね。

始まる前に、高関さんが今日のプログラムについて、どうしてシベリウスとマーラーを組み合わせたのかについてお話ていました。1907年にマーラーがヘルシンキで指揮をしたときに、ふたりはホテルで会っていたのだそう。ただ、ふたりの音楽感(交響曲感)は結局相容れなかったみたい。全然違う方向の作風だからね。
シベリウスの最後の交響曲は、交響曲全体を織りなしていた、(レードと)シードの動機に最後収斂される、ということを説明されてたので、「大地の歌」は、最後、離別の動機のミーレが解決されないまま終わる、というのを話されるかと思ったらなかったので、あれ?違うのかな?これが対称になってると思ったんだけど。まあいいや。

シベリウスの交響曲第7番は、大好きな曲。うんと高く評価している高関さんと好感度大のシティ・フィルがどういう風な演奏をするのか、楽しみだったんだけど、正直ちょっと辛かった。始まりから、何か先をせかすような感じがして(始めの音階、ちょっとアチェレランド気味?)、何か落ち着かない。決して速いテンポではないんだけどね。オーケストラの音も荒い感じがして、弦楽器もシベリウスらしい寒色系なのは良いのだけど、ナイフの刃で切られるような痛みでわたしを傷つけます。繰り返し降り注ぐ天啓のようなトロンボーンの光りも解決にならなくて、どうしてこうなっちゃうんだろう?オーケストラに飲まれてしまっていたから?確かに時に美しい瞬間、木管楽器のさざ波とか、あったんだけど何か腑に落ちない感じが残ってしまいました。マーラーの音楽とは相容れなかったシベリウスの音楽。うがち過ぎだけど、マーラーの音楽をとても研究している高関さんには合わなかったのでしょうか。

じゃあ、マーラーは、と言うと。。。ううううむ。シベリウス以上にもやもや感が残りました。高関さんもおっしゃるように、マーラー自身一度も演奏していないこの曲は、いわば未完成で(オーケストラと練習を重ねながら筆を入れるのが常だったので)、その通りに演奏してしまうと、オーケストラが声を圧倒してしまう場面もちらほら。でも、それを警戒するばかり、オーケストラを引っ込めすぎて、全体が壊れた積み木のようにちぐはぐしてしまった感じです。例えば、「美について」の中間の盛り上がるところは野性味がなくてなんか薄ぼんやりとしたトーンになってしまいました。オーケストラが弱音の美しさを持てていれば、全体を損なうことなく歌の後ろに厚いけど静かに付けることができると思うのだけど。。。そして、シベリウスでも感じたのと同じように、何か音楽が先へ先へと進みすぎていると感じました。特に、「秋に寂しき者」でのテンポ設定、歌った小山さんとのテンポなのかも知れないのですが、なにか行進曲のように歌われてしまって、全然雰囲気が。。。残念ながら終始、小山さんの歌に疑問を持ってしまいました。音程も悪かったしマルカートのような発声(発音)の仕方もわたしにはダメでした。正直、「秋に寂しき者」で帰りたくなりました。
美しさが足りないゆえに、魂が浄化しきれない「大地の歌」。(「告別」のオーケストラの間奏の後、少し雰囲気が出たのですが、、、足りません)

高関さんもシティ・フィルもマーラーもシベリウスもみんな大好きでとても期待していたのに。。。「大地の歌」の主人公のように、シティ・フィルから静かにさようならするべきでしょうか。最後、寂黙に至らないまま終わった音楽をあとにして、すうっとまだ誰もいないホールの外に出て帰りました。
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by zerbinetta | 2016-05-14 00:10 | 日本のオーケストラ | Comments(2)

兄ビーはレオナルド! P.ヤルヴィ/N響 ブルックナー5   

2016年2月7日 @NHKホール

マーラー:なき子をしのぶ歌
ブルックナー:交響曲第5番

マティアス・ゲルネ(バリトン)
パーヴォ・ヤルヴィ/NHK交響楽団


主席指揮者兄ビーとN響の定期公演、今回はブルックナー。中でも壮大な交響曲第5番。ブルックナー・トイレも長くなりそう。女子には関係ないから、余裕でチラリと見物しちゃった。

ブルックナーの前には、マーラーの「なき子をしのぶ歌」。マーラーの歌曲の中で最高傑作と勝手に思ってる心に浸みる悲しい歌。歌い手は、ゲルネさん。ゲルネさんって、猫背風に少し前屈みになって歌うのが、マーラーの、特にこの「なき子をしのぶ歌」みたいな屈折した暗さの歌に雰囲気ピッタリですよね。もちろん、深いバリトンの声も凄い素敵だし。
マーラーは歌曲のオーケストレイションを交響曲とは違って薄くしてる(そういう意味で「大地の歌」は交響曲っぽい)んだけど、パーヴォさんの演奏はまさにそんな感じ。もう少し弦に厚みを持たせてロマンティック寄りの演奏もありだとは思うのだけど、パーヴォさんの選択は、歌曲としての側面をより前面に出したものでした。控え目なオーケストラは、歌の背後に回って見通しの良い音楽を付けるんだけど、この選択は残念ながら凶と出てしまいました。NHKホールがこの音楽には大きすぎた。もう少し小さな響きのいいホールでならこの表現は上手く生きたのでしょうけど、ホールが音楽に余ってしまったのがもったいなさすぎ。ゲルネさんの歌は、言葉の語りを大事にするもので、わたしの3階席までちゃんと聞こえてきましたが、でも、やっぱり、この語るような歌は、親密なホールでよりふさわしく聞こえたと思います。残念だわ。

後半はブルックナーの大曲。大聖堂の偉容を仰ぎ見るような音楽だと思ってたんだけど、パーヴォさんのは違った。大聖堂は大聖堂なんだけど、その緻密に描かれた設計図を見るよう。本物の大聖堂は、想像の先にあって、でもその大聖堂の秘密や全てが明らかになるの。もちろん、設計図は本物の大聖堂ではない。でも、あらゆるものにそれぞれマニアがいるように、設計図マニアというのもいるでしょう。わたしは、とても面白く聴けました。でもね、これが完成形だとは、パーヴォさんも思ってないんじゃないかしら。
パーヴォさんがやってるのは、レオナルド・ダ・ヴィンチがやったようなことなんじゃないかと思う。人の絵を真実に、正確に描くために、彼は、解剖学から学んだ。人体を解剖して、筋肉の付き方や中の構造を調べて、人物の絵に還元しようとした。それと同じように、パーヴォさんは楽譜に書き取られた音楽を解剖して詳細に解き明かすことから始めているような気がしたの。その結果、ブルックナーの音楽の繊細な構造に光りが当たって、それらが設計図を見るように聞こえてきたんだと思う。本当はそこから大伽藍を作ってこそ、本物にしかない聖堂の空気やステンドグラスの織りなす光やクリプトの冷たさに身体中が震えるんじゃないかと思うのだけど、パーヴォさんのブルックナーはまだ、完成を見ていないのか、オーケストラの力がそこまでだったのか(N響はとても良い演奏をしていたのです。ピチカートがうんと素敵でしたし。でも、まだ少し足りない)、それは分からないけど、レオナルドで例えるとたくさんの正確な素描を観た感じです。それは、確かにわたしにとってとても面白かっただけに、最終的な形をいつか観てみたい、聴いてみたいと強く思ったのでした。パーヴォさんのブルックナーは多分、絵はがきのように見えている美しさや荘厳さだけを切り取った風景のような凡愚な演奏ではなく、足元から聖堂のいしずえのアウラが伝わってくるような音楽になるとなるでしょう。いつかそんな演奏をパーヴォさんから聴きたい。

あ、覚え書き程度に。今日の演奏で、はっと思ったのは、第2楽章と第3楽章をアタッカでつなげていたこと。パーヴォさんはご存知かどうか分かりませんが、川崎高伸さんの説(Bruckner Journal 13(1), 2009)に、ブルックナーの交響曲第5番の構造に意識的な対称性が見られるというのがあって、それによると第2楽章(アダージョ)と第3楽章(スケルツォ)も対になっているはず、実際にふたつの楽章の始まりの低弦のピチカートの音型が同じ、だから、このふたつは同じテンポで演奏すべし(ブルックナーは第2楽章を4拍子ではなくアラ・ブレーヴェで書いているのでそれが正しい)ということなんだけど、わたしは、同じ音型が出てくるからといって同じテンポとはちょっと強引だわと思うのだけど、もしかして、今日のパーヴォさんのは、テンポは普通のアダージョと速いスケルツォだけど、2つの楽章をつなげて関連性を付けることによって、最初の楽章とフィナーレの対称性を際立たせたのかな、とも思いました。穿った見方だとは思うんですけど。ただ、2つの楽章の尋常ではない連結には何か深い意味を感じるのです。それがどういうものかまだ分かりませんが。答えを見つけるためにもいつかまた聴きたいです。
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by zerbinetta | 2016-02-07 11:28 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

笑いながら泣く 音楽大学オーケストラフェスティバル 4日目   

2015年12月6日 @ミューザ川崎

ファンファーレ
紺野鷹生(国立音楽大学):fanfare

シベリウス:交響曲第2番

田中良和/東邦音楽大学管弦楽団

ファンファーレ
福角祐里子(東邦音楽大学):le ciel limpide

ムソルグスキー/ラヴェル:組曲「展覧会の絵」

現田茂夫/東京音楽大学シンフォニーオーケストラ

ファンファーレ
熊谷陽太(東京音楽大学):to the bright

ラフマニノフ:交響曲第2番

尾高忠明/国立音楽大学オーケストラ

音大オーケストラバトル、とうとう最終日。今日は3つ。しかも普通の音楽会では、メイン・プログラムになる曲が3曲。長丁場デス。シベリウスと「展覧会の絵」は、すでに2校が演奏していて、今年はちょっぴり対決色(?)。で、まずは恒例のファンファーレ対決(いえ、対決してませんって)。今日の3つのファンファーレは、それぞれみんなコンパクトでシンプルでファンファーレらしい感じ。
紺野さんのタイトル自体がfanfareというシンプルな作品は、ファンファーレっぽい部分と真ん中の叙情的な部分が対比されるんだけど、そのつなぎがもう少しスムーズにいったら(演奏のせいもあるかも)もっと良かったのになって思いました。
福角さんのle ciel limpide(澄んだ空)は、澄んだ青と暖かい淡い黄色をイメジした対比の音楽。わたしは色をイメジするには至らなかったけど、求めていることは分かりました。金管楽器だけど(ユーフォニアムを含んでる)音色のパレットがもっと広がるといいな。
熊谷さんのto the brightは、トランペットとトロンボーンとパーカッションの編成で、シンプルに音が動いていく様が面白かったです。

さて、演奏が始まる前に、音大バトル(だからバトルじゃないって)のもうひとつの楽しみは、プログラム・ノートの曲目解説。各音楽大学の先生(学生さんが書いてるところがひとつ)が書いているんだけど、これがもう少し面白くなればなって。せっかくだから、先生じゃなくて学生さんが、思い入れのあるユニークな文章を書いたら良いのにって思います。そろそろ通り一遍の楽曲解説から足を洗っても良いんじゃないかな。ここにもバトルを期待したいところ。デスよね?

東邦音大は、田中さんの指揮でシベリウスの交響曲第2番。田中さんが出てこられて、あら、この人調子悪いのかしらって思ってしまいました。わたし的には、あまりのれないシベリウス。楽譜をべったりと音にしているような気がして、特に第2楽章は、田中さんののっぺりとした音楽作りが退屈すぎて眠気を誘いました。でも、学生さんたちは、懸命に音楽に没入していて、のびのびとした音はとっても気持ちいい。新茶のような演奏。多幸感のシベリウスですね。

東京音大の「展覧会の絵」は、現田さんの指揮。最近どこかでちょこちょこお名前を見かける人(ニューシティ管だったかな)、だけど聴くのは初めて。左耳にピアスしててびっくり。ピアスしてる男の指揮者見るの初めてかも(そもそも指揮者ってあんまり光り物身につけないでしょ)。現田さんは、暗譜。絵のようにというか、交響詩のようにひとつひとつの音楽を描き分けるのがとても上手いの。全体よりもひとつひとつの個性を大事にして、ああこの曲はひとつながりに演奏されるけど組曲だったんだと思い起こさせてくれる演奏。秋山さんの老練な音楽に対して、まだストレイトな感じだけど、伸びやかで良かったです。オーケストラもおおおっと思うほど上手くて、各ソロもばっちり。指揮者も若いし、若い学生らしい演奏でした。友達の追悼展覧会を観たと言うより、ステキな絵の展覧会を観て活力が沸いてきた感じ。

最後は、尾高さんと国立音大。学生さんの中に頭関係が年長っぽい人が混じっていたのは先生かな(若〇〇な人もいるから判断できないけど)。それにしても、3校がメインプログラムを演奏する長い音楽会のトリによりによってラフマニノフの交響曲とは。いや、メランコリックな美しい旋律の超ロマンティックな名曲だとは思うのよ。ただ、わたしには退屈で。。。長いし。。。寝ちゃうかなと思ったら、それがとんでもない。刮目して聴いてしまいました。素晴らしい演奏。流石大トリ。流石尾高さん(暗譜!)。何が素晴らしいって音楽。演奏がって言うことを全く感じさせない音楽そのもの。どの瞬間を切り取っても音楽しかない。こうなると、学生が演奏しているとか誰が演奏しているかなんて関係ないんです。音楽に身を委ねるだけ。尾高さんの演奏は、少し速めのテンポで(特に第3楽章)、過度な甘さを排したさらさらと流れるような見通しの良い演奏。でも、暗いうねりや叙情性も十分で、カオールのような純化されたロマンティシズムを感じさせるの。うねうねする4つの音だけで組み立てられた長大な交響曲を、4つの音を自在に組み合わせて再現していく尾高さんの手腕に脱帽。それを音にする学生たちに脱帽。
最後、ステージに残った学生さんが笑いながら泣いているのを見て、音楽の幸せを思い出して、わたしまで泣いちゃった。

今年も9校の音楽大学の演奏を全部聴いたんだけど、ちょっと残酷に思えたのは、演奏の印象は指揮者によると言うこと。指揮者の実力が如実に演奏に出ていました。それだけ高いレヴェルで学生さんたちが音楽していたということの表れなんですけど。でも、声を大にしていいたい。アマチュアだから、まだ学生だから、なんて敬遠している人がいたらもったいない。ぜひ、自分の耳で聴いて感じてみて欲しい。まだ、原石ではあるけれども、燦めく宝石の光りが見つけられるんだから。





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by zerbinetta | 2015-12-06 12:34 | アマチュア | Comments(0)

円熟から、人生最後への旅 ヴァンスカ/読響 シベリウス最後の3つの交響曲   

2015年12月4日 @サントリーホール

シベリウス:交響曲第5番、6番、7番

オスモ・ヴァンスカ/読売日本交響楽団

ヴァンスカさんのシベリウスを聴きにサントリーに来ました。というのは嘘で、うっかり今日は、上野の都響だと思って上野に行く気満々だったのに、確認したら読響でびっくり。危うく上野に行ってしまうところでした。
気を取り直して。ヴァンスカさんのシベリウスを聴くのは、久しぶり。数年前シベリウス・イヤー(は今年)でもないのにロンドン・フィルとシベリウス・サイクルをやって7曲の交響曲の素晴らしい演奏を聴いたのでした。シベリウス・サイクルは他にも聴いたことがあるのだけど、全交響曲をひとりの指揮者で聴いたのは、ヴァンスカさんだけです。読響とは、3回の音楽会で、交響曲は第1番と2番、それと最後の3つの交響曲等を採り上げます。でも、わたしが聴くのは、最終回の今日だけ、大好きな3つの交響曲の回です。

先に結論を書きましょう。人生を長く生きてきて本当に良かったと思った音楽会でした。シベリウスの最後の3つの交響曲の旅が、人生の後半に入ったわたし自身の時の旅に重なって。これは若い人には分からないだろうな。若い人にはこの音楽会はちゃんとは聴けないだろうなって。全若者を敵に回すような発言だけど、もちろん若い人には若い人の聴き方があるし、わたしも若かったら違うふうに考えただろうし、年寄りといってもまだ人生の後半に入ったばかりの甘ちゃんが何を言うと全老人から反感を買うに違いないのだけど、でもこれしかない適切な時にこの音楽を聴いたと感じた多幸感といったら。(多分それぞれの世代の人がそれぞれ違う風に同じように感じているのに違いないけど)そんな音楽会でした。

ヴァンスカさんのシベリウスは、むしろ熱い。シベリウスの音楽は、怜悧で透明な純化した魂を持った音楽だとよく言われるし、冬をイメジする人が多いように思うんだけど(わたし自身は、ヴァイオリン協奏曲は例外で、交響曲は(北国の)夏のイメジです)、ヴァンスカさんのは少し違うと感じるんです。情熱的で熱い血が通っていて、透きとおっているというより命の濁りがある。生きているって濁を飲み込むことですよね。霞を喰って生きていく仙人ではないのだから。そして今日のヴァンスカさんのシベリウスはそんな生から魂を解放して純化していく旅。

第5交響曲は、人生の頂にあるような、熱と円熟の渦のようなパワー。でも、ヴァンスカさんの演奏は、完全にポジティヴと言うのではなくて晦渋を含んでいるのがユニークだと思うんだ。粘りに粘って解放されるエネルギーの大きさ。決してシベリウス的とは言えない(暖色系の)読響を一音一音煽り勇気づけて音楽を作り上げていく、まさに今そこに産みの苦しみがあるみたいに。ヴァンスカさん鬼神のよう。ただ少し残念なのは、読響がヴァンスカさんの表現(この交響曲では、テンポや強弱の揺れ、表現の幅が大きくて付いて行くのが大変だったかも。でもはっとする弱音の美しさはステキでした。ヴァンスカさんの弱音へのこだわり響きの作り方は素晴らしい)を完全に自分のものとして音にできていないところもあって、例えば、溜に溜めたエネルギーの解放が為し切れていないようにも感じました。ゲスト・コンサートマスターの荻原尚子さん(ケルンWDR交響楽団のコンサートマスター)も読響を引っ張って、ヴァンスカさんの音楽作りに果敢に挑んでいたけど、その先にあるヴァンスカさんが求めていた音楽の深淵には届かなかったみたいな。素晴らしい音楽(シベリウスのだけではなくてヴァンスカさんの)に素晴らしい演奏であった実でももっと出来るハズと欠けがあったのが心残りでした。

休憩のあとは、第6番と第7番が演奏されました(曲の間に指揮者の退場あり)。第6番は、もう大大大好きでずうっとわたしの裡でシベリウスの一番を占めていたものです(今は第7番が同じようにわたしの中に凝っている)。魂が洗われるように透明な響きが大好き。始まりの泉の湧くような清廉な美しさと言ったら。以前聴いたヴァンスカさんの演奏は、でも、むしろ熱が放射されていて、特に第4楽章の情熱は、わたしのシベリウスからは少し離れているとも思ったのですが、今日の演奏は、そういう熱を残しつつも玉が磨かれたように円熟した音楽。ロンドンのオーケストラよりティンパニが控え目だったのも深さを増した感じにさせたのかな。わたしにとって些細な疵(例えば第1楽章で弦楽器が細かい音を奏で合うところ、合わせるのが難しいせいか少し合わせにいってしまったとか)はあったものの、ぐっと心を掴まれる名演。

そして最後の第7番。ヴァンスカさんと読響との音楽の旅の時の旅の終わり。それにふさわしいというか、それしかないだろうというおおきく満ち足りた名演。身体の中が濁りのない水で満たされていってチェレンコフ光のような温度のない光りに包まれていく。最期の時への変容。ありがとうヴァンスカさん。ありがとう読響さん。
最後の音、魂を体の束縛を解いて自由に空に放つように、音を蒼空(そら)に放つところ、サントリーホールの音響を持ってしてもまだ完全には放ちきれなかったように感じたけれども、でも、これでいいんだ。だって、ヴァンスカさんもわたしも(そしてシベリウスだって)まだ、旅の途中なんだもの。今、解き放されてしまったら。。。でも、いつか最後の時が来たら、冷たいひとつの幸せの滴を頬に感じながら、この音を思い浮かべたい。音と共に宙に消えていきたい。






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by zerbinetta | 2015-12-05 13:02 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

今年もバトル 音楽大学オーケストラフェスティバル 1日目   

2015年11月8日 @東京芸術劇場

ファンファーレ
臼居司(洗足学園音楽大学):fanfare for a festival

シベリウス:交響曲第2番

梅田俊明/武蔵野音楽大学管弦楽団


ファンファーレ
小田実結子(武蔵野音楽大学):collage fanfare

ムソルグスキー/ラヴェル:組曲「展覧会の絵」

秋山和慶/洗足学園音楽大学管弦楽団


今年も東京の音楽大学オーケストラの決戦。去年聴いて感動した、オーケストラ・バトルの季節がやって来ました(違)。東京にある9校の音楽大学オーケストラによる交流を目的にしたバトル。じゃない祭典。今年は、去年より対決色が強く、「展覧会の絵」とシベリウスの交響曲第2番をそれぞれ2校ずつの大学が採り上げます。東京芸術劇場とミューザ川崎で2回ずつ4回の音楽会です。セット券で買うと1回750円とお得なんですよ。音楽を専門に学んでいる学生さんのオーケストラ。アマチュアとはいえかなり上手いし、学校による個性も感じられるのでとっても楽しいんです。

まずはそれぞれの対戦相手(違うって)にエールを込めたファンファーレから。各校の演奏前に対戦相手が演奏します。作曲は学生。この音楽祭のために書き下ろされた作品なので全て初演です。
洗足学園音大の臼居さんの「fanfare for a festival」は、2つの主題を元にしたシンプルな感じのファンファーレですけど、2つの動機がもう少しきれいに分離するように書かれるともうちょっと良かったかな。生真面目な感じの曲でした。
後半に演奏された、武蔵野音大の小田さんの「collage fanfare」は、楽しい音楽。音楽から楽しさが溢れてきます。ベートーヴェンの「歓喜の歌」から始まる、このファンファーレのキモの部分は、過去の作品のコラージュが常に2つ3つ重なっていてぱらぱらマンガのように聞こえるのが面白かったです。

前半は、梅田さんと武蔵野音大によるシベリウスの交響曲第2番。この学校は、各パートの先生もトップ下で学生を支えるんですね。カーテンコールの時は、トップ・サイドの先生が、いちいちコンサートマスターの人に挨拶とかを指示していたのがちょっと可笑しいというか微笑ましかったです。シベリウスの交響曲の中では一番外交的で華やかな音楽。若者らしい、明るくて大らかな演奏で好感度大。音楽に熱中している学生さんたちのナイーヴな情熱もステキで、全員がひとつの音楽をひとつの方向で奏でているというのもいいんです。特に、第4楽章に入って、最初に弦楽器が雄大な旋律を高らかに歌うところの開放感がステキでした。この音が、もう一度最後に帰ってきたら完璧だったんですけど、ほんのちょっとだけ足りなくて、惜しい、というか学生さんゆえの発展途上ですね。ひとつひとつの音楽会って世界にたったひとつしかない奇跡の瞬間で、
金管楽器がとてもきれいな響きで鳴るのです。あとで気がついたんだけど、これはホールの特徴でもあるんですね。ステージの後ろの方、オルガンが設置されているので天井があるんだけど、その下に位置する金管楽器が良く響くんです。でも、それにしてもこの楽器の金管楽器の響きはステキで、シベリウスの交響曲にぴったりでした。

後半は、秋山さんと洗足学園の「展覧会の絵」。これが素晴らしかった。完全に秋山さんの音楽。秋山さん、にこやかな柔らかな佇まいで指揮してらしたけど、絶対、学生を容赦なくガンガン鍛えてる。音楽の内面に深くはまっていくような演奏で、集中力がすごくて、真っ直ぐど真ん中で変わったことはしていないから、はっとして音楽を聞き返すような瞬間はないんだけど、それ以上に音楽にのめり込んでしまうの。ここまでの演奏なかなかないよ。ムソルグスキーのがしがしした素朴な音楽にラヴェルの施した洗練された管弦楽は、ある意味で、矛盾を孕んでいるけど、秋山さんと武蔵野音大の演奏は、オーケストラの色彩を大切にしながらもタッチを素朴なまま残して、色を一度、暗いフィルターの通した感じに押さえて(フォトショップでいうと明度を押さえてコントラストを上げる感じ?)、ムソルグスキー成分を大事にしている。それが素晴らしいの。武蔵野音大すごい。秋山さん凄い凄い。

今年も音大バトル盛り上がりそうで楽しみ〜〜〜。
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by zerbinetta | 2015-11-08 11:53 | アマチュア | Comments(0)

コバケンは特別 上原彩子、小林/日フィル   

2015年8月7日 @ミューザ川崎

グリーグ:ピアノ協奏曲
シベリウス:交響曲第2番

上原彩子(ピアノ)
小林研一郎/日本フィルハーモニー交響楽団


コバケンさんを聴くのは初めてです。コバケンさんには熱烈なファンが付いていることは知っています。炎のコバケンとかと評されて熱い音楽をする人だということも。でも、ひねくれ者のわたし、皆が熱狂すればするほど引いちゃうのですね。というわけで、ファンの人たちには失礼だけど、1回くらいはコバケンさんを聴いておこう、くらいの気持ちで、ちょうど1回は参加しておきたいサマーフェスティヴァルに出演されるので聴きに来ました。リハーサルも付いてお得。

リハーサルの様子についてはとやかく書く気はないのだけど、始めにシベリウス、それからピアニストの上原さんとのグリーグでした。軽く流すように通しながら(全曲通したわけではありません)、ところどころ止めてコバケンさんが注文を付けるんだけど、とても丁寧な言葉遣いで、へりくだってお願いするみたいな感じ。もう少し威圧的な方かと思っていたら全然違ってびっくり。あっそうそう、シベリウスのあとにアンコール曲のリハーサルもあったんだけど、ここでネタバレ。え〜あ〜こんなぁ〜。私服姿の上原さんは、さばさばしたカリスマ主婦みたいな感じの方。何でもテキパキとこなしそうで凄くかっこよいの。斜に構えた感じも魅力的。

本番は、グリーグの協奏曲から。上原さんって、音楽大学に行っていないという変わった経歴の持ち主なんですね。チャイコフスキー・コンクールで優勝したというだけあって、重く力強いタッチで北欧のグリーグの協奏曲の音にピッタリ。小技や外連を排した上原さんの正面から音楽にぶつかっていく感じも好感度高いです。落ち着いた大人の演奏。今度はブラームスとかベートーヴェンとかも聴いてみたいです。演奏が終わったあとすぐの、大きな声じゃなかったけど、いわゆるフライングブラヴォーがあったんですけど、声の主はコバケンさん。上原さんにブラヴォーの声をかけていました。

コバケンさんのシベリウスは。。。コバケンさんに熱いファンがついていることに納得させられた演奏。シベリウスの音楽とは距離があると思うんだけど、炎のコバケンと言われるのが少し分かった。熱烈にロマンティックに粘る温度の高い演奏だもん。シベリウス的にはこれじゃない感が漂うけど、音楽としてその濃度に納得させられる。コバケンさんの音楽会はひとつひとつが特別なものなんだろうな。オーケストラを時間をかけて鍛えて自分の音楽を作っていくのではなくて、今ある材料で音楽を燃焼していくタイプ。燃え残りがないほど完全燃焼させる。だから、どこかのオーケストラの監督になるよりも客演してひとつの音楽会で燃え切ってしまう演奏を求めているんだ。そういう意味でコバケンさんは特別。彼の音楽にはまったり、はまらなかったり好き嫌いの振幅の激しい人だと思う。曲目によっても違いは出そう。わたしは。。。年に1度、カップヌードルが食べたーーーいって思うくらい、たまには怖いもの聴きたさで聴いてもいいかな。上から目線だけど。

