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指揮者変更でがっかり、そして混乱 ロンドン・フィル マーラー、交響曲第9番   

28.03.2012 @royal festival hall

mozart: violin concerto no. 3
mahler: symphony no. 9

lisa batiashvili (vn)
matthew coorey / lpo


ネゼ=セガンさんは、一目惚れ以来ずうっと大好きな指揮者です。ロンドン・フィルとのマーラーの交響曲第9番、今シーズンのプログラムが発表になった1年も前から一番楽しみにしていた音楽会のひとつなんです。なのでむっちゃわくわくしながら会場に着いたら、ホールの入り口で紙を手渡されて、ええええっっっっっ!指揮者変更!聞いてないよぉ。ネゼ=セガンさん、お腹くるインフルエンザのため降板。ぐぅぅ下痢止め飲んで来てよぉ。楽章ごとにトイレ行っていいからさぁ。なんて言ったところで、インフルエンザは伝染病だからなぁ。仕方ないねぇ。そういえば去年も、ズウェーデンさんがインフルエンザで突然降板。そのときもマーラーでしたね(第6番)。呪われてる、マーラーwロンドン・フィル。あああ、でもがっくり。。。今日は隣町で、アリーナがサンサーンスの協奏曲を弾くことになっていて、泣く泣くそちらを諦めてネゼ=セガンさんにしたのに。feliz2さんによると、アリーナのサンサーンス、予想どおりとっても良かったそうなので、ほんと悔しい。予想できたらそっちに行ったのに。むむむ、これでキャンセル3連チャンだわ。

気を取り直して。ってどうやって気を取り直したらいいのぉ。プログラムの前半は、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番。これは指揮者なしで、ソリストのリサ(・バティアシュヴィリさん)が弾き振りすることになりました。オーケストラの人数は、少なく第1ヴァイオリンが6人。今日は前半、ゲスト・リーダーにゲオルギエワさんが座りました。この人がゲストに来られるのは、わたしが知ってるだけで2回目。ブルガリア出身のきれいな人で、現在シュトゥットガルト放送交響楽団で弾いてるそうです。我らがショーマンさんは降り番かなと思ったら次席で弾いてらっしゃいました。
華やかなドレスで登場のリサ。ヴァイオリンを弾かない間は、ちょっとぎこちない感じもするけど、右手でちゃんと指揮していました。確か彼女は弾き振りでCD出していましたよね。でも、オーケストラは自発的にアンサンブルをしていたので、彼女がしたのはキューを出すくらい。もちろん、彼女がソロを弾くので、やりたい音楽はリハーサルの段階できちんと伝えているでしょうが。なので指揮者がいなくてもちっとも問題なく、でも、ネゼ=セガンさんがどんなモーツァルトを演るか興味はあったんですけど(ソリストと指揮者のせめぎ合いとか聴くの好きだし)。
リサのモーツァルトは、ドレスに負けず劣らず、ふくよかで柔らかい感じ。決して厚い音を出しているわけではないのですけれども、大らかで力強くて、それでいて優しく清楚。リサもなんだか最近とっても音楽が深くなっているように思えて嬉しいです。彼女の演奏を聴いていると、耳で聞いているというよりなんだか、景色の中に迷い込んだ気になるんですね。彼女の音楽からはいつも風景が見えてる。それがなんだか心地良いのです。

休憩後はいよいよ、マーラー。さて、指揮者は、慌ててもらった紙きれを読むと、30代半ばのまだ、メジャーなキャリアを歩み始めていない人。オーストラリア生まれ、イギリス・ベースで活動しているそうで、しばらく前までロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニックで副指揮者を務めていたそうです。今は自分のオーケストラ持ってらっしゃるのかしら?書いていないので分かりませんでした。
さあ、そんな若者のクーレイさん、実直そうな青年です。大丈夫かなぁ、いきなりこんな大曲。しかも人生の最後にふさわしいような音楽。ドキドキあわあわしながら聞き始めると、意外といいのですよ。ちゃんと音楽になってる。もしかして、この人、凄い?と考えつつも、これだけで判断していいものかどうか。まず、オーケストラが、非常事態に自発的に音楽をしている。去年の交響曲第6番での突然の指揮者変更のときもそうだったけど、オーケストラがいつも以上に集中して、自ら音楽を奏でているのを感じるのです。それから、多分、ネゼ=セガンさんの降板は急遽決まったので、リハーサルはすでにかなり進めていたんではないかって思えるのです。音の表現の端々にネゼ=セガンさんの音が聞こえるようで。かなりゆっくり目のテンポで演奏されていたけれども、これもネゼ=セガンさんのテンポを踏襲したのではないかと思ったのです。これくらいの若い、まだ経験の浅い指揮者が、リハーサルをほとんどしないで自分の音楽を押しつければ崩壊することは天才でもなければ間違いない。もちろん、部分部分には、彼の音楽の表現を付けようとしているところも感じられたけれども、それは音楽全体ではなくて、ごく一部。実務的な利をとった演奏なのではないかと思ったのです。クーレイさんは、あるとき突然現れる天才、ではなかったと思います。それは、この曲で音楽会を支配する司祭になれなかったことが証明しています。明らかによい演奏だったんだけど、神が降りてきたようにオーケストラと会場の聞き手を音楽の秘蹟に導くまでには至らなかった。楽章の間にぽつりぽつりと拍手が起こって、それをコントロールすることができなかったから。音楽の緊張の持続が、音のないところで途切れてしまうんですね。ただ、クーレイさんは誠実な実務者として十分な実力を持った指揮者であることも間違いありません。短期間のうちに、破綻なくこの曲をまとめ上げ演奏してしまうのですもの。これだけど、なんの予備知識もなく純粋に聴けば、かなり立派な演奏の部類にはいると思います。特にフィナーレは、蕩々と流れて美しい名演でした。

正直に告白すると、それで、わたし、よく分からなくなってしまいました。クーレイさんの音楽をどう聴いたら良いのか。わたしの音楽を聴く耳の未熟さがもろに出てしまいました。むしろ、素直に演奏を聴ければ良かったのに。余計なことがくるくるくる。
クーレイさんには、代役ではなくて正式な音楽会で聴いてみたいです。そこで、初めて、彼の音楽を評価しましょう。彼はきっとステキな音楽を奏でてくれると信じています。
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by zerbinetta | 2012-03-28 08:29 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

