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夫婦別れ?、いえ〜らぶらぶですぅ ゴーティエ&ユジャ リサイタル   

2013年12月15日 @トッパンホール

シューマン:幻想小曲集
ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ
ラフマニノフ:チェロ・ソナタ

ゴーティエ・カピュソン(チェロ)、ユジャ・ワン(ピアノ)


美男美女です!わたしも観に行きましたよ♡ミーハーですから。カピュソン兄弟は、ヴァイオリニストのお兄さんはオーケストラとの共演で何回か見たことあるんだけど、わたし的にはイケメン推しの弟ゴーティエさんは、一度だけ後ろから見ただけなので(チェロって損よね。後ろからだと座ってる後ろ姿ばかり)しっかり観たかったんです。一方のユジャもヴィジュアル系(ミニスカート!)だけど、わたし的にはピアニストとしてのプチ追っかけなので、このおふたりの共演は願ってもない機会。一粒で2度おいしい♡♡

プログラムは全部大好きな曲。っていうか、チェロとピアノの音楽って全部大好きかも。元々歌う楽器チェロが大好きだしね。あの声のトーン、ステキな男の人の声のようで心をくすぐるのね。
ゴーティエさんのチェロはとっても歌に溢れていました。あのお顔で、あんな音で歌われたら、あああうっとり。乙女の目線で見つめちゃう。一方の、ユジャはアスリート系。キラキラと硬質のクリアな音で明晰な音楽をテキパキと弾いていきます。柔のゴーティエさん、剛のユジャ。夢見る系のゴーティエさん、現実主義のユジャ。音楽性の違う水と油のようなふたりだけど、、、果たして水と油なの?
アンサンブルって不思議なもので、同じ音楽性のふたりが弾いてても上手く行かないこともある。しラベック姉妹のように正反対の性格のふたりが素晴らしい音楽を聴かせてくれることもある。ユジャとゴーティエさんは後者。お互いにソロイスティックにばらばらなことをやりながらできたものはピッタリと音楽になる。出てくる音楽は正反対なのに、実は深くにある音楽の泉が同じなんじゃないかって思う。ラベック姉妹だったら血、ユジャとゴーティエさんは何だろう?

シューマンの幻想小曲集は、今日のプログラムの中で一番の正統派ロマンティック音楽。元々、クラリネットのための音楽だっただけに、チェロのパートは歌う歌う。ユジャのピアノはわりと控え目で、ゴーティエさんに付けている感じ。ユジャのシューマンは聴いたことないけど、ひとりだったらどんなシューマンを聴かせてくれるんだろう?しっとり系かな、さばさば系かな。後者のような気がするけど、ゴーティエさんのチェロは、美しい、これを聴いただけで惚れてしまう男性の声のような音のしっとり系。目立ってはいなかったけど、ふたりの微妙な音楽のずれが、というかユジャが自分を抑えている気がしたのが気になりました。出てくる音楽はとてもステキだったんですけどね。

2曲目のタコのソナタも同じ路線。始まりからはっとびっくりするようなチェロのロマンティックな歌い出しに、タコってこんな素直なあっけらかんだったっけ?と思って調べてみたら、まだタコが屈折する前の若い、20代での作品なんですね。確かに第1楽章なんかはとても叙情的で愛に満ちている感じですけど、第3楽章の静謐感はマーラーの最後のアダージョのお終いの部分を聴いているような生を浄化するような気持ちにさせられるし、と思ったら、フィナーレで、全てがひっくり返されるなんちゃって感はタコならでは。ピアノ5重奏曲もこんな感じでしたね。
ゴーティエさんのチェロは相変わらず歌いまくりだけど、第3楽章の息を殺して吸い込まれるような音楽は凄かったです。崖の縁に立って下を見下ろすように立ちすくんじゃう。そして、第4楽章でチェロの歌い出しで音をひとつ飛ばして、一瞬音楽が止まっちゃうんじゃないって心臓が飛び出しそうに驚いて(これはハプニング)。
ユジャも、この曲の方が彼女の音に合っていて、でも、やっぱりまだ何か抑えてるなと思いながらも、ぐいぐいと引き込まれる素晴らしい演奏でした。
でも、曲が終わったときのゴーティエさんの普通のお辞儀とユジャの相変わらずのバネ仕掛けのような深い撥ねるようなお辞儀のちぐはぐさ、何か言葉を交わしてるのが(音楽の)夫婦喧嘩をしているみたいでドキドキ。なんかお互いに譲れないところあるのかなぁ、このまま喧嘩別れしないかなって勝手に妄想。かくしてこのコンビは今日の演奏会を最後に別れることになりました、なんちって。わたしの脳内では彼らはそうしゃべっていたのですよ。

そんな夫婦別れしたカップルが奏でるラフマニノフ。どんな風になっちゃうんでしょう。って思ったら、らぶらぶになってるじゃん。休憩時間に楽屋でどんな話したんだろう?(もちろん、仲違いなんてわたしの勝手な妄想で、そんなことしてないんだと思うんですけど)
この曲かっこよくて大好きなんですけど、生で聴くのは初めて。これを聴きたいからチケット取ったくらい。それがステキなのなんの。♡ハートマーク全開でうっとり。最高!ユジャも吹っ切れたように、ゴーティエさんに対等に絡んでくるし、ラフマニノフは弾き慣れてる感じかなぁ。ゴーティエさんが第4楽章の叙情的な主題をぐんと腰を入れて、テンポを落として弾いたのもびっくりしたけどステキすぎ。なんか、熱くて歌いまくって、疾走する情熱って感じ。青春だ。

そして、アンコール。ピアソラのル・グラン・タンゴ。これがまた、予想外に素晴らしかったの。ゴーティエさんは暗譜。ユジャはタブレットの譜面。ユジャの強靱な左手がどろりとしたピアソラ特有の半音階を奏でて、ユジャとピアソラの相性の良さを発見できて嬉しかった。まだ、ユジャには大人の女のセクシーさが足りないと思うけど(ってわたしが言うなよ!)、ミニスカートでもあまりに健康的な足はアスリートっぽいものね、これから、不健康なことも覚えていけば凄いものが生まれる予感をびしびし感じました。

凄く大満足。いいもの聴いた。ほんと、素晴らしいデュオ。お互いにソリストとしてものすごく忙しいと思うけど、共演を重ねてぜひぜひ、もっともっと熟れまくった音楽を聴かせて欲しいです。ああ、将来のヨロコビを確信して若いワインを飲んだ幸せ。饒舌にほろ酔い。体も心もぽかぽかです。
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by zerbinetta | 2013-12-15 23:56 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

平和ってふたりでお茶を飲める幸せじゃない? 「hope」 THPO 第11回公演   

2013年10月13日 @練馬文化センター こぶしホール

ブラームス:悲劇的序曲
ラヴェル:クープランの墓
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

諸田和典(語り)
小泉智彦/東京ハートフェルトフィルハーモニック管弦楽団


インターネットでこのオーケストラの音楽会を見つけたときぜひ聴きたいと思いました。それは、わたし好み。コンセプトのあるプログラミング(今回は「hope」)。オーケストラの活動も、理念があって地域や子供たちへのクラシック音楽の普及など社会貢献を活動の柱のひとつにしているからです。ただ、どのレヴェルの音楽を目指しているか、よく分からないので不安ではありました。アマチュア・オーケストラって、とことん音楽を突き詰めていく厳しいセミ・プロのような団体もあるし、みんなで楽しく音楽を演奏することを目的にしているのもあります。それぞれ良さがあるんだけど、ただ、聴くのみの身としては、やっぱり上手い方が好みです。
でも、強烈に背中を押したのは、演奏される曲目にタコの交響曲第5番が入っていたからです。「希望」というテーマなのに、タコの5番。批判も多い「ショスタコーヴィチの証言」以降、最後は果たして希望なのか、強制された希望なのか、ちょこっとタコを聴き親しんでいたら、議論の絶えないとこだし、いろんな解釈で演奏可能な曲ではあるのです。そんなことは百も承知で混じってるこの曲。暗から希望ということだったらベートーヴェンの交響曲第5番に敵うものはないし、それかブラームスの交響曲第1番が文句なくふさわしいと思うのに敢えてタコというのが、わたしの琴線をぴーんと弾いたのです。オーケストラからのメッセージを聴いてきてやろうじゃないかって。勢い込んで。(わたしの家から)練馬まで行くにはそんな勢いが必要です。

会場に来てプログラムを読んでびっくりしたんですが、「希望」というのは戦争から平和への希望ということなんですね。わたしはもっと一般的に悲劇からの希望と思っていたんですが、戦争と特定しちゃいましたか。
そして、この音楽会の一番の特徴は、演奏の前にナレイションが入るんです。だから、戦争の悲惨さを語る短いナレイションが入ったあと、奏されたブラームスはちょっと違うんではないかと、かちんと違和感を覚えてしまいました。だって、ブラームスって戦争にはほど遠い。戦争経験してないよね。「悲劇的序曲」も戦争まるっきり関係ないし(対になってる曲は「大学祝典序曲」)。ちょっと強引すぎやしないかい、ブラームスの曲に対するミス・リーディングを誘導しないかいって思っちゃいました。とは言え、ブラームスの演奏は、どうしてどうしてとても良かったです。不安ははじめっから晴れ渡りました。

「クープランの墓」はますます戦争の悲劇から離れた曲。って思ってました。聴くと分かるように洒落ててほんのりと明るく、この曲を聴いて戦争を思い浮かべる人はまずいないでしょう。オーケストラの演奏も、そのように洒落た雨上がりの柔らかな空のような演奏でした。ところが各曲の前に置かれたナレイションは、ラヴェルが戦争で戦えなかった苦痛、母を亡くした慟哭、友達を失った悲しみが語られます(内容についてはウィキペディアの「クープランの墓」の項に詳しいです)。そして友達へのレクイエムとして書かれたこと。それは事実みたいで、初めて知ったのは嬉しかったけど、暗く感情を込めた語りと、音楽の齟齬が、わたしてきにはちょっとあれでした。レクイエムってヴェルディのような死人のお墓を掘り返してまで死に抵抗するようなものもあるけど、フォーレのようなひたすら天国的で美しい死者を慈しむようなものもあるでしょ。ラヴェルのは、まさに後者に近い、死んだ友達に対して暖かな思いを心におこす、戦争自体とはあまり関係のない、純化した音楽だと思うんです。ラヴェルの物語を熱く語るより、静かに友を想う詩を読んだ方が音楽に合ってるんじゃないかって思いました。

問題のタコの交響曲第5番。彼こそは社会から抑圧された芸術家人生を送ってきたので、叫ぶようなナレイションと音楽が合った感じ。交響曲の楽章の間にもナレイションを入れることに、もしかすると正統派クラシック音楽ファンは眉をひそめるかも知れないけど、わたしは気になりませんでした。3楽章と4楽章の間を間を開けずに演奏する指揮者がいるのでその間のつながりだけ、どうするのかなとは思いましたが。
タコの演奏は、とても真面目で誠実(オーケストラのひとりひとりの表情もとても生真面目)。第1楽章は速めのテンポで、全体的な重みはないけど、トランペットの低音などいい音でタコらしい。この曲で目立ったんですが、管楽器や打楽器が大きく鳴らすのに対抗する弦楽器がちょっと弱かったです。第1ヴァイオリンが12人だったのでもっと人を増やしてせめて16人くらい欲しかったな。人を集めるのが難しいのかも知れませんが。あと、ヴィオラが時折トップの人の音しか聞こえないときがあって、後ろの人も自信を持ってがしがし弾いてくれればいいのにって思いました。
第2楽章は、1楽章に比べて遅めのテンポで、その分諧謔味がなかったけど、真面目な姿勢は好感でした。弦が主体になる第3楽章はもう少し音圧が欲しかったけど、フルートの孤独感や彼岸から聞こえてくるような澄んだチェレスタの音がステキでした。
第4楽章はゆっくり目のテンポで始めて、段階ごとにテンポ・アップ。前半の最後は、指揮者がオーケストラを振りきるように追い立てていましたね。最後は、流れのままに曲を閉じたけど、ティンパニの段階的なクレッシェンドや最後の大太鼓の覆い被さりが凄かったです。ティンパニの人、構えでどんな音を出したいのかよく分かってステキでした。勝利なのか、強制された勝利なのかは、敢えて踏み込まない感じ(でもあっけらかんとしているのでもなく)なのが、わたし的にはちょっともやもやが残ったんですが、良い演奏でした。指揮者は最後、もう少し待って拍手をして欲しかった様子でしたが、この演奏ならすぐ拍手(といってもフライング気味じゃないですよ)で良かったと思います。最後のナレイション、「この曲は私自身だ(タコ)」(うろ覚えなので意訳)というのが、心に残りました。

アンコールは、タコの「ジャズ組曲」から「ふたりでお茶を」。平和とか希望って、大それた題目ではなくて、ふつうに当たり前に、ふたりでお茶を飲めることじゃないかしら。尊敬し会える人と、どこの国の人でも。音楽会がくれたステキな結論ですね。

指揮者の小泉さんは、普通の指揮棒を使ってましたけど、左手のひらひらはちょっとゲルギー入ってるかな。これで髪の毛をせわしなく掻き上げればもっとゲルギー。って真似してるわけじゃないと思うけど。この人、クレッシェンド、デクレッシェンドがとても上手くて、音楽を分かりやすく描いていく手腕はとてもいいと思いました。

このオーケストラ、とてもステキです。コンセプトがはっきりしているのがわたし好みというのもあるけど、なんかじーんと共感してしまいました。アマチュアの音楽家だけではなく、コンセプトに賛同するプロの演奏家も参加しているとのことですけど(今日はひとりかふたりでしたけど)、ぜひ、プロとアマチュアが一緒になってステキな音楽をいろんなとこで演奏していって欲しいです。上手いじゃなくて、ステキな音楽聴きたいって新しい視点ができたみたいで嬉しいです。
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by zerbinetta | 2013-10-13 00:14 | アマチュア | Comments(0)

絶対クラヲタいる! 船橋たちばな管弦楽団 第7回定期演奏会   

2013年8月31日 @習志野文化ホール

チャイコフスキー:スラヴ行進曲
グラズノフ:ピアノ協奏曲第2番
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

御法川恵里奈(ピアノ)
井田勝大/船橋たちばな管弦楽団


8月も最後の日だというのにむわ〜んと暑いです。風があるだけまだマシかしら。今日は、船橋たちばな管弦楽団を聴きに津田沼に行ってきました。駅から習志野文化ホールまでの道が、無機質な感じでちょっと変なデザインの構造で炎天を有無を言わさず浴びるのであまり好きではありません。頭焦げちゃいます。

船橋たちばな管弦楽団は、珍しい(?)船橋市立高校のオーケストラの卒業生が中心になってできた団体。団員の中には白髪の交じった人も混じっていましたが、大学生、社会人の若いオーケストラです。若さがどう出るか、ドキドキワクワク。指揮者は、前にバレエの公演でとても好印象だった井田勝大さん。

最初は、チャイコフスキーの「スラヴ行進曲」。中学生の頃、吹奏楽の人たちが演奏してるのを聴いたことがあります。出だしは、なんだか、弦楽器、木管楽器、金管楽器のそれぞれのテンポ感が微妙にずれてるようでちょっと目眩。正直、今日はどうなるんだろうって思った。でも、フォルテになると俄然、鳴らして、縦の線をきれいに揃えてきて、ああ、やっぱりアマオケはフォルテだわって感じ。なかなかいけるじゃんって思いました。突き出しはちょっと古い枝豆かなってがっかりしたら、2品目に出てきた揚げ出し豆腐は、うん、なかなかって感じ。ぷはーっとビール。

次は、グラズノフのピアノ協奏曲第2番。えっ?どうやらこの曲、日本初演だそうです。ついこの間、プロムスで、トリフォノフのピアノ、ゲルギーとロンドン・シンフォニーで演ったんですね。奇遇。
それにしてもよくこんな珍しい曲拾ってきたな。ステージ・ビルによると、団員がやりたい曲、という曲で選んだそう。多分、マニアックなクラヲタさんがひとりいて、絶賛推薦推し押ししたんだろうな。CDか何かを聴かせて。普通だったら、やらないよね。ロシアだったら(奇遇なのかわざとなのか今日はロシア・プログラムです)、ロシアのピアノ協奏曲で変化球なら、チャイコフスキーの第2番とかスクリャービンのが普通よね(えっ?)。
曲は、なんだか気の抜けた感じの弦楽器のメロディから始まりました。ううむ。たくさんきれいなメロディが出てくるんだけど、なんだかとりとめがなく、メランコリックになったり、快活な舞曲になったり、もう旋律の流れにぷかぷか浮いて流れていくようにぼんやり聞くのがいい感じ。最後は、無理やり全曲を統一するモチーフで締めたけど、確かにきれいだけど印象に残らない人、みたいな、クラヲタ向けの知られざる佳曲にふさわしい感じでした。
ピアノもはっとするようなものを聴かせてくれるでもなく、きれいなメロディをなぞっていく感じに書かれています。今日ピアノを弾いたのは、御法川恵里奈さん。Kカンパニーでコレペティートルをやってる人なんですね。指揮の井田さんもKカンパニーで振ってるのでそのつながりかな。すらっとした美人さん。とても丁寧に整った演奏だったのだけど、曲が曲だけにあまりインパクトがなかったです。リスクを犯しての、オーケストラへの挑発があればって思いました。もう少し音量があったら良かったかな。
素直に言って、曲そのものに力のない作品の演奏は、多分それを上手く演奏しただけじゃダメ。何か突っ込んで解体して再創造していかないと心に残る音楽にならないと思うんですね。曲の価値以上の演奏をするのを若いアマチュア・オーケストラに望むのは酷かなぁ。3品目に頼んだ、お豆腐のふわふわ淡雪は、なんだかよく分からない創作料理だけど、上手くまとまっているけど、ぼんやりした印象で記憶に残らない感じ。お箸を置いたら何を食べたか忘れてしまいました。

最後は、タコの交響曲第5番。出だしの鋭い低弦は、若者のオーケストラでは重さが足りない。もっと内側からえぐるような力が欲しかった。弦楽器も管楽器も健闘してるんだけど、技術的に少し足りないのが惜しい。(大好きなタコなので厳しいこと書きます)特に、音程の悪さが、不協和音を汚くしちゃってるし、セカンド奏者の曖昧さがそこにあるはずの音楽を見つけづらくさせていました。それから、レガートのフレージングに音を変なふうに膨らませる癖が全体にあって、聴き心地の悪さを感じました。どのパートも同じようにそうしていたので、もしかしたら高校の指導者の癖?第2楽章と第4楽章みたいな盛り上がる音楽は、上手く弾けてたのでおしいなぁ。フルートのトップの人がひとり気を吐いていました。あとは、フルートとソロを取ったときのオーボエ、フルート、コントラファゴット、小クラリネットの人が上手かったです。井田さんは、安全運転で自分のやりたいことができていなかったように聞こえました。オーケストラの今できる最良の音を引き出すのに精一杯だったような。最後の方でテンポを上げたのが唯一の主張かな。残念ながらオーケストラの人たちがまだ、ショスタコーヴィチの音楽を理解していないように思えました。最後終わったとき、オーケストラの人の多くが、なんだかぼんやりとした表情をしていたのが残念です。この音楽から、演奏して、心を動かされたというのが見えなかった。充実感みたいのも見えなかったし、どうして演奏してたんだろう?わたしの方も、ベルトのバックルが変だなぁとか、ジャケットのボタンはするのしないの?とか、どうでもいいようなことを気にしながら聴いてしまっていたんですが。大好きなタコの唐揚げが薄味でタコのうま味が生きていなくてちょっとがっかりしたみたいな。