アンコールには、ドヴォルザークのユモレスクを弦楽合奏版で。この曲を生まれてから死ぬまでの人生に例えて解釈するというトンデモ解釈なんだけど、リハーサルのとき種明かしされていて、本番はどうするのかなと思ったら、説明して音楽を始められました。まあなんというかフリーダムというか開いた口がふさがらないと言うか。でもコバケンさんだから許されるっていう感じもあるのよね。

日フィルは、あまり聴いたことがなかったんだけど、今日のコンサートマスターは、千葉さん、チェロのトップに辻本さんの若いピグマリオン・コンビ。オーケストラが予想以上に上手いのに嬉しいびっくり。音楽をよく知っていたし、これからもっと聴いていこう♫まずは定期会員になろっかな。定期会員だとずいぶんお安くなるのよね。
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by zerbinetta | 2015-08-07 15:59 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

理想に向かってワクワクしよう フィルハーモニア・エテルナ夏季演奏会2015   

2015年6月6日 @ティアラこうとう

ベートーヴェン:交響曲第7番
シベリウス:交響詩「エン・サガ」、交響詩「レンミンカイネンの帰郷」

飯田隆/フィルハーモニア・エテルナ


わたしの好きなタイプ、コンセプトのはっきりしているアマチュア・オーケストラです。20年目のオーケストラ。聴くのは初めて。オーケストラの名前は永遠の音楽家たちという意味だそう。「アマチュア最高の音楽を創造することを通じて、聴衆と団員双方に最高のステージ提供することを目標とし(オーケストラのウェブサイトから)」ているとのこと。そのために、いろいろ意識的にプログラムを組んでいるみたいです。どんな音楽が聴けるのか楽しみでしょう。今日の指揮者は、飯田さん。エテルナには創立のときから関わってきたとのこと(トレーナー?)ですが、このオーケストラを指揮するのは今日が初めてだそうです。

始まりからずどーーんとベートーヴェンの交響曲第7番。オーケストラの基礎体力を付けるのにふさわしい曲ですね。お手並み拝見。いや拝聴。
最初のトゥッティがばっと出て、音楽が始まってすぐ、ちょっとした違和感。指揮者のテンポとオーケストラのテンポにほんのちょっぴりのずれが感じられたんです。もしかして、練習でやって来たときと違うテンポで始まっちゃった?そんな感じの。もちろんそれはすぐに修正されたんだけど、飯田さん少し緊張していたのでしょうか。この曲を聴くとオーケストラの力が手に取るように分かっちゃいますね。上手いんだけどまだまだ伸びる。せっかく高い理想を掲げているので、トップレヴェルのアマチュア・オーケストラとして君臨する日を期待してます。

後半はシベリウス。今年生誕150年でしたっけ?交響詩がふたつ。レンミンカイネンは組曲全部やればいいのにと思ったり。シベリウスの音楽は、日本人に合うのか、とてもよく演奏されるし(シベリウスの音楽がこんなに演奏されるのは、多分、本国の他ではイギリスと日本くらいじゃないでしょうか)、演奏する方も感性が合うので演奏しやすい、いいえ技術的に難しいところもあるから、と言うより雰囲気を作りやすいんじゃないでしょうか。アマチュア・オーケストラのヴィブラート控え目の弦楽器は、透明な響きになるので自然とシベリウスな感じになるし。というわけで、雰囲気のあるとてもステキな演奏でした。金管楽器、特にトロンボーンも良かったし。

これで終わるはずないよね。アンコールにはきっとあの曲だわ、と思っていたら、大当たり、アンコールには「フィンランディア」が演奏されました。中間部はわりとあっさり系でした。でも、今日はシベリウスだったわ〜〜。


♪♪
フィルハーモニア・エテルナの次の演奏会は、創立20周年記念演奏会が11月7日、ミューザ川崎です。なんとヴァイオリン独奏にレーピンさん!レーピンさんでショスティ1番です。
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by zerbinetta | 2015-06-06 00:56 | アマチュア | Comments(0)

よりもどし パーヴ・ヤルヴィ/NHK交響楽団 ショスティ5   

2015年2月13日 @NHKホール

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

庄司沙也加(ヴァイオリン)
パーヴォ・ヤルヴィ/NHK交響楽団


来シーズンから音楽監督に就任するパーヴォ・ヤルヴィさんのフライング音楽会2回目は、シベリウスの協奏曲とショスティ。これも楽しみに、でも苦痛の渋谷を通って、出かけてきました。もちろん自由席。さて今日はどうなることでしょう。

まずは、シベリウスのヴァイオリン協奏曲。演奏される回数では、というかわたしが聴いた回数(選り好みほぼ無し)では、ヴァイオリン協奏曲の中で多分ダントツトップな感じ(2番目はブラームスかな)。わたしも大好き。
ソロは庄司さん。彼女を聴くのは2回目です。さわさわと空気が揺れて、ヴァイオリンが歌い出したとき、おや、となってしまいました。蒼穹を高く、すうっと雲を引くように鳥が滑っていくのがわたしのイメジなんですが、庄司さんのはもっとふくよか。ヴィブラートをかけて歌ってました。第2楽章の前半もそうだったんですけど、わたしの好みからいうと歌いすぎ。透きとおった演奏が好きなのですが、庄司さんはうっすらと色を塗り込めた感じなんです。ただ、切れのあるヴァイオリン、アグレッシヴな突っ込みは健在。彼女の思うところの音楽を何の障害もなく表現しきれるところは凄い。誤魔化しのない明確な音たち。圧巻だったのは第1楽章のカデンツァ。上下に駆け巡る速いスケール(音階)にバッハを感じました。ヴァイオリン・パートはバッハの無伴奏の光りが射しているんだけど、ここまで直接的にバッハを感じたのは初めてでした。好みでないとこもあったけど、ここまで演奏されたら納得。兄ビーとN響の伴奏もとっても良かったしね。この曲の伴奏って、すごく難しいと思うんですよ(ものすごく失敗した演奏も聴いたことある)。ヴァイオリンを圧倒してしまうことなく、でも燃えるところは燃えた積極的な演奏で素晴らしかった。こうでなきゃ。
庄司さんのアンコールは、バッハかと思ったら、ピチカートだけでかわいらしい、シベリウスの「水滴」。とてもセンスのある選曲。