天才には天才。そしてカウベル・オーディション リシエツキ、ビエロフラーヴェク モーツァルト、マーラー   

09.03.2012 @barbican hall

mozart: piano concerto no. 20
mahler: symphony no. 7

jan lisiecki (pf)
jiří bělohlávek / bbcso


ビエロフラーヴェクさんがBBCシンフォニーと毎年ひとつずつ採り上げてきたマーラーの交響曲、第5番、第6番に次いで今日が第7番です。毎回とっても素晴らしい演奏を繰り広げてきたので(特に第6番は良かった)、期待もしていたのですが、あっけらかんとした都会的なスマートなセンスと色合いをこの曲に求めるわたしはちょっぴり不安もあったの。ビエロフラーヴェクさんのごつごつとした感じの手作りの音楽がわたしの好みに合うかなぁって。

答えの前にまずモーツァルト。人気曲(いったい何回聴いた?)、ニ短調のです。ピアノは、ヤン・リシエツキさん。名前も初めて知る方です。出てきたら、若いっ!! すらりと背が高くて、細身の黒のネクタイ(銀色の細い線入り)のルックスが高校生みたい。年齢的には高校生なんですけど。もうすぐ17歳!わたしは学級委員長タイプ(但し、もろ優等生タイプではなくちょっと悪もあるリーダー・タイプ)と思いましたが、小田島久恵さんは子鬼と称していて、ああぴったりだ〜と思いました。
黒雲が湧き上がってくるような不安な気分を音に含みながらオーケストラが弾き始めると、いきなりモーツァルトの短調の世界。モーツァルトは彼の時代に即して短調の音楽をあまり書かなかったけど、いつもこの音楽の冒頭にはドキリとさせられる。ビエロフラーヴェクさんとBBCシンフォニーもとても良い雰囲気出してたしね。
そしてピアノ。びっくり。何も足さず何も引かずシンプルきわまりないモーツァルト。この歳の若者なら自分が自分がと何かをしたくなるような気もするのだけれども、そんなことには一切荷担せず、純粋にモーツァルトと天才同士の会話をしているみたい。だから一見、なんでもない演奏にも聞こえるんだけど、知らず知らずのうちに聞き入ってしまう演奏。わたし味音痴でおいしいものとか分からないのだけど、本当においしいものは、例えば日本に帰ったとき食べるお米のように、おいしいと分からないうちにたくさん食べてしまう、そんなところがあるのだけど、そんな感じの音楽。上善如水というお酒ありますよね。それと同じ(かな)。
音楽は、高校生っぽいところの全くない、なんだか達観したような成熟した大人でしたが、アンコールにモーツァルトをもう1曲と大声で言った声は、まさしく高校生のまだ大人になりきっていない声。おねーさんときめきましたよ。細かいことだけど、カーテン・コールのとき、彼ひとりで2回出てきて最後にビエロフラーヴェクさんと一緒に出てきたからアンコールはなしかなと思ったら、いきなりアンコールを弾きますと言い出して、ビエロフラーヴェクさんも一瞬きょとん。セカンド・ヴァイオリンの空いてる席に座って、オーケストラの人とにこやかに言葉を交わしてる感じは、ほんとにこの人とオーケストラの間が上手く行ってるんだなって感じさせるものでした。
アンコールはトルコ行進曲。超絶の方ではなくてオリジナルのです。こちらは、まだちょっと青いかなって思いました。でも、ステキな若い男、じゃなかったピアニストを発見して嬉しいわたしでした。かぶりつきで見たかったわん。

休憩のあとはマーラーの交響曲第7番。もの凄くマイナーな曲なのに、マーラー・イヤーとも重なって、ロンドンでこの曲を聴くのは、4回目です。人生では6回目。
はじめに書いたように、ビエロフラーヴェクさんの演奏は、ごつごつとした手作り感のある重めの音楽でした。あっこれは、巨大な鉄のかたまりを動かすような、重さとエネルギーのある音楽だった交響曲第5番の演奏のときに感じたものだ、と思い出しました。これは確かにわたしがこの音楽に求めるものではないのですが、真摯な音楽作りに感心したし、納得して、こういうのもステキって思えました。オーケストラは若干ミスが目立ったものの(やっぱりかなり難しそう。しかもその難しさが第6番みたいに素直じゃなくてひねくれてるっぽい)、オーケストラは良く鳴っていたし、聴くじゃまにはなりませんでした。
第1楽章は特に重々しく、主部のホルンの主題なんかは、ゆっくりで、重いゴムを引き切って前に進むような粘度の高さがありました。暗い夜の情感。死に神と隣り合ってる世界。マーラーのチェコでの幼少時代の幻影を引きずっているようです。ビエロフラーヴェクさんもチェコの人、この曲が初演されたのもプラハ、何か共通の根っこというか共感があるのでしょうか。ビエロフラーヴェクさんの演奏は、マーラーの音楽をとても良く知っている人の演奏、という安心感があります。新しい感覚のマーラーではないですが、地道にたたき上げた人のカペル・マイスター的な音楽のように感じます。今どきはかえって珍しい感じで、でも好きです。

第2楽章は元気な行進。タイトルは「夜の歌」だけど、音楽は実際そういう感じではないよね。ということを潔くはっきり聴かせてくれた感じ。音楽の本質をタイトルに惑わされずに捉えてると思いました。ときどき長くて退屈しちゃう演奏もあるけど、これはちっともそうではなかったのも吉。やっぱり良い演奏はぐいぐいとわたしを引き込んでいきます。第3楽章の不気味な感じも第4楽章のマンドリンとギターが良く聞こえた(マイク通してないのに)セレナーデも、奇をてらった感じじゃなくてとっても普通(でも、この曲だと何が普通なのか分からなくなりますね)な感じなのに、音楽に聴き惚れてしまうんですもの。この曲が好きだというのもあるけど、ビエロフラーヴェクさんとBBCシンフォニーの演奏の質の高さゆえでしょうね。

第5楽章は第4楽章に続けてではなくて、咳をする間をあけて始まりました。ティンパニのどんちゃん騒ぎと高らかな金管楽器のファンファーレ。この楽章、脈絡のない、とっても弱いフィナーレという評価もあるけど、今日の演奏はそういうことをちっとも感じさせません。むしろ音楽の圧倒的な大きさがそれを凌駕しているように思えるし、歓喜が自然に爆発しています。多分この音楽に例えば暗から明へみたいなストーリーなんていらない。5つの性格の異なる音楽という古典的な交響曲なのではないかしら。ハイドンやモーツァルト交響曲にストーリーを付けて演奏することがナンセンスなように、マーラーのこの曲だってそういうあり方もありに違いない。そして最後は、喜んで華やかに終わろうよ。

