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予想外の裏切り 米沢唯 新国バレエ「パゴダの王子」   

2014年6月14日 @新国立劇場

パゴダの王子

ベンジャミン・ブリテン(音楽)
デヴィッド・ビントレー(振付)
レイ・スミス(衣装・装置)

米沢唯(さくら姫)、菅野英男(王子)
本島美和(皇后エピーヌ)、マイレン・トレウバエフ(皇帝)
福田圭吾(北の王)、輪島拓也(東の王)
小口邦明(西の王)、宝満直也(南の王)
高橋一輝(道化)、他
新国立劇場バレエ団

ポール・マーフィー/東京フィルハーモニー交響楽団


これが本命です!「パゴダの王子」、唯さんのさくら姫。お腹痛いのもちゃっかり治って、元気に観ました。今日はちょっぴり奮発して、ステージ近めのサイド。好きな席だと思いつつ、何だか中途半端な奮発が情けない。。。

さて、この舞台。指揮者やオーケストラが出てくる前に始まるのです。下りている幕前で、道化がひとり芝居。これが面白くって。昼と夜の部では、違う人なんだけど、それぞれ自由にお客さんを楽しませます。今日は、ワールドカップで日本が負けたので、新聞の号外を持って悲しんだり憤ったり、ステージから客席の写真を撮ったりして、でも「会場内での撮影は固く禁止されています」のいつものアナウンスが入るとしまったと反省したり、この部分は夜の高橋さんの勝ちだな(って勝ち負け??)。

やっぱり音楽。やっぱり(やっぱり重ね)この音楽ステキだと思うんです。どうしてかって。だって、音楽が物語をがんじがらめに縛らないでいろんな想像力を掻き立てるので、振付に大きな可能性があるんですもの。実際、マクミランとビントレーさんの物語は違うし。そしてわたしもいろんなことを想像しながら観てました。できもしないのに最近、自分だったらこういう風にしたいなぁなんて妄想するのが好き。いつも言うように、新国立劇場のバレエの演奏、とってもいいので。

物語。昼間に気づかなかったところにいろいろ気づいて目から鱗。昼間のわたしは何を見ていたのでしょう。わたしの目は節穴?やっぱり、まだわたしには、バレエを1回観て理解する力はないんだな。ほんと恥ずかしい。もう初心者と逃げることはできないくらいの回数は観てるのに結局、観る目は変わらず永遠の初心者以下。
このバレエ、現代版「眠りの森の美女」なんですね。4人の王(子)の求婚とか、最後の大団円とか構成の仕方とか、呪いをかけられるのが王女ではなくて王子なんだけど、あっ!これ、「眠り」って気づいたときは、えっへんと鼻の穴を膨らませちゃいましたよ。自慢しようと思ったら、プログラムにすでに書いてあった。なぁんだ、みんな知っていたんだ。そういう見方で見ると、呪いにかけられた王子を救うのが、単純な王女のキス(マクミラン版)ではなくて、ビントレー版では、真実を知ったさくら姫と呪いをかけた継母との対峙というのは意味深い大きな変更。わたしは、真実を知って愛する兄を救う象徴的なキスでもいいかなと思いました(ついでにわたしの妄想は、この兄妹が兄妹を超えた愛に目覚め、兄にして夫、妹にして妻のワグナー世界に溺れていく、、、話が違いますね)。
でも急に霧が晴れるように一番うろこが落ちたのが、前史の部分。お昼に観たときは、プロローグの描き方が弱くて物語の筋道がよく分からないなんて文句を言ってたんだけど、全くお恥ずかしい、海の底で記憶の底の子供の頃の出来事を見せていてここで物語がぱっと晴れるて転換点。だからこそのプロローグでの暗示、物語が立体的に解き明かされる考えられた構成になってるんだけど、観ているわたしたちと同時に子供の記憶を失っていたさくら姫の記憶も晴れるという共体験。ビントレーさんの語り口の上手さに脱帽です。それに、ここで子供(のダンサー)を出したところが秀逸。(昼間は何で子供に気がつかなかったんだろう?見切れる席で観てたので目に入らなかった??)
もちろん、物語を伝えるダンサーの力、唯さんの物語力も大きいのかも知れません。

その唯さん。今回の「パゴダ」の公演で一番楽しみにしていたダンサーです。わたし唯さん推しなので。わたしの贔屓目を差し引いても、切れのある唯さんの踊りはさすがでした。プリンシパルの貫禄みたいなのも感じられたし、ひとつひとつの動作がぴたりとはまって美しいんですね。ただ、不意を突かれてドキリとしたんだけど、裏切られた。。。最初の方のシーンで、どこだったかな、エピーヌを見るところで、目が一瞬何かを企んでいるような表情をしたのをわたしは見逃さなかった。唯さんが踊った他の演目でも感じたんだけど(「ドン・キホーテ」での踊り子とかオディールとか)、彼女には本質的にファム・ファタールなところがあるんじゃないかしら。ただ、この役では、さくら姫が継母エピーヌに対して腹に一物あるんじゃないかと勘ぐらせてしまうので、わざとその表情(もしくは唯さんの自然な表情)をしたのかもしれないけど、わたし的には違うなって思いました。一瞬の出来事なんですけどね。唯さんには本格のファム・ファタールなマノンとかカルメンとか踊って欲しいなぁ。

唯さんとペアを組んだ王子の菅野さんも、にゅろにゅろのサラマンダー(トカゲではなくサンショウウオですのよん。伝説の火喰いトカゲのことを言うんだとしても、これもいわゆるトカゲではなくてサンショウウオ。両生類です)だけでなく、普通(?)の踊り(ビントレーさんの振付はモダンな部分もあるけど、古典をリスペクトしたものです)もとってもいいし、唯さんとのパートナーリングもしっかりしていました。おふたりともフレッシュ・プリンシパルだけど、流石と思わせるものは持っているのね。流石。

エピーヌの美和さんは、彼女がきりっとした顔立ちの美人さんなのでとってもメイクが似合ってました。なので表情は好き。ただ、踊りは昼間観た長田さんのと随分印象が違って、ソフトというかもっと鋭さが欲しいと思いました。長田さんの方は、主役が若手だったこともあるかもしれないけど、舞台の中で圧倒的な印象を与えていましたから。

予想どおり、1回目より、2回目の方が理解も深まってまるで違うものを観ているように楽しめました。やっぱりバレエは何回も観なくちゃです(自己正当化w)。
「パゴダ」好き〜〜。空席があるのがもったいないよぉ。もっとみんな観なきゃ。
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by zerbinetta | 2014-06-14 23:37 | バレエ | Comments(0)

つかみはOK 新国バレエ「パゴダの王子」   

2014年6月14日 @新国立劇場

パゴダの王子

ベンジャミン・ブリテン(音楽)
デヴィッド・ビントレー(振付)
レイ・スミス(衣装・装置)

奥田花純(さくら姫)、奥村康祐(王子)
長田佳世(皇后エピーヌ)、山本隆之(皇帝)
江本拓(北の王)、古川和則(東の王)
マイレン・トレウバエフ(西の王)、貝川鐵夫(南の王)
福田圭吾(道化)、他
新国立劇場バレエ団

ポール・マーフィー/東京フィルハーモニー交響楽団


「パゴダの王子」はずうっと観たいバレエだったの。とは言っても、前に観たときのタマちゃんのエピーヌの怖さと、マリアネラさんのローズ姫の究極の美しさを湛えたゆっくりとしたソロの踊りが印象的でどうしてもまた観たいって、だから、マクミランのを観たいと思っていたんだけど、同時に、日本で初演されたビントレー版の「パゴダの王子」の評判も伝え聞いてたので、これも観たいって。それが今日叶います。
でも、心配なことがあったの。マクミラン版の「パゴダの王子」の強烈な印象を持っていたので、ビントレー版を観るのを邪魔しないかなって。上手に観るためには、まずはマクミランを忘れなきゃいけない。きっとすぐにはできない。なので、本命の唯さんのを観る前に1回、観ておきたかったの。Z券抽選は外れたので、今日のお昼の部の公演のZ券を並んで買いました。新しいバレエは人気がないらしく、余裕で買えました(この間のカルミナ・ブラーナもそう。もったいなさ過ぎ)。唯さんは今日の夜。今日は立て続けに2回観ることになります。ははは

ビントレーさんの「パゴダの王子」は、新国立劇場バレエ団のために2011年に振り付けられたもの。あの地震の年です。ビントレーさんはそのとき日本にいらして、日本を舞台に家族の再生を主題にした自身の振付に大地震の経験が影響しているとおっしゃっています。多分、新国立劇場バレエ団にとって宝物となるであろう舞台。という想像は、舞台を観たあと確信に変わったのでした。

まず、音楽。わたしは、このブリテンの音楽、ブリテンらしくてとってもいいと思うんですね。「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」からは随分と離れた20世紀の音楽なので、そういうバレエばかり観ている人には耳馴染まないかもしれないし、本場ロンドン(ブリテンはイギリス人、クランコ版の初演はロイヤル・バレエ)でも人気なかったけど、バレエへの創造性を掻き立てる音楽は素晴らしいと思います。2年前にロンドンで観たときは、いつも適当に弾いてるロイヤル・オペラ・ハウスのオーケストラもちゃんと弾いていて、でも、ちょっとぴんとこなかった部分もあったんですが、今日のマーフィーさんと東京フィルの演奏を聴いて、ローカル色が抜けていて、良い意味で癖のないのがかえって音楽に近づきやすくしていてとっても良かったです。ほんと、新国立劇場のバレエは、音楽がいつもステキ。これは、他所のバレエ団ではあまりないよね。

ビントレーさんの振付は、舞台を日本にしたり、ローズ姫をさくら姫、エピーヌを姉妹からさくら姫の継母で皇后にした改変はあるけど、物語の全体的な印象はもともとの物語を遠く逸脱することなく、筋立ての秀逸さに感心。第2幕をエピーヌが先導するので(マクミラン版では道化が先導)、エピーヌの出番が多かったのも良かった。それに妖怪かわいいし、海の世界のシーンは、ブリテンの音楽がピーター・グライムズの海の音楽を彷彿させるのでぴったり。ちょっと不満は、物語の全体像を決定づけるプロローグが羅針盤としては弱かったのと海の国が楽しい竜宮城なのか試練なのかはっきりしなかったこと。それと、第1幕のオーボエのステキなソロに乗ってのさくら姫のソロの踊りのテンポが速めに設定されていたこと。これは、マクミラン版のゆっくりした難しい踊りを息を飲む神々しさで踊ったネラの残像が残っているからだけどね。そういうことで、前に観たマクミラン版をどれくらい解毒しているか分からないけど、これからあと2回観る楽しみは期待できそう。というか、これを新国立劇場バレエ団のために作ってくれたビントレーさんにいちバレエファンとして心から感謝。(ああでも第2幕のお終いの方から急にお腹が痛くなって脂汗垂らしながら観てしまったのが残念)

踊りは、ソリストの堀口さんと奥村さんがさくら姫と王子でロール・デビュウ。お二人ともすごくよく踊っていたし、これからの活躍が楽しみだけど、小粒感があったのは、しょうがないかな。でも、これをステップにどんどん主役を踊って活躍して欲しいです。その資質は見て取れましたよ。
わたし的には、道化の福田さん、コミカルな西の王のトレウバエフさんが良かったです。このおふたりが物語にクスッとスパイスを効かせるのですね。
でも、今日圧倒的に良かったのが皇后の長田さん。ちょっとお顔が優しいのが玉に瑕(だって温かな美人さんだもの)だけど、踊りは素人目のわたしにもはっきりと違いが分かりました。素晴らしいステップ。今シーズン、プリンシパルになったばかりだけど、とても巧いしどんどん主役を踊って欲しいですね。

予想以上に満足してしばらく休憩。夜の部に備えまーす。お腹だいじょぶかしら。
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by zerbinetta | 2014-06-14 00:13 | バレエ | Comments(0)

ううむ、何と言っていいのやら 南紫音、大友直人、群馬交響楽団   

2014年3月23日 @すみだトリフォニーホール

ベルリオーズ:序曲「海賊」
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
ホルスト:組曲「惑星」

南紫音(ヴァイオリン)
大友直人/群馬交響楽団


今日のわたしはとてもネガティヴです。でもそれは、オーケストラに原因があるのではありません。オーケストラはとても良く弾いていましたから。もちろん、東京のオーケストラに比べてまだまだ下手かも知れません。でも、硬質でキラキラと明るい音色はとってもステキだったし、地方のオーケストラもずいぶんと力を付けているなという印象です。

実は、群馬がどの辺にあるのかよく知りません。東北?栃木や宇都宮や群馬ってなんか距離感や方向感がつかめないでいます。草津温泉は群馬?(長野だっけ?)草津温泉には行ったことあるのですよ。今日、群馬交響楽団の音楽会に、地元東京のオーケストラを差し置いて(いつもいってるようにわたしは地元主義です)行くのはどうかとも思ったんですけど、安かったから。地方のオーケストラの様子も知りたいしね。って、ここのところ、京都や札幌からもオーケストラが来ていたのですね。あとで気づいた。

始まりはベルリオーズの序曲「海賊」。ベルリオーズのオペラ、わたし、「トロイ人」(長い)と「ベンヴェヌート・チェッリーニ」(好き)しか観たことないけど、「海賊」はと思ったらこれって演奏会用序曲なんですね。なぁんだ。はじめに書いたようにオーケストラの硬質で明るい音色が好ましかったんですけど、何か早口でしゃべっているというかせかせかした感じがしてしまいました。

2曲目にシベリウスのヴァイオリン協奏曲。ソリストは若い(25歳くらい?)の南さん。初めて聴く人ですが、CDとかも出してるみたいで、期待の若手さん?楽しみにしてました。
でも、彼女のシベリウスはわたしには相容れなかった。とってもねっとりしていて、全ての音をつなげて弾く感じで、ヘンなポルタメントがかかったり、高い晴天の空に舞い上がる感じではなく地べたを這い回る感じに聞こえました。かといって、自己陶酔型の過剰にこぶしをきかせたような嫌らしい演奏でもなく、ただ、シベリウスと相容れないだけ。いえ、もしかするとわたしのシベリウスと。でも、前にニッキ(ベネデッティさん)の自由奔放で全くシベリウス感のないシベリウスを聴いたときは、これもありって思った。わたしの受け皿が小さくなってるとは、思わない(と信じたい)のだけど、今日のはダメでした。もしかすると席が一番上の後ろの方だったからダメだったのかも知れない。音はちゃんと来ていたんだけど、近くで表情を観ながら聴くのが好きだから。彼女のヴァイオリンは、違う曲で聴きたいな。例えば、ブルックとかメンデルスゾーンとかが合うような気がする。まだ若い、これからの人なので、しっかりと音楽を作っていって欲しいです。良い音楽家になることを期待してるし、また聴いていきたいです。

最後の「惑星」は、迫力はありました。でも、なんかノレないんですね。例えば、「火星」は刻みとコラール風の主題のテンポ感が違っている風に聞こえたり、メロディのまとめ方が雑で旋律と次の旋律の間がなんとなくゆるくなってしまったり、オーケストラがせっかくいいもの持っているのに、音楽作りがゆるいんです。もっときっちり音楽を作らないと、ただスペクタクルに音にしました、だけで終わっちゃう。指揮者の問題が大きいけど、オーケストラの側も自発的に音楽を作れる力が必要かなと思いました。大友さんは今シーズンから群響の音楽監督になられているんですね。大友さんがしっかり腰を据えて群響を鍛えて良い音楽関係を築いていって欲しいです(大友さんでいいんですよね?)。地方出身者のわたしとしては、東京のオーケストラに負けないオーケストラになって欲しいです。
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by zerbinetta | 2014-03-23 00:17 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

もしフルトヴェングラーがアマオケを振ったら音は変わる? 横浜市立大学管弦楽団第44回定期演奏会   

2013年12月27日 @大田区民ホール アプリコ大ホール

シュトラウスII:「こうもり」序曲
ドヴォルジャーク:「スラブ舞曲集」第1集より第1番、第5番、第2集より第2番、第7番
エルガー:交響曲第1番

沖澤のどか、山田和樹/横浜市立大学管弦楽団


今年の聴き納めです。山田和樹さんが聴きたくて、蒲田までのこのこやって来ました。蒲田が東京だと知って軽くショックを受けてます(自分が無知だったことに)。蒲田の道は入り組んでて、駅から区民ホールまで来る間にしっかり迷ってしまいました(そして帰り道でもまた迷う)。
オーケストラは、横浜市立大学。プログラムの前半を沖澤のどかさんが振って、後半を山田さんが振るようです。オーケストラの皆さんは胸にコサージュ(男性のはブートニエールというんですね)を付けて少し華やか。いつもしているのかしら。それとも特別な何か?

沖澤さんは小柄でかわいらしい感じの方。黒のパンツスーツが似合ってました。指揮は正直、まだまだかな。自分の出したい音と指揮が合っていないように感じました。オーケストラをきちんと練習している様子なので、音楽は彼女のやりたい音楽になってるんですけど、指揮の動きと違う感じ。でも、彼女は音大の大学院生(だと思う。もしかしてネットにあるプロフィールが古くてもう卒業しているのかも知れないけど)、20代半ば。これからの方です。音の動かし方とか音楽の作り方にステキなものが聞こえたので、これから経験をどんどん積めばきっと伸びていくと思える伸びしろのある方だと思いました。
それにしても横浜市大のオーケストラ、侮れない。山田さんをミュージック・アドヴァイザーにして、若い指揮者を指揮台に立たせてる。こういうことこそプロのオーケストラにやってもらいたいんだけど、日本のプロのオーケストラってなんだかとほほなのよね。

エルガーの交響曲は、一筋縄ではいかない曲だと思います。ちょっと分かりづらいし、演奏によっては何をやってるのか分からなくなってしまいそうな危険を孕んでいる。エルガーは我らがロンドンの作曲家だったので、ロンドンにいたとき、ロンドン・プライドに溢れたこの曲の名演を何度か聴いています。さすがにマッケラスさんとフィルハーモニアのとかパッパーノさんとロンドン・シンフォニーのとかとは思い出してはいけないんだろうなって思ってました。
ところが音楽が始まってみるとびっくり。なにこれ?次元が変わってる。なんて正々堂々とした演奏なんだろう。そしてなんて熱のこもった演奏なんだろう。オーケストラの音がさっきまでとは変わってる。もちろん、オーケストラの音は一流のオーケストラには決して及ばない。技術的にも音量的にも足りないところだらけ。でも、ロンドン・シンフォニーのはいい演奏だなぁと距離を置いて聴いていたのに、この演奏は、まるで自分が音楽の中に取り込まれたように感じる。多分音楽を聴いているのではなくて一緒に音楽してる。山田さんの指揮は、極端な身振りじゃないのにもう音楽の隅々まで彼の音が聞こえるように表現しつくしていて彼自身が音楽になってる。なんだかここ最近聴いた指揮者と比べて圧倒的なレヴェルの違いを感じました。世界でもトップ・レヴェルにあると思う。山田さんはオーケストラを威圧するわけでもなく、ぐいぐいと引っ張るのでもなく、ふんわりと魔法をかけて望む音を引き出すみたい。オーケストラにこんな魔法をかけられる指揮者って、アバドさんとかラトルさんとか多分ドゥダメルさんとかそれくらいしか思い浮かばない(もちろん、他にもいろんな方法でオーケストラから素晴らし音を引き出す指揮者はいるのですが)。
山田さんのエルガーは本当にステキで涙がはらはら。始まりのロンドン・プライドの行進曲から、この主題が何度も形を変えて(引きちぎられて)現れる、特に第3楽章の、主題が回帰しそうで、でも、姿を見せない、そんなそこにあるのに手が届かない憧れを湧き起こさせる表現には、こんなの卑怯だよ、ロンドンでも聴けなかったよ、と思って体がじんと熱くなる。そして、最後に堂々と行進曲で還ってきたときのティンパニ(大太鼓?)の強力なクレッシェンドは祝砲みたい。「1812年」みたく本物の大砲を撃ってもいいねって思った。こんなの初めて。エルガーの交響曲の最良の演奏ではないかしら。山田さんには、またぜひロンドンに来て、びしっとエルガーでロンドンっ子の魂を射貫いて欲しい。本場より本物のエルガー。最高。前に友達と、フルトヴェングラーがアマチュアのオーケストラを振ったら音が変わるか、凄い演奏になるのかって話したことあったけど、答えはイエス。音楽を愛して真剣に取り組むオーケストラならば、人の心を動かす演奏をすることができることを今日、山田さんと横浜市大のオーケストラが証明してくれました。

熱演にうるうるだったのに、アンコールは、意表を突いて、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」から「松林の踊り」。ライト版のバレエでは、くるみ割り人形の魔法が解けてハンス・ペーターになるところ。クララとの感動的なパ・ド・ドゥ。ただでさえバレエを思い出して涙なしには聴けないのに、山田さんはこの音楽をとてもゆっくりと雄大に演奏させたの。凄い。バレエで踊るテンポではないけれども、反対にこの音楽に合わせてバレエを振り付けたらどんなにか素晴らしいものになるだろうって思った。そして山田さんは途中で指揮台を降りて、指揮台のまわりの第1プルトの譜面を第1ヴァイオリンから順番に閉じていって、楽譜を見るより音楽を心から弾くようにメッセージを学生たちに促してる姿もじーんときました。やばいよやばいよ。演奏後の山田さんやオーケストラの人たