タグ:マーラー ( 99 ) タグの人気記事   

あっアニメの男の子の天使   

schoenberg: three pieces for chamber emsamble
stravinsky: eight instrumental miniatures, three japanese lyrics
mahler, arr. erwin stein: symphony no.4 for chamber orchestra
eri nakamura (sp), clement power / lpo foyle future first @purcell room, sbc


今日も楽しみにしていた音楽会。マーラーの交響曲第4番の室内合奏版を聴ける機会なんて滅多にないでしょ(といいつつ、来シーズンもひとつあるのを発見。うふっ)。チケットをとった時点では、あっ日本人の方が歌うんだって思っただけだったけど、彼女の歌をこの間、ロイヤルオペラで聴いてからわくわく度アップ。ものすごく楽しみに待ってました。実は、予備知識がなくて全然知らなかったんだけど、今日の音楽会はロンドンフィルがメンターになって若手を育てるプログラム。ステージに立つのはプロ未満の若者たち。パーセル・ルームはサウスバンク・センターのクイーン・エリザベス・ホールの建物にある講堂みたいな一室。客席は400席弱くらいかな、ステージもオケが20人ものったら満員になるくらいのこぢんまりした感じで、隣のクイーン・エリザベス・ホール同様インティメイトな(これ日本語でなんて言うんだろう?)雰囲気を楽しめます。
始まりはストラヴィンスキーの8つのミニチュアから。15人の奏者によって演奏される小さなかわいらしい、親しみやすい作品です。でもこういう作品の方がここの技量が出ちゃうので難しいんでしょうね。技術的にはできてるんだけど、ちょっと余裕というか音楽の芯まで踏み込む何かがなかったな〜。かえってアマチュアの方が一所懸命演奏するので、音楽する心は伝わるかもって思っちゃった。室内楽なので音を絞って演奏するところが管楽器の人には吹きづらいのもあるかもしれないけど。2番目に演奏されたシェーンベルクの3つの断片は、分かりづらい作品だったけど、こちらの演奏の方がいい感じでした。この曲はなぜか次のストラヴィンスキーの3つの日本の歌の次に一部、演奏者を替えて繰り返して演奏されました。3つの日本の歌はエリさんがとっても良かったです。多分、万葉歌や和歌ををフランス語に訳したんでしょう、1つ1つ短い曲はピエロリュネールに感銘を受けて作曲されただけに無調なんだけど、でもちょっぴり印象派ふうでせっかくエリさんが歌ってるのだから、日本語でと思ったけど、フランス語に作曲されてるので言葉と音が合わなくなりますね、ジャポニズムが感じられる音楽ではないのでこれは暴論。ストラヴィンスキー自身は日本の版画なんかの印象を音にしてるとおっしゃってるみたいなので、ごめんね、ストラヴィンスキーさん、日本人のわたしにはジャポニズムが感じられなくて。
メインになるマーラーの交響曲第4番の室内合奏版は、弦5部、ハーモニウム、ピアノ、フルート、オーボエ、クラリネット、打楽器3人の13人編成。オーボエはコールアングレ持ち替え、クラリネットはひとりで小クラリネット、普通の、バスクラリネットと大忙しです。これだけ小さな編成なのに打楽器3人というのは打楽器の重要性を感じさせますよね。オーケストラの原曲ではマーラーの他の作品に比べて打楽器の重要度が低そうにも感じるのですが。その打楽器は、鈴、グロッケン、大太鼓、銅鑼、シンバル、トライアングルでティンパニは入りません。マーラーの多彩なオーケストレイションの音楽を室内合奏に移すのは大変だと思うのだけど、ハーモニウムを上手く使って1つの作品としてしっかり聴かれるものになってました。ハーモニウムって、シェーンベルクの残したたくさんの室内合奏への編曲作品や敢えて小編成オーケストラを使ったシュトラウスのナクソス島のアリアドネでも大活躍ですよね。シンプルな編成にしたことで、マーラーが仕掛けたソロとトゥッティの間での対位法的な音楽が各要素間で均一なバランスになってかえって聴き取りやすくなってたり面白かったです。また、特に第3楽章は室内合奏版との相性が良くて違和感なく聴けました。そして鮮烈だったのは、エリさんの入った最終楽章。エリさんの声はアニメで冒険する真っ直ぐな男の子を感じさせる声質で、歌っている天使の性格付けがとてもステキでした。中性的な、でもちょっぴりやんちゃで茶目っ気のある天使です。パズーみたいな。ぜひぜひ彼女の歌で今度は原曲版を聴いてみたいです。オーケストラはフィルハーモニアがいいな。
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by zerbinetta | 2009-04-29 07:12 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

うわっ   

mendelssohn: a midsummer night's dream suite
shostakovich: piano concerto no.2
mahler: symphony no.1
martin helmchen (pf), vladimir jurowski / lpo @royal festival hall