終わったあとのオーケストラとビエロフラーヴェクさんの満足そうな表情が印象的でした。

そうそう、マーラーの交響曲(第6番と第7番)といったらカウ・ベル。珍しい楽器なので理想の演奏家を探すのも大変みたい。ジンマンさんとトーンハレのカウベル奏者探しのドキュメンタリーです。ドイツ語分からなくてもおもしろいよ。
http://www.youtube.com/watch?v=y8RdzgB2Mug&feature=youtu.be
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by zerbinetta | 2012-03-09 07:43 | BBCシンフォニー | Comments(0)

ブーイングするならそれなりの覚悟を ユロフスキ、ロンドン・フィル 「ファンタジア」   

03.12.2011 @royal festival hall

julian anderson: fantasias
mozart: violin concerto no. 5
tchaikovsky: manfred symphony

janine jansen (vn)
vladimir jurowski / lpo


また、ロンドン・フィル。わたしのホーム・オーケストラだから。またしても地味なプログラム。人気のジャニーヌ・ヤンセンさんを迎えてのモーツァルトのヴァイオリン協奏曲はあるけど、メインはチャイコフスキーのあまり演奏されない「マンフレッド交響曲」。

始まりは、ジュリアン・アンダーソンさんの「ファンタジア」。アンダーソンさんは1967年生まれ、現在ロンドン・フィルの座付き作曲家みたいです。彼の音楽を聴くのは初めて。どんな曲なんでしょう、わくわく。大きなオーケストラで、5つの部分からなる25分ほどの曲。最初の曲は、金管楽器のみのファンファーレ。金管の人全員立っての演奏です。最初からとっても魅力的な音楽でした。カラフルで輝かしく、ペトルーシュカとトゥランガリーラを足して2で割ったような感じ。旋律っぽいものを奏でるソロの楽器は調性的だけど、それぞれが別々の調なので多調的。わたしは気に入ったのだけど、やっぱり気に入らないおじさんがいてブーイングしてました。でも今日のおじさんは声が通らないので、会場の大部分にはちっとも聞こえてない感じで、まわりの人だけ、何でブーイングするんだってそのおじさんに怒ってました。ブーイングって難しいですね。確かに、悪いものを聴いたらブーイングして態度を表明するのは、あっても良いことのようにも思えるけど、昔みたいに派手にブーイングする音楽習慣はなくなってきてるし、価値観が多様になってるので、人の好みはそれぞれ、その中でブーイングするのはかなり覚悟がいると思う。気に入って聴いてるのにブーされたら嫌な気持ちにもなるし。難しいですねぇ、正しいブー。

2曲目のモーツァルトは、もっと小さな曲かと思ってたら30分くらいかかる充実した曲なんですね。オーケストラは小さいし、モーツァルトらしい爽やかな軽快な音楽なのでそう感じていたんでしょうか。
ユロフスキさんの工夫は、通奏低音(?)のチェロとコントラバスのパートにところどころファゴットを加えていたこと。そしてユロフスキさんのモーツァルト、初めて聴いたけど、めちゃいい!陳腐な表現だけど緑のそよ風がさらりと吹くみたいな、気持ちをわくわくさせてくれるような静かな幸福感に包まれてるの。どこにそんな魔法が秘められてるんでしょう。彼の古典はステキだって日頃から思っていたけど、モーツァルトは特別なのでどうかなって思ってたりもしたけど、モーツァルトもいいなんて最高。
とヴァイオリニストが出る前から大喜びだったんだけど、ヤンセンさんのヴァイオリンもステキでしたよ。浮遊感のある軽めの音に仕上げてきて、でも、ヤンセンさんって音をつなげて弾くのが好みなんですね、もう少しハキハキと切ってくれたらって思うところもありました。
第3楽章にはトルコ行進曲風の音楽があるんですね。弦楽器の皆さんがばちばちとコルレーニョ風に弾くのでちょっとびっくりしたんですが、あとで調べてみたら、そう書かれているんですね。モーツァルト侮りが足し。ああでも、本当にステキなモーツァルトでした。それにこの曲、モーツァルトの音楽の中でも最高に粋な音楽のひとつですね。始まりの旋律が伴奏になっちゃうところといい、お終いの人を食ったような終わり方といい、モーツァルトの笑顔が見えてくるようです。

休憩のあとは、チャイコフスキーの「マンフレッド交響曲」。チャイコフスキーの番号なし交響曲だけど、聴いて納得。交響曲と言うより物語のある交響詩風。こうして聞き比べるとチャイコフスキーって(番号付き)交響曲は、純音楽的に表題を排して書かれているんですね。
でも、この曲、円熟期に書かれたわりには少しチャイコフスキーらしからぬ退屈。叙情性に欠けるというかのめり込めるロマンティックさが不足気味。大編成のオーケストラにオルガンまで使ってマッシヴなオーケストラ・トーンを楽しめるんだけど、でもやっぱりチャイコは叙情よね〜。ユロフスキさんとロンドン・フィルの演奏は、ものすごい充実。ここ3回のロンドン・フィルの音楽会の充実ぶりは凄い。なんか、ユロフスキさんオーケストラにますます磨きをかけてる? 彼の指揮でナショナル・ユース・オーケストラのライヴの放送を聴いたけど、オーケストラを徹底的に訓練して演奏してる感じ。ロンドン・フィルのリハーサルも結構きつくしてるんじゃないかと想像。オーケストラも生き物だから、停滞する時期も落ち込んでいく時期もあるけど、目の前で伸び盛っているのを聴いていくのは喜びですね。ロンドン・フィル、まだまだ良くなるんじゃないでしょうか。それにしても、数年前にユロフスキさんを主席指揮者に選んだのは慧眼だなぁ。
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by zerbinetta | 2011-12-03 08:29 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(2)

無邪気にショウリョウバッタの首を抜く残酷さ アリス=サラ・オット リサイタル   

22.11.2011 @queen elisabeth hall

mozart: variations on a minuet by duport, k573
beethoven: sonata no. 3
chopin: three walzes op. 34, three walzes op 64 nos 1 & 2
liszt: études d'exécution transcendante s139
no. 11 'harmonies du soir', no. 12 'chasse-neige'
concert paraphrase on verdi's rigoletto s434

alice sara ott (pf)


アリス=サラさんは言うまでもなく人気のピアニストです。彼女のピアノ、今までに3回、オーケストラとの共演で聴きましたが、いつも彼女のピアノは大ホールより小さなホールが似合うのではないかって感じてました。で、今日ついにそれが実現しました。サウスバンク・センターの席数1000弱の中くらいのホール。ピアノのリサイタルがよく行われます。

ステージににこにこしながら小走りに出てきたアリスさんは、真っ白い衣装、そしていつものように裸足。ピアノの前に座って、いつものようにせかせかとつまみをくるくる回して椅子の高さを調節します。これ、癖なんでしょうね。だって普通、始まる前に高さ合わせてあるよね。それから少し間を置いて弾き始めました。わたしはさっきプログラムをちらっと見ていたので、ベートーヴェンのソナタ第3番であることをちゃんと知ってます。ってあれ?ベートーヴェンってやっぱ若い頃はかなりモーツァルトっぽい。スタートラインはモーツァルトなのね。ってあれ?変奏曲だ。ソナタなのに、いきなり変奏曲で始めるなんて、さすがベートーヴェン。とか思いつつもいやにモーツァルトっぽいなぁと不安に思って隣の人のプログラムをちら見したら、なあんだ、1曲目はモーツァルトだ。解決解決。
アリスさんの音は、ゴムのように弾力性があってぴたりと吸い付くような響きで、それがバスの動きに合ってて面白かったです。でも、なんだかとっても楽しそうに弾いていて、プロの演奏家というよりも(もちろん演奏のレヴェルはプロなんですけど)、ピアノを習っているお嬢さんが楽しそうにピアノを弾いている感じ。それがサラさんにとってのモーツァルトなんじゃないかって思います。

2曲目のベートーヴェンは、もちょっと真面目に、でもやっぱりうっとりとピアノの中に没入してる。音色は少し変わって弾むような重さもあってこれはベートーヴェンっぽい。ベートーヴェンってモーツァルトに比べると重心の低い音楽ですものね。アリスさんのピアノは無理なく、普段弾かれてるように弾いてるように聞こえました。やっぱりアリスさんはがしがしとオーケストラと対抗しないで、自分の裡にこもりながら弾くのが、彼女の良さが出て良いように思えます。

休憩のあとはショパンとリスト。ショパンは作品34の3つのワルツと作品64から2つのワルツ(1番と2番)。そうそう、作品64の1って「1分のワルツ」っていう表題が付いてましたが、これ、「子犬のワルツ」ですね。
ステージに小走りで出てきて、ピアノに向かって座ったかと思うと今度は間髪入れずに弾き始めました。ショパンのワルツは、彼女のCDのヴィデオ・クリップにあった湿り気のあるメランコリックな演奏になるかと思いきや、結構ドライでリアリスティックな演奏になりました。予想外。正直、わたしは、例えば、望郷の物語を彼の音楽の後ろに見えたり、何か物語を感じる演奏の方が好きなので、今日の演奏はちょっとあっさりしすぎてるように思えました。
続いてリストの超絶技巧練習曲から「夕べの調べ」と「雪嵐」。これがとっても良かったのです。わたしはピアノが弾けないので、この曲がどんなに難しいのか(もしくはわりと簡単なのか)分からないんですけど、アリスさんは無理なく弾いていて、難しいようにはちっとも聞こえない。そしてなんだか雄大で、深い深い海に呑まれるかのような感じをいだきました。それがちょっと怖かったです。落っこちたらもう2度と浮かび上がれないような気がして。そういう風に感じる演奏って滅多にないので、凄い演奏なんだと思います。
お終いの「リゴレットの主題による演奏会用パラフレーズ」はエピローグ。これはもう、ピアノの音楽を楽しむばかりの曲で、技巧的な音楽を楽しむしかありません。さらりと弾いてしまうところ、アリスさんって技術的にとっても上手い人なのかも知れません(そうは感じない、というか気がつかないんですけど)。

大きな拍手でアンコールは、「エリーゼのために」と「ラ・カンパネルラ」。実は、プロのピアニストの方が弾かれる「エリーゼのために」は初めて聴きましたが、優しく美しい曲ですね。いつも途中でつっかえたりするのを聴いていたので、ちょっと新鮮です。

今日はさすがに日本人多めですけど、アリスさん、ロンドンでも人気です。拍手も絶大で、サイン会にもいつも以上に人だかりができていました。なんかすごいです。

ただわたしは、まだ不思議な思いを抱いたままです。何かをちょっと怖れてる。
彼女はとっても音楽に没入して演奏するタイプの人だと思います。それはとっても純粋で、でもそれ故に、まだそいういことを自分自身で知覚していないのではとも感じるのです。まだまだ無垢の部分が多い。例えば、わたしの好きな若手のピアニスト、ユジャやブニアティシヴィリさんは、自分たちの持ち味、音楽を自覚して作ってる、弾いていると感じるのだけど、アリスさんからはそれをあまり感じないんです。まるで、幼子が、キラキラと輝いた目で、ショウリョウバッタの首を引っ張って抜くみたいな。大人から見るとそれは残酷で悪いことという判断ができるのだけど、子供にとってはまだ、それは遊びで、善し悪しもないし悲しいことでもない。なんだか禁じられた遊びの世界。そういう風な感じを彼女の演奏から受けたのです。なんだか純粋に楽しそうに無垢なまま音楽を演奏していてる。それはとっても素晴らしいのだけれども、子供から大人になっていろんなことが意識の中に自覚されるようになったらどんな風に変わっていくのか、楽しみでもあり危ういものも同時に感じてしまうのです。これから彼女がどのように成長していくのか、しばらく見つめていきたいと思います。
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by zerbinetta | 2011-11-22 23:54 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

 ラデュレのバラの花びらのマカロンのような至福のモーツァルト アバド、ルツェルン祝祭オーケストラ   

10.11.2011 @royal festival hall

mozart: symphony no. 35
bruckner: symphony no. 5

claudio abbado / lucerne festival orchestra


何を言葉にすればいいんだろう。あまりの感激の前に言葉も出ない。
モーツァルトの交響曲は、もう全くこれ以上ない、わたしにとって理想の演奏でした。颯爽として生命力に溢れて、どこを切っても血潮がほとばしるみたいな。晴天の音楽。いいえもっと高く、天上の音楽。ヴィブラート控えめだけど乾いた音にはならず、表情の付け方なんかはむしろ現代オーケストラのもの。というか、とっても中庸。近年盛んな古楽器的な演奏と現代楽器的な表現の演奏を絶妙なさじ加減で融合して、どちらともとれない、両方の長所を抽出した感じ。それに決して極端なことをしなくても、最上の意味で中庸な音楽が心に響くんです。モーツァルトの飛躍する音が空を翔るようで、楽しくて嬉しいったらありゃしない。わたしの心も音楽と一緒に思いっきり解放されて天翔てる感じ。天真爛漫で翳りがなくて、生命の最高の瞬間をぴたりと切り取った音楽。ああモーツァルトってちゃんと演奏されればやっぱりステキすぎ。アバドさんとルツェルンって、マーラーとかブルックナーとか大曲ばかり演奏してきてるけど、モーツァルトの連続演奏会とかしてくれないかなぁ。ほんとにいいモーツァルトって滅多に聴けないんだから。

アバドさんの指揮ってオーケストラをぐいぐい引っ張るという感じではなく、オーケストラをオーラで包み込んで、自発的な音楽を引き出してまとめるという感じでオーケストラの奏者に音楽の多くの部分を委ねるという感じがするの。だから、オーケストラが不調だと、それにずるずると引っ張られちゃって上手くいかないことがあるというのを何回か聴いたことがあるのだけど、反対に、オーケストラが自発的に演奏できる上手いところだけどぴたりとはまってそれはもうとんでもなくすごい音楽になるのね。それにオーケストラの人たちが気持ちよさそうに弾いているのがいいの。特にモーツァルトみたいに、シンプルで演奏者の姿がはっきりと出ちゃう音楽は、こういう自発的な演奏をできるオーケストラがぴたりとはまるような気がする。最近食べたラデュレのバラの花びらのマカロンのごとく、さりげない極上の音楽。控えめなバラの香りが口中に広がってクリームの美しい味が引き立つんです。モーツァルトの音楽もすっと鮮やかにでもあざとくなく香り立つ。至福の時。

休憩のあとのブルックナーは、ううう、もう圧倒的な音浴び。昨日より良い席で聴いたので全身に音を浴びました。2回目なのでどんな風に演奏されるか、分かってるので昨日のようなドキドキ感はなかった分、余裕を持ってじっくりと落ち着いて聴くことができました。初体験の昨日の方がより強いインプレッションを持ったけれども、じっくりと音楽を味わえた分、今日の演奏もとても良かったです。2回も聴けてなんと贅沢、幸せ。

それにしても、アバドさんお元気そうで良かった。そりゃ、大病はしたし歳はとったけれども、顔色はとっても良くつやつや、指揮姿からはオーラ出まくりだし、音楽の生命力ときたらそんじょそこらの若い指揮者が束になってかかっても敵わないほど。若々しい音楽は永遠の青年って感じ。まだまだ、ステキな音楽を聴かせてくれそう。それにしてもルツェルンでこんな奇跡が起こってたなんて、ヨーロッパにいる間だけでもルツェルン通いしてたら良かったな。
シューマンの曲がアンコールとして用意されていた様子でしたが、アバドさんはオーケストラの人と談笑しながらアンコールはなしにしたみたいです。でも、あの圧倒的な音楽のあとに、もはやこれ以上音楽なんていらないでしょう。
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by zerbinetta | 2011-10-11 07:59 | 海外オーケストラ | Comments(2)

ピアノが主役の音楽会   

26.07.2011 @wigmore hall

fortepiano after j.a. stein ca.1788
cpe bach: sonata in g minor w65/17

fortepiano after a. walter and sohn ca.1805
mozart: fantasia c minor k.475
beethoven: sonata in c sharp minor op.27 no.2

fortepiano after c. graf ca.1819
schubert: impromptu in b flat major d935 no.3

fortepiano after j. pleyel 1831
chopin: nocturne in c sharp minor op.48 no.1
polonaise in c sharp minor op.26 no.1

fortepiano after liszt's boisselot 1846
liszt: funérailles

viviana sofronitsky (pf)
paul mcnulty (fortepiano building)


しばらく前にウィグモア・ホールのウェブ・サイトを眺めていたら、面白そうな音楽会を見つけたの。5台のフォルテピアノによる音楽会。合奏ではなくて、作られた時代の異なる(実際の楽器は、オリジナルの精巧なレプリカで作られたのは最近です。熟達の宮大工が金閣寺を再建するようなものですかね)楽器で、当時の音楽を弾くというものです。ピアノを製作したのは、ピアノ制作者のマクナルティさん。会場に着くといきなりステージの上に所狭しと5台のピアノ。演奏者はそのピアノの間を縫って移動します。実はわたし、フォルテピアノをちゃんと聴くのは2回目。初めて聴いたフォルテピアノはこの間のラベックさん姉妹の2台のピアノのための協奏曲だったのです。
ピアニストはソフロニツキーさん。お父さんは神とあがめられたほどのピアニストだそうです。そしてこの音楽会が面白かった。ライヴァルにはマリインスキーのバレエやアリーナの音楽会があったのに、これを聴きに行って後悔しないかな、なんて聴く前は若干思ったりもしたけど、終わった後は聴いて良かったと心から思える音楽会でした。
音楽会は1788年頃作られたピアノフォルテから始まって時代を巡ります。このピアノフォルテは少し小型でペダルがありません。でも、音はチェンバロよりもピアノに近いし、ちゃんとピアノもフォルテも表現できます。CPEバッハの音楽はわたし的にはちょっと退屈な部分もあったけど、ピアノの部分、フォルテの部分を対比させて書かれた、当時の鍵盤楽器音楽としては最新鋭だったのでしょう。つかみはばっちりです。

1805年のピアノになって表現力が格段に上がったように思えます。モーツァルトの幻想曲は、ストリングスのような金属を弾くような音色で、ああこれがモーツァルトのピアノなんだって思いました。というのはわたしの愛聴版、インマゼールさんが録音した同曲のCDの演奏が同じような音色だからです。現代のピアノでは出せない音色。この音色が好きなんですね。
ところが同じピアノで弾かれた、ベートーヴェンの月光ソナタ、さっきとは全く異なる柔らかなフェルトのような音色。同じ楽器なのにこの対照にびっくり。いきなり第1楽章が有名な分散和音が静かに鳴る音楽だったんですね。これもびっくり。

休憩の後はさらに時代が下って今度はシューベルト。このピアノがまたまた面白い。このピアノの特徴はなんとペダルが4つ付いてて音色を変えられるのです。ソフロニツキーさんは、即興曲を適所適所で音楽に合わせてペダルを使って音色を変えて弾いてくれたんだけど、これがもうびっくりするくらい効果的でステキ。シューベルトの音楽が俄然面白く響くのね。

お次はショパン。ショパンがこれ以上のものはないと言ったプレイエル。ショパンは、自分のコンディションがベストではないときには、簡単にピアノの自前の音色が引き出せるエラルドのピアノを好んだそうですが、調子の良いときは自分の音色が引き出せるプレイエルのピアノを好んだそうです。そして、このピアノから音量がうんと大きくなっているんですね(それまでのも少しずつ大きくなってるんですが)。現代の楽器より音がシンプルで飾らない気がしますが、このピアノで弾かれると、現代のピアノでの演奏でありがちな余計な感傷的な音色が付け加えられないので、ショパンの音楽がより強く男性的に響きます。

そして最後はリストのピアノ。ここまで来ると現代のグランドピアノにだいぶ近くなるのだけど、ピアノとフォルテの幅が広くなってダイナミック。リストの書いた長大なクレッシェンドがもうかっこよすぎてたまらない。

ソフロニツキーさんのピアノは、わりと小さな単位でフレーズを起こし直す表現が、わたしの好みには合わなかったのだけど、それぞれのピアノの特徴を出す選曲はもうこれしかないというものだし、100年近くにわたる音楽の様式の変化、楽器の変化をそれぞれの音楽でしっかり表現されていて、凄いと思いました。

音楽会はこれで終わりではなかったんです。この後サーヴィス満点のアンコール。今まではそれぞれのピアノでそれぞれの時代の音楽を弾いて聞き比べたけど、今度は同じ曲を違うピアノで弾いたらどうなるか聞き比べてみましょうって片言の英語で紹介があって、何曲かを続けて別のピアノで弾いてくださいました。これがまたとっても面白くて、それぞれのピアノの音色の違いがダイレクトに分かるし、そして、モーツァルトの曲はモーツァルトの時代のピアノで最も美しく響くし、ショパンはやっぱりショパンの時代のピアノで本質的なものを現すと思ったのです。それはもうぴたりと。
今は、ピアノといえばスタインウェイやたまにはベーゼンドルファー、ヤマハなんかが音楽会で弾かれるけれども、そしてそれは決して間違いだとは言わないけど、わたしにとって音楽が書かれた時代の楽器で音楽を聴くというのは掛け替えのないものだなと改めて思いました。多分モーツァルトは、スタインウェイのピアノを前にしたら全く違った音楽を作曲していたに違いないし、それはピアにズムを極めたショパンやリストでも一緒。音楽家にとって楽器やその音色はもう不可分なものだから、少なくともわたしは、一方でそういう聴き方、音楽の楽しみ方を続けていきたいなと思いました。そういうことのできるなんて恵まれた時代に生まれたのでしょう。

ピアノがいっぱい
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by zerbinetta | 2011-07-26 07:50 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

語るように歌う   

21.06.2011 @royal festival hall

haydn: symphony no. 64
mozart: Concerto in E-flat major for two pianos, K.365
mozart: symphony no. 33
haydn: symphony no. 95

Katia Labèque, Marielle Labèque
sir simon rattle / oae


ラトルさんと啓蒙時代のオーケストラ(OAE)。ロンドンのオーケストラの中では、ラトルさんと一番仲の良いオーケストラです。毎シーズン1度は共演してるしね。今日は古典の王道、ハイドンとモーツァルト。でも、プログラムは凝っていて、珍しい、ハイドンは交響曲第64番とか、モーツァルトの2台のピアノのための協奏曲とか。ハイドンの交響曲第64番は時の移ろいというなんだかおしゃれな副題がついてるんですけど、これがまた面白い曲でした。
最初、えっ?聞こえないよみたいな弱音のささやきから始まって、いきなり虚を突かれて、ハイドンらしい明快な音楽と思ったら、なんだか取り付く島のないようなつかみ所のないような音楽で、でもそれがかえって面白いんです。音楽は歌うと言うよりぶつぶつとおしゃべりしているようで、特に第2楽章なんて暖炉の前でゆったりと会話しているような音楽です。とってもしみじみ。

ふたつめのモーツァルトの2台のピアノのための協奏曲はラベックさん姉妹の独奏。ラベックスさん、フォルテピアノも弾くんですね。でもOAEとは初めてのようです。そう言えば、ネットで検索するとラベック姉妹さんって日本では過去の人の位置づけなのね。CDが発売されなかったり、来日しなかったりすると、活躍していないように誤解されるかもだけど、わたしはUSでもこちらでも彼女らのステキな演奏を聴いたし、こちらではちゃんとずっと活躍しているんですけどね。
ステージに現れたラベックスさんは相変わらず美人。そして、おしゃれ〜〜。フロックコートを着て、コスプレみたい。わたし、どちらがカティアさんでどちらがマリエルさんか分からないんですけど、このお二人、見事に演奏のスタイルが違っていて、それがデュオにぴたりとはまるんですね。奔放な第1ピアノ(服装も容姿も派手め)を支えるしっかり者の第2ピアノ。二人の個性の違いが音楽の幅を広げて奥行きを深くしているように思えます。と、事件が。
指揮台に立ったラトルさん、真っ赤な拍子の楽譜を持ち上げて、「ここに美しい、モーツァルトの交響曲第33番の楽譜があります。。。取りに戻った方がいいですね。しばらくお待ち下さい」なんてことを言って会場大笑い。和みます。しばらくして戻ってきたラトルさんの手には、正しい協奏曲の楽譜。これも真っ赤な拍子なので、係の人、間違ったんですね。でもね、こういう気の置けない音楽会だったんです。音楽もそんなintimate(日本語でどういうの?)な雰囲気の曲だし、古楽器自体が音が小さくて距離感の小さな音楽を作るから。ただ、大きなロイヤル・フェスティバル・ホール。遠くで聴いていた人には聞こえづらかったかもしれませんね。会場はラトルさん人気で立ち見が出るほど盛況だったけど、本当は小さなホールでやるべきでしたね。
でも、演奏はとってもステキ。モーツァルトは2台のピアノをほぼ対等に扱ってるのでふたりの個性の違いが際だつことはあまりないんだけど、それでもそれぞれの個性は聞こえてくるし、長年デュオで演奏を続けてきているだけに息ぴったり。音の粒まで完璧に合わせてきます。凄いとしか言いようがありません。そういえば、この曲の最終楽章、さっきのハイドンの交響曲の最終楽章と作りが似てませんか?旋律の繰り返しとか似てるような気がするんだけどなぁ。

休憩のあとはモーツァルトの交響曲第33番。第29番とともにかわいくて大好きな曲です。ジュピターのメロディが登場するんですね。モーツァルトの若い頃の(って亡くなったのが35歳だから最後まで若いんだけど)音楽って、やっぱり古楽器の演奏が好き。ふくよかに塗り固められちゃうとなんだかべったりとして軽さがなくなるから。音に羽が生えてるような風のような軽さがスキなんです。ラトルさんの音楽って、そんなモーツァルトにぴったり。ラトルさんの指揮ぶりを見ていつも思うのですが、この人と音楽を一緒に演奏したらとっても楽しいんじゃないかって思うんです。ラトルさんの音楽が大好きという気持ちがストレイトに伝わってきて、スキだと告白されるみたいに嬉しくって天にも昇る気持ちになるんです。そんな音楽デショ。交響曲第33番って。

最後のハイドンの交響曲第95番も余り有名でない曲だけど、最後にロンドン旅行の際に書かれた交響曲のセットの入り口で、あとのものほどではないんだけど結構堂々とした構え。チェロの独奏が大活躍するのもなかなか独創的だし(しゃれ?)、最後にフガートが出てくるのが、なんか立派な感じでステキ。ラトルさんはハイドン得意だし、OAEと親密な理想的な演奏だったと思います。今日の音楽会では、ほぼ同時代を生きたハイドンとモーツァルトの対比が面白かったし、話すように歌う音楽が、音楽って実は雄弁な言葉なんじゃないかなって感じられて、とても良い音楽会だったと思います。つい夕暮れ時のテムズ川沿いの夜景を見ながらホールをあとにしました。ハイドンが来たとき、ビッグベンはあったんでしょうか?

そうそう、あとで知ったのですが、今日の音楽会、歌手のマドンナさんがいらしていたそうです。ううう、近くで見てみたかったな〜(ミーハー)。気がつかなくて残念。
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by zerbinetta | 2011-06-21 00:07 | 啓蒙時代管弦楽団 | Comments(4)

神の庭に遊ぶ   

16.06.2011 @barbican hall

mozart: piano concerto no. 27, k595
bruckner: symphony no. 4

maria joão pires (pf)
bernard haitink / lso


わたしにとって河童指揮者といえば、ゲルギーとハイティンクさんなんです(なんてのっけから失礼な書き出し)。そのハイティンクさん、何故かわたしには鬼門なんです。ものすごく良い演奏をするときもあれば、わたしにとって余りしっくり来ない音楽の日もあったりです。ブルックナーもロイヤル・コンセルトヘボウと演った交響曲第9番はとっても良かったんだけど、シカゴと演った交響曲第7番はオーケストラの不調もあっておやおやな感じでした。今日はどうなるのでしょう?
もうひとつ、予定ではペライヤさんがシューマンの協奏曲を弾くことになってたんです。前にもハイティンクさんとのコンビで聴いたことあるんですけど、ペライヤさんのシューマン、立派すぎてわたしには合わなかったんです。シューマンとかシューベルト(これも聴いたことあります)って、緩い部分がないと音楽から彼らの個人的な思いが失われてしまうと思うんですね。ペライヤさんの音楽は、ベートーヴェンのように構成的で隙なく音楽を築いている感じで、わたしにとって大事なところが欠けていたように思うんです。なのでちょっぴりあれだったんだけど、数日前にペライヤさんがキャンセルになってピレシュさんがモーツァルトを弾くことに。ふふっ、わたし的にはラッキー。

そのピレシュさんのモーツァルト、これがもう本当に良かったんです。ピレシュさん、遠くから見ると生成な感じの森ガール風の衣装で、何というか友達の家を訪ねた感じで気負いがなくて自然体。音楽自体も全く純粋の極みというか自然なんです。オーケストラの音楽が聞こえてきたとたん、窓から涼やかな春の風が吹き込んできた感じで、何か自分の家にいるみたい。そしてピアノが聞こえてくると、隣の家の窓から誰かがピアノの練習をしているのが聞こえてくるというような感じで、風に乗って音がやってくる。もちろん、聞こえてくる音は極上でピアノの練習のレヴェルではないんですけど、音楽に込められてる音の喜びは無邪気で純粋で、神の子が音遊びしているよう。それに。モーツァルトのこの曲って、他のモーツァルトの音楽のようにオペラ・ティックではないのですね。オーケストラの付け方も最低限で、特に第2楽章なんかはピアノのソロをオーケストラがつなげる感じでピアノの伴奏をほとんどしないし、なんだか、モーツァルトの内面の個人的なお話を聞いている感じ。それがピレシュさんの演奏とぴったりと相まって至福の時なのでした。オーケストラもピレシュさんの音楽に仲良く寄り添ってステキなんです。シンプルな故に室内楽的な親密感と緊張がバランス良くあってほんとにほんとに良い演奏でした。これだけで元取れた感じって6ポンドもしない席だけど。

そしてブルックナーの交響曲第4番。ロンドン・シンフォニーの柔らかな音色はこの曲に合うんだろうなとは思っていましたが、、、あまりのステキな音楽に心は震えっぱなし。神の庭にさまよい込んだみたいです。絶句。第1楽章と第4楽章はゆったりとしたテンポで、雄大。わたし、ハイティンクさんって、無為でオーケストラに任せて何もしない指揮者なのかなと思っていたんですが、音楽はとっても自然なのでそう聞こえるんですけど、実は細かい隅々にまでしっかりコントロールして音楽を作っていたんですね。フレーズの納め方がとっても上手いし、音色のブレンドの仕方もとっても神経が行き届いていて、ハイティンクさんの思い描いている音をオーケストラが鳴らしているんだと思いました。そして、テンポの変化の絶妙さ。ぐいぐいと引っ張る感じではないけれども、音楽の必然に任せて自然で、でも何もしないんではなくて、意識的にテンポを動かしている。心憎いばかりの巧さ。
ブルックナーの湿り気のある暗い森の雰囲気ではなくて、オーケストラの音色の明るさもあって、草原にきらめく春の陽光のよう。プログラムの前半のモーツァルトに妙にマッチしていました。第2楽章ももったりしない少しだけ流れるような速めのテンポで、なんだかとても良い気分で森を散策するようで、すがすがしいのです。ハイティンクさんのテンポ感がわたしの裡のテンポにぴったりとはまって、これはわたしのブルックナーと思わず叫んじゃいそうでした。わたしがCDを含めて今まで聴いたブルックナーのこの曲の演奏の中で一番でした。終わってしまうのが惜しくて惜しくて、ブルックナーってもっと長かったよね、終わらないよね、と願ってしまいました。この音楽会、2回繰り返されたんですけど、残念ながら今日はその2日目。もしこれが初日だったなら間違いなく、もう1枚チケット取ったでしょう(ロンドンではハイティンクさんとロンドン・シンフォニーでも売り切れにならないんです)。また聴きたい、あの音楽にもっと浸りたいと思う希有な音楽会のひとつとなりました。
幸い!BBCラジオ3でオンデマンドで聴くことができます。また、将来CDで発売になるそうです。
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by zerbinetta | 2011-06-16 22:23 | ロンドン交響楽団 | Comments(6)

えええっ! なんでチケットが2枚?   

03.04.2011 @royal festival hall

rossini: overture, guillaume tell
mozart: piano concerto no. 23
brahms: symphony no. 2

ingrid fliter (pf)
danail rachev / po


順調に減りつつあるチケットの束を観察してたら、えええっ! 今日のチケットが2枚ある! 彼と音楽会デートするんだったけ? いえいえまさかー、だって違う時間帯の違う音楽会が1枚ずつですもの。あああ、今日は音楽会2回。。。
もう行く前からだるだるで、しかもわたしの家からサウスバンクに直接行ける地下鉄が止まってるぅ。ロンドンの地下鉄の止め方は半端ないですからね。ロンドン五輪に向けてのインフラ整備のためだけど、主要各線が週末にごっそり止まるというのは、日本では考えられない。例えて言うならば土日は山手線が全部止まるとか。というわけで、出鼻もくじかれてテンション下がりきってるのに、会場に着いてホールへの階段を上がっていくと、10分で始まりますよ、席について下さいのアナウンスと共に、今日の指揮者が替わりましたって。うぐっ。今日は指揮者のフルシャさんを聴きに来たのに。誰指揮者?知らない人? そしてメンバー表を見ると、ティンパニのスミスさんがいない。。。フィルハーモニアに来てスミスさんがいないなんて、お醤油をかけない素冷や奴のようなものだわ。それにフィオナちゃんもいない。。。もうがっかりを通り越してがっくし。マチネだしぃ〜だらだら〜んと聴こうかぁ〜、やる気ないし〜みたいな〜。

そんなこんなだから、指揮者を見るわたしの目もとろんとして冷たい。ラチェフさんは、あとで調べたらわたしと同い年(今、ググってみようと思ったの誰? 1970年生まれですよ〜)。指揮者というよりテノール歌手の顔。指揮しながら口で歌ってるし(声は出さないけど口は動いてる)。それにしても最初のチェロのソロからびっくりした。なんとソロイスティックな歌い回し。そのあとのチェロのパートの歌もなんだかオペラティック。この指揮者、忘我没入系だな。歌うのが好きなのかな。そして嵐では今度はかくかくとテンポを揃えてきて、大太鼓のずんずんと思い4分音符の響きがお腹に響く。なんだか良いんだか悪いんだか、雲をつかむような感じで終わっちゃったんだけど、オーケストラは上手い。とても良い音を出していました。良い音が出せるということはやっぱり指揮者が良いのでしょうか。

2曲目のモーツァルトの協奏曲第23番は知ってるようで知らないでもやっぱり知ってた曲。そろはイングリッド・フリッターさん。予想していた感じの人じゃなくて、人間違いしてた。初めて聴く人。そしてとっても可愛らしい人。このモーツァルトは、ラチェフさんのお顔から想像されるままに、ロマンティック・モーツァルト。といってもべたべたに甘いとか、そういうのではなくて、その辺のさじ加減は見事。春のそよ風に歌ってる感じ。ちょっとだけ気になったのは、第1楽章の第2主題の8分音符で半音階で降りてくるところのリズムが、3連符みたいに聞こえてわたしの中のリズムと合わなかったこと。普通にすればいいのにって思った。フリッターさんはラチェフさんに負けず劣らず没入系。完全に音楽の中に入り込んでいましたね。弾いてないときもずうっと音に身を委ねていました。ピアノの音色はきらきらと光りを弾くガラスみたいな、丸みはあるけど少し硬質で透明な音。だからこそ、モーツァルトが過度にロマンティックにならないのかもね。カデンツァは春の光りの中に飛び出して走っていく感じで、溌剌として良かったです。この人のピアノ、もっと聴いてみたいと思いました。それにしても、音楽の最後、少しずつ感情が盛り上がってきて(クレッシェンドをかけるとかテンポを変えるとかするのではなくて、何か心の奥の方から沸き立ってくるものを感じたの)、最後興奮して終わるのにはびっくり。これってまさにロマン派チックな演奏よね。でも、なんかそれが良かった。

最後のブラームスの交響曲第2番は、春が近づいてくる陽気の午後にぴたりの音楽。で、演奏は、素直な感想は普通。ちっとも褒めてないって思われるかも知れないけど、この曲を普通に聴かせてしまうのってやっぱり凄いって思うんです。目を閉じていればCDを聴いているみたいでとても完成度高いし、不満に思うことは何もないんですね。この曲ってむちゃくちゃ緻密に作曲されてるのに、聴いてるとそんなそぶりをちっとも感じさせずに自然で、たゆらか。まさに、作曲されたその通りの演奏だったんです。ひねくれ者のわたしは、ドキリとする瞬間やうわお!と思う瞬間をつい期待してしまうし、最後ははちゃめちゃに興奮のるつぼ的な演奏が好きなんだけど、するりと耳に入ってくる演奏をぼんやりと聴くのもなんて贅沢な午後の時間の消費の仕方でしょう。ラチェフさん、ただ者ではないと見た。

つづく
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by zerbinetta | 2011-04-03 09:12 | フィルハーモニア | Comments(0)

listen again LPO   

2月19日に行われた、ヤニック・ネゼ=セガンさんとロンドン・フィル、韓国のイケメン独奏者のおふたりによる音楽会、モーツァルトの協奏交響曲とマーラーの大地の歌が、LPOのサイトで聴けます。録音はちょっと平べったくなってる感じだけど、歌はマイクで直接拾ってるので良く聞こえます。ちょっと聞こえすぎってってくらい。歌付きの音楽会は、会場のどこで聴くかで印象がずいぶん変わりますね〜。3月10日(GMT)まで。ぜひ聴いてみてくださいね。
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by zerbinetta | 2011-02-24 19:45 | ロイヤル・フィルハーモニック | Comments(2)