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ユートピアはミレドミレドミレド悪夢 N響ミュージックトモロウ2014   

2014年6月27日 @オペラ・シティ タケミツメモリアル・ホール

権代敦彦:utopia〜どこにもない場所〜
細川俊夫:トランペット協奏曲「霧の中で」
猿谷紀郎:交響詩「浄闇の祈り2673」

イエルーン・ベルワルツ(トランペット)
高関健/NHK交響楽団


去年、うっかりしていて(気づいたら終わってた)聴きに行けなかったN響ミュージックトモロウ、今年はしっかり聴きました。だって安い席1000円なんですよ。お値打ちじゃないですか。前の年に日本で初演されたオーケストラ作品に贈られる尾高賞の作品を中心に据えた音楽会です。今年、第62回尾高賞の受賞作品は、細川俊夫さんのトランペット協奏曲「霧の中で」と猿谷紀朗さんの交響詩「浄閻の祈り2673」です。細川さんの方は、わたし、去年の初演を聴いているのですね。今日は聞き比べができる(のかな??)。

それぞれの作曲家さんと音楽評論家の白石美雪さんのプレトークがあって、作品を掻い摘まんで解説して下さります。それが、とっつきにくくてどこを目当てに聴いていいのか分かりづらい多くの人にとって初めて聴く現代の音楽を聴く良いとっかかりになったと思います。とりつく島ができたというか。プログラムにも解説は書いてあるけど、作曲家ご本人の声を聴くのはやはり違いますしね。

最初の曲は権代さんの「ユートピア」。N響の委嘱作品で今日が初演。権代さんが、ユートピアは決して理想郷ではなく苦痛に満ちたというか、わたしには悪夢を見るような音楽でした。わたしの苦手なミニマムじゃないけど、しつこくたった3つの音を繰り返す背景は、緩徐的に精神をむしばんでいくような気がして辛い。もちろん作曲家もそんなユートピアの皮肉でもない泥沼にはまっているのだから作品の意図するところではあるんだけど、聴くのは健康に悪いなぁ。拷問だわ。じゃあ、これが音楽として間違いかというとそうではなく、多分、音楽は文学や絵画と同様に人間の感情のありとあらゆるものを表現するものと考えるのが良いと思うので、(音楽は感覚に一番直接響いてきちゃうので)苦渋の音楽はかなり辛いのだけど、ありだと思うんです。この曲は、とは言っても決して耳に入れたくない汚い音を使ってる訳ではなく、クラシック音楽からの伝統的なものからさほど離れてない、むしろ分かりやすい、しっかりとした力作だと思います。

2曲目は、細川さんのトランペット協奏曲。ソロを吹くのは去年、初演したベルワルツさん。この曲は、ベルワルツさんを想定して書かれているので(トランペットの管を通した声を使うとか)、彼の自家薬籠の中というか、すでに何度か演奏してこなれているせいか余裕を持って吹いていました。なので、演奏としては多分、初演のときよりも良い演奏だと思うのだけど、わたしも聴くのが2回目のせいか、1回目のときほどのドキドキ感はなかったです。バックの高関さんとN響の演奏も、細川さんの協奏的作品が、ソロがシャーマンでそれに対抗するオーケストラという役割を持っている、といいつつもこの曲が「霧の中で」と題するように、オーケストラがむしろ柔らかくソロを包み込むように書かれていることもあって、ソロを包み込んでサポートする方向に振れていたのが、反対に対立の緊張感を後退させてもやんとした雰囲気にしてしまったようで、確かに霧の中かもと思いつつも、わたしはやっぱりある程度のアグレッシヴさは残して欲しいなと思ったのでした。

休憩のあと最後は、猿谷さんの交響詩。伊勢神宮の第62回式年遷宮を記念して書かれた音楽。(後半が)ちょっと長く感じるところがあったのは事実だけど、わたしはこの曲が今日の中では一番好きでした。海(波)を感じさせるようなさわさわとした響きと舞のような動きのあるリズムが心地よくて。視覚的なイメジをいっぱいに広げるような曲でした。解説には雅楽的な響きとも書いてあったけど、わたしにはむしろ西欧音楽の響きの方が強く感じられました。雅楽の持つ、時間の自由な伸縮性や音程の曖昧さのようなものをオーケストラに要求はしていなかったと思うので、雅楽を模倣するものの西欧音楽の論理の上にあったような気がします。

高関さんとN響の演奏はとっても良かったです。どの曲もとても丁寧に譜面を音にしていました。N響、上手いですね。模範的で標準的な演奏だったと思います。聞き慣れた曲ならばこれはもしかすると、個性のない物足りない言う人もいるかもしれないけど、ひとつを除いて初演ではないけれども初めて聴くような今の音楽では、まずきちんと作曲家のイメジどおりの音にすることが、作品の評価を作る上で一番大事で、個性的な解釈はときには作品の姿を歪める場合もあるので、こういう風にきちんとしたプロフェッショナルな仕事はとても素晴らしいものだと思います。作曲者も嬉しいんじゃないかって思うんです。

それにしても、現代音楽の音楽会って、お客さんにいつもの顔が多くて面白い。もちろん、あの顔前にも見たと言うだけでお名前も素性も知らないんだけど(耳に聞こえてくる会話をちょっと盗み聞くと音楽学校の学生や現代音楽をやってる人が多いのかな)、なんかサークルに入ったみたいでウキウキしちゃうんです。音楽が小さな(専門家)サークルに留まるのはイカンという意見もあるけど(と言うかそっちが主流(?))でも、古典が演奏されるようになって現代音楽が分離してくると現代音楽を支持してるのはいつも小さなサークルだったという歴史を考えると別に不自然なことじゃないと思うの。(さらに言うと、ハイドンやモーツァルトが現代音楽だったとき、彼らの音楽を聴いていたのは、わたしたちから見るとごく一部のサークルの人だけ。市民が平等になってみんなが自由に音楽を享受できるようになっても現代の音楽を聴く人って昔と同じ小さなサークルの人たちだけなのよ)。問題は、そのサークルが時を経てじわじわと広がって行くかだよね。マーラーやブルックナーの音楽のように、作曲家の生きていた当時はごく少数の人たちに支持されていた音楽が、今ではたくさんの人に聞かれるようになったように。最初っからみんなに理解できるような音楽ばかりを目指さなくっていいってこと。芸術ってそんな感じでしょ。
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by zerbinetta | 2014-06-27 11:11 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

アジアからのコスモポリタン オーケストラ・ニッポニカ第25回演奏会   

2014年5月11日 @紀尾井ホール

今井重幸:ゴジラのモティーフによる変容「ゴジラのフラメンコ」
チェレプニン:交響曲第1番
池野成:ラプソディア・コンチェルタンテ
伊福部昭:シンフォニア・タプカーラ

高木和弘(ヴァイオリン)
阿部加奈子/オーケストラ・ニッポニカ


ニッポニカ・ニッポンって朱鷺の学名です。今日聴きに行ったオーケストラ、朱鷺にちなんでニッポニカ・ニッポンって名前を付けたと思っていたら、ニッポニカだけだった。。。ニッポニカは、その名前から察することができるように、日本の作曲家の作品を主に演奏している(専門ではありません)オーケストラです。プロのオーケストラかなって思っていたらアマチュアだったのでびっくり。そして、聴いてみたら、えーーっ?!プロじゃないのーー!ってまたびっくり。今まで聴いたアマチュア・オーケストラの中でずば抜けて上手かったというか、プロでしょ。

プログラムの最初は、伊福部のお弟子さんで、今年亡くなられた今井を追悼しての、彼の作品。プログラムを決めてから彼が亡くなったので、急遽、演奏されることになったようです。今日が初演。師匠の「ゴジラ」の音楽のテーマを自由に、とはいえきちんと聞き取れる形に、用いて作られた小品。聴きやすい曲なんだけど、プログラムによると精緻に構成された複雑な音楽とあるから、きっと難しいスコアをさらりと聞こえるように音にした阿部さんとオーケストラを褒めるべきでしょう。それにしても木管楽器とかのソロも上手かったし凄いな。

チェレプニンは、わたし、初めて名前を聞くのだけど、ストラヴィンスキーのひと世代あとのロシア生まれ、フランスを経て、USへ移った(最後はパリで亡くなってる)作曲家。お父さんがバレエ・リュスの指揮者だったり、息子さんにシンセサイザーの開発者がいる音楽一家。そして、伊福部が唯一師と仰ぐ作曲家。と、ウィキに書いてあったことはこれくらいにして、現代作曲家?、どんな音楽なんだろうと、想像の翼を広げてみたのですが、ホ長調と調性が付いてたから古典的な音楽かな?と思ったり、プログラムには、パリでこの曲が初演されたとき(ちなみに日本での初演は今日)、理解できなかった聴衆がロシアに帰れ、と批判したことから、ムズカシイ音楽かな?と思ったり。ふたを開けてみたら、そんなにヘンな音楽じゃないんだけど。。。細かい音符が続く、ルーセルみたいな感じ(ルーセルよく知らないけど)。第1楽章の最後にちょっと、な〜んちゃってみたいな終わり方をしてたり、そして、2楽章は史上初、打楽器だけの楽章。音程を伴わない打楽器による音楽だけど、すでにいろんな音楽を知ってしまってるわたしたち的にはそんなに違和感ないよね。ところで、今日の衣装、女性の皆さんはわりと自由で、上は淡い青や緑のブラウスを着ているのだけど、打楽器セクションは、パート・リーダーのかけ声ひとつ「今日はわしらの見せ場があるから、黒で統一!」と言われたか知らないけど、黒で決めていました。音楽もモノクローム。
正直言って1927年の初演の時点でパリの聴衆を怒らせた音楽には聞こえなかった(彼らはすでに「春の祭典」を聴いている)けど、(今の耳には)耳なじみがいいけど、実はフクザツなのかな。阿部さんは、結構大変そうに振っていました。今日の音楽の中で一番、阿部さんとオーケストラから遠い音楽だと感じました。

池野の「ラプソディア・コンチェルタンテ」はヴァイオリン協奏曲。今日が舞台での初演(前のは放送初演)。これは文句なしに素晴らしい曲。高木さんの渾身のソロといい、演奏も素晴らしかったです。師である伊福部の流れを汲んだ民俗的な作風でありながら、もう少し現代的な手法の中にも鋲を差し込んだ感じで、アジア的ながらもむしろ普遍的。アジアンな音階の旋律をただオーケストラに弾かせただけの音楽ではない、きちんと異化された労作。バルトークみたいと言ったら言い過ぎでしょうか?

最後の伊福部唯一の交響曲(最近もうひとつ出てきたんでしたっけ?)は、伊福部昭の面目躍如といった感じの充実した音楽でした。土俗的というか、民族的っぽいけど、汎アジアなむしろコスモポリタンな感じがして、空想上のわたしたちの根っこを見るような、突拍子もないけど、水木しげるさんが描くパプア・ニューギニアのお面みたいなイメジが膨らんだり、とにかくエネルギッシュで祭礼的。最後は、リゲティの「ルーマニア協奏曲」みたいになって日本人の起源を人類誕生の一点まで遡っていく感じ。戦後の作品だから、語法としては、古いと言われればそれまでだけど、今まで聴いたことのないユニークさがあって、日本の西洋音楽史(西洋の区分は変だけど、西洋の楽器を使った音楽、世界中で演奏されているスタイルの音楽という意味で)の中で欠けているものを、それは単にわたしが知らなかっただけなのかも知れないけど、聴いたような気がしました。武満だけが日本の作曲家じゃないよ。こういう音楽をこそ海外で演奏されるべきと思いました。っていうかわたしこそこういう音楽を知らずにいてもったいなかった。不勉強を反省。
池野の作品といい、伊福部のといい、聞いてると血が騒ぐんですね。でもアジアンな作品と言っても、日本人の血が騒いでるというより、もっと原初的なヒトの感覚。多分、この感覚は西洋の人も共感できると思うんです。だからこそ、日本の音楽として、コダーイやバルトークの作品が世界中で演奏されているように、外国でも普通に演奏されて欲しいんです。今日の指揮者の阿部さんは、フランスを拠点に活躍している方で、日本の作品はあまり振ったことがなく戸惑うこともあったとおっしゃっていたと思うのですが、演奏を聴くとさすが現代音楽のプロフェッショナル。新しい音楽の演奏に演奏家として作曲者のために真摯に取り組むとおっしゃっているとおり、複雑なスコアを音にするだけではなく、曲そのもののエネルギーを解き放っていたし、同じ言葉を話す人どおしの音楽をわたしは感じることができました。阿部さんには、ぜひ、彼女のオーケストラのプログラムにときどき日本人の作品を載せて欲しいってお願いしたいです。
アンコールには、「シンフォニア・タプカーラ」の最後の部分(「ルーマニア協奏曲」っぽくなったところから)をもう一度。

プログラム冊子の曲目解説もものすごく丁寧で情報が多く、これだけでも手元に置いておく価値のあるものでした。音楽会のプログラムを集めれば、日本の現代音楽のまとまったとても分かりやすい資料になることでしょう。
オーケストラ・ニッポニカも芥川也寸志が関わったオーケストラなんですね。新交響楽団とは兄弟みたいな(?)関係?多分、新しい日本の音楽を演奏させたらプロにも負けない日本のトップ・オーケストラでしょう。音楽会のプログラムのユニークさといい、絶対に聴かねばならないオーケストラですね。


♪♪
オーケストラ・ニッポニカの次の音楽会は、第26回演奏会が11月9日、紀尾井ホールです。安部幸明の作品集。指揮はなんとBCJの鈴木秀美さんです。チェロつながり?
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by zerbinetta | 2014-05-11 00:22 | アマチュア | Comments(0)

シャツ、オーダーメイド? ブロカートフィルハーモニー管弦楽団第32回定期演奏会   

2014年3月30日 @すみだトリフォニーホール

シューマン:「マンフレッド」序曲
アッペルモント:トロンボーンのための「カラーズ」
ブラームス:交響曲第1番

吉川武典(トロンボーン)
桑田歩/ブロカートフィルハーモニー管弦楽団


トロンボーンのための協奏曲(のオーケストラ版)が初演されるというので嬉々として行ってきました。初演好き。
ブロカートは錦っていう意味だそうです。東京電機大学のOBのオーケストラとしてできたオーケストラです(今は電機大学以外の参加もありそうです)。ステージに乗ってる人たちは、電気関係の人たちなんだなぁと思うとちょっとびびるわたし。子供の頃、コンセントで遊んでて感電して以来、電気苦手w

オーケストラは、お年を召した方もいるけど若い20代中心っていう感じかな。アマチュア・オーケストラには(というよりプロを含めてオーケストラには)珍しい、ヴァイオリンを指揮者の左右に振り分ける対向配置でした。
このオーケストラは、ずうっと今日トロンボーンのソロを吹くN響の吉川さんが指揮をして指導してきたということだけど、今日はソリストになる彼の代わりに桑田さんが指揮でした。桑田さんは弦楽器畑の人(N響のチェロ奏者です)。なので、弦楽器がいい音出すかな〜と思ったんですけど。

始まりの「マンフレッド」序曲は、ううむ、弦楽器の人、わりとちゃんと弾いてると思うのだけど(フレーズの終わりが速い音符で小さな音のところに難あり)、何か音が違う。音が出ていないように聞こえて、響きがないんですかね。弦を擦った音で楽器の音ではない感じ。なのに不思議なことに、この曲、聴いたことがあるのかないのかさえ分からない曲なんですけど、とても良い曲だと思えたのです。演奏は、曲の魅力をちゃんと伝えてる。どういう訳か、不思議な手品みたいなんだけど、桑田さんは、音楽のステキなところをすごく上手に聴き手に分かるように演奏できるのですね。作曲者と演奏者と聴き手に共感の輪が作られるように。

2曲目の「カラーズ」は、もともと吹奏楽とトロンボーンのソロのために書かれた曲。今日はそのオーケストラ版の初演です。とても聴きやすい、分かりやすい音楽。吹奏楽って、教育音楽の側面が強くて(日本でも中学高校の吹奏楽は盛んだけど(オーケストラ部はあまりない)、プロや社会人のアマチュアの吹奏楽団ってオーケストラに比べて圧倒的に少ないでしょ)、そんなこともあって若い(年齢的にだけでなく、音楽歴の浅いという意味でも)人に受け入れられやすい音楽が多く書かれる傾向にあるけれども、この曲も高校生が演奏したくなるような音楽。でもそれがいいんですよ。トロンボーンのソロ奏者を用意できなくて地団駄を踏んでる吹奏楽部員も多いことでしょう。かっこいい!弦楽器が入ってるのに吹奏楽っぽい音作りの感じもして、わたしは素直に気に入りました。大好き!
トロンボーンの吉川さんは、黒のシャツの、袖口や襟、ボタンのラインに緑や赤、青、黄色の色がヴィヴィッドに入ったのを着てオーダーメイドかな。と思ったら、これ、曲にまつわる色なんですね。それぞれの楽章にそれぞれの色のタイトルが付いていて。実はトロンボーン協奏曲というのは知っていたけど、曲のタイトルはあとで知ったので、シャツお洒落〜としか思ってなかったうっかり者です。トロンボーンのソロのパートは難しいのだろうけど、伝統的なトロンボーンの奏法を生かした、歌うパートで、吹いててきっと気持ちがいいだろうなって思えました。吉川さんは、ウルトラ・スーパー・テクニシャンではないけれども(今まで何人かの超絶スーパートロンボーン吹きを聴いてきたので点数が辛い)、この曲をよく知っててよく歌って吹いていました。良い演奏でしたよ。素直に感動。初演に釣られて聴きに来て良かった〜。ステキな音楽に出会えたのですから。吹奏楽のオリジナルの方も聴いてみなくっちゃね。

休憩のあとのブラームスの交響曲。最初の「マンフレッド」での弦楽器の印象からかぶりつきで聴くより少し後ろに下がった方がと思ったので、席を移動して聴きました。ところがどっこい、心配していた弦楽器の響きが良くなった感じがしてブラームスの音楽が生き生きと聞こえてくる。ブラームスのこの音楽、名曲だし、いろんなステキな演奏を聴いてきたけれども、改めていい曲だなって思えたところがすごい。最初のシューマンを聴いて、桑田さんは、決して変わったことをしたり(ドキリとするようなときめく部分はブラームスには何カ所かありました)、自己主張の激しい演奏じゃないけれども、オーケストラもめちゃくちゃ上手なアマチュアのオーケストラもある中でトップクラスとは言えないけれど、音楽を本当に良い曲だと思わせてくれる演奏は、不思議だし、素晴らしいのです。ティンパニが攻めてくるのもわたし好みw

アンコールは、ブラームスの「ハンガリアン舞曲」からで締めました。このコンビの演奏は、今日だけなのかしら。吉川さんが指揮する演奏も聴いてみたいけど、桑田さんとの関係もずっと続けていって欲しいな。
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by zerbinetta | 2014-03-30 11:18 | アマチュア | Comments(0)

ひとまわりして還ってきた priem wind ensemble 第3回演奏会   

2014年2月16日 @大田区民ホール アプリコ大ホール

アダムス/オドム:「ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン」
池辺晋一郎:「樹々は主張する」ー吹奏楽のためにー
西村朗:秘儀lー管楽合奏のためのー
バッハ/ボイド:幻想曲とフーガ ト短調
木下牧子:序奏とアレグロ
ストラヴィンスキー/アールズ、フェネル:組曲「火の鳥」1919年版

隠岐徹/priem wind ensemble


太陽が1周してここに戻ってきた感じです。プリエム・ウィンド・アンサンブルの音楽会。全てはここから始まりました。これを聴いてアマチュアもいいなって思って、アマチュア・オーケストラの巡礼の旅が始まったのです(プリエムは吹奏楽ですが)。去年、「異国の鳥たち」や「海」がすごく良かったので、今年も音楽会があったら絶対聴こうと思っていました。今年も面白い意欲的なプログラム。いいですね〜。プログラムを見ると今日は、セミプロ(?)のエキストラの人も何人か入っていて(シンセサイザー(アダムスさんの曲)とかピアノ(前回メシアンのソロを弾いた近藤さん)とか吹奏楽の編成にない楽器も加わるし)、何だったらそのまま入団しちゃえばいいのに。実際、去年聴いたときより上手くなってるように感じました。
でも、残念なことに(雪の後遺症がまだあるのかな?)お客さん少なかった。もったいない。

アダムスさん(オドムさん編曲)の「ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン」はアダムスさんらしい作品。オリジナルのオーケストラの方を聴いたことがない(と思う)のだけど、アダムスさんの音が吹奏楽(+シンセサイザー2台)の音に上手く写し取られていました。アダムスさんらしい明るく明滅するリズミックなミニマル(と言っていいのかしら?)音楽です。同じような音型が永遠と繰り返されるので、数えるの大変だな、1度迷子になると元に戻れないぞ、なんて思いつつ、楽しませてもらいました。終わりの方に出てくるトランペットのファンファーレかっこいい。いい曲ですね。

池辺さんが札幌に仕事場を構えていることを初めて知りました。だから、札幌で行きつけだったおそば屋さんでお見かけしたんだ。雰囲気のいいおいしいおそば屋さんでした。「樹々は主張する」は、樹の根が絡まり合うように短い旋律が打楽器の日本の踊りのようなリズムの上に絡まり発展していくの。和風ショスタコーヴィチの雰囲気も少しあり。
続く、西村さんの「秘儀」は、鈴の音が雰囲気を出していて、古代のシャーマニズムの儀式的なものを表現してると思うのだけど、前半の細かい音で盛り上がってくるところから、長い音で蠱惑的な響きがあって、巫女の踊りみたいな舞踏曲にシームレスにつながっていくさまが面白い。このふたつの曲、相当難しそうだけど、今日の演奏は、それぞれの曲の魅力が伝わるのに十分な演奏でした。だって、曲、好きになれたもん。会場には、西村さんがおいでになってて、紹介されました。

前半の最後は、バッハのオルガンのための「幻想曲とフーガ」ト短調。バッハのオルガン曲の吹奏楽版は盤石ですね。だってオルガンって基本管楽器だから、音色の相性がいいもの。音の出し入れの仕方が、弦楽器ではない管楽器特有の感じがオルガンに近いし、よりカラフルになっていました。音色の統一感や音のバランスが良くて、バッハのオルガン曲の魅力を別の面から聴くことができました。
正直今日は、後半よりも前半の方が良かったです。

休憩のあとは、木下さんの「序奏とアレグロ」。吹奏楽のコンクールの課題曲になった曲だそうです。分かりやすい曲なのかなと思ったら意外とそうでもなかった。というか、中学や高校も参加する(だよね?)コンクールの課題曲なのに、媚びずに妥協なしに書かれているのがすごい。演奏も良かったです。難しそうな曲だけど安心して聴けますね。