でも、若い人たちのオーケストラ。これからどんどん成長していって欲しいです(コンサートマスターの人もステージの仕切り方を勉強してね。拍手が終わっても退出しないのでオーケストラの人もお客さんもどうしていいのか分からず困っていましたよ)。まだまだ伸びしろあるのですから。ひとりひとりは上手いし、ポテンシャルは十分あると思うんです。しっかり練習して、歳(年)と共に成長していくことを期待してます。音楽の演奏でずっとつながっていけるなんて幸せでなんて羨ましいんでしょう。貴重な美しいときを大切に育てて下さいと、昔若かったわたしは思うのです。情熱、有り余ってるでしょ。

アンコールはグラズノフの「ライモンダ」から「キャラクターの踊り」。(ピアノとハープの人、出番がないからといってステージを降りることないと思うよ)もう一度、ビールをぷはー。って飲めないわたしは、エア・ビールだけどね。
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by zerbinetta | 2013-08-31 23:58 | アマチュア | Comments(0)

驚愕!人類タコ化計画 園児のタコ5   

ツイッターで流れてきた動画。
有無を言わさぬ衝撃の演奏。
タコ先生のタコ愛が突き抜けすぎてますね。なんて素晴らしい先生!因みにわたしではありません。
園児はどう思ったでしょう?園児の親は?
こうして、タコは日本に充満していくんですね。園児の将来が楽しみだな。
あああわたしも園児に混じって,ティンパニやら太鼓をばしばし叩いてみたかったw

では、どうぞ!!

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by zerbinetta | 2013-05-01 20:00 | Comments(0)

熱血完全燃焼 千々岩英一、宮本文昭、東京シティフィル シベリウス、ショスタコーヴィチ   

2013年3月16日 @東京オペラシティ コンサートホール

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

千々岩英一(ヴァイオリン)
宮本文昭/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団


この間、聴きに行って好感触だったシティ・フィル。今年度のテーマが完全燃焼だそうで音楽監督は宮本文昭さん。わたしにとって宮本さんは違いの分かる男の人でも、指揮者でもなく、オーボエストなんですが、いつの間にかに指揮者になられたのですね。基本的にわたしは、餅は餅屋な人なので、オーボエでの演奏活動は止めたとはいえ、指揮者としては未知数の宮本さんはちょっと怖いもの聴きたさ。でも、当日券だったら1000円という魅力に抗えず、タコだし〜(嘘です。タコがあるの会場に来てから知りました)、でも、もっと大きな理由は、ツイッターでフォローしているパリ管弦楽団の副コンサートマスターの千々岩さんがシベリウスの協奏曲を弾くからなんです。ちょっぴりお知り合いになった人の音楽会、ドキドキしながら聴いてみたいじゃないですか。

でもね、同時に、こんなブログを書いてる身としては、SNS上とはいえ知り合いのことをちゃんと批評して書けるのかという心配もいっぱい。書かなきゃいいんだけど、一応聴きに行った音楽会は良くても悪くても全部書いてるし〜、おべっか使うと言葉に力なくなっちゃうし。はい。アホですね、わたし。聴く前から心配してるなんて。

そうアホな心配は音楽が始まるとすぐ、晴れ渡るように霧散しました。千々岩さんの音とってもきれい。一流のオーケストラってソリスト並みのコンサート・マスターを持ってること知ってるけど(ニューヨーク・フィルのもそうだし、突然キャンセルしたソリストの替わりにシベリウスを弾いたロンドン・シンフォニーのシモヴィックさんも凄かった)、パリ管の千々岩さんも確実にそのひとり、ということが分かりました。はっきりとした遅めのテンポで丁寧に弾いていきます。ひとつの音もないがしろにしない。つーんと冷たい音色ではなくて、室温でいただく、きりっとしたおいしい純米酒のような音色。または、室温で飲むペリエのような爽やかさ。オーケストラのバックも雄大に音楽をつけていきます(第1楽章はヴァイオリンに覆い被さって凌駕する部分があっても良かったと思いましたが)。ソロとオーケストラのバランスのとれた演奏です。
第2楽章に入ってあれれ。さっきまで好調だったオーケストラがどうしちゃったのって感じ。叙情的な楽章は,もうちょっと粘ってもとも思いましたが、歌いすぎない、でも陰のような情念をたたえてる音楽は、暗くて重みのある音楽。後半はオーケストラも持ち直して、ヴァイオリンとオーケストラが反対向きに音楽を壊すさまがスリリングでした。反対のベクトルで引き合ってる。
今日の演奏で一番性格がはっきりしていたのが第3楽章です。千々岩さんは、しっかりとアクセントを強調して、土の香りの強くするのほんずな踊りの音楽を弾いていきます。春の祭典のような、あそこまで吹っ切れて土俗的な踊りを踊るのが新鮮でした。主張がはっきりとして,千々岩さんはこれがやりたかったんだなって思いました。交響曲第2番の叙情性から第4番の闇に落ち込むところの暗いシベリウス。キーワードは大地とか土かな。
千々岩さんのアンコールは、細川俊夫さんの無伴奏ヴァイオリンのためのエレジー。これが、シベリウスのポスト・スクリプトのように聞こえてとっても良かったの。これを聴けただけでも今日の音楽会に来た価値ある。空気が一点に吸い込まれる,心臓をきゅうっと掴まれるような時でした。ブラヴォー。

タコの交響曲第5番は、初っぱなからど真ん中。力強く気合いの入った音で気持ちいい。鋭い刀で切ったような冷たさはないけど、がつんとくる感じは捨てがたい。オーケストラのテーマの完全燃焼という言葉に納得。宮本さんの音楽は、奇をてらわず、堂々としていて,熱い。大ぶりな身振りと,大音量の唸りで(これはもちょっと控えた方が良いかと)、オーケストラをぐいぐい引っ張っていきます。まるで、高校生と熱血教師。わたしが高校生だったら,こう演奏したいなって演奏。青春青春。だからストレイトで、ショスタコーヴィチがちりばめたたくさんの斜に構えた皮肉や諧謔は薄まってる,というか聞こえない。だから第2楽章は、まともすぎてかえってつまらなくなっちゃったけど、全体的にはぐっとくる演奏。わたしだって熱い青春時代はあったのだ。というか、今でもまだ熱いんじゃないかと思わせてくれるような音楽でした。最初っからゆっくり目のテンポ設定だったのだけど、第4楽章が特にゆっくりで,いつアチェレランドするのかってドキドキワクワクしながら待ってたら、(ちょっぴり速くはなったけど)最後までじっくり。焦らされ焦らされ心を押し上げてくるのだけど、それは、お終いの方のホルンと弦楽合奏の静かな部分が終わって、小太鼓に乗って木管楽器が主題を再現させるところで頂点に。と思ったら、最後の最後、やってくれました。象の歩み。こんなテンポで!なんだか不思議な感じ。勝利でもない、悲劇でもない、物語性も感じない。だからいい。
実は、宮本さんが何を考えてこういう演奏にしたのかは,つかみ損ねてるのだけど、自分が若返ったような気がして、超アンチ・エイジングな演奏、アンチ・エイジング美容液ぱしゃぱしゃするより、わたしにはこっちの方がよっぽどいいなぁ。

シティ・フィル、弱音をもうちょっとってところもあったけど、宮本さんとどんな音楽を作っていくのか,もっと聴いてみたくなりました。
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by zerbinetta | 2013-03-16 22:04 | 日本のオーケストラ | Comments(2)

ショスタコーヴィチ交響曲第16番!! スクロヴァチェフスキ、ロンドン・フィル   

26.10.2012 @royal festival hall

brahms: piano concerto no. 1
bruckner/skowaczewski: adagio from string quintet
shostakovich: symphony no. 1

garrick ohlsson (pf)
stanisław skowaczewski: / lpo


うっかり舌をかんでしまいそうなお名前の元気老人、スクロヴァチェフスキさんとロンドン・フィルの音楽会。10年くらい前に聴いたときにすでにおじいさんだったけど、今日もおじいさんでした。90歳?でも、さすがに指揮台からぴょこんと飛び降りて喝采を受けるのはないけど、矍鑠としていて、指揮台に安全バーもなし。もちろん立って指揮ですよ〜。お元気〜。

音楽会はいきなりブラームスの大作交響曲のようなピアノ協奏曲第1番。ピアノはギャリック・オールソンさん。わたし的にはオールソンさんといったら、ブゾーニのピアノ協奏曲のCDで弾いてる人、なんだけど。聴くのはUSで以来だからずいぶん久しぶり。アメリカを拠点に活躍してる人は、ヨーロッパに時々しか来ないし、反対もまたしかり。大陸の人でイギリスに滅多に来ない人もいるしね。

ぎゅーんと凝縮したエネルギーで始まる音楽は、作曲者の年齢に似合わない枯れた色合いがあるのだけど、でも若いエネルギーに溢れていて、御年90歳のスクロヴァチェフスキさんは、歳に似合わないフレッシュなエネルギーが音楽から立ち上ってきて、勢いのあるバネが弾けるような始まり。オーケストラの重心がちょっと高いのが玉に瑕だけど、グレイ・スケールの渋い色彩はブラームスのもの。オールソンさんのピアノは、体育会系の重いヴィルトゥオーゾという印象だったけど(だってブゾーニの協奏曲)、派手ではないけど安定した音楽がステキでした。どっしりと落ち着いた感じが良い感じ。第2楽章が特にステキでした。でも、なんだかこのお二人の音楽、時間を超越しているようで、決して激遅の演奏ではないけど、時間(長さ)の感覚が薄くなっていく感じ。

次のブルックナーのアダージョでは、ますます時間が歪んでいつ果てるともしれない音楽。わたしはこの曲の原曲、弦楽5重奏曲を知らないけど(と偉そうに言いつつCDを持ってたり)、弦楽オーケストラで奏でられる悠久の時間。指揮のスクロヴァチェフスキさん自身の編曲なので、細部まで自分のものとしてご存知なのでしょう、音楽と一体になった、でも、没入系ではなくてどこか客観視して透徹な目で楽譜を体現しているような演奏でした。交響曲のアダージョのように重たい感じはなくて、透き通ったブルックナー、幽けき豊穣という正反対の意味の言葉を重ねたような音楽でした。

どういうわけかお終いに持ってこられたタコの交響曲第1番。わたし的にはこの曲が、発表当時、現代のモーツァルトと評されたように、若い溌剌として、諧謔的でもあり、軽いノリの音楽と思ってました。だから、音楽会の最初に来る音楽かなーーって感じで、最後をこの曲で締めるのはちょっと違うなーって。そんなふうに思ったのです。
ところが聴いてみるとこれが、あれれ、確かに聞こえてくる音楽はわたしの知ってる交響曲第1番の曲なんですけど、でも、聴いたことのない音楽のように聞こえて。諧謔味が若い素直なそれじゃなくて、老獪な、そうそう、交響曲第15番の第1楽章のような、何もかも知った後のような老獪な諧謔。レントとか全体に時間軸が引き延ばされたような重さ、でも決して遅いテンポのだるい演奏とは違う、不思議な感覚は、交響曲第15番に近い、というか、これ、交響曲第16番?彼(か)の曲の次に来るような音楽。交響曲第1番を聴いていながら、最晩年の幻の傑作、第16番を聴いた感じ。

今日の音楽会は曲目からして早めに終わるだろうと予想して、風邪引きのわたしにはいいかなと思っていたのに、終わってみたら10時近く。決してゆっくりした演奏ではなかったと思うんだけど、わたしの時間どこに行ってしまったのだろう?不思議な音楽会でした。終わってからスクロヴァチェフスキさんのサイン会もあったようで、なんだかとことんお元気なおじいさんだな。末永く指揮者界の長老としてステキな音楽を聴かせて欲しいです。
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by zerbinetta | 2012-10-26 00:09 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

BBC交響楽団やっと開幕 パパビー降板 サラステ、BBC交響楽団 狂気のタコ4   

4.10.2012 @barbican hall

michael zev gordon: bohortha (seven pieces for orchestra)
mahler: rückert-lieder
shostakovich: symphony no. 4

alice coote (ms)
jukka-pekka saraste / bbcso


最後に、ってロイヤル・フィルさんごめんなさい、BBCシンフォニーのシーズン開幕です。今シーズンのBBCシンフォニーは、前主席指揮者のビエロフラーヴェクさんの退任、次期主席指揮者のオラモさんの就任が来シーズンからなので主席指揮者なしです。ビエロフラーヴェクさんは確か1回振りに来られるんですけど、残念ながら、わたしは聞き逃すことになりそうです。でも、たこよ〜ん。というわけで、ご存じ(?)タコ好きのわたしはとっても楽しみにしてたのでした。シーズン前にアナウンスされていた指揮者はパパビー(何でもヤルビー、じゃなかった、ネーメ・ヤルヴィさん)でした。降板でがっかり、と言いたいところだけど、ごめんパパビー、パパビーとは少しウマが合わなかったのでラッキーって思っちゃいました。サラステさんかっこいいし。

始まりはゴードンさんの「ボホーサ」。ボホーサはコーンウォールの風光明媚な小さな村。BBCシンフォニーが委嘱した新作。初演。副題が示すように7つの小品からなる静かなオーケストラ曲です。次に演奏される「リュッケルト・リーダー」を意識したのでしょうか、マーラーの音楽をちらりと引用していて、耳に親しげな音楽。心に突き刺さる音楽ではなく、ちょっとモダンな前菜みたいな、ケとハレの場面転換を担当するような、それだけでは物足りないけどあとで来るものを期待させるような音楽でした。

2曲目はアリス・クートさんの歌でマーラーの「リュッケルト・リーダー」。クートさんって結構大柄なんですね。オペラでズボン役で観たので小柄に見えたのだけど、女性としてみると大きいんだな。さて、演奏の方。正直言ってわたしの好みではありませんでした。さばさばとザッハリッヒな感じで、テンポも速めで、この曲にもっと甘やかな夢、愛のようなものを求めているわたしとしては(だって、この曲集ラヴ・レターよね)すうっと恋人に立ち去られたあとの後ろ髪を持ち去られてしまった感じ。この曲、男声に歌われる方が好きかも。

でも、最後のタコ4は、サラステさんのザッハリッヒな表現が生きて、クレイジーでとても良かったです。やっぱりタコには狂気がないと。ぐいぐいとノミで削っていく感じ。もしくは、光りを求めて闇雲にトンネルを掘っていく感じ。求心力があるというのが褒め言葉だと思うのだけど、この演奏にはものすごい遠心力があって、しっかり掴まってないと振り落とされてしまいそう。暴れ馬に乗ってるみたいな(想像です)。丸く収めておこうという気配がなくて、外に向かう表現力が凄いです。サラステさんの汗たっぷりのダイナミックな指揮ぶりも惚れ惚れしちゃいます。やっぱりこの人かっこいいです。BBCシンフォニーの重心重めの演奏もとっても良かった。
でも、この時代のショスタコーヴィチって破天荒でアナーキーだけど、音楽の最後には一抹の希望がちゃんとあるのですね。暗く終わったにしても。今日の演奏にはそれを強く感じました。破壊尽くしたあとに(こそ)希望があるということかしら。ちょうどタコ、転換期の音楽。だって、4番はそれまでの純粋共産主義若者路線を捨てて自我の確立に四苦八苦してる作品ですものね。そして若い魂はどんな状況でも未来を信じたいし信じられるんだと思うんです。未来への希望がなくなっていくのは後年の交響曲第13番くらいからかなぁって。そんな音符の後ろまで感じられた演奏でした(それがわたしの独りよがりでも間違っていてもわたしにとって重要なことではありません)。音楽会はこうでなくっちゃ。
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by zerbinetta | 2012-10-04 10:19 | BBCシンフォニー | Comments(0)

ビバカッパ(町田康的イメジ) ペトレンコ、RLPO タコ10   

23.8.2012 @royal albert hall

peter maxwell davies: symphony no. 9
delius: violin concerto
shostakovich: symphony no. 10

tasmin little (vn)
vasily petrenko / royal liverpool philharmonic orchestra


一昨日に引き続いてタコ♡ 今日は、前に交響曲第11番の衝撃的な演奏をフィルハーモニアと聴かせてくれたペトレンコさん。手兵のロイヤル・リヴァプール・フィルとの演奏です。タコの交響曲のひとつの頂点とも言える第10番。最近は第5番と並んでよく演奏されるようで、ロンドンで聴くのがこれで4回目かな。ペトレンコさんが、現在レコーディングを進行している交響曲全集の世評が軒並み高いので、わたしの期待も頂点。ううう、早く聴きたい。

まず始めは、新作、といってもすでに初演は済んでいるのですが、今年の女王のダイヤモンド・ジュビリーに捧げられた、サー・ピーター・マックスウェル・デイヴィスさんの交響曲第9番。メインのオーケストラの他に、金管6重奏が加わります。さてさて。わたしには、正直つまらなかったです。中途半端な現代音楽系によくあるように、分かりにくい部分と分かりやすい部分というかメロディっぽいものに媚びを売ってるような部分が混じり合ってぼんやりとぼけてるような、頭で聴いていいのか歌っていいのか分からないような、むしろ、後ろの金管合奏がジャズっぽい音楽を吹くとほっとするというか。女王の人は、芸術には全く興味がないそうなので、この音楽の存在も知らないような気もしますが、こんな音楽を捧げられたらちょっとかわいそうと、今日のわたしは辛辣だなぁ。何か嫌なことあったんだっけ?

ディーリアスのヴァイオリン協奏曲は初めて聴きます。ヴァイオリンのリトルさんは名前はよく見かけていたのだけど、これまた初めてです。わたし、ディーリアスをあまり聴いたことがないのだけど、でも音楽の響きはわたしの中のディーリアスっぽい感じ。あっディーリアスって気づいちゃう感じの、絵画で言ったらバルビゾン派の絵のような素朴な地味さ。ディーリアス好きには、セピア色の淡い音のグラディエイションがきっとたまらないのでしょう。わたしは、子供の頃、野山で遊んだあと、夕日が暮れかかってきて後ろ髪を引かれつつ友達と別れて家に帰る気持ちを思い浮かべました。リトルさんのヴァイオリンは、やっぱり派手さはないもののしっとりとした音で、叙情的な音運びはディーリアスの音楽にピタリ。とっても弾き慣れているというか、音楽を熟知している感じで、迷うことなく安心して身を任せて聴ける演奏です。この曲があまり人気がない理由はよく分からないけど、もしかして、この音楽の世界を表出するのが、ディーリアスに親しくないと難しいのかなって思いました。