ショスティの交響曲第5番は、前回のマーラーほどではないけど兄ビーの面白さが出た演奏。最初の厚い弦の切り方に強い意志を感じました。太い筆でとめる筆遣い。おお、これは。と、ニヤリとしたんだけど、残念なことに、金管楽器がいつものN響に戻っていたのが残念。オーケストラの意地なのか、曲がマーラーのようにはっちゃけてないので極端な表現を避けたのか、面白い演奏にこそ聴き甲斐を見いだしているわたしにはちょっと不満。兄ビーのショスティは、意外と中庸なんだな。2楽章のスケルツォもわりとストレイトフォワードで音楽としては成功してるんだけどね〜、わたし的にはあまり新しい発見はなかったの。全曲の白眉は弦が主体の3楽章。オーボエのソロの孤独感も素晴らしかったし。ひとりの人間の奥深くにあって誰にも届かない孤独のようなものを感じることができました。この前のマーラーのときもそうだったけど、オーボエのトップの人はひとり(じゃないけど)気を吐いていましたね〜ステキでした。第4楽章もほぼ予想通りの展開。’らしさ’を見せたのは、最後の弦楽器のラの刻みの強調。プログラムによるとこのラの叫びは、不倫相手(の愛称)と私(作曲家)を暗示しているらしいんだけど。それはともかく、ラの音を執拗に鳴らすのは好き。とは言え、前に聴いたガードナーさんの演奏がホールいっぱいラの音で満たしたような凄い演奏だったので、それからすればおとなしいかな。ということでおもしろ好きのわたしからみると足りないんだけど、音楽的にはとてもとても素晴らしい演奏でした。最後のラだって音楽的な要求だったし、暗喩とか背景とかそういうのあまり意味をなさない、純粋な交響曲として演奏されていたと思います。逆説的だけど、だからこそそこから、ショスティが描きたかった普遍的な苦悩や希望が聞こえてきたんでしょう。

来シーズンから始まる、兄ビーとN響の共同作業。お互いに一筋縄ではいかないことを予感させたけど、N響が殻を破って世界のトップレヴェルのオーケストラへの足がかりがつかめることを期待しちゃいます。井戸が埋められて蛙が本当の世界に飛び出すことができすように。兄ビーの音楽会にはなるべく参加しなくちゃね。
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by zerbinetta | 2015-02-13 22:37 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

ナンバーワン OB交響楽団第185回定期演奏会   

2014年10月19日 @ティアラこうとう

チャイコフスキー:交響曲第1番
シベリウス:交響曲第1番

中田延亮/OB交響楽団


OBって?チラシを見て、OB交響楽団ってなんのOB?ってか普通OBだったら△△大学OBとかって書くよね?OBってorchestra b×××の略?bって何よ?ってもやもやとした思いが胸を渦巻いたまま、何かを解決するために音楽会に足を運びました。ウェブサイトにも何にも書いてないし。

さて、会場についてプログラムを見て氷解。十把一絡げに大学オーケストラOBということで、なんと!東京のアマチュア・オーケストラの中で最も長い歴史があるのがこのOB交響楽団だそうです。1937年創立。今日も第185回定期演奏会です。(そうだった、随分定期演奏会を続けてるんだな、と思ったのも今日来た理由でした)オーケストラの年齢層も良い具合に高め、いろんな年代の人が混じっているいい感じです。

プログラムは1番。チャイコフスキーとシベリウスの交響曲第1番。それぞれの作曲家の交響曲の出発点となった作品。でも、両者とも(その後の円熟にはまだまだだけど)音楽は充実してて聴き応えがあるし、演奏もわりとよくされてますよね。年代順に敢えて静かに終わるシベリウスをあとに持ってきて、ってこういうプログラムはアマチュアならではですね。どちらがトリを取ってもおかしくない大きな交響曲を2つ並べるというのは。でも、この順番で2曲並べたことで、シベリウスが最初、いかにチャイコフスキーの影響を受けていたのかよく分かる感じです。

中田さんとOB交響楽団の演奏は、音楽の特徴を上手く引きだしていて良かったです。チャイコフスキーの方は、わりとあっさりとした味付けで、盛り上がるところ、もうちょっとオケが来たらとは思ったけど、木管楽器のソロなんかはなかなかステキで、柔らかな寒さの雪の日の幻想という感じでした。

一方のシベリウスの交響曲は、わざとではないと思うんだけど、接着剤不足というか音楽の各パートの要素間の有機的な絡みが弱くて、シベリウスって何だか自己破壊願望があったのかなって思いました。後期の交響曲なんかでは顕著なんだけど、細かな要素のモザイクのような集合体で大きな交響曲を組み上げていく手法が実は始めの交響曲にも見られるんだということが解って面白かったです。今日のは図らずもなったという感じだと思うんだけど、でも、こういうやり方のシベリウスもステキでした。納得のいく演奏。最後ちょっと場違いなブラヴォー、静かな音が終わったとたんの待ってましたといわんばかりの、があったんですけど、会場の誰も同調せずに静かに余韻が消えていくのを待ったのも印象的でした。ブラヴォーをした人はちょっと恥ずかしい思いをしたんだと思うけど、アマチュア・オーケストラの音楽会には、あまりクラシックの音楽会に来たことのない人も多くおられるみたいなので、悪気のあるブラヴォーではなかったと思います。それよりも会場の緊張が途切れなかったのが素晴らしかったです。ブラヴォーで音楽は台無しにならなかったですよ。

アンコールには「花のワルツ」。いやん、これを聴くとバレエを観たくなっちゃう。
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by zerbinetta | 2014-10-19 09:49 | アマチュア | Comments(0)

イン・C! オーケストラHAL第8回定期演奏会   

2014年9月14日 @ティアラこうとう

シベリウス:交響曲第3番
シューベルト:交響曲第8番

石毛保彦/オーケストラHAL


シンフォニー・イン・Cと言ったらわたしのようなバレエ・クラスタにはストラヴィンスキーのなんですが。今日はハ長調の交響曲を集めた音楽会。ハ長調というと、シャープもフラットもない学校の音楽の時間、一番初めに習う楽譜。何と言うか開放的で単純。なイメジがします。
ハ長調の交響曲というと、有名なのは、ストラヴィンスキーのの他にも、モーツァルトの「ジュピター」とかベートーヴェンの第1番とかショスティー7とかビゼーとかプロコ4とかって、だんだんクラヲタ度が上がっていく。。。で、今日演奏されるのは、シューベルトの「グレイト」となんと!シベリウスの第3番。ううう、シベリウスを持ってくるところがクラヲタ心を刺激するぅ。第7番じゃなくてより演奏機会の少ない第3番というのもね。

HALは前に聴いたことがあると思っていました。HALという名前の英語に何か引っかかりを感じたのを覚えていたし、石毛さんを聴きたかった、というのも覚えていました。でも、ちゃんと思い出してみると、聴きに行きたかったんだけど別に用事があって聴きに行けなかったんですね。今日が初めて。
石毛さんは前に聴いたことがあって良い指揮者だなって思ったんです。で、HALは石毛さんを音楽監督にしているので凄く聴いてみたかったんです。今日それがかないました。

ティアラこうとうにとことこやってくると、建物の前に小さなトラックが。楽器のペインティングとオーケストラHALのロゴ。このデザイン、確かフィルハーモニアのみたい。かっこいい。自前で楽器運搬用のトラック持っているのかしら。

今日は開演前コンサートがあって、金管合奏でスターウォーズ。実はこれがちょっとあれあれで、もう少ししっかり練習を積んでくればいいのにって思ってしまいました。オマケの開演前コンサートとは言え、オーケストラの第一印象になってしまいますからね。開演前コンサートって気楽にやっているとこ多いけど(プロのオーケストラでさえも!)、お客さんに聴かせる以上ちゃんと練習した方がいいと思います。楽器の人数も多かったので、指揮者を立てて演奏した方が絶対いいよ、とも思いました。下手じゃないのに、みんながばらばらで指揮者がいれば違ったものになったと思ったからです。もったいない。

そんなわけで、大丈夫かなぁと全く期待しないで聴き始めたシベリウスなんだけど、おや、意外と上手いなぁと。できて4年目くらいの若いオーケストラで、老舗のオーケストラと比べると弱いけど、とても音楽がこなれていてこれからが楽しみだと思えました。きっと、指揮者の石毛さんと良い関係で音楽を作っているんですね。石毛さんとのシベリウスは(あとで聴くシューベルトもそうだったんですけど)無理せず自然体で心地良い。前に聴いたとき、石毛さんいいって感じたのは正しかったんだ。わたしと石毛さんは相性がいい。第2楽章で、わたしの偏愛する対旋律がコントラバスに出てくるんだけど、もうそれが好きで好きでたまらなくてわたしの中ではブラームスの交響曲第1番の4楽章のチェロのと共に対旋律ベスト・ワンなんだけど、石毛さんはそこを聞こえるか聞こえないかくらいの弱音で弾かせて、えええっ?あのステキなメロディーは〜ってうそー聞こえないのぉって驚いちゃった。それでも、あんまり嫌じゃなかったのは、石毛さんの音楽に納得してたから?

シューベルトは、プログラムに始まりのホルンの序奏について、「昨今はピリオド楽器を使った演奏の影響からテンポの速い演奏も多いけど、昔ながら(フルトヴェングラーの頃?)のほんわりのんびりした演奏も良い(今、プログラムが手元にないので記憶を頼りに意訳)」みたいなことが書いてあって、果たしてその通り。始まりのホルンは、朝寝坊をした休日の朝に日が高くぽかぽかした野原で大きく伸びをした感じでした。朝寝坊の心地よさってたまらないでしょ。こういう演奏久しぶりに聴いたかも。流行りに即してないけど、たまにはいいよね。
シューベルトのこの曲って反復が多いし、旋律も同音反復が多くて、長いし、下手をすれば退屈になりがちなんだけど、石毛さんとHALの演奏は、緊張を強いられているわけではないのに、リラックスしながら最後まで飽きずに聴き通せました。なんか、わたしとシンクロナイズするんだよね。石毛さんの音楽の魅力を考えてたんだけど、妙に気が合うという他に言葉が浮かびませんでした。おいしいご飯のように無意識のうちに自然に食べちゃうみたいな。おかず的な派手やかさはないけど、さりげなく一番大事なもの。

アンコールには、シベリウスの劇音楽「テンペスト」より「妖精の踊り」。初めて聴く曲。シベリウスって知らないうちに結構いろんな曲書いているんですね。歌とかヴァイオリンとピアノの小品とか、劇付随音楽とか。「妖精の踊り」は、ムーミンに出てきそうでかわいらしくていい曲でした。こんな曲をアンコールに選ぶなんてセンスがいいなぁ。


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オーケストラHALの次の公演は、第9回定期演奏会が来年の2月22日、三鷹風のホールです。
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by zerbinetta | 2014-09-14 00:56 | アマチュア | Comments(0)