わたしは若い人たちが好きです。むやみに親近感を持ったり(あっわたし自身は最早若い人ではなくなっていますが。。)応援したくなったり。指揮者も若手の演奏を聴くのが好きです。ロンドンのオーケストラは、ロンドン・シンフォニーがハーディングさん、ロンドン・フィルハーモニックがネゼ・セガンさんという若手(どちらも75年生まれ)の有望株を主席客演指揮者に置いています。と思ったら、実はロンドンフィルの主席指揮者はヤロウスキさん、この人も72年生まれですからまさに若手じゃないですか。わたしより若いし。応援しなくっちゃ。といいつつもう何回も聴いているんですが。ユロフスキさん(今までヤロウスキさんと表記していたんですが日本語のサイトを見てユロフスキさんに改めました)、実は失礼ながらちょびっと苦手だったのです。どこがというと髪型が。長髪はあまり好きではないのですよ。でもでもちゃんと聴いて行かなきゃと思い直したのですよ。ロンドンフィルはロンドンのメジャーオーケストラの中では一番下手だと思うけど、良い演奏をするし、プログラムも魅力的なものが多いし、これから伸び代のある好きなオーケストラなんです。このブログのカテゴリーでロンドンフィルが一番上なのはそういう理由です。ですから今日は曲目じゃなくてユロフスキさんを楽しもうと。
始まりはメンデルスゾーンの真夏の夜の夢の組曲。それが、木管楽器の和音を終えると弦楽器の細かなパッセージがものすごく速くて、ありゃ、このテンポで大丈夫かしら、オーケストラ暴走しっちゃって収拾が付かなくなるんじゃないかしら、なんて余計な心配をしつつ、妖精がさわさわと飛び回る様がステキな感じねとドキドキ聴いたのでした。もちろんオーケストラはちゃんとコントロールの元にあるのでした。そしてお終いはご存じ、結婚行進曲。快速テンポでこれを結婚式でやると早歩きしなきゃいけないな(大袈裟)なんて思いつつ、この方が晴れ晴れした感じがいいな、でももし自分がこの行進曲で入場したら可笑しくて笑っちゃうだろうな、なんて妄想に耽ってました。でも、メンデルスゾーンの結婚行進曲を聴くとついつい微笑んでしまいますよね。会場のお客さんもみんなそんな感じでした。
タコのピアノ協奏曲は圧巻でした。ユロフスキさんとタコの相性ぴったり。さすがロシア人。特に第1楽章のヴァイオリンのソリッドな歌わせ方がタコらしくてステキ。とオーケストラを褒めたところで順番が反対になっちゃいましたが、ピアノがとっても良かったんですよ。ピアニストはヘルムヘェンさん。とっても透き通ったきれいな音色で軽々と弾いていくの。色つきガラスのかけらたちが空高くできらきら光ってる感じにうっとり。いろんな色の光を反射して見えるけど決して濁らない。この人上手い。とっても上手い。しかもめちゃ若。ただわたしの好みとしては全体的にもっと柔らかいというか、ほんわりとした幸せ感、アットホーム感があったらいいなと思いました。これは単なるわたしの好みで、ショスタコ感は薄らいでしまうと思いますが。
休憩のあとはマーラー。ついこの間、ハーディングさんのを聴いたばかりなので、お口直し。指揮者の人は曲への入り込み方にいろいろあるのだけれどもユロフスキさんは、オーケストラの人をひとりひとり見回して小さくうんうんとうなずきながら音楽に入り込んでいく。その儀式が終わるといよいよ指揮棒をあげて、すうっとA音。音楽の世界が広がります。ステージ外のトランペットの信号を左右に振り分けたり面白い工夫も。とってもステキな雰囲気です。第1楽章はこの間のハーディングさんや去年のデュトワさんと同様に抑え気味。最近の演奏のトレンドは第1楽章抑えなんでしょうか。確かにスコアを見ると盛り上がったあとにすぐデミュニエンドしてピアノになったり(若造だったわたしはもっと盛り上がっていればいいのにって思ったものです)って書かれ方してるんですけど、盛り上がるところはもっと盛り上がってもいいかなって思いました。ユロフスキさんはポルタメントを上手にかけたり、指揮もテンポや拍子はオーケストラに任せて、入りや表情を指示することに専念してました。さすが常任。オーケストラと指揮者の意思疎通がとても上手くいってて信頼関係を結んでいるということがはっきり分かります。オーケストラもこの曲をよく知ってる。それにしてもこの演奏、どこかで聴いたことあるような、って思いつつふと思い出した。そうだ、テンシュテットがシカゴ・シンフォニーを振ったCDだ。それで納得。テンシュテットの演奏がこのオーケストラにしみ込んでる。テンシュテットが主席指揮者だったのはもう20年も前だから当時の楽団員はもうあまりいないと思うけれども、当時の記憶は楽譜や人を伝わって残ってると思うし、そうやって培われてきたものはオーケストラの財産だと思うのよね。秘伝のたれみたいな。ユロフスキさんの演奏は、そういうオーケストラの持つ音楽を生かしながら、自分の表現をしてステキなマーラーを聴かせてくれました。最後はちょっとテンポを速めて歓喜と興奮の中に音楽を終わるというのも秀逸。ふふふ、第3楽章のお終いの方でトランペットが完全に落ちてしまうという事故があったのにはどっきりびっくり。血が引く思いでした。トランペットの人たち終演後、ミーティングをしてましたよ。
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by zerbinetta | 2009-04-25 07:43 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

ネット時代   

tan dun: internet symphony 'eroica', piano concerto 'the fire'
mahler: symphony no.1
lang lang (pf), tan dun / daniel harding / lso @barbican hall


ロンドン・シンフォニーも一枚絡んだ企画で、ユーチューブ・オーケストラを作ろうっていうのがありました。オーディションをユーチューブにアップされる動画で一般の人も審査に参加できる形で行うというもの。世界中からいろんな人が参加して、選ばれた音楽家たちはカーネギーホールに集まってコンサートを開きました。その様子は、ここにアップされていますが、なかなか熱気があります。ティルソン・トーマスさんと音楽演れるならわたしも参加すれば良かったな。ってまえに楽器できないけど。さてその企画のために、人気の作曲家のタン・ドゥンさんがオリジナルの曲を書いています。インターネット・シンフォニー「エロイカ」。これが聴けるというので行ってきました。ロンドン・シンフォニーの音楽会。なんの予備知識もなく来ちゃったわたし。エロイカって壮大な曲を想像していたんだけど、4楽章でたった5分ばかりの曲。手抜き?でも、ユーチューブ・オーケストラを紹介するピースとしては盛り上がっていいかな。タン・ドゥンさんお得意の打楽器の使い方もかっこいいし。エロイカはもちろんベートーヴェンの交響曲。英雄の主題が聞こえますが、交響曲と言うからには主題をきちんと展開して欲しかったな。ベートーヴェンが第1楽章の主題を最初の2つの和音に凝縮したように。でも、こういう企画面白いなぁ。今度は、ネットを通して集められた個々のパートの演奏をミキシングしてひとつの曲に創りあげるとか、でもそうすると合奏する悦びが失われちゃうか。
作曲者の指揮による2曲目はピアノ協奏曲。今日の独奏者ランランさんのために書かれてます。ランランさん、大人っぽくなったなぁ。髪も短髪から7、3分けみたくしてるし。今日はランランさんお目当てでしょうか、中国人の人がたくさん来ていました。フラッシュを焚いて写真を撮る人がたくさんいて、演奏中にも撮っちゃった方がいたのは残念でした。でも、音楽も演奏も良かったです。第2楽章なんかは叙情的で吉松隆さんを思い出させる感すらありましたよ。第1楽章でピアノに現れるとろけるような分散和音がちょびっとだけでもったいないなぁと思ってたら、最終楽章の最後(と思った)に回帰されてむふふと思ったら、ここからが長かった。いろいろ品を変えて盛り上がってくる。こうなるとピアノもスポーツね。がんがんと鳴らして、腕で弾いたり、もう大変。体育会系のピアノ協奏曲ってブゾーニのがナンバーワンだわと思っていたけど、ここに、タン・ドゥンさんの曲も体育会系に認定しましょう。きらりと光る汗のようにすがすがしく終わって爽快。
休憩のあとは、指揮者が替わってハーディングさん。ハーディングさんのマーラー、とても期待していました。クック版の交響曲第10番の録音の評価もとっても良かったし。静かに始まった音楽は木管楽器の4度の応答がとっても柔らかいのにびっくり。これは期待できそう。でも、音楽がなんとなく淡々と進んで春が来ないんですよ。春の美しさとか、悦びの爆発がやってこなくて、でも冷徹というわけでもなくて、なにか遠くで音楽が鳴ってる、音量が小さいとかではなくて、わたしの外で音楽が鳴っててわたしにはそれに触れることもできないっていう感じ。奇妙な疎外感。音楽に参加させてもらえない。聴いてるだけ、演奏に参加してるわけじゃないしって思われるかもしれないけれど、わたしは音楽会に行くのは一緒に音楽を創るためと考えています。音楽は常に創造されるものだから、会場の雰囲気によって演奏が変わるのは当たり前。会場全体が一体になって凄い音楽が生まれる瞬間をいくつも聴いてきましたから。もちろん今日の演奏も会場全体で生み出されたものに違いありません。ただその中にわたしがいれなかった。第2楽章の始めのリズムをゆっくり弾かせて急速なアッチェレランドで主部に持っていくとか、第3楽章の始まりのコントラバスをソロでなくてパートで弾かせるとか(でもどうやらこちらが国際マーラー教会が出している一番新しい見解みたいです)、いろいろ仕掛けてくるんですけど、わたしには空回りに聞こえた。ハーディングさんも一皮むけようと苦しんでるのかしら?わたしの邪推だけど。第2楽章のチャーミングなクラリネット(ロンドン・シンフォニーのクラリネット、本当に上手い)、第3楽章の中間部の出だし、第4楽章の情感たっぷりな第2主題、左右に振った2台のティンパニの掛け合い、などなどたくさんのステキな瞬間はありました。でも、どうして全体でわたしの心に響いてこないんでしょう。もしかするとわたしがもはやこの音楽に感受性を失ってしまったのかもしれません。そして今日の音楽会では、マーラーよりベートーヴェンの英雄を聴きたかった。ハーディングさんとわたしの波長が合わないのかもしれません。多分どちらにせよわたしのせい。
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by zerbinetta | 2009-04-21 07:39 | ロンドン交響楽団 | Comments(2)

心で聴くマーラー   

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mahler: symphony no.2
sylvia schwartz (sp), katarina karneus (ms), benjamin zander / the bach choir, po
@westminster cathedral


教会の大聖堂でマーラー、復活。教会のオルガンで復活。これはなんだかわくわくするじゃありませんか。しかも指揮は一部にカリスマ的人気を誇るザンダーさん。名物のプレコンサート・レクチャー付き。誕生日イヴじゃなくても行かなきゃデスよね。実はザンダーさん、わたしもCDを1枚だけ持っていてそれはとっても好きだったんです。仕事をさぼり気味に、いや朝からばばばって終わらせて、出かけました。でも初めて行くところ。やっぱり迷子。っていうかわたしの思っていたのと違うところだった。ウェストミンスターって名の付く教会、2つあったのね。わたしは有名なウェストミンスター寺院の方だと思っていたのに、大聖堂(カテドラル)は違うところなのでした(歩いて10分ほど離れてます)。寺院を目の前にして、国会議事堂の警備の人に道を尋ねましたよ。
そんなこんなで早めに出たにもかかわらず、レクチャーにはちょっぴり遅刻したんだけど、考えてみれば音楽会に遅刻したんじゃなくて良かった。レクチャーではザンダーさんがピアノを交えながら熱〜く復活を語ってくれました。内容は本やCDの解説なんかで知ってることなんだけど、ザンダーさんの熱い語りでとても楽しく聴けました。結構デフォルメした感じで弾き歌い(わりとへたくそ)していたので、かなり異形のマーラーを期待しました。演奏前に先日フィルハーモニアと一緒に仕事をしていたプロデューサーの方が亡くなったということで今日の演奏をその方に捧げるとおっしゃっていましたし。
が、それは見事に外れました。
意外にきちんとしたマーラー。見得を切ったり、緩急の差を極端に付けたりっていうデフォルメはなくて、どちらかというと速めのインテンポかな。さっきの弾き歌いとは大違い。だってさっきは主部は雷鳴のようにむちゃ激しく弾いて、第2主題はゆっくり弾いたんだもの。でも、教会でマーラーはきついな。音が響きすぎて、細かく分離しない。それにわたしは後ろの方の安い席で聴いていたので、直接音よりも間接音の方が多く聞こえて、お風呂でもわんもわんと響いてるみたいでした。オーケストラも弾きづらそうにしてました。第1楽章と第2楽章の間に長い間を取って(楽譜通りの5分以上の間という長さではなかったけど。この間に独唱者が出てきました。合唱は最初からステージです)始まったアンダンテ・モデラートは速めのテンポ。まさにダンスのリズムです。へ〜、こんな感じもありか〜って、たいていもうちょっとゆったりしてダンスのステップを踏むという感じにならないので、びっくりした〜。レクチャーではこの部分はルバートが大事とおっしゃっていたけど、めちゃくちゃなルバートかけ放題ではなく、ちゃんと控えめでした。ただひとつ残念だったのが、ダンスの軽いステップが、それを背景にチェロのレガートの対旋律が入ったときから緩くなってしまったこと。できたら、ダンスのリズムでずうっと通して欲しかったな。音楽の方向性が曖昧になっちゃったし、ダンスの方がわたしには新鮮で面白かったから。そういえば、ザンダーさんって音楽学者でもあったんでした。熱い語りから熱烈なアマチュアリズムの心を持った人だと思ってしまったけど、演奏はとても冷静でむしろあっさりとしていると言ってもいいくらい。中心になるスケルツォも過不足のないそんな演奏で、第4楽章もあっさり目。メゾソプラノのカーネウスさんの声も重心は低いけれど軽めで、もう少し深く哲学的に歌った方がいいのか、いや、天使の歌だから少し軽い方がいいのか、わたしも迷いました。ザンダーさんとフィルハーモニアはマーラーの交響曲を録音していってるので、このことはぜひCDが出たら確かめてみたいと思っています。教会の響きの中では正直よく分からなかったので。
最終楽章もそれまでと変わらず、もったりとしないでさらりと進めていきます。ステージ外のホルンが頭の上から聞こえたり、トランペットと打楽器のバンダが遠くで鳴ったり、ライブならではの面白さ。(でも、ほんとは逆かなぁ。トランペットが頭の上からでホルンが遠くからの方がいいかな。これは座った位置によるんですけど) 打楽器の壮大なクレッシェンドに続く行進曲の部分は壮大に盛り上がってわたしの好みにぴたり。ナイチンゲールが鳴いて静かに合唱が始まると、ここからはうって変わってゆっくり目のテンポ。それがとっても感動的で、今までの音楽設計はすべてこのときのために計算してたのかって思ったくらい。ここからは本当に感動的な音楽が展開していきます。そしていよいよ教会のオルガン。フォルテッシモでオルガンが入るんですが、その瞬間はもうびっくり。すべてがかき消されてしまいました。オルガンは教会の後ろに設置されていたので、わたしの席ではオルガンの音でオーケストラの音が吹き飛んでしまったのです。オルガンはずうっと鳴り続けているわけではないのでいいのですが。もう完全にはちゃめちゃな音響バランス。音楽的にはどうかと思うんですが(会場の問題で)、わたしにはこれがむしろツボ。マーラーってはちゃめちゃなところがいいなって思うんです。マーラーだって、最後まで独唱者を歌わせる(合唱に吸い込まれて聞こえないのに)書き方をしてるし、この曲には理知的ではない熱に浮かされた何かがあると思うんです。そしてそれがわたしにはとっても大切な部分。会場のせいで異形のマーラーだったけど、めちゃ感動できました。ただ、会場が寒かったのでボスからうつされていた風邪をこじらせてしまった。。。
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by zerbinetta | 2009-03-24 01:58 | フィルハーモニア | Comments(0)

頭で聴くマーラー   

berg: piano sonata, kommerkonzart
mahler: symphony no.9
mitsuko uchida (pf), christian tetzlaff (vn), esa-pakka salonen / po @royal festival hall


サロネンさんとフィルハーモニアによる夢の都市シリーズの3回目。マーラーの第9番が採り上げられます。そして今日は少し変則的。というのは始めが内田光子さんのソロでベルクのピアノソナタ。それから内田さん、テツラフさんのソロと管楽器オーケストラで室内協奏曲。そのあと休憩を挟んでマーラーです。
ピアノのソナタは初めて聴きます。オーケストラ編曲版はCDで聴き慣れているのでそちらがつい思い浮かぶのですが、ピアノで聴いても音が多彩で全くオーケストラと遜色のない表現。というより、ピアノの持つ硬質な打鍵や自在な表現の方がむしろ好ましい感じ。内田さんの音楽は、ベルクのソナタとステキに共感し合います。作品1なのにとっても完成度の高い音楽。ベルクらしい熱い情熱を十分に表現しつつ理知的に作品を構築していたと思います。スリリングな10分間。でも巨大な作品を聴いたという充実感も感じました。続く、室内協奏曲は少し肩の力を抜いた感じ。ヴァイオリンと共に協奏曲というより室内オーケストラの一部として機能していました。わたしには耳慣れない曲だけれども、20世紀の側からの世紀末音楽という感じで楽しめました。オーケストラも上手いし、マーラーへの期待が高まります。
休憩のあとは準備万端、マーラーの第9交響曲。だって、昨日は予習にと交響曲第1番のCDまで聴いていたんですよ。最初ものすごく緊張しますよね、弾くオーケストラも聴くわたしも。でも、そんな緊張をよそに始まったのは素晴らしいマーラー。わたしの好みからは少し快速テンポ、特にスコアにアレグロと書いてあるところはかなり速め、だったけど、音がほとばしるような熱い演奏。サロネンさんもめちゃくちゃ燃えてました。でも、素晴らしいのは、音がしっかりと整理されて、声部の絡み合いがものすごくクリア。オーケストラもアンサンブルが完璧で、しかもマーラーの音楽をよく知ってる。目立たない和音の伸ばしまで自発的に心憎いくらい音楽的に鳴らしていました。クライマックスは「最高の力を持って」のティンパニ強打とトロンボーンの強奏。アンサンブルが完璧なので音がすべてエネルギーとなってわたしの、わたしの青春を打ちのめす。ああわたしの青春。失われたもの。いえこれは過去への訣別。最後はほんとに心にしみますよね。渇いた心に潤んだ音が。フルートのソロとホルンの和音。音楽を聴く中でもっとも大好きな瞬間のひとつです。第2楽章はうって変わって走馬燈のように生の愉しみが。ここでもサロネンさんの指揮が冴えわたる。サロネンさんが見せてくれたのは、精緻な音楽。この曲ってものすごく対位法的だったのね。第4番の第2楽章と同様にバッハが一挺のヴァイオリンのみでフーガを書いたように、各楽器の入りだけで対位法的な表現を実現させているマーラーの巧妙な作曲を目の当たりに見せてくれました。それぞれに入りをさらりと強調して。同じような方法はアバドさんとベルリンフィルの交響曲第4番のCDでも聴かれたけど、生で聴くとますます面白い。そういえばこの曲と第4番の第2楽章って似てますよね。お終いの方でグロッケンが入ると第3楽章を予感させたりして、新しい発見盛りだくさん。知的刺激に溢れた演奏です。ブルレスケは、あっさりとさりげなく始まったんですよ。知的路線そのままに。もっとはっちゃけるかなぁと思ったんですが、とにかくクリア、旋律線がすべて見えるよう。もちろん小クラリネットはすっとぼけてるんだけど、それもピースのうち。錯綜する音楽は透明なガラスのキャンバスに描かれた色彩豊かな線画のよう。でも、最後はアンサンブルを乱すことなくはっちゃけてくれました。最後の楽章も同じ路線。クリアに絡み合う旋律線。でも、アクセントの付け方がとってもステキで、一音一音強調したり、だらだらとスラーでつなげずにわざと弓を弦から離してフレーズを作ってみたりものすごく工夫が凝らしてありました。サロネンさんの解釈は完璧に20世紀のマーラー。マーラーからシェーンベルク、ベルクをつなげて考えるこの音楽会シリーズの趣旨にぴったりだし、ものすごく知的好奇心に駆られる心より頭に響く演奏。フィルハーモニアの透明で寒色系の音色もその音楽の方向にぴったりでした。だから、最後も涙なしで静かに終わっていきました。だってそこにあるのは未来だもの。未来への希望を見せられて涙流せる?最後は音が消えてからサロネンさんがゆっくりと手を下ろしていって、15秒くらいの静寂の後に拍手。わたしは拍手はもっと早くてもいいなと思いました。だって、今回の演奏は長い静寂を求めてなかったから。ブレーズさんだったら、さっさと手を下ろしてしまうかもしれませんね(ブルックナーの交響曲第9番の最後ではそうしていた)。それにしてもマーラーって面白い。同じ曲なのに、生への永訣を表現できたり未来を見通せたり。言葉を換えれば19世紀への終曲であったり20世紀への前奏曲であったり。もちろんサロネンさんのは後者。そして前に聴いたガッティさんのは前者。正直にわたしが感動したのはガッティさんの方だったけど、それは今のわたしの気持ちが過去への憧憬を求めていたからで、今日のサロネンさんの演奏の価値を貶めるものでは少しもありません。むしろわたしは今日のような演奏を何回も聴いて音楽を考えたいなって思います。この演奏がCDになってくれたらいいな(このシリーズの音楽会はマイクがたくさん立っていて録音されてます)。
そうそう、今日もホルンの主席は若い女の人でした。客演主席。あとで調べたらこの方、バーミンガム市交響楽団の主席の方でした。バーミンガム市交響楽団は素晴らしいホルン奏者を持ってるんだなぁ。いいなぁ。
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by zerbinetta | 2009-03-22 07:27 | フィルハーモニア | Comments(2)

透明すぎる死   

mahler: adagio from symphony no.10
strauss: four last songs
strauss: death and transfiguration
christine brewer (sp), leif segerstam / lso @barbican hall


ロンドン・シンフォニーの今シーズンのシリーズのひとつはlast words。それにしても今日のプログラムはそれにふさわしい。マーラーの最後のアダージョに、シュトラウスの美しい最後の4つの歌、そして死と変容。もういつ死んでもいいわ。なぁんてウソ。今日はシュトラウスの死と変容が聴きたかったんです。わたし、この曲好きなのにまだ生で聴いたことなかったから。アナウンスされてた指揮者がキャンセルになって、代わりにセーゲルスタムさん。ちょっとラッキーかも。
さて、マーラーの交響曲第10番の第1楽章になるはずだったアダージョ。マーラーが書いたままの未完成の楽章。一応スコアになってるとは言え、オーケストレイションが完成されてるとは言えず、音的にすかすかという印象があります。最近いくつか出てる全曲版(第1楽章もマーラーが書いたものに補完が加えられています)をよく聴いてるので、ますますその思いが強いのです。ロマンティックにマーラーが書いた音楽を膨らませて演奏する様式の演奏だったらスコアの欠点も多少補えると思うのだけど、スコアに忠実に対抗旋律なんかも対等に聞こえるように演奏する最近の演奏をすると、その対抗旋律がまだスコアに書き込まれていない部分もある単楽章版では物足りないんです。セーゲルスタムさんの演奏を聴いてますますそんな感じがしました。
セーゲルスタムさんは、ゆったりしたテンポで巨大に音楽を創っていく指揮者だと思うのだけど、楽譜の音符をニュートラルに音にしていく、透明感のある音楽を作っていく行き方は、どうでしょう、黄昏時の混濁のある音で書かれたシュトラウスの音楽にはすっきり割り切りすぎのような気がします。シュトラウスにはよく分からない曖昧な部分が残っていた方が音楽が豊かに聞こえると思うんです。彼の死と変容はなんか明るい日差しの中、病院の白いベッドの上で若い娘が突然清楚なまま死んでいくという感じに聞こえて、老人が意識の混濁の中で人生を回想しつつ黄昏色に染まった畳の部屋の布団でいつの間にか息を引き取っている、というわたしの頭の中に刷り込まれてる音とはちょっと違っていて残念でした。わたしの死と変容は古いけど、フルトヴェングラーさんがウィーンフィルを指揮した録音の演奏なんです。この感じ分かってもらえるかしら。
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by zerbinetta | 2009-01-25 06:50 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