さあいよいよタコ10。うわ〜、またこれは名演。何かぐいぐいと胸を押してくるような勢い。音はがしがしと鳴るんだけど、決してスペクタクルに鳴らすだけにならないで、音そのものに言葉があるような、意味があるような。音の後ろにある心までが直接身体に入ってくる感じ。それがどういう意味なのかは、まだ、咀嚼できていないけど、ものすごく心を締め付けるもの。長い第1楽章は、一筆書きのように綿々と心に淀んだ、不満や不安、暗い感情を紡いでいく。
疾走する第2楽章は、スターリンの姿を表しているとも言うけど、そんなことはどうでも良くて、音楽はもっと普遍的な、そして誰にとっても個人的な、実体を伴って迫ってくる。弦楽器に付けられたポルタメントがセクシィ。ショスタコーヴィチは決して、彼とスターリンとの個人的ないきさつを描いていない。スターリンとショスタコーヴィチの物語にしてしまうと、この音楽の本質を見落としてしまうと思うんです。例え、DSCHのサインがこれでもかと言うほど鳴り響いたとしても。だって、DSCHはわたしのはんこかもしれないんですもの。
でも、本当にわたしの心が吸い付いてしまうのは第3楽章に出てくる孤独なホルン。同じ音型を何度も何度もそれこそDSCHと対をなすようにインプリントしてくる。タコの音楽も、ペトレンコさんの演奏もとても孤独。心の澱の中にあった哀しみが音に吸着していくよう。そしてそのまま、第4楽章の始まりの木管楽器のソロの孤独。第1楽章からの不安の雲。唐突に始まる破れかぶれの狂騒。カッパ踊りをしながら群衆の中を駆け抜け夕日に向かって孤独な勝利を、自分の名前を叫ぶことによって勝利を現実のものに実体化するように音楽は終わる。たったひとりしか認めなくても勝利は勝利。負け試合でも、自分が勝ちを叫んじゃえば、誰も認めなくても勝ち。そんな孤独な魂の勢いが音楽に演奏に感じました。ペトレンコさんのタコは毎回わたしに新しい見方を、聴き方を教えてくれるような気がします。CD買っちゃおうかな。
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by zerbinetta | 2012-08-23 05:55 | イギリスのオーケストラ | Comments(0)

縦ノリタコナナ ネルソンズ、バーミンガム市響 ショスタコーヴィチ「レニングラード」   

21.8.2012 @royal albert hall

glinka: ruslan and lyudmila, overture
emily howard: calculus of the nervous system
shostakovich: symphony no. 7

andirs nelsons / city of birmingham symphony orchestra


うふ〜〜♡今日と明後日はタコなんです♬タコ7とタコ10の2連チャン。なんて楽しみなんでしょう。そして、今日はネルソンズさんとバーミンガム市シンフォニー、明日はペトレンコさんとリヴァプール・フィル。指揮者は若手実力派でめきめきと頭角を現している人ですね。そして、オーケストラは実は、どちらもまだ聴いたことがなかったんです。ますます楽しみではないですか。

ネルソンズさんは、フィルハーモニアに客演したときに聴いているし、最近はわたしは聴きそびれたけど、ロイヤル・オペラで「サロメ」を振って好評を博していました。わたしもネルソンズさん、若くてハキハキしてるし大好きです。
ネルソンズさんって曲を始める前、独特の構えをしますね。ヨーイドンを待つランナーのような、ちょっと前傾姿勢で、ここから一気にエネルギーを爆発させるような感じ。バネが弾けるように音楽が飛び出します。超快速演奏ではないし、勢いに任せて荒さが目立つという演奏でもなく、勢いの上にもしっかりと丁寧に演奏されます。ここでもう心を掴まれました。このオーケストラ上手い!

2曲目は、エミリー・ホワードさんの「神経系の解析」なんていうサイエンティフィックなタイトルの音楽。わたしも神経学者の端くれとして(ウソだけど)、神経系って何やねん、と突然大阪弁で悪態をついちゃったり。作曲者のホワードさんは、プログラムによると、何故かチェスのチャンピオンとの紹介が目に付くほど、作曲よりチェスで有名なのかしら。
超イントロクイズをしたら「涅槃交響曲」!!と応えちゃうような音のクラスターで始まりました。同じひとつの音を楽器を変えながら静かに繰り返して、ときどきはっとする違う音を混ぜたり、また同じ音が来るのかなと思うと違った音が来たりして、頭にくっついて頭の中で鳴ってるひとつの音と、聞こえてくる音とのずれや同期が、なんだか、記憶を刺激しているみたいで、わたしは、この曲は神経回路というより、記憶の固定の現象みたいで、確かに神経系、とおもしろかったです。そしてとても良く、緻密に構成されていてステキな音楽でした。聞こえてくる音と頭の中に生まれた音の間の協奏曲。この曲好き♡

最後はいよいよタコ7。ロンドンで何回か聴く機会はあったんだけど、わたしの好みの曲ではないのでロンドンで聴くのは初めて。タコ好きなのに、タコ7は何だか、間違って勢いで書いちゃったなーーって感じがして、それに長いし、苦手なのよね(好きな人ごめんなさい)。
わたしのイメジでは、(前に聴いたテルミカーノフさんの演奏がそうだったので)、最初どっこいしょと老人が昔語りを始めるように始まる音楽だと思っていたんです。ところが、ネルソンズさんの演奏は違った!前置きなしに最初っから本文、勢い全開、全速力、戦場にいます。びっくり。速い速い。昔語りではない、今この場の戦争、音楽。今まで行進曲のところから戦争が始まるんだと思ってたんだけど、そうではない、最初っから戦場なんですね。こんなやり方あり?びっくりしたけどすごく納得しました。これならこの音楽退屈じゃないし。ネルソンズさんの演奏で目を開かれた感じです。
ネルソンズさんの演奏は、とっても切れがあります。リズムが弛緩しないので、ロックの打ち込みを聴くような爽快感。実際あのボレロのような行進曲の部分は首を振りたくなるくらいな縦ノリ。実際、アリーナに首をぴょんぴょん振ってるおばあさんやおじさんが。分かるよ分かるー。そんな音楽だもの。わたしだってちっちゃく首振ってたし。
それにしてもこんなにもざくざくと切れ味良く演ってもらうと、この曲好きになっちゃうじゃない。速い部分と、ゆったりと叙情的な部分のメリハリをしっかり付けて構成的に、物語ではなく交響曲として演奏された音楽だと思います。表題性を除いたゆえに、反対に音楽が説得力を持って響いてくる結果に。後半の楽章の、ゆっくりとした音楽からだんだん速度を増して盛り上がってくるところから、最後のクライマックスまでの音楽の運び方がとっても良くて、最後は圧倒的なカタルシス。これが勝利の雄叫びなのか、黒い何かを背負ったものかなんてどうでも良くて、音楽の力強さを感じたのでした。結局、ショスタコーヴィチは音楽のポジティヴな力をこの時は信じていたに違いないと思いました。そして演奏した誰もがみなも。音楽は血になってわたしの体を駆けめぐり、熱いエネルギーになる、そんな体験です。ネルソンズさんとバーミンガム市のオーケストラは、緊張感に満ちた弛緩のない音楽でわたしの裡にエネルギーを満たしてくれました。
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by zerbinetta | 2012-08-21 03:40 | イギリスのオーケストラ | Comments(0)

幻想遊園地 アシュケナージ、フィルハーモニア ショスタコーヴィチ13   

24.05.2012 @royal festival hall

prokofiev: piano concerto no. 3
shostakovich: symphony no. 13

nobuyuki tsujii (pf)
sergei aleksashkin (bs)
vladimir ashkenazy / philharmonia voice, po


今日の音楽会、もうずうっと待ち望んでいました!タコ、交響曲第13番、通称「バビ・ヤール」。わたしの最も大好きなタコの交響曲。そして滅多に演奏される機会のない音楽。これを聴かずして、今シーズン何を聴くかってくらいです。実はワクワクしすぎて2月頃から、今日の音楽会だったかしら、なんてプログラムを見たりしてたのでした(2月か3月の音楽会だと思ってた)。

でも、世間的には辻井伸行さんのピアノなんですね。タコで舞い上がってるわたしには、彼のピアノは眼中になかったんだけど(なんて失礼な!)、でも、聴いたら、凄い!素晴らしい!彼、とっても人気みたいなんだけど有名な人だったのかしら。もちろん、日本では有名なのは分かるのだけど、こちらの人にも人気みたい。経歴を見ると、ヴァン・クライバーン・コンクールで優勝しているんですね。23歳、むちゃ若い。
辻井さんって目が見えない人だったんですね。アシュケナージさんのサポートでステージに出てきた彼は、小柄で丸顔。アシュケナージさんにピアノの位置を示してもらって着席。音楽が始まる瞬間ってドキドキしますね。特に初めて聴く若い音楽家さんだと。

辻井さんの音楽は、わぁびっくり!わたしの予想に反して、ロマンのひとかけらもない音楽。曖昧なもの、感覚的なものを一切排して、全ての音が物質的な質量を持って実存している。全ての音の存在理由を説明できる音楽。しかもそれを徹底して容赦なく音にしている。彼の中にはどんな音が、どんな音楽が響いているのだろう。彼は視覚を失っているけれども、それは大多数の目の見える人に合わせて作られた社会では不便なことも多いと思うけど、決して世界は彼の中で狭まっていない。多分彼は目が見えない代わりにそれを凌駕する、多分わたしたちの知らない感覚を研ぎ澄ませている。それはわたしたちが目が見えるという感覚と同じように自然に当たり前のこととして。わたしは、目が見えるし、耳も聞こえ、匂いもかげる。でも、わたしの世界は、浅く、音楽の感覚において辻井さんの足元にも及ばないと感じました。ぼんやりと見て、聴いて、世界の遠くが見えていない。それにしても、音楽の全てを耳で、体で感じるのってどういう世界なんだろう。わたしなんて見えないと、音楽が全ては聞こえないと感じているのに。幾何学模様のような楽譜の美しさも全て音に還元してしまうのだろうか。なんだか、果てしない未知の世界へ誘われるようで、これからも辻井さんの音楽を通してその世界へ冒険してみたいと思いました。彼の、ラフマニノフも聴いてみたいなぁ。ロマンティシズムを拒絶したラフマニノフ、どういう風に響くのだろう?それともいくらかロマンティックに弾くのかしら?

と考えていたら、アンコールにもラフマニノフの前奏曲。ふふふ、やっぱりロマンのかけらもない。音楽がロマンティックに書かれているので、それ風には聞こえるのだけど、彼はそういうところに立っていないです。これはますます、彼のラフマニノフの大作、聴いてみたくなりました。
人柄ですかね。アシュケナージさんが、ずっと辻井さんのことをあたたかく見守っていたのが印象的でした。そして、お茶目な彼は、指揮棒を横向きに口に咥えて、ずっと拍手していました。いや、そこまで笑わかせてくれなくても♪

前半だけでうっかり十分満足しちゃったけど、わたしのメインは後半。タコ13。実はアシュケナージさんのタコの交響曲、1枚か2枚CDを持っていて、意外に好きなのです。世評は高くないんですけどね。
演奏は素晴らしかったの一言。初めて聴くし、これから先2度と再び聴くことができるかあやしい曲なので超興奮してるんだけど、それを差し引いても(上手く差し引けてるかは自信ないけど)、素晴らしい演奏。まず、オーケストラが上手い。特にチューバは神がかってた。それにバスの独唱のアレクサシュキンさん。鬱々とした歌で、タコの世界を表出。文句なしです。男声合唱は少数精鋭だけど、意外と低音が良くてフィルハーモニア・ヴォイス、やるじゃないって思いました。
この音楽、始まりから終わりまでものすごく鬱々しています。聴く方もかなり気持ちの強さが必要で、でないと鬱々の底なし沼に足を取られてしまいます。わたしがもうこんな気持ちなのに、これを練習してきたオーケストラの人たちは、沈んだ気持ちにならないのでしょうか。練習している間に世を捨ててみたくなっちゃったり。そんな圧倒的な力を持つ音楽だけど、アシュケナージさんは、かさかさと乾いた感じじゃなく、艶やかな潤いを持って音楽を奏でていました。すべすべとしたタコ。これはCDで聴いた彼の他のタコの交響曲と同じ感じです。それがわたしには好ましい。といっても決して甘い音楽ではなく、胃の腑に鉛を飲み込んだような重暗い気持ちになります。
だからこそお終いの方でフルートの旋律が聞こえてきたときは涙。遊園地の音楽。子供の頃の夢。ショスタコーヴィチは、子供時代の無条件で安らぎのある夢の中に、特に後期の交響曲作品において退行する傾向があるのではないかと思います。何かそこに安住の地を求めるような希求がときどき音に聞こえて。最後の交響曲の第1楽章とか最後の部分なんてまさにそれですよね。でも、その気持ちにはとっても共感できる。わたしも、子供の頃の幻の遊園地で遊びたい。それがわたしにとっての永遠の憧れだから。絶対に届かない憧れ。最後の部分で涙が止めどもなく溢れるのは、わたしもそれを強く強く求めているからでしょう。そしてその幻が音楽の中に聞こえるから。でも、音楽の中の遊園地はどうしてか雨が降ってる。そして、ひとりわたしがぽつり。ひとりぼっちの孤独が憧れの裏側にへばりついてる。幻は共有できないのかな。ショスタコーヴィチはわたしにそれを見せてくれたけど、彼はもうそこにはいないんだ。この気持ちはしばらく後に引きそうです。
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by zerbinetta | 2012-05-24 09:01 | フィルハーモニア | Comments(4)