最後は、「火の鳥」の組曲。前回のドビュッシーの「海」の吹奏楽版で、あんな繊細なオーケストラ曲が見事に吹奏楽に移ってる!ってびっくりしたので期待したんだけど、わたしにはちょっと編曲に疑問符が。意外なことに、ドビュッシーよりもストラヴィンスキーの方が吹奏楽に合わない?(反対だと思ってた)
なんか、パート感の音の関連性が薄く感じられたんですよね。糊がなくて部品がばらばらになってるみたいな。オーケストラだと弦楽器のパートが、管楽器ゆえに高音や弱音のコントロールを失ってるように聞こえるところもあったし。ストラヴィンスキーのオーケストレイションって、音どおしを強くつなげないように(流さないように)書かれているのかしら?そんな感じだから、奏者がちょっとおどおどしているようにも聞こえました。「火の鳥の踊り」の、オーケストラだと弦楽器のピチカートの音の部分が落ちてしまったのも残念(編曲にはなかったのかもしれませんが)。この不安定な感じは、吹奏楽向きだと思われる「カスチェイの踊り」になっても変わらず、あれよあれよのうちに曲が終わってしまった感じです。もっと良い編曲ないのかな。

アンコールには、ドビュッシーのピアノ曲から。ごめんなさい。「亜麻色の髪の乙女」だったか「月の光」だったか忘れてしまいました。ピアノのとは全く別物だけど、こちらの方が、「火の鳥」より吹奏楽に馴染んでると思いました。

今日は、お客さん少なかったけど、わたしは満足の音楽会でした。わたし好みの攻めのプログラムだし、来年、第4回の演奏会があったらまた聴きに行きます。わたしには原点のような大切な音楽会だから。
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by zerbinetta | 2014-02-16 00:45 | 吹奏楽 | Comments(0)

やっぱりゴジラ 新交響楽団第224回演奏会   

2014年1月19日 @東京芸術劇場

黛敏郎:ルンバ・ラプソディー
芥川也寸志:エローラ交響曲
松村禎三:ゲッセマネの夜に
伊福部昭:オーケストラとマリムバのための「ラウダ・コンチェルタータ」

安倍圭子(マリンバ)
湯浅卓雄/新交響楽団


首都圏のアマチュア・オーケストラの中で一番上手いと噂されている新交響楽団の演奏、やっと聴きました。噂に違わず実力のあるオーケストラ。ヘタなプロよりよっぽど上手い。安心して音楽に集中できます。このオーケストラはアマチュアではなくプロのオーケストラを聴く心構えで聴きに行くのが良さそうです。

今日のプログラムは、伊福部昭の生誕100年を記念しての和風のプログラム。という新交響楽団らしいプログラム(日本人の作品を積極的に採り上げているオーケストラだそうです)。残念ながらひとつも聴いたことがなかったけど、初めての作品たちに出会えて嬉しい。黛敏郎、芥川也寸志、松村禎三はいずれも伊福部の弟子。そして、芥川は新交響楽団の創設者。血が濃いでしょ。

黛の「ルンバ・ラプソディー」は、黛の死後初演された(初演の指揮者は、今日もタクトをとる湯浅さん)、彼の若いとき(19歳!)の作品。楽譜を師の伊福部に預けたままになっていて幻となっていた作品(初演を託された伊福部が奔走するも上手くいかず、黛に楽譜を返すことを申し出たものの黛の強い希望で師の元に置かれたままになっていた)。
黛敏郎、天才〜いっ。もろにフランスの音で書かれてるんですけど、弱冠19才でこれを為すとは。凄すぎ。最後の2回のエスプリも効いてて、お洒落。演奏もとっても繊細で、ルンバなのでもう少しはっちゃけてもいいかなとも思ったけど、つかみは好印象。単に演奏しているというのではなく、曲の良さが良く分かったもの。

2つめは芥川のエローラ交響曲。名前だけ聞いたことあって、音楽は聴いたことがなかったので聴きたかったのです。芥川に関してはオステナートの人というくらいしか認識がなくて、あと、黛らと共に3人の会、芥川龍之介は彼のお父さんなのかな?芥川の作品自体、初めて聴くので、漠然と音を聴いたイメジしか書けないのだけど、明確なメロディはないけれども、とりつく島のない無調ではない(中心になる音は決まってるし調性的な部分もある)ので聴きやすいです。リズムノリノリだし。あとで作曲者自身が作品を解説したプログラム・ノートを読んで分かったんだけど、この曲、速いのと遅いのの短い20の部分からなっていて、部分部分はいくつかの例外を除いて、省いたり、繰り返したり、好きな順番で演奏して良いのですね。指揮者が違えば(同じ指揮者でも日が違えば)今日と同じ曲にはならないみたいです。でもちゃんとつながって聞こえるのは音楽を支配している音が統一して書かれてるからかしら。エローラの石窟での衝撃をもとに、音楽を考察、「まず一番大きなワクを設定し、だんだんとその中に小さなワクを作っていくような、合理主義的な思考を超える」ことを目指して作曲されたそうです。作曲者自身が言われたように、その試みは「外見的には、ほとんど今迄の形式を破ることが出来なかった」のかどうか、わたしには1回聴いただけで判断できないのだけれども(確かに全体は決まってないので、いろんなパターンの演奏があるけれども1回1回の演奏は決定されたものだから、それが形式の新しさを体現できるのか分からない)、プログラムを読んで考えさせられました。もしかしたら、先にプログラムを読んで聴いたらもう少し違って聴けたかも。音楽も小さなつぶつぶの世界と一緒で、ひとつひとつの量子の振る舞いは確定していない(できない)けれども、その足し算の全体はきちんと確定しているってことかな。個別の量子を見るような音楽は書けないかしら。あっ楽譜に書かれちゃうと、観察された量子のように確定しちゃうか。

休憩のあとの松村の「ゲッセマネの夜に」は、無調と調のある音楽をゆらゆらと静かにたゆたう感じ。今日、演奏された曲の中ではこの曲が一番好きでした。オーケストラの性格とも合ってるように思えました。弱音でも繊細で芯のある音が出せるのが、スーパー・アマチュアと言われる所以ですね。今日の音楽会では、指揮者の好みかも知れないけれども、丁寧な音楽作りで、勢いで弾かせちゃうというところが全然なくて、音楽的にとっても正しい演奏なんだけれども、それ故(かな?)他の曲では少し物足りなさを覚えたんです。オステナートで攻めて来るとこなんかはもっと力尽くで攻めて〜〜なんて。反面、この曲では、曖昧さの中にある微妙な美しさが表に出たと思います。ただ、物足りなく思えたのは、わたしが座ったのが3階の後ろの方だったからかもしれません。一流のオーケストラでもないとここまで音をしっかり飛ばすのは難しいようにも思えるし。

最後の伊福部の「ラウダ・コンチェルタータ」はもちろんマリンバ協奏曲。でも伊福部の表記はマリムバ。独奏は安倍圭子さん。わたしでもなぜか名前を聞いたことのある有名な方?マリンバのソロのための協奏曲は、潔いというか、案外珍しいかも。マリンバを含む打楽器協奏曲の新作ばかり耳にするので。
音楽は、う〜む、わたしにはいまいち単調かなぁ。わたしは、伊福部の熱狂的なファンにはなれそうにないかも。オーケストラの太鼓と競奏(強奏?)しながらがんがんと叩きまくる体育会系の第3楽章は、快哉を叫ぶかな。伊福部の音楽って、良い意味で素人っぽい感じがして(多分、普段聴き慣れてる西欧クラシック音楽の論理から少し離れたところにある、でも、完全に別物ではないという立ち位置から?)、だったら、演奏もある意味素人っぽい方がいいんじゃないかと思いました。伊福部知らずのわたしが言うからとんちんかんかも知れないけど。

安倍さんのアンコールは、ドナドナ。最初何の曲か分からなくて、闇の中からメロディが浮き上がってきたときあっ、これだと。わたしが失敗したときのテーマ曲w(やけくそに元気に口ずさんで)。それにしても、マリンバからこんなオルガン的な響きが作れるなんて。マリンバが打楽器じゃないみたい。伊福部の音楽が徹底的に打楽器だったので好対照。