神が降りてきた   

mahler: symphony no.9
daniele gatti / rpo @royal festival hall


ダニエル・ガッティさんとロイヤルフィル。実はガッティさんって独特の間の区切り方をするのでちょびっと苦手だったりもします。ハイドンの交響曲第104番もアナウンスされていたので長い音楽会になるんだな〜って思っていたら、マーラーの第9番だけになっていました。わたしの中で番号最大交響曲ブームだったのでちょっと残念、ちょっとほっ。ただ、いきなりマーラーの交響曲だったので、早めに会場に着いて気持ちの準備はしていたつもりだったのに、第1楽章はなんだか分からないうちに進んでいきました。席がオーケストラの後ろだったので(ここで聴くのが好きなんです)、絶大に鳴らされた金管に隠れて弦楽器が聞こえづらかったのかもしれない。複雑に絡み合う音楽なので何が何だか分からなくなってたのかもしれない。ガッティさんの演奏はメロディ重視ではなく、スコアに書かれた音を対等に扱うタイプの演奏だというのも一因かもしれない。もしくはオーケストラに荒さがちょっとあって細かなことが気になってしまったからかもしれない。でも一番はあまりにも久しぶりにこの曲を耳にするわたしの準備不足でしょう。このままずるずる行っちゃうのかな、と思った矢先、第2楽章を始める前に見せたガッティさんの笑顔ですべてが変わった。あっこれは愉しい音楽かな、と思ったとおり、ガッティさんは第2楽章をとても愉しそうに奏でました。音楽がとても生き生きとして、さっきまでのもやもやが嘘のように晴れて、もしかしたらこの交響曲の白眉は第2楽章じゃないかなと思うぐらいにステキに。複雑な音の絡み合い、お互いに刺激しあって細かな対位法を作っていく。なんという豊かな音楽、演奏なんでしょう。わたしはこの音楽だけで十分幸せな気持ちにさせられました。客席の空気も音楽に吸い込まれていくのがよく分かる。会場がひとつのものになる。一度ついた勢いは止まるものではありません。次の第3楽章もオーケストラを見事に鳴らして、オーケストラをきっちりコントロールしながら複雑な音楽が明快に展開していく。ガッティさんの指揮は細かな表現まできっちり指示したり、途中で指揮を止めてオーケストラに自主性と緊張を誘起したりとそれは見事。そしてそれはフィナーレの大きな流れになって結実するのです。大河のようにゆっくりと自然に流れる音楽。中間の弦楽器で蕩々と盛り上がるところは一段とテンポを落としてクライマックスに向かっていく。そして最後は本当に消え入るように。。。これは音楽会ではない。何か宗教的な儀式のよう。わたしには最後に彼岸の扉が開いたのが確かに見えました。生と死は連続してつながっている。ゆっくりとした歩みの中いつの間にか神に手を取られるのが死なのかな。心が透明な何かに満たされた充実した清廉な死。もしくは終わり。しばらく放心して席から立ち上がることができませんでした。
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by zerbinetta | 2009-01-14 21:12 | ロイヤル・フィルハーモニック | Comments(0)

恋人たちのクリスマス前夜   

mahler: symphony no.10 adagio
wagner: tristan and isolde, act 2
anja kampe, robert dean smith, sarah connolly, laszlo polgar, stephen gadd,
vladimir jurowski / lpo @royal festival hall


大好きな大好きなトリスタンとイゾルデ。その中でも第2幕の愛の場面。最後はマルケ王が出てきてすべてぶち壊しになることも、マルケの朗唱が辛気くさくて苦手だってことを知っていてもしょうがないですよね、出てきちゃうんですもの。わたしとしてはできたらマルケは出てこなくてそのまま愛の死の最後につなげて欲しいくらいだけど。というわけで、LPOの音楽会に行ってきました。最初はマーラーの交響曲第10番のアダージョ。クックによる全曲版はわたしにとってマーラーの交響曲の中でも特別な存在。今日は残念ながらマーラーの残したアダージョだけだけど期待むんむん。初めて聴くんです、多分。でもね、わたし的にはいまいちしっくりこなかったです。LPOってテンシュテットさんとマーラーはよく演奏してたはずなのに(そういう伝統ってオーケストラの大事な財産だと思うのよ)、あまりそれが感じられませんでした。もしかしてユロウスキさんはこういう曲苦手? 音楽が旋律中心にまとめられちゃった感じがして、マーラーが書いたいろんな仕掛けや主旋律の近くで絡まる対旋律の妙がよく聞こえてこなかったのが残念。そうなるとこの曲って妙に薄っぺらく聞こえるのよね。
でも、トリスタンの方は良かったです(演奏会形式)。イゾルデ役のカンペさんは前にワシントンオペラでジークリンデを歌ったのを聴いてとっても良かったのを覚えているので期待してたんだけど期待通り。ワグナーを歌うには軽めかなとも思うんだけど、イゾルデもジークリンデも女傑って言う訳じゃないし、力で押しつけるより軽やかさがあった方が好き。声量も十分というか、完全にトリスタンを圧倒してました。なので、主役の二人は完全にイゾルデペース。釣り合いがとれなかったのが残念です(これ難しいんですけどね)。一番良かったのはオーケストラ。引いては押し寄せる波のように実に上手に音楽を作っていました。さっきのマーラーが嘘のよう(マーラーの方は音楽が薄く書かれているのでかなり実力がないとぼろが出るんだけど)。トリスタンの音楽って2幕は特に押したり引いたりの出し入れが大事って思うのよね。だってエッチしてる場面なんですもの。押すだけのセックスじゃ味気ないでしょ。昼間の建前の仮面を脱ぎ捨てたあとの裸になった夜の情景の音楽は最高に官能的。何回かエクスタシーに達してそしてこれから。。。せっかくいいところなのにマルケが出てきて台無し。というか本来はトリスタンこそが間男なんだけどね。でも、マルケを歌ったポルガーさんは最後の方でちょっとよれったけどとても良かったです。わたしは空気読めよって心の中でぶつぶつ言いながら聴いていたんですけど。
それにしても今日はクリスマスパーティーの集中日だったのかな(クリスマスの前後はお休みになるので皆さん実家に帰ります(クリスマスは基本的に家族で過ごす日))。カップルいっぱい。前の席のカップルも二人でいちゃいちゃ、チューブの中もカップル多し。愛の場面を聴いて、ひとりで寂しかったぁ。マルケでいいから忍んでこないかなぁ。そしたら玉の輿っ。はあと
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by zerbinetta | 2008-12-13 20:56 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

きれいすぎるって青春じゃないよ   

beethoven: violin concerto
mahler: symphony no.1
janine jansen (vn), charles dutoit / philharmonia o @royal festival hall


マーラーの交響曲第1番はわたしが中学高校生時代にとてもたくさん聴いた、青春の思い出がいっぱい詰まった曲です。音楽と思い出を安易に結びつけるのは良くないとは思うんだけど、マーラーの音楽自身もまさしく彼の疾風怒濤の青春時代を謳ってるんじゃないかしら。作曲されたのは20代後半なので青春という言葉が違っていたら若者時代。根拠のない自信でむやみに尖っていて内にも外にも不満を抱えて、些細なことも重大に感じて、いつもやたらめったら走っていた。現実より夢がむやみに大きく、そして恋もまだ甘く酸っぱくて。そんな時代がわたしもあった。そしてそれはマーラーのこの交響曲にぴたりとリンクしる。そんな時代が過ぎてしまったわたしにとって、この曲は美しい過去を思い出す起爆装置でもあり、まだ熱く燃えるものを心の中に秘めていることを確認できる大切な音楽なのです。この曲は聴くたびにそんな化学変化を心に引き起こすのでどんな演奏でも泣いてしまう。そして今日も泣いた。確かにそうなんだけど、でも満たされない気持ちも残ったのは事実です。第1楽章はとってもきれいにのどかな春の気分を表出してステキ〜って思ったんだけど、夢のようにきれいすぎて何だかほんとに夢を見ているよう。心穏やかに感情の起伏もなく過去を懐かしんでる。青春のとげとげしさも抱えていた不満も負のエネルギーもみんな平坦化してもはや揺れるものがない感じ。それは疾風怒濤の第4楽章でも同じで、夢見るような第2主題のとろけるような美しさは特出ものだけれども、全体が形が整いすぎてて、燃えるものが心にわき上がってこないの。もっともっとはちゃめちゃに演奏して欲しい。CDの録音じゃないんだから。老齢の大家の音楽ではない、もっとアグレッシヴで触れれば火傷するくらい熱くて尖ってる音楽をマーラーは書こうとしたんだから。
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by zerbinetta | 2008-11-25 19:53 | フィルハーモニア | Comments(0)