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カオスのエロス 大友/群響 トゥランガリーラ   

2016年3月20日 @すみだトリフォニー

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
メシアン:トゥランガリーラ交響曲

児玉桃(ピアノ)、原田節(オンド・マルトノ)
大友直人/群馬交響楽団


群馬交響楽団、しばしば練馬交響楽団と間違えるんだけど、前に一度聴いたし(しっかりした地方オーケストラの印象。地方のレヴェルもすごく上がっていますね)、わたしには縁のない土地だし(わたしは地元優先主義)、今年はいいか~と思って、チケット割引のお知らせを放っておいてたのだけど、トゥランガリーラをやると聞いて俄然興奮。悔しいかな割引のお知らせは捨てちゃったので、定価でチケットを買って聴いてきました。群馬交響楽団、年に2回東京公演を行ってるみたいですね。

「牧神の午後への前奏曲」は、柔らかな白昼夢の中にいるような演奏。刺々しいドビュッシーの批評集を読むと、彼の新しい音楽がそんな音楽を指向していないことは明らかだと思うのだけど、時代は変わって、時を経て多様な聴き方ができるようになった古典。大友さんの、分かりやすい、クラシック音楽に馴染みがない人の耳にもすうっと入ってくる音楽は、クラシック音楽の裾野を広げるのに、とっても価値のあることだと思います。オーケストラも曇りのない明るい音でゆらゆらと白昼夢。

メシアンの大作「トゥランガリーラ」は、オーケストラがここまでやれるぞ、とアピールするような選曲かも。で、実際なかなかやるなって思ったんですけど。演奏するには確かに複雑で、難しい曲ではあると思うんだけど、Jポップだってポリリズムやら、複雑な踊りやら、やたらと難しくなってる昨今、「トゥランガリーラ」もビートに乗って演奏できるんですね。結構ポップなノリのリズム感で、すいすいと危なげない。それに、何だか、もはや現代音楽には聴かせない、みたいな感じで、おおお、「トゥランガリーラ」ってこんなにも分かりやすい、きれいな音楽かって思えました。ここにも大友さんらしさが出ていたんじゃないかしら。幅広くいろんな音楽を分け隔てなく演奏している大友さんならではのポップな音の饗宴を楽しむ「トゥランガリーラ」になっていました。今の人には絶対、ベートーヴェンやブラームスより近づきやすいし、感覚的にストンと腑に落ちるんじゃないかしら。一方で、音が混じってヴィヴィッドな色合いよりも中間色的なふんわり感が(それこそが大友さんの特徴なのかな)出てしまったのが、尖った音楽好きのわたしにはちょっと物足りませんでした。
原田さんのオンド・マルトノ音は、わたしの席からはあまり聞こえなかったです(指向性のあるスピーカーを通しちゃうのでどうしても席によって聞こえ方が違っちゃう)。もしかすると、大友さんの意図がオンド・マルトノもオーケストラの楽器の一部として全体の音色を作る方にあったのかもしれませんが。
超素晴らしかったのは、ピアノの桃さん。がんがんと確信を持って弾く引きっぷりが良かったし、「愛と眠りの園」の機械仕掛けの鳥の囀りを微妙にルバート(アドリブ)かけて弾いていたのが、わたし的には完全にツボ。桃さんメシアン弾きですよね。もっと聴きたい。

あと全然関係ないけど、時事的に、大太鼓のマレットのフェルトがふんわりとゆるんでて風になびくトランプさんのカツラ(?)のようで、ずっと可笑しかったです。

愛をしっかり充填してきたんだけど、メシアンのエロス、どんな愛だったんだろう。「トゥランガリーラ」を聴きながらことに及んだらどんなすんごいxxxドラッグ系?アクロバティック?野獣?性の喜びの解き放たれたカオス。


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by zerbinetta | 2016-03-20 09:39 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

メシアンへの愛と遙かなる青春の染み priem wind ensemble   

2013年2月3日 @かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール

バッハ/シェーンベルク/隠岐徹:前奏曲とフーガ(BWV552)よりフーガ
一柳慧:poem rhythmic for wind ensemble
メシアン:異国の鳥たち
寺井尚行:thread for wind orchestra
ドビュッシー/佐藤正人:海ー管弦楽のための3つの交響的素描

近藤麻美(ピアノ)
隠岐徹/priem wind ensemble


吹奏楽の音楽会に行ってきました。アマチュアの団体なのでここに載せるのはどうしようかなと思ったのだけど、素晴らしかったし、無料の音楽会ではないので書くことにしました。

吹奏楽の音楽会に行ってきました。聴き始めたとたん涙が出たのは、高校の吹奏楽部の音楽会に好きだったホルン吹きの人を観に行って以来という、忘れていた酸っぱさをうっかり思い出してしまったからかなぁ。わが青春の染み。吹奏楽にはオーケストラにはない独特の音色があるのですね。それがじーんときてしまった。最初のフーガを聴いたときには、それほど上手い団体だとは思わなかったんだけどね。なんか恐る恐る音を出しているところもあったような感じで、上手く吹かなきゃっていう音が聞こえました。
一柳慧さん(オノヨーコさんと一時結婚してらしたのね)の曲は、もっと現代音楽っぽいのを予想してたら、分かりやすい音楽だったのでちょっと肩すかし。吹奏楽の曲って、最近書かれ続けてる音楽でも,分かりやすい音楽が多いですね。演奏団体がアマチュアが多いからかしら。そこがちょっと、クラヲタ、プチ・コンテンポラリー音楽好きのわたしには不満なところ。オーケストラや弦楽アンサンブルの音楽と肩を並べる作品が少ないように思えるんですね。クラヲタさんと吹奏楽ファンの間には飛び越えられない溝がありそうだし。管楽合奏を弦楽合奏が中心になるオーケストラのように扱ってしまうのが良くないのかしらね〜。クラシック作曲家の中にもモーツァルトやシュトラウスとか管楽合奏のための曲を書いた人はいるけど、あまり吹奏楽の音楽会では採り上げられないし。あっホルストはわりとよく演奏されるのかな。

という、もやもやを晴らすようにメシアンの「異国の鳥たち」。そう言えば,メシアンにも管打アンサンブルの曲いくつかありますね。ピアノは近藤麻美さん。わたしもメシアン大好きですけど、このアンサンブルのメシアン大好きっぷりも半端ない。ウェブ・サイトには、特集ペイジまであって、なんと!出てくる鳥の姿と鳴き声が見聞きできる!(外部リンク) この曲をやろうという意気込みが感じられます。演奏も、技術的に難しい曲だと思うけど、かなり練習したのでしょう、音にする以上のものが聞こえてきました。もちろんアマチュアだから完璧とまでは言えないものの、メシアン愛を楽しめました♡最後が3拍子になっていたのがちょっともったいなかったけどね(ぐびっ。細かい。メシアン愛ライヴァル意識丸出し)

休憩の後は、寺井尚行さんの「thread」という曲です。今日は何故か日本人作曲家の作品名が英語で、外国の作曲家の作品が日本語訳で曲名が付いていたのが面白いです。調性がないようであって,メロディがないようであって、リズミックで,とっつきにくそうに見えて分かりやすいツンデレタイプの曲。すぽんと終わってしまって余韻が残る。小太鼓かっこいいよね。

最後のドビュッシーはほんとびっくりした。こんな繊細な曲、吹奏楽に編曲したらどうなるんだって思ったら、めちゃくちゃいいじゃない。これはとても良い編曲。オーケストラとは音色が変わってるけど、海の景色はちゃんとそのまま。ちゃんと、ドビュッシーの香り。さいごはもうちょっと、はっちゃけて欲しかったけど、ここまで緻密な演奏を成し遂げた演奏者たちに大拍手。学校のクラブでもない、プロを目指すアマチュアでもない、社会人のアマチュアのサークルでここまでできるとは。ひとりひとりが音楽が好きで,練習が好きで、目標がはっきりしていて,優れた指導者にも恵まれているのでしょう。なんだかとっても羨ましくなっちゃった。わたしも楽器ができれば、こんな仲間と音楽したかったな。

priem wind ensembleの演奏、ウェブ・サイト(youtubeへリンク)から聴くことができます。次の音楽会の情報はまだないのだけど、ぜひまた聴きに行ってみたいです。
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by zerbinetta | 2013-02-03 22:22 | 吹奏楽 | Comments(2)

第1楽章の呪詛からの解放! シャイー、ゲヴァントハウス・オーケストラ マーラー6   

2.9.2012 @royal albert hall

messiaen: et exspecto resurrectionem mortuorum
mahler: symphony no. 6

riccardo chailly / leipzig gewanthaus orchestra


シャイーさんとゲヴァントハウス・オーケストラの第2夜は、メシアンとマーラー。マーラーの交響曲第6番は大きな作品だから、それ1曲だけで良さそうだけど、その前に、管楽器と打楽器で、メシアンの「われ死者の復活を待ち望む」です。メシアン・フェチの癖して、フランス語のタイトルが覚えられなくて、聴いたことある曲かしらと思ったのだけど、編成を見て思い出した。去年、ラトルさんとロンドン・シンフォニーで聴いたことのある曲でした。大きな銅鑼がトレードマーク。昨日も目立っていた、フルートの美人さんが、管楽セクションのリーダーなんですね。音合わせを指示してました。
実は、わたし、メシアン好きの癖に、ああ、この曲余計だわ、なんて不遜なこと思ってました。だって、この曲とマーラーの大曲じゃ金管楽器死んじゃうもん。メシアンで力が尽きて、マーラーではへろへろになっちゃうんじゃないかって心配になったのでした。実はそれには前例があって、アバドさんとベルリン・フィルの音楽会で、マーラーの交響曲第9番の前に、ノーノのプロメテウスを演ったとき、ノーノで(精神的に)疲れ切って、マーラーの前半はちょっと普通の演奏になってしまったのを目の当たりに聴いてしまったんです。今回は精神的ではなく肉体的な心配ですけど。
ラトルさんの演奏がまだ記憶の隅に残ってたので、聞き比べたんだけど、かなり違ってました。シャイーさんの演奏は、曲と曲の間に少し長い間を取った、それだけが理由ではないと思うのだけど、余白の大きな演奏。音が減衰していくのを待ってから次の音を出しているからかなぁ。音の後ろに大きな空間が広がっている感じ。そして、その大きな存在にどうしても心が吸いこまれる。でも、それが宗教的とかではなくて、むしろ、実体として在る空間的な広がりをオーケストラの後ろに感じるんです。何だか不思議な体験。オーケストラの音色が渋めに揃っていて、モノトーンに聞こえるんだけど、でもよく聴くと、音の混ざり具合、グラディエイションが多彩で、しっとりとカラフル。

マーラーの交響曲第6番は、予想外に速めのテンポで始まりました。シャイーさんの振る同曲は、ロイヤル・コンセルトヘボウとの録音をずっと前に聴いたことがあって、それとはまるっきり違う音楽です。今回のは全体的にかなり速め。CDの演奏では、第1楽章なんてかなり遅い部類だったと記憶してるんですけど、今日はびっくりするくらい速め、というか凄い推進力。時間を計ると多分、標準的な速さかもしれないけど、予想外でした。ガシガシしているけど、決して重くならずに、重心は高く前に前に進んでいく感じ。でも、こせこせしているわけではなく、納得のテンポ。異様さはないけど、力のこもった素晴らしい演奏。オーケストラもとっても上手く、何より、音色がステキ。つるつるとしてないところが、この音楽に合ってる。シャイーさんの目も、細かなところまで行き届いていて、どの音をとってもきっちりと大きな音楽の中に収まってるし、集中度の高さは素晴らしい。あんなにダイナミックにぐいぐいと指揮されたら、そりゃあオーケストラはついていくしかないよ。いや憑いているかな。
第2楽章は、アンダンテ。さらさらと静かに流れる、淀みのない音楽。つるりとした人工的なところがなくて、とっても素朴で、でもそんなところが飾らない自然みたいでステキ。ホルンやオーボエの音色もわたしの好みにピタリなのも佳。シャイーさんの音楽は全体に、余分な感情や慟哭は控え目で、透き通った秋空みたいな爽やかな空気に満たされてるんだけど、それが狂わんばかりの闘争や悲劇をこの曲に求める人には物足りないと思わせるところかもしれない。でもわたしは、哀しみを浄化していくようなこのマーラーの交響曲第6番が好き。「悲劇的」なんて勝手なタイトルがついたりしていることがあるけど、泣き叫ぶことばかりが悲劇の表現じゃないし。

びっくりして膝を打ったのが第3楽章のスケルツォ。うわ!速い!!第1楽章とこのスケルツォの近親性がよく言われるけど(実際マーラーもそれを心配してたしね)、テンポを極端に変えることによって、第1楽章とは全く別の音楽になってる。この楽章が初めて第1楽章の呪縛から解かれた瞬間。ステキすぎる!あとでラジオでシャイーさんのインタヴュウを聞いたら、まさしくこの点について語ってた。第3楽章に置かれて、アンダンテを挟んだことで、独立した楽章になったスケルツォ。この解釈は慧眼だわ。もうこれを聴いただけで、わたしはスキップして踊り出したいほど。音楽の見方が変わった瞬間。
フィナーレもすらすらとテンポ良く勢いを持って進んでいく。本当に美しい音楽。悲しさっていろいろあると思う。わたしがこの曲と本当の意味で出逢ったのは、高校生の最後の頃。病気をして、死生を彷徨ったわけではないけど、長くは生きられないのかもしれないとぼんやりと絶望してた(死に対して現実感がありませんでした)ときに、この曲を病院のベッドで何回も聴いたのです。涙が溢れて。でも、不思議に絶望ではありませんでした。この曲は、闘いの末、最後は暗く終わるけど、わたしはそこに絶望を感じません。もちろん、心がぽっと明るくなるわけではないけれども、希望の小さなかけらがあるように思えるんです。シャイーさんの演奏は、それを強く感じさせました。この曲って、楽譜どおり丁寧に弾くと、心の中にある濁った哀しみを浄化して透明な涙に流してくれるような気がします。それはわたしだけの特別な感覚かもしれないけど、でも、シャイーさんのマーラーは哀しみの中にも凛とすっきりと明るいものがあるように思えます。

シャイーさんの音楽の充実ぶりは尋常ではありませんでした。20年の時を経て全く姿が変わったように深化した音楽。一見ガシガシと前のめりになるような勢いのある音楽だけど、それでいて、細かいところまでとても丁寧。オーケストラの音色のパレットを混ぜてカラフルな色彩を作るマジックは健在で、特に木管楽器の音色の混ぜ方がステキでした。見た目的にもワクワクするようなハンマーも、ずどんとお腹に来るような音で、やっぱりあれは視覚の効果と相まって思いっきり音楽を演出しますね。シャイーさんとゲヴァントハウスのマーラー、ぜひもっと聴きたいです。

目を見張るハンマー
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充実したシャイーさんの笑顔
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by zerbinetta | 2012-09-02 01:27 | 海外オーケストラ | Comments(2)

若いエキスをいっぱい浴びて ペトレンコ、ナショナル・ユース・オーケストラ「トゥランガリーラ」   

4.8.2012 @royal albert hall

varèse: tuning up
nico muhly: gait
messiaen: turangalîla symphony
anna meredith: handsfree

cynthia millar (om), joanna macgregor (pf)
vasily petrenko / national youth orchestra of great britain


トゥランガリーラ・シンフォニーを演るとあれば聴きに行かないわけにはいきません。と、最初の頃は思ってたけど、さすが20世紀のモニュメンタルな大作。意外と演奏機会が多くて、かれこれもう8回目くらい(?)。ブルックナーの交響曲第8番だってまだ3回か4回しか聴いてないので、その多さが際だってますよね。そして今日は、高校生クラスの若者のオーケストラ(メンバーは13歳から19歳、16、17歳が中心です)が演奏するのです。若者だからと言って侮ってはいけません。イギリス全土から集まった、多分将来音楽家になっていく子供たちだし、去年聴いたマーラー/クックの交響曲第10番の演奏が、アマチュアのレヴェルを遙かに超える素晴らしい演奏だったのでとっても期待してたのです。ペトレンコさんも、徹底的にオーケストラを鍛え上げてるふうなのが音に出てるし。それにしても高校生のオーケストラがメシアンを弾く時代が来たなんて。びっくり。でも、技術的にできていれば感覚的には同時代の音楽なのでかえって演奏しやすいのかもしれません。

始まりは、ヴァレーズの「チューニング・アップ」。この曲は前に聴いたことがあるので、何が起こるのか分かっていたから混乱なし。いつまでもチューニングしてるんですよね。茶々を入れつつ。そして今日はそれに小芝居付き。原曲は多分、小芝居は付いてないと思うのだけど、今日のは、チョウ・ウェンチュンさんが手を入れたヴァージョンです。小芝居の部分は大人がやるとちょっとしらけちゃうけど、高校生ならではな感じの、何だか学園もののテレビ・ドラマを観ている感じ。最後の方でペトレンコさんも登場して小芝居。そして、お客さんまでAの音を歌ってチューニング。うむむ、なかなか楽しい♪

2つめは「チューニング」の余韻もさめやらぬまま、ニコ・ミューリーさんの「ゲイト」という新作。ミューリーさんのお名前、どこかで聴いたことあると思ったら、ついこないだのロイヤル・バレエの「ティシャン」の最初の音楽が、彼の作曲だったんですね。ジョン・アダムズっぽいミニマル風な音楽。ミニマルは苦手だけど、アダムズさんは許せるので、この曲も新しさはさほど感じなかったけど、楽しめましたよ。何だか景色が走馬燈のように駆け抜けていく感じで、あとでプログラムを見たら動物たちの走る様子に音楽がインスパイアされているそうで、ああなるほどって思いました。

休憩のあとはいよいよトゥランガリーラ、ピアノとオンド・マルトノは去年ゲルギーとロンドン・シンフォニーで聴いたマグレガーさんとミラーさんのコンビ。ペトレンコさんのトゥランガリーラはわりと遅めのテンポ。特に、盛り上がる第5楽章「星たちの血の喜び」がゆっくりとしてました。わたしはこれは狂喜乱舞して弾けちゃってるのが好きなので、どっしりと構えたペトレンコさん演奏はわたしの好みではなかったけど、全体的には若さの火花がスパークしてカラフルで溌剌として、若さゆえの自信や野望が音楽の中に含まれている気がして、爽やかな青い気持ちを味わいました。ふたりのソリストが、オーケストラを煽って引っ張っていたのも印象的です。最後のフェルマータは、短く終わったけど(さすがにあれを伸ばし続ける体力は高校生にはまだないかな)、すかっと終わってかえって気持ちよかった。30代のメシアンだってこの曲にたくさんの音と共に野望をたくさん詰め込んでるものね。

そしてなんと!トゥランガリーラのあとにもう1曲。普通、このあと、アンコールだってないでしょ。ちょっとむむむな気分で見ていたら、ペトレンコさんが、リーダーの少年(!)のヴァイオリンをひったくるようにしてステージを降りて、なんと!!指揮者なし、楽器なしの音楽が始まったのです。アンナ・メアディスさんの「ハンズ・フリー」は、拍手の音楽。楽器は拍手と(若干の)声のみ。それが、リズムを変えたり強弱を付けたり、オーケストレイションもされてて、そして振り付けも(振り付けはデヴィッド・オグルさん)、音が立体的に聞こえてきて、実にステキ。これは初めて味わうびっくりするような音楽体験でした。

なんか若いエキスをしっかり浴びてわたしもちょっぴり若返ったようです。え〜え〜気のせいですとも。

ペトレンコさん、そんなに目を見開かなくても!
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相変わらず年齢不詳のマグレガーさん
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演奏しているじゃなかった拍手しているメアディスさん(女性)と(多分)オグルさん
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by zerbinetta | 2012-08-04 07:31 | イギリスのオーケストラ | Comments(0)

愛の暴力的なセックス ロバートソン、BBC交響楽団 「トゥランガリーラ交響曲」   

05.11.2011 @barbican hall

stravinsky: symphony of psalms
messiaen: turangalila symphony

cynthia millar (om), nicolas hodges (pf)
david robertson / bbcsc, bbcso


もちろん!メシアン大好きなので、メシアンがかかればほいほいと聴きに行っちゃうわたしです。トゥランガリーラはロンドンでは2度目。会場に着いて席を探していたら、会場の係の方がするすると寄ってきて、「今日のプログラムの曲はとっても大音量で、ここスピーカーの前だから」云々と、後ろの方の席のチケットに「もし良かったら」と言って換えてくれました。替わった席の方が良い席なのでラッキー。見てたら、前の方に座る人みんなに声をかけていました。それでもそのまま座る強者もいて。まあスピーカーの真ん前からは動いたけど。そして前の人には多分、わたしはもらっていないので確かなことは言えないけど、耳栓配ってた。打楽器や金管楽器の目の前の演奏者が耳栓することはあるけどね、お客さんには初めて見た。

最初は詩篇交響曲。この曲はうるさくないです。合唱とオーケストラは管楽器は多いけど、ヴァイオリンとヴィオラが入りません。この曲聴くの3回目なんですが良い曲なんですよ〜。今日は合唱も上手かったし、ロバートソンさんの演奏はちょっととんがってるところもあって、結構現代的な響きに聞こえるのね。ゲルギーのときは、ロンドン・シンフォニーの音の柔らかさと相まって意外とソフトタッチだったのに対して今日は少し鋭角的でした。でもやっぱり、この曲にはじんわりと感動。

そして休憩のあとは大好きな大好きなトゥランガリーラ。はちゃめちゃな愛の歌。現代曲得意のロバートソンさん、いったいどんな演奏になるんでしょう。ピアノは、ホッジスさん、オンド・マルトノにはミラーさんです。ミラーさんは何回も聴いたことがありますが(わたしが聴いたトゥランガリーラの半分以上はミラーさんが弾いてたり)、ホッジスさんは初めてです。なんだか学者のような風貌。
始まってびっくり。以外と速いテンポ。元気良く飛び出すピアノ。こんなテンポでピアノ弾き通すんだ。そして、オンド・マルトノのグリッサンドで引き出される、トロンボーンを中心にした金管楽器の主題、確か彫像主題と言うんですよね?、音の長さが4分音符感覚で速い。わたしの好みは、もうちょっとゆっくり伸ばして欲しいんですけど、ロバートソンさんと多分、ピアノのホッジスさんの意向も入っているんだと思う、の演奏はとにかく元気、速め、そして凶暴。息を継ぐまもなく次から次と音楽が溢れてくる。しかもこの曲、メシアンがこれでもかと言うほど音符を詰めてるし、もう超高密度。正直言うと、例えばわたしはもうちょっと柔らかな演奏、例えば、ペルソナージュ・リトミックがきれいに聴き取れる演奏、きらきらと万華鏡を見るようにきれいな演奏、が好きなんだけど、だから、完全にわたしの好みを離れてる。せっかちすぎない?と最初もたもたとついていけなかったのに、なんだか無理矢理引き倒されてしまった。

トゥランガリーラは愛の歌。愛の音楽。深いカトリックの信仰を持つメシアンのことだから、この愛は神の愛、と言いたいところだけど、わたしには絶対もっとどろどろした根源的な愛に感じる。この曲、トリスタン3部作のひとつだし、ワグナーの「トリスタンとイゾルデ」の主題が引用されていることから、官能的な愛の音楽であることには間違いないと思う。愛って全部含むよね。もちろんセックスも。愛のないセックスは嫌だけどセックスのない愛もなんだか片端(ここで言葉遣いについて議論する気はないのですが、この言葉が使いづらいことは知っています)。そしてメシアンのこの音楽は片っ端から愛の全てを詰め込んだ音楽なのです。
そして、ロバートソンさんとホッジスさんのトゥランガリーラは強引にわたしを組み敷いてぐいぐいと入ってくる。もう助けて〜と言いたくなるくらい凶暴なセックス。体が火照り濡れてくる。体全体で味わう根源的な生と性。優しいセックスもステキだけど、たまには暴力的なセックスも燃え上がるものがある。原始の叫び。生命の歓喜。全力疾走したかのように汗みどろになり、どっぶりと虚脱する。そして柔らかな光の中、微睡みの世界へ。人造的な水晶の世界。鳥の声も様式化してる。メシアンは現実の世界よりもイディアの世界を作ったんじゃないかしら。
一眠りしたら、またまた激しい愛の世界へ。ロバートソンさんは、最後まで体育会系の音楽。そして、フィナーレの大爆発(音量的にではなく音楽の重さ的に)。わたし、この曲フィナーレって、第5曲の「星たちの血の喜び」に比べて弱いと思ってたけど、今日の演奏はまさにこのフィナーレに頂点があったの。最後に持てる力を振り絞って、大喜びのビッグバン。光りの粒が生まれたばかりの宇宙空間を飛び交うように運動性を持った音たちが飛び交っている。最高のカタルシス。

オンド・マルトノのことを書いてないけど、今日のミラーさんの演奏は控えめで、オーケストラの中にとけ込んでいました。スピーカーの前から人を退避させたのに、ちょっと意外。聞こえづらい音もあったのでもう少し前に出ても良かったかな。それにしても、ピアノのホッジスさん、プロフィールを見ると、現代音楽を専門的に弾いてらっしゃるみたいだけど、学者か大学の先生の風貌なのに、スポーティーで体育会系のピアニズム。速いテンポできらきらと弾くメシアンはちょっと新鮮。BBCシンフォニーは、重めの音なので、こういう運動量の大きい曲ではエネルギーもハンパじゃない。
うう〜ぐったりしたよ〜。まあ昼間はマノン見たしね。濃厚な1日でした。

大きなオーケストラ
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ホッジスさん、ロバートソンさん、ミラーさん
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by zerbinetta | 2011-11-05 19:07 | BBCシンフォニー | Comments(0)

チェロの人に誘惑されたい   

18.07.2011 @royal albert hall

messiaen: les offrandes oubliées
pascal dusapin: morning in long island (concert no. 1 for large orchestra)
beethoven: concerto for violin, cello and piano

renaurd capuçon (vn)
gautier capuçon (vc)
frank braley (pf)
myung-whun chung / orchestre philharmonique de radio france


プロムス初登場です。誰が?ってわたしが。今日は、チョン・ミョンフンさんとラジオ・フランス・オーケストラです。ベートーヴェンの3重協奏曲にイケメン兄弟のカピュソンさん、それにピアノはアルゲリッチさんが登場するので、アルゲリッチさん目当てでチケットを買ったお客さんが多かったのかもしれないけど、そのアルゲリッチさんはキャンセル、代わりにブラレイさんが弾くことになりました。わたしはといえば、アルゲリッチさん目当てではなく、指揮のチョンさん目当て。だって、チョンさんのメシアンの演奏がステキでCDを何枚か持ってるんだけど、まだ生では聴いたことがなかったから。そしてもちろん!イケメン兄弟もっ。

オーケストラの音合わせはもちろんフランス風。オーボエの人が立って、後ろにいる金管楽器の人が合わせるときは後ろを向いて、周りにいる木管楽器のときはそちらを向いてという具合に、合わせる楽器に向かって吹いていました。

チョンさんは意外と若いことにびっくり。キャリアのある人だからもう少し歳をとってる、言い換えれば頭が薄くなってる、いやそれは、彼がわたしの元ボスに何となく似ていて元ボスは結構頭が薄くなっていたからなんだけど、と思ってたんだけど(勝手な想像ですね)そうではなかったから。実際まだ還暦ではないんですね。失礼しました。

始まりはお得意のメシアン。最初期の作品、忘れられた捧げものです。ドビュッシーの音彩がありありで、嫌いだと公言したティンパニも使われているメシアンらしさがまだ未熟の作品。でも、さすが、チョンさんとフランスのオーケストラはとってもステキに演奏していました。そう、演奏がすばらしすぎて曲の価値以上に凄い音楽になってしまった、峡谷から星たちへのCDみたいに。

2つめの曲は、イギリス初演のデュザピンさんのロング・アイランドの朝。実はよく分からなかったです。聴いてさっぱり分からなかったとかじゃなくて、とっても聴きやすい音楽なんですけど、わたしのざるのような記憶の受け皿からするすると漏れ出ていっちゃって、どんな音楽だったかよく覚えていないのです。ところどころでポップス風の音楽が聞こえてきたような気がするけど。。。ダメですね、これじゃあ。

休憩の後、お目当てのイケメン兄弟登場の3重協奏曲。ピアノのブラレイさんはイケメン兄弟とはよく一緒に演奏しているらしく、息ぴったり合っていました。ベートーヴェンのこの曲って実は初めて聴いたのですが、なんだかベートーヴェンらしからぬ伸びやかでおおらかで親しみのある曲ですね。第1楽章なんてシューベルトのようだなと思いました。ベートーヴェンは気の置けない友人のためにこの曲を書いたのでしょうか。もちろんソリストの3人が、心から歌うように演奏したのもあるのですが。
イケメン兄弟では初めて観る、じゃなかった聴くチェロのゴティエさんが好みですっ!誘惑してください。待ってます。あっいや音がね。明るくて素直な感じの軽やかな音が好きなんです。さらりと歌うチェロ。
チョンさんもこの3人にステキに音楽を付けていました。やっぱりチョンさん上手いですね。ただ伴奏するだけじゃなくて音楽を盛り立てていました。なぜか今まで生で聴く機会のなかったチョンさんだけど、今回聴けて良かったです。もっと聴きたいなぁ。日本のオーケストラはたくさん振ってくれているんですかね。
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by zerbinetta | 2011-07-18 07:27 | 海外オーケストラ | Comments(0)

なにを祈るんだろう   

07.03.2011 @barbican hall

messiaen: et exspecto resurrectionem mortuorum
bruckner: symphony no. 9

simon rattle / lso


この間ベルリンフィルを率いて素晴らしい演奏を繰り広げたラトルさんが、今日はロンドン・シンフォニーを振ってくれます。ラトルさんがロンドン・シンフォニーを振るのは初めてではないと思いますが、ずいぶん久しぶりなのではないでしょうか。わたしがロンドンに来てからこの組み合わせは初めて。OAEとは関係が深くって毎年振ってるんですけどね〜。で、曲目はメシアンの「われ死者の復活を待ち望む」とブルックナーの交響曲第9番。またまた大作プログラムです。ほんとのところはラトルさんではハイドンやシューベルトを聴きたいんだけどね。ほら、ブルックナーというと女子には分からないっていうからさ。でも、メシアンは!!!

メシアンの曲は、大編成の管楽器と打楽器のみの音楽なので、指揮者の前はちょっと間を置いて、木管楽器と金管楽器が横に3列に並びます。そしてその後ろにたくさんの打楽器群。特に目を引くのがたくさんの銅鑼。音程のあるゴングと音程のないタムタム。そのうちのひとつは見たこともない大きなの。人より大きいの。どんな音が鳴るんでしょう。わくわく。
メシアン好きを自負してるのに、この曲、聞き覚えがありませんでした。帰って調べたらCD持ってたのに。メシアン好き失格かなぁ。
この音楽は、第2次世界大戦の戦没者のために書かれたそうですが、ウィキペディアによると受難節によく演奏されるそうです。今年はイースター遅いのでまだ受難節に入ってないと思うけど。メシアン独特の瞑想的な音楽。でも決して静かな音楽ではなくて、鳥もなくし、打楽器の音がヴィヴィッド。銅鑼って宇宙の響きがする。いろんな大きさのタムタムだけど、一番音が大きかったのは普通のサイズのタムタムで、あの巨大なタムタムは、ものすごくどっしりと深い音だけど音量的にはそんなに大きくありませんでした。でも、強奏される銅鑼の音は、もう圧倒的。これは、録音では再現できないでしょう。実際その場で聴いてみなければ分からない響きです。ラトルさんとロンドン・シンフォニーの管、打楽器セクションはとっても上手い。大好きなメシアンに浸ることができました。メシアンのこの移調の限られた旋法による瞑想的な音楽をぼんやりと聴くのが大好きなんです。最後の曲なんて、その瞑想的な和音進行の裏に、メシアンらしからぬ、4つずつの均等な音(拍)のゴングがずうっと鳴っていて、しつこくしつこく盛り上がってくるところなんて、じんわり熱い気持ちが込み上げてきてとっても良かったです。それにしても、メシアンは復活を、そして天国の扉が開くことを心から祈っているのでしょう。メシアンの音楽には絶対的な神さまへの信頼がいつも感じられます。わたしにはそれは眩しいほど強い。祈ることを止めたわたしにはね。

背後に聳える大きな銅鑼
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以前、作曲家の三枝成彰さんが、ブルックナーとメシアンは神のみを見て聴く人のことを考えていないから、あんなに長い音楽が書ける、とおっしゃっていたことを思い出しました。後半はもうひとりの熱心なカトリック信者のブルックナーの最後の交響曲です。ラトルさんの演奏は奇をてらうものではありませんが、しっかりと手綱を締めて、ロンドン・シンフォニーからステキな音を引き出していました。さっきはいなかった弦楽器が柔らかくふくよかでとってもきれい。実はラトルさんがどんなブルックナーを演奏するのかとっても興味があったんです。ブルックナーって熱心なファンの人に言わせれば、無骨で、インテンポで、重厚な演奏が、らしい、んだそうだけど、ラトルさんって明るくて音楽の歓びを素直に伝える音楽をする人だから、ファン好みの演奏とは対極にあるんじゃないかって思っていたんです。まあ、わたしはファンではないので、いわゆるブルックナー的な演奏が良く分からないし、スマートな演奏好きなんですが。ちなみに、今まで聴いたブルックナーのこの曲の演奏で一番変わってると思ったのは、ブーレーズさんとウィーン・フィルの演奏でした。演奏そのものは、音楽に含まれる矛盾や裂け目をそのまま演奏してたとは言え、そこまで変わっているとは言えないんだけど、音楽が静かに終わったあと、ブーレーズさんはさっさと手を置いてしまった。音楽のあとに全く余韻を残さない解釈は、こういう静かな終わりを迎えた曲のあとには拍手を控えて長い沈黙を望んじゃう人も多いのだけど、ブーレーズさんはそれを望まなかったのね。お終い。っていうほど、ぶっ飛んではいなかったんだけど、ラトルさんのブルックナーは、でもとってもラトルさんらしい音楽。見通しが良くて、あたたかくて、喜びに溢れてる。矛盾を含む音楽も調和してまとまっていて、どの瞬間も美しい。それは第3楽章で頂点を迎えます。何という幸福感でしょう。
ブルックナーは自分の死を間近に意識しつつこの音楽をどういう気持ちで作曲していたのでしょう。愛する神に捧げたこの音楽、彼は神さまになにを祈っていたのでしょう。この音楽を完成させる時間を下さい、どうかもう少し生きさせてください。わたしにはそういうふうには思えません。彼は神さまに全ったき信頼を置いていました。神さまを心から愛していました。だとすると、多くの信仰深いキリスト者がするように、神さまありがとう、ではないでしょうか。ラトルさんの音楽からは、そんな一点の曇りもない感謝の気持ち、幸せな気持ちが聞こえてきました。さっきラトルさんのブルックナーはブルックナーらしくないというようなことを書きましたが、でも、ブルックナーが最後に伝えたかった気持ちをそのまま音にしたような演奏であったと思います。わたしも人生の最後はありがとうと言えたらステキだな。

ラトルさん。後ろに見えるのは第2ヴァイオリンのイチノセ・ミヤさんでしょうか
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by zerbinetta | 2011-03-07 02:52 | ロンドン交響楽団 | Comments(2)

思いっきり音浴び   

henri dutilleux: métaboles
messiean: turangalila symphony
joanna macgregor (pf), cynthia millar (om),
valery gergiev / lso @barbican hall


メシアンのトゥランガリーラの音楽会2回目です。トゥランガリーラは大好きなので演奏されれば行っちゃうんですね。会場に着いてプログラムをもらったら(ロンドン・シンフォニーのプログラムはただなんです)、紙がはさまっていて、なになに?ソリスト変更?もしやトゥランガリーラのソリスト替わっちゃうのってドキリとしたら、悲しいお知らせが。メシアンの優秀な弟子にして、卓越したピアニスト、メシアンの音楽の最高の解釈者、2番目の妻にして生涯の伴侶、イヴォンヌ・ロリオさんが月曜日にお亡くなりになったとのこと。享年86歳。天寿を全うされたとは言え、またひとり偉大な音楽家がこの世を去ったというのはやっぱり悲しいです。今日の音楽会はそのロリオさんに捧げるという案内でした。

最初の雅楽の三管のような鋭い音を聞いたとき、あっこの曲知ってるって思った。ディティユーの音楽のCDって確かル・ドゥーブルの入ったのしか持ってないと思うけど、なんか他の作曲家の曲のCDにちょこちょこ入ってたりするのね。それでついでによく聴いてたみたい。ディティユーは、独自路線の現代曲だけど耳に馴染みやすい音楽を書いていた人。今シーズンのゲルギーは彼の作品を中心に据えて、フランスの20世紀音楽のプログラムを組んだのでした。マーラー、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチのプログラムを組んできて、次は、と考えたときディティユーが思い浮かんだそう。思い入れがあるんでしょうね。ディティユーに会ったときのことが、、シーズン・ブロウチャーに載っていたけれども、「彼とストラヴィンスキーやラヴェル、プロコフィエフやドビュッシーの話をしたとき、彼は彼らのことを覚えていた」まさに20世紀の音楽を共に生きた「生きる伝説」(彼は94歳の現在も御存命です)。20世紀フランス音楽を鳥瞰する中心に置くのにうってつけではないでしょうか。もちろんメシアンを中心に据えれば、ブーレーズやクセナキスなどまた違ったプログラムが組めると思うのですが。
って無駄話が多いですね。演奏は感激しました。ゆったりと柔らかな演奏で、LSOもとっても上手くて、わたしは多くの演奏を聴いたことがあるわけではありませんがこれは名演だと感じました。ディティユーの叙情性がゲルギーの音楽性(旋律的な音楽を好む(本人談))にぴったりはまって、作曲者も演奏者も聴き手も幸せな時間を共有できたと素直に感じられたとてもステキなものでした。現代音楽のみのプログラムなので会場も(空席が目立ちましたが)音楽をよく知っているお客さんが多くて、とっても暖かい拍手を送っていました。わたしもいっぱい拍手しました。先週と今日の音楽会は録音されていて後にLSOライヴとして販売される予定だそうですが、このディティーユも入っていればいいな。メシアンだけじゃもったいない。

トゥランガリーラは前回とはまた違う席で聴いてみました。今回はステージに近め。職場の友達に会ってびっくり。彼女もよく音楽会に来るそう。知らなかったぁ〜。オンド・マルトノとオーケストラが一瞬ずれたところがあってドキリとしましたが、オンド・マルトノってやっぱり合わせるのが難しい楽器じゃないかと思います。聴く場所によって聞こえ方がずいぶん変わるし、音が後から出てくる感じなのでトランペットみたいな金管楽器みたいにストレイトに音が届く楽器と同じタイミングではずれて聞こえる感じがするんですね。ドキリとしたのは1カ所だけだけど、難しそうって思いました。
今日はロリオさんの追悼ということで、特別なことはしていないけれども、かなり気持ちが入っていたのではないかと思います。それに2回目なので慣れもあるし、大音響の音楽を最大のパワーで響かせていました。前回と同じようにゲルギーはスコアに書かれた音をそのまま塊のように音に響かせるタイプの演奏です。音響が身体に心地良い反面、小賢しく頭で聴く面白みが少し犠牲になっていたかなと思います。でも、やっぱり好きなのでとっても楽しめました。最後、ゲルギーの穏やかな笑顔がとても印象的でした。彼としても満足のできる演奏だったのでしょう。初めて聴くという友達も、始まる前にこの曲すごくうるさいよって忠告しておきました、エクサイティングって言ってました。
そうそう、バービカンのホールって大きなオーケストラなら1階よりも2階や3階席の方が音が良く聞こえる気がします。3階席の左右の前の方は一番安いし、コスト・パフォーマンスが一番良いんじゃないかな。と、音響とかそういうのにちっとも詳しくないわたしが言うのもなんですけど。
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by zerbinetta | 2010-05-20 19:44 | ロンドン交響楽団 | Comments(2)

超興奮   

lutosławski: piano concerto
messiean: turangalila symphony
sergei babayan (pf), joanna macgregor (pf), cynthia millar (om),
valery gergiev / lso @barbican hall


2夜連続のゲルギー、ロンドン・シンフォニーの音楽会です。しかも20世紀もの。このプログラムで満員は無理でしょう。ホールの入りは6、7割くらいかな。おかげでいつもの必殺技、勝手移動で、後半は一番良い席で聴けました。
大大大好きなトゥランガリーラの圧倒的な光りの陰で、ルトフワウスキーのピアノ協奏曲はおまけのような存在ですが(音楽会自体トゥランガリーラだけで成り立つものね)、実はわたし、ルトフワウスキーも大好きなのでした。なにしろ、わたしの初お給料でうきうきと買ってきたものが、ルトスワフスキの交響曲第3番のスコア。だってぇ〜楽譜屋さんで見つけてて、お給料出たらこれ買うって、売れちゃうことを心配しつつドキドキわくわくしながら待ってたんだもん。今日のはピアノ協奏曲だけど、この曲も好き。ちゃんとCD持ってる。ルトスワフスキの音楽ってきれいで分かりやすいのよね。現代音楽の中では。
今日のピアニストは、セルゲイ・ババヤンさん。全く知らない人でした。正直、失礼なことに大丈夫かしらなんて思ってたりもして。ところが聴いてびっくり。めちゃ上手い。音も鋭くてきれいだし、テクニックもすごいんだけど、暗譜で演奏したルトスワフスキさんの音楽を本当によく知ってらっしゃって一点の迷いも曇りもなく、音楽の良いところを引き出していたように思えました。表現がとってもはまっていて全てにきちんと理由づけがされてると思ったんです。そして何より音楽がかっこいい。ゲルギーとロンドン・シンフォニーも各ソロがとっても上手くて、先鋭的にアクセントを付けて音楽につっこんでいく様が刺激的。ピアノとオーケストラが一体となって同じ方向の音楽を創っていました。おふたりは数年前サンクトペテルスブルグでの白夜音楽会でこの曲で共演してるんですね。ゲルギーって現代曲のイメジがなかったんだけど(確か本人もインタヴゥーでメロディがある音楽が好きって言ってたような)、こういうソフト系(一応楽器は普通の音の出し方をして、五線譜の楽譜に書かれたくらい)の現代音楽なら、全然大丈夫じゃんって偉そうに思っちゃった。それにしてもトゥランガリーラを含む音楽会、2夜あるんだけど、この曲が今日だけというのは(もう1回はディティーユのメタボールです)なんとももったいない。ババヤンさん、家に帰って慌てて調べてみたら、昔浜松のコンクールで優勝しているのね。現在は教師として後進の指導を主にされてるみたいです。もっと演奏活動をすればいいのに。もったいない。
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c0055376_8543160.jpgそして、メシアンのトゥランガリーラ交響曲。聴く機会があれば必ず聴いているので、確か日本で2回、それからあとは5回聴いてるはずです(そのうち3回は同じ演奏者による3夜の音楽会ですけど)。ゲルギーがメシアンってびっくりしたけど果たしてどういう風になるのでしょう。そしてもうひとりの注目はピアノを弾くジョアンナ・マクグレガーさん。なぜって、この人、バービカン・ホールのシーズン案内の写真ではどう見てもクラシックの音楽家に見えなかったんですもの(左の写真)。ね、ジャズとかポピュラー・ミュージック系のいでたちよね。ほんとにこんな人がメシアンのピアノを弾くのかなって思っちゃった。
でもステージに出てきたのはとってもステキな女の人。もちろん写真の人本人なんだけど、今日はドレッドヘアではありませんでした。でもやっぱり少しクラシック離れした空気はありました。でも、彼女のピアノとっても良かったの〜。何よりも自由で、音を変えてるわけではないけど、ニュアンスの付け方とかリズムの取り方がものすごく即興的。めちゃかっこいいです。胸きゅん。ほれぼれ〜。華奢な身体なので音量的にもちょっと欲しいところもあったけど、って言うよりオーケストラ音出し過ぎ、ほんとステキだったぁ。彼女、ジャズとかも弾く人らしいけど、クラシックもバッハやモーツァルトから現代物まで弾くんですね。さらにプロデューサーや指揮までこなす、とってもすごい人だったのでした。それにしてもこんな人がいたとはちっとも知りませんでした。ちょっとこれから注目したい人です。音楽会があったら聴きに行かなきゃ。
オンド・マルトノはシンシア・ミラーさん。どこかで見たことがあると思ったら、以前ナショナル・シンフォニーでトゥランガリーラを演ったとき、やっぱりオンド・マルトノを弾いた方でした。今日のオンドは音量控え目。オーケストラにとけ込む感じのバランスでした。わたしとしては低音でももうちょっと浮き出てもいいかなって思いました。それにしてもオンド・マルトノって宇宙ですよね〜。きゅいーーんって昇ったり下りたりするグリッサンド、かっこいいです。
ゲルギーのトゥランガリーラは実はちょっとよく分かりませんでした。先鋭的なリズムを引き出すというより音楽の大きな流れ、うねりを作る感じです。指揮棒を使ってなかったし、リズムがゆるいなって感じるところもありました。それが上手くいってるかどうかは別として、今まで聴いたことのないトゥランガリーラ像を引き出そうとしていたのかも知れません。オーケストラの大音量は快感です。でも不思議と陶酔感はなかったんですが。一番面白いなって感じたのは、終曲の前のトゥランガリーラ3。ものすごくゆっくりのテンポで不思議な世界を創っていました。こういう演奏を聴くとこの曲ももう前世紀の音楽なんだなって思います。20世紀はもう現代ではなく過去になったんだなって。
それでもわたし、この曲大好きなので、もう聴いてるそばから涙目、というか泣いてました。頭を小さく振り振り、泣きながらメシアンを聴いてるのはやっぱりヘンな人に見えるでしょうか。
トゥランガリーラはもう1度あるのでまた感激しに行ってきます。

ミラーさんとマクグレガーさん
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by zerbinetta | 2010-05-13 08:49 | ロンドン交響楽団 | Comments(4)

ゾンビ   

bartók: music for strings, percussion and celesta
strauss: horn concerto no.2, ein heldenleben
radovan vlatković (hr), valery gergiev / lso @barbican hall


クラシック音楽ウェブ・サイト界の巨匠、CLASSICAの飯尾さんの情報によると世界はゾンビが流行だそうです。それを実感した今日。ゾンビ界の巨匠ゲルギー(うわっ失礼!)の弦・打・チェレスタのための音楽です。この曲、当時中学生だったわたしが初めて好きになったゲンダイ音楽なんです。あっ今聴くとちっとも分かりづらい音楽でもゲンダイ音楽でもないんですが、当時のわたしには不可解な音楽の仲間だったのです。最近はスマートな演奏で聴くことが多いのだけど、ゲルギーは違った。なんだか始めっから暗くておどろおどろしい。石造りのヨーロッパの古都、雪が静かに降りしきる真っ暗な夜に、コツコツと足音を立てながら何かに追いかけられるような気がして逃げている。いや確かに追いかけられている。逃げなければ。でもそれはなに。暗い向こうには何が。なんか恐怖映画の始まりの音楽のよう。ゲルギーは指揮棒を使わず、手をお化けのようにひらひらさせながらいくぶん前屈みで振っていく。あっこれはゾンビだ。主人公はゾンビの恐怖に追いかけられている。逃げなくては。第2楽章は一転、ゾンビたちが夜の街を駈け回り踊り出す。実は彼らは真のゾンビではない。ゾンビ前駆体だ。彼らはまだ生きてる。昼間は普通の人間として会社に行ったり学校に行ったり、家庭を守り、眠りについた夜だけゾンビになるのだ。わたしはゾンビなのか、まだゾンビではないのか。わたしの家族、会社の同僚はゾンビなのか。第3楽章「ゾンビの目覚め」。ついにゾンビの王が墓場から目を覚ます。儀式を知らせる拍子木が夜に響く。静かにまとわりつくゾンビの女王。皮膚は爛れて剥がれてるけど美しい人。静かに静かに墓から身を起こす。おどろおどろしくも何か宗教的な神聖さをも感じさせる光景。冷たい光り。最後はついに主人公もゾンビになって踊ってる。ゾンビになることでの開放感。ゾンビの世界ではゾンビでいないことの方が不幸なのではないか。恐怖に苦しめられるより恐怖の中にいる幸せ。始まりと同じように石畳の街を歩く主人公。でも今度は熱く重く。今はゾンビとして夜の街を徘徊するのだ。ゾンビとしての生を生きるために。
音楽を聴き始めてふっと頭にゾンビがよぎったとたんゾンビから離れられなくなっちゃいました。ゾンビ恐るべし。ゲルギーまでゾンビに見えてきたもの。でも演奏は重暗くてとても良かったですよ。たまにはこんなスマートで都会的ではない弦チェレもいいもんです。オーケストラの配置はこんな感じ。チェロとコントラバスは後ろで一直線に並んで(左と右で第1オーケストラと第2オーケストラですが)、打楽器は左右に振り分けられています。そして結構大人数。珍しい配置でしょ。
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2曲目はシュトラウスのホルン協奏曲第2番。実はホルンのソロはもともとLSOのプリンシパル、デヴィッド・ピアットさんが予定されていたのですが、親知らずの不調のため、ラドヴァン・ヴラトコヴィチさんになりました。でもこの人、とっても巧〜〜い。ホルンらしいぱりっとした音色と柔らかな音色がどちらもきれい。多分この曲はホルンにとってとても難しいと思うんだけど(シュトラウスのお父さんは高名なホルン奏者だったんです。シュトラウスがホルンの扱いを熟知しているのは当たり前ですね)、全く危なげなく余裕で吹いていました。音楽もバラの騎士を思い出させるような(じっさいオペラに出てくるテノールの歌の旋律に似てるのが出てきたり)豪華な音楽。歌う楽器ホルンの面目躍如です。そしてステキなプレゼント。ヴラトコヴィチさんがアンコールを吹いてくれたのです。曲目を紹介したときメシアンという言葉を聞いて大喜び。メシアンといったらあれでしょう。で大当たり。峡谷から星たちへの第6曲、恒星の呼び声。これが凄かったのなんのって。ホルンの上手さにはほんと舌を巻きましたよ。あの弱音の速いパッセージ。全ての音が正確に出されて全く不安定なところなし。メシアンも凄い曲を書いたと思うんだけど、それを軽々と演奏しちゃうヴラトコヴィチさんも凄い凄い。
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休憩の後は空いてたので一番良い席に移って英雄の生涯を堪能。ゲルギーの演奏はとっても若々しいもの。英雄の生涯ってか自分の生涯の伝記的な作品だけど、書いたのは若干33、4の頃。音楽が若々しくても当たり前ですよね。ほとばしり弾けるような弦楽器が良かったです。やっぱりロンドン・シンフォニーって上手いです。全体のトーンのまとまりや音色、表現力、世界の10指に入るオーケストラといわれるのもうなずけます。ゲルギーの指揮は最小限の動き。オーケストラの自発に任せた演奏をしていました。そうそう、今日のリーダー(コンサートマスター)はゲストのアンドリュー・ハヴェロン(andrew haveron)さんという方だったんだけど、この人ばりばりにソロ弾きまくってたです。協奏曲みたかった。
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by zerbinetta | 2010-02-11 10:34 | ロンドン交響楽団 | Comments(2)