そして、最後に、真打ち、ゴジラ。伊福部ったらやっぱりこれよね。シンフォニック・ファンタジーの第1番。わたしはゴジラよりおっきなカメ派なんですけど、最初のゴジラだけはすごくいい映画だと思う。伊福部の音楽はゴジラと切っても切れないし、伊福部と言えばゴジラゴジラと言えば伊福部(わたしの中で)。これももうちょっと爆演だったら良かったのにな。怪獣は暴れ破壊するものだもの。

と、言いつつ、ほくほく。このオーケストラ、アマチュア・オーケストラのひとつの到達点として、もっと聴いていこうと思いました。オーソドックスなプログラムも聴きたいし、日本人作曲家と縁が深いのもいいですね。
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by zerbinetta | 2014-01-19 20:56 | アマチュア | Comments(2)

小粒かな〜 オーケストラ・プロジェクト2013   

2013年11月13日 @東京オペラシティコンサートホール

金田潮兒:管弦楽の為の『音聲三態・Ⅲ』~尺八独奏部分を含む~
糀場富美子:「わだつみの波」管弦楽のために
小山和彦:ピアノ協奏曲第2番
土居克行:M.ソプラノと管弦楽のための R.Mリルケによる「三つの詩」

福田輝久(尺八)、及川浩治(ピアノ)、山下牧子(メゾソプラノ)
大井剛史/東京交響楽団


招待券のプレゼントに当選したので聴いてきました。オーケストラ・プロジェクト2013。現代音楽の音楽会です。実は、ワーグナー生誕200年、ルトスワフスキ生誕100年という宣伝文句だったので、彼らの曲が演奏されると思ったんだけど、全然違った。日本人の作曲家4人の作品。全部初演!

オーケストラは1990年からずっと担当している東京交響楽団。女子率の高いオーケストラです。指揮は大井さん。前に、アマチュアのプロースト交響楽団で聴いたことがありましたね。

最初の曲は、金田さんの「音聲三態・Ⅲ」。この曲は申し訳ないけど、わたしはダメでした。学校の先生が書いたみたいな感じでちっとも面白くない。途中で尺八が客席から現れるんだけど(そして舞台袖に出て行く)、尺八のメロディが、せっかく尺八を使ってるのに西洋のイディオムだし(音色だけが欲しかった?)、アクセントを効かした3つの分散和音の音がしつこいほど繰り返されて耳について、結局なんだったんだろう、耳に残るのはそれだけみたいな。それだけでいいの?いいはずないって感じ。

2番目の糀場さんの曲は、始まり、清とした美しさに心惹かれました。確かに魂が波に漂うような音楽。中間ではちょっと烈しい部分が「春の祭典」に大まかなニュアンスとして似た感じがあって、最後はすうっと静かに引いていくように終わるのだけど、最後の部分がもっとステキだったらと思いました。出だしがとても良かったので、あんな空気感を引き摺って終われば(もちろん、最後に言いたいことは始まりとは違うのでしょうけれども、音の響きがちょっとありきたりな感じがして、凜とした美しさの中に曲を閉じればもっと良かったのに)って思いました。でも、今日の4曲の中で一番を挙げるとしたら、全体的に小粒だったけど(コンクールの審査員かい?!)この曲でした。

休憩を挟んで3曲目は、小山さんのピアノ協奏曲第2番。ソリストの及川さんが、気合い入りまくりで、切れんばかりにネジ巻いた、ミニ四駆(とここまで書いてみて調べたらミニ四駆って電動だったんですね。知らなかった、仕切り直して)、思い切りネジを巻いた車が手を放したとたんに全速力で走り出した感じで音楽が、始まって、そのままハーフマラソンを100メートル走のテンションで走り抜けたような演奏。すごい。。。
曲は良くも悪くもレパートリーになることを指向して書かれた感じ。とっても分かりやすい。第1楽章はラフマニノフの協奏曲のつなぎの部分を抽出してつなぎ合わせた感じ。ラフマニノフそのもののロマンティックな叙情性はないけれども、ちょっとその香りを感じるような。プロコフィエフのような強靱な金属性を感じさせるところもあったけどでも、やっぱりラフマニノフだな。第2楽章はその色合いは薄くなって、第3楽章の即物的な感じはバーンスタインのピアノ曲?と勝手に自分の知ってる音楽に近似してるんだけど、この曲は、再演率高そうだな。っていうか普通に演奏されても良さそう。作曲者のもくろみ(わたしが勝手に想像だけど)は当たったみたい。

お終いは、土居さんの「3つの詩」。ここでちょっと残念だったのは、プログラムに歌詞の対訳がなかったこと。どんな内容を歌っているのか分からなかったので(一言要約はあったけど、歌曲の理解には不親切)ちょっと楽しめなかった。山下さんの歌はすごくいいし、音楽もとても力強く書かれているので、充実した音楽なのだけど残念。歌がちゃんと歌なのがいいですね。

大井さんと東京交響楽団の演奏は、新しい曲をきちんと演奏することに重きを置いていた感じです。ピアノ協奏曲みたいにソリストが弾けちゃってたのもあったけど(でもそれも良かった)、作曲された生の姿を色を付けないで聴かせるのは大事なことですものね。突っ込んだ解釈がない分物足りなくもあるけど、ヘンな演奏で作品をネガティヴに印象づけちゃうのはもっと悪いし。大井さん、にこやかでいい感じだな。今度はチャイコフスキーとか個性を出せるので聴いてみたいな。あっベートーヴェン・シリーズはニューフィルハーモニーオーケストラ千葉でやっているのでした。忘れないようにしなくちゃ。
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by zerbinetta | 2013-11-13 23:55 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

同じ釜の飯、いつまでも アマデウス・ソサイエティー管弦楽団 第41回演奏会   

2013年11月10日 @目黒パーシモンホール

ラヴェル:ラ・ヴァルス
トマジ:トロンボーン協奏曲
バルトーク:オーケストラのための協奏曲

清水真弓(トロンボーン)
川本貢司/アマデウス・ソサイエティー管弦楽団


都立大学前に都立大学がないの知ってるんだもんね。前に都立大学に通ってる友達に遊びに来てと言われて、都立大学前で降りていけばいいのね、と言われてびっくりしたもの。駅偽装?そう言えば、都立大学すらもはや存在しないのね。
都立大学の駅はほとんど来たことないんだけど、自由が丘は学生時代ちょくちょく行ってたのでなつかしーー。でも、残念、わたしの自由が丘の、伝説の紅茶屋さんももうないのね。あのお店、ほんと大好きだったなーー。

と、感傷に耽りつつ、ご招待されて(敬語の誤り!)聴きに来たアマデウス・ソサイエティー管弦楽団。清水さんのトロンボーンを聴けるのも魅力です。清水さんのことは、昔、彼女がリンツ・ブルックナー管弦楽団にいらっしゃったときのインタヴュウ記事を読んでいたので知っていました。現在は南西ドイツ放送交響楽団の主席。アマデウス・ソサイエティー管弦楽団の母体、慶應大学のオーケストラの出身なんですね。同じ釜の飯を食った人たち。こういうのって、音楽でつながってる、って羨ましい。

パーシモンホールは、座席数が1200の中ホールくらいのサイズの新しくて明るい気持ちの良いホール。室内オーケストラや室内楽にも向いていそう。椅子の背もたれがちょっとリクライニングになってて、座り心地もいいの。東京って各区にステキなホールがあるんですね。

まず最初は「ラ・ヴァルス」。この曲って難しいと思うんですね。背景で細かく動き回る木管楽器がクリアに聞こえてこないとごちゃごちゃして何やってるのか分からなくなるし。なんかわざとごちゃごちゃ聞こえるように書かれてる感じもするし。オーケストラの人たちはとても吹けてるし弾けてました。このオーケストラ、弦楽器が上手いですね。ただ、この曲では各楽器がもうちょっと自己主張して分離良く聞こえるといいと思いました。指揮者の川本さんがとっても表情豊かに踊るように、誘うように振ってるいるのに、恥ずかしがって壁の花になってる感じ。一緒に踊れればもっと良かったのに。場面ごとの変化がもっと付けば良かった。バレエ音楽としては最初、拒否されちゃったみたいですけど、バレエを観て、踊りや場面のイメジを頭に描けていれば、違った風になったかも知れませんね。

2曲目はトマジのトロンボーン協奏曲。トマジは南フランスの作曲家だそうです。聴くの初めて。なぜか、トロンボーン協奏曲をホルンやトランペット、各種木管楽器協奏曲よりたくさん聴いたことがあって、現代作曲家にとってトロンボーンは作曲しがいのある楽器なのかなぁと思ったり。今日のトマジの作品は、作曲家本人が「私はメロディストだ」とおっしゃってるとおり、今まで聴いた現代作曲家の重音とかマウスピース外すとか、エキセントリックな奏法満載のアクロバティックなのと違って、歌う音楽(といってもロマン派チックじゃないんですが)。トロンボーン本来の伸びやかな音楽が楽しめる作品でした。同じ釜の飯の清水さんのソロもとってもステキで、さすが、ヨーロッパの一流どころのオーケストラで主席を吹いている方だけある。終始安定していて、豊かな柔らかな音色で聴き惚れるなぁ。オーケストラとの音量のバランスもとっても良かったし。昔の仲間との共演で気の置けない感じなんじゃなかったかしら。

最後はオーケストラのための協奏曲。随分、難しい曲だと思うんだけど。どうしてどうしてちゃんとはまってます。この人たちの音楽への情熱って並々ならぬものがありますね。というか、学生時代に徹底的に鍛えられてそれをずうっと維持している感じ。オーケストラの音楽のまとまりの良さが、セカンド奏者の音を聴いて分かります。全体の中の役割がよく分かってる感じでとってもバランスがいいの。ちょっとドライなところもあったし、乱れた部分もあったし、指揮者からみるとおとなしいと思うところも感じられたし、最後はもっとはち切れて駆け抜けて欲しいなって思ったけど、良い演奏でした。

指揮者の川本さんは、数少ない、外国でオーケストラの主席指揮者をしているひとりですね。チェコのピルゼン・フィルハーモニック。終始にこやかで身体の表情豊かで、一緒に音楽やってると楽しくさせられるような指揮者さんです。これからの活躍、楽しみにしたいです。
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by zerbinetta | 2013-11-10 00:49 | アマチュア | Comments(0)

譜面をめくる音と共に音楽が始まる サントリーホール国際作曲家委嘱シリーズ   

2013年9月5日 @サントリーホール

フランチェスコ・フィリデイ:全ての愛の身振り
細川俊夫:松風のアリア ーオペラ「松風」より
細川俊夫:トランペット協奏曲「霧のなかで」
リゲティ:ミステリーズ・オヴ・ザ・マカーブル

バーバラ・ハンニガン(ソプラノ)
ジェロエン・ベルヴェルツ(トランペット)
多井智紀(チェロ)
準メルクル/東京フィルハーモニー交響楽団


サントリーホールのサマーフェスティヴァルのひとつ、チケットが当たったので行ってきました。テーマ作曲家、細川俊夫さんの音楽会、管弦楽の方です。それにしてもわたしとサントリーホールの相性の悪さといったら。今日も地下鉄間違えてしまった。溜池山王駅ってわたしが日本を離れるちょっと前にできたんですね〜。どうりで。わたしがいた頃は六本木駅からてくてく歩いて行きましたもん。というわけで、音楽会に先立って行われた細川俊夫さんへのインタヴュウは遅刻。途中から聴きました。

今日の音楽会では主役の細川さんの他に、それを挟むように、フィリディさんとリゲティの曲が演奏されました。細川さんのお話によると、細川さんの音楽は生真面目、彼らの音楽には突き抜けた不真面目さがあるとおっしゃっていました(ちょっと記憶が曖昧で正確な言葉ではないのですが)。
始まりのフィリディさんの音楽は、大太鼓と、えっ?なんの音?ヴィオラの人たちの譜面をめくる音で始まりました。要所要所でヴィオラの(そしてときにはチェロも)譜面をめくる音(きっちりと拍を揃えて)が音に加わります。大太鼓の音は弔いの音でしょうか。一定のリズムが心地よいのです。チェロの独奏は多井さん。こういう曲弾き慣れている感じでとても上手い。チェロのパートはオーケストラと対立すると言うより、オーケストラの空気の中に溶け込んで漂うように歌っている感じ。チェロの音は、こんな抽象的な音楽でも人肌のような優しさがあるので好き。曲のタイトルを知らないで聴いていたのですが、わたしには、山の自然の中の音楽。鳥の声とか風の音とかそんな音たちが聞こえていたように思えました。途中、何か大きな力が加わってそれは破壊されてしまうのだけど、徐々に静まるとまた大太鼓の静かな音に自然の音たちが戻ってきて、破壊と再生の物語のように思えました。うん、これは良い曲。でも、作曲者本人によるプログラム・ノートを読むと全然違ったんですけどね。音楽によってわたしの中から紡ぎ出されたものと作曲者が紡いでいるものは、絡まり合うのか絡まないのか分からないけど、わたしにはわたしの聴き方しかできないしそれでいいの。
追伸:フィリディさんは、今どきのちょっとお洒落な芸術家ふうのお兄さんでした。

細川さんのは休憩を挟んで2曲。オペラ「松風」より松風のアリア。ハンニガンさんの歌とベルヴェルツさんのトランペットの独奏が入ります。わたし、細川さんって基本的にオペラティックな作曲家だと思うんですね。例えば、協奏曲の独奏のとらえ方がそうなんですが、独奏に「人」を当てている。これってまさしくオペラの歌ではないですか。オペラの歌は人間そのものですから。「松風」と言うからには和風の音楽を思い浮かべたんですけど、さにあらず。きっちりとした西欧オペラの音楽になっていました。現代オペラにありがちな、歌を意識するあまり、中途半端なメロディ的な要素を持ってくる過ちを犯すことなく、かといって人間の声が楽器的、機械的な音にならずに、ちゃんと歌われていてすごいなぁと思えます。きっと成功したオペラではないでしょうか。残念ながらわたしは、細川さんのオペラを聴いたことがないけど、ぜひ聴いてみたいと思いました。

トランペット協奏曲は、今回の委嘱作品。サントリーホールと北ドイツ放送交響楽団との共同委嘱です。今日が初演。NDRの方は来年の3月に初演です。先にも書いた、インタヴュウでもおっしゃっていたとおり、細川さんは協奏曲を、人(特にシャーマン的な性格を持つ)(独奏)とそれを取り巻き、ときに荒々しく覆い被さる自然(オーケストラ)の対立として関係づけているとのことで、このトランペット協奏曲にもそのような側面があると言います。特に、トランペットに課せられる人声の歌(独奏のベルヴェルツさんがジャズか何かの歌手でもあり声がいいということから使ったそう)は、人間としての楽器に上手くはまっているそうなんです。声は、マウスピースを取った楽器の管を通したり、直接叫んだりだったんだけど、異質なものではなくて、トランペットという楽器の一部のように聞こえました。
「霧のなかで」というタイトルのように、オーケストラは終始静かに曖昧な音でまわりを包み込むのだけど、わたしにはソロとオーケストラが対立ではなくて、和解しているように強く感じました。

最後は、リゲティのオペラ「グラン・マカブル」からの音楽。このオペラは観たことがあります!訳の分からないカオスのオペラですけど、むちゃ力強い傑作。その中の音楽を抽出したものですけど、どの部分かは思い出せませんでした。何しろはちゃめちゃな物語、歌詞、音楽なのですから。オーケストラは少人数のアンサンブル。指揮者はなくて、銀髪のカツラを被ってボンデージ・ルックの歌手のハンニガンさんが、なにやら指揮の真似をしているのは、オペラの演技的なものをかねてかなと思って観てたら、変拍子とかも実に正確に振ってオーケストラを合わせているのが見えて、真似事ではなく本当に指揮していたんですね。そしてその指揮と、歩いたり地団駄を踏んだりの動きがオペラのコミカルさを出していてとても良かったです。まっすぐ立って歌ったら、この曲、はちゃめちゃなオペラから持ってきたこの音楽はとてもつまらないものになってしまったでしょう。歌も素晴らしかった。これはもう八面六臂の大活躍のハンニガンさんが圧倒した世界でした。今日の音楽会、完全にこれに集約されてしまいました。素晴らしすぎ。わたしの観たオペラは、残念なことにハンニガンさんは出ていなかったんですけど、ハンニガンさんでまた観たいなぁ。どこかで上演されないかしら。無理?
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by zerbinetta | 2013-09-05 23:50 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

キュートなおでこにキュン♡ 青木涼子 NohxContemporary Music   

2013年8月22日 @高輪区民センター・区民ホール

湯浅讓二:舞働 II
フェデリコ・ガルデッラ:voice of wind
馬場法子:共命之鳥
ヴァレリオ・サニカンドロ:trois chants non
小出雅子:恋の回旋曲

青木涼子(能謡、能舞)
斉藤和志(フルート)、倉田瑞樹(打楽器)


能のことが、部活のセンパイを心の奥で片想いする中学生のように、憧れです。能はお能と柔らかく言うより、能とキッパリ言い切る方が、凜としていてわたしの感覚に近い。気高くてかっこよくてドキドキと憧れる。能面を付けた幽玄の彼の世の男に身を任せて、彼岸の世界に連れて行かれたい、なんて妄想が膨らむ。能のことちっとも知らないんですけどね。
能を聴いていたのは、10代から20代に日曜日の朝に目覚まし代わりにタイマーを仕掛けておいたラジオから聞こえてくる「能楽鑑賞」。もちろん、ぼんやりと布団の中で聞き流していただけ。
それでも強く惹かれるのです。

能をほぼ初めて観たのが恥ずかしい話、去年ロンドンで。ブリテンのオペラ「カーリュー・リヴァー」の原作、「隅田川」を教会でオペラと一緒に。せっかく日本にいるのだから、能を観たい。でも、ちょっぴり(?)ねじくれてるわたしは、伝統的な能でなくて、得意分野(?)の西洋芸術音楽との接点に目が行ってしまう。去年観た中嶋彰子さんのプロジェクト、夢幻能「月に憑かれたピエロ」がうんと良かったので、青木涼子さんの企画を何かの折に見つけたとき、街でばったり憧れのセンパイに会ったときのようにドキドキして嬉しくなってすぐチケット取ったのでした。と同時に、3月にも公演があったのを知らずに見逃してしまったのをオニヤンマを見逃してしまった少年のように悔やんだのです。

もちろん能のことをちっとも知らないわたしは、青木さんが何者かは全く知りません。チラシを見ると若いステキな女性。能楽者というと観世なんとかさんとか金春なんとかさんとかのおじいさんを想像しちゃうんだけど、能って女性もできるんですね!

能と現代音楽の共演というと、能ではない音楽の人(聴くだけだけど)のわたしが思い浮かべるのは、現代の音楽に合わせて(西洋音楽の語法で書かれた音楽に)能舞を創作するということをまず考えるのだけど(「月に憑かれたピエロ」がまさにそうでした)、青木さんの目指す方向は、新しい能謡を創作するということ。能謡を毎週聴いていたくせに(ってか、布団でまどろんでただけ)能謡をちっとも知らないわたしには、もはやちんぷんかんぷん。最初に結論書くけど、今日はとっても興味深いステキな公演だったし、演奏された作品はどれも違った素晴らしさがあったのだけど、わたしの中に、能謡を知らないという、基準点欠如の深刻な問題があったので、どこがどう新しいのかよく分からなかったのデス。裏を返せば、能と現代音楽ってあまりにもぴったり合いすぎ。分け難すぎ。というわけで、わたしのわがままは、ひとつだけ古典的な能謡があれば良かったと思いました。そうすれば、能謡を知らない人でも斬新さがもっと感じられると思ったんです。

最初の湯浅さんの曲は、アルト・フルートのソロと舞。この作品だけ、少し毛色が変わっていました。これだけ、能と現代音楽のコラボレイションの初期の(そしてその伝統はいったん途絶えるそうですが)作品なんですね。フルートのパートは完全に日本の音楽を模していると感じたんだけど、もともと能管のために書かれた作品(フルートでの演奏もOK)だったので納得です。それにしても能の舞ってステキ。感情表現を切り詰めるだけ切り詰めて、それでいて伝わってくる気持ちのエネルギーはすごくある。バレエとは全く異なる踊りだけど、どちらも愛せる、わたし。

2曲目から、青木さんの3年間のプロジェクトで作られた作品たち。2つが外国の作曲家の作品(どちらもイタリア人)、2つが日本人(どちらも女性)。大ざっぱに感じたのは、外国人の作品が(日本の)能に向かって行くのに対して、日本人の作品は能に背を向けて遠ざかっていこうという方向性が感じられました。いくら最近の日本人が日本の古典芸能を知らないとはいえ(ということを作曲者の小出さんもおっしゃっていました)、(日本語の)言葉とか深く染みついているものがあると思うのです。だから新作を作るということは必然的にまずは、離れていこうという方を向くのではないかしらと思いました。外国人は能の方を向かないと書けないというのもさもありなんです。それと、偶然、外国人の作品の伴奏がフルート、日本人のが打楽器というのも面白かったです。日本人の曲がミュジック・コンクレートの手法をより強く使っていたのも興味深い点でした(全部で4曲しか聴いてないので偶然かも知れませんけど)。

ガルデッラさんの作品は、そのまま普通の能の音楽と言っても違和感ないくらいはまっていました。バス・フルートの特殊奏法はあるけど、あらぬ方に飛んで行っちゃってる感じではなかったです。

馬場さんは、彼女がパリに留学している頃、ウェブ・サイト(ウェブ日記(まだブログがなかった時代))にコメント書いたことがあるような。ステキなサイトだったように覚えています。そんなこんなで一方的に懐かしい。謡を挟んで左右に分かれた打楽器群がホースとかペットボトルとかいろんな(打)楽器を奏するのですが、郭公とか鳥の声を模すんですね。謡は、ささやきとか無音とか扇を使ったり、今日演奏された中で一番とんがった謡の作品でした。謡の新しい表現力を感じさせてくれました。

休憩を挟んで、サニカンドロさんの曲。2011年に日本初演されるハズだったけど、震災で延期になって今日が日本初演です(初演はすでになされているようです)。作曲中のオペラの一部となるそうで、完成度の高いまとまりのある作品でした。ものすごく能の音楽を勉強して自分のものとしている感じでした。

最後は、小出さんの新作(初演)。山手線の駅名を詞に織り込んだ、丸の内OLの恋の物語。コミカルな詞、電車や駅を音にした打楽器の扱いが、わりとオーソドックスな能謡の声と不思議な融合具合で、歌のリズムが現代的で面白かったです。

今日の中では、サニカンドロさんの曲が一番印象に残りました。面白かったのは馬場さんの。でも、いろんな可能性を聴けてとても面白かったです。能の世界が分からないので、これらの音楽が、どんな風に発展していくのか予想もつかないのだけど、新しいものがたくさん生まれてそれが新しい伝統を作っていくといいな。伝統を守るって、同じことを繰り返し繰り返し倦まずやることとは違うから。時を経て同じことなんてないんだから。

こういうの、また観たいです。能謡もいつか音楽会で聴かれるようになるのかな。青木さんのこれからの活躍にも注目です。きれいなおでこにキュンとしてるわたしです。おでこの広さで勝手に親近感をいだいてたりして
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by zerbinetta | 2013-08-22 00:19 | 舞台 | Comments(0)

習ったことは全部忘れろ!まずはそれからだ メルクル、PMFオーケストラ マーラー5   

2013年7月31日 @サントリーホール

武満:ア・ストリング・アラウンド・オータム
マーラー:交響曲第5番

ダニエル・フォスター(ヴィオラ)
準・メルクル/PMFオーケストラ


PMFオーケストラの音楽会が東京であると知って、慌ててチケット取ったんだけど、意外や意外(わたし的には)、チケット、最安値の席を含めて結構残ってた。PMFって東京では人気ないのかしら。日本最強のアマチュア・オーケストラだと思うんだけど。
東京では2回公演があって、わたしが取ったのは、有名なソリストが来る高い方ではなく、迷わず、2日目、PMFオーケストラの音楽会の最終回。だって、ソリストにヴィオラのフォスターさん♡わたしが、ナショナル・シンフォニーの定期会員だった頃から、ヴィオラのトップを弾いていた人。懐かしすぎる。ナショナル・シンフォニーではお父様の隣(お父様も元ヴィオラのトップ)で弾いてたんですね。それを見るのがいつもなんだかほほえましくて。彼はヴィオラの講師としてここ最近ずっとPMFに参加しているんですね。

会場について、あれ?お客さんが少ない。ううむ。今まで行った東京の音楽会ってどれも人、入ってたんだけどなぁ。もったいない。

1曲目は、フォスターさんのソロで、武満の「ア・ストリング・アラウンド・オータム」。小さなオーケストラの曲かなと思ってたら大編成。そして、わたしが知ってる(といっても大して知らない)武満の音楽とはちょっと違ってた。調性的で分かりやすい。そしてひたすら美しい。抽象的なドビュッシーというか、脱力弱めのシルヴェストロフ風というか、中心になるぱらぱらと上昇する音列主題がシュトラウスの「ドン・キホーテ」っぽい。あとで調べたら、後年の武満は作風を調性的なものに変えていったのね。角が取れすぎてる感じもしたけど、武満の作品はもっとちゃんと聴いてみたいと思いました。実はわたし、武満をあまりいいとは評価してこなかったので。
ヴァイオリンではないヴィオラのソロが、オーケストラの中に溶け込む感じで、人肌のでもチェロのようには歌いすぎない感じがとっても合っていました。多彩な音色を要求されるので難しそうな曲でした。フォスターさんのソロは、オーケストラの後ろの方で聴いてたせいもあったと思うけど、前に出ずに静かに佇む感じで良かったです。彼を見るのは、USでの最後の音楽会以来なのでかれこれ8年ぶりくらい(?)。でもちっとも変わってなかったよ。オーケストラの方は、上手いんだけど、まだ熟成が足りないというか、オーケストラの音がひとつにまとまっていない感じでした。長い間、一緒に演奏をしてきたひとつの丸くブレンドされた音になるのには、長時間の熟成が必要なんですね。もちろん、百戦錬磨のプロのオーケストラ奏者や室内楽の奏者は、短期間でも全体を感じ取って音楽を作り上げることができるのでしょうが、そこまでは、経験の少ない若い人たちには難しいのかも知れません。ここのレヴェルが高いので、こちらの要求も高くなっちゃいます。

休憩のあとは、マーラーの交響曲第5番。今年は東大のオーケストラに続いて聴くの2回目。今やマーラーの音楽の中で一番多く演奏される曲ですね。
PMFオーケストラについて言いたいことの全ては、始まりのトランペットのソロに含まれてました。死刑宣告をされる被告人のように逃げ場のない緊張。これからの音楽の全てがここに集中する。PMFオーケストラのトランペットの人はとても丁寧に吹いていたんだけど、楽譜に丁寧すぎたんです。細かな音量の調整や音符の速さ。とってもよく分かるくらいに丁寧で、とってもたくさん練習したんでしょう。きっと、PMFの期間にいろんなことをたくさん習ったに違いない。習ったとおり、指揮者に要求されたとおり、楽譜に書いてあるとおり、しっかりと吹いた感じ。なんだけど、それが分かっちゃったのが難点。音符と音符の間の休符で音が消えてしまうと同時に音楽もちぎれてしまっていたように聞こえました。習ったことも、技術的なことも全部忘れて(それは身体に染みこませて)、音楽に没入して欲しかったです。そんな感情を引き摺りながら聴き始めたので、第1楽章の葬送行進曲は、表面的に引き摺っているように感じてしまいました。若い人たちではどろどろした感情は無理なのかなぁって。それならドゥダメルさんが9番の交響曲で聴かせてくれたように、敢えてさらりと演っても良かったかもなんて。
メルクルさんの演奏は、主役となる各パートを、弦楽セクションでは第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラときちんと分けて聴かせる感じです。第1ヴァイオリンに歌が少し欠けていたけど、チェロはとっても良かったです。目覚ましかったのは、最初の中間部。かなり速いテンポでぐいぐい引っ張っていきます。あとで分かったのだけど、この曲にある速い部分(第2楽章とか第3楽章の部分、フィナーレ)を基準にここから音楽を組み立てているのですね。第1楽章ではのれなかったけど、第2楽章からは、だんだんと良くなっていくのが分かりました。情念はあまりないけど、楽譜に忠実に襟を正した感じのマーラー。非常に細かなところまで丁寧に作り込んでいます。理知的で細部まで分かりやすいの。その分、不条理なわからなさが消えてましたけど、それは両立し難いことだから。もうひとつ、メルクルさんは場面転換の巧みさ、大胆なゲネラル・パウゼに息を飲みました。
3楽章のホルンのソロは、とても上手かった。そして、弦楽器の人たちが、後ろの人までおまえらみんなコンマスか、というように弾いていて、前に前に出る感じが若者らしくて好感度大。そういうのがはまったとき、例えば、アダージエットの中間の部分とか、フィナーレのフーガの部分とか、涙が出そうになるくらいステキな瞬間がいくつも現れて、最後、ファンファーレ来るな!終わらせないで、なんて思いながら聴いていました。この曲は本当に素晴らしい演奏を幾度も聴いているけど、今日のフレッシュな演奏も、いい、と思わせてくれました。メルクルさんかっこいいし。観に来て、じゃなかった聴きに来てほんとに良かった。

アンコールには、PMFオーケストラのテーマ曲(あらなんて言ったんだっけ?メルクルさん向こう側を向いて話したのでよく聞き取れませんでしたが)、ホルストのジュピター。トランペットのファンファーレがちょっとへろへろでメルクルさん苦笑いでしたが、むふふ、ちょっぴりロンドンに浸かっていたわたしには嬉しい。びっくりした仕掛けが施されていて、最初の部分が終わると3拍子の部分を飛ばして、すぐ中間部の有名なメロディ。さらに、トムトムが加わってロック調にも。お終いは、すぐコーダにつながって、ただ、原曲とは調が変わっちゃってるのでこれだけは違和感があっていただけなかった。ああいいな、音楽。

今日演奏した若者たちは、これからプロの音楽家として、どこかのオーケストラや室内楽団、あるいはソリストとして活躍していくのでしょう。日本で経験した1ヶ月が、その礎として豊かなものでありますように。世界に羽ばたいていって欲しいです。PMFが世界中の音楽家をつなぐひとつの紐であることを願ってます。今日の武満の曲に引っかけて、ア・ストリング・アラウンド・ザ・ワールドですねっ。
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by zerbinetta | 2013-07-31 22:29 | アマチュア | Comments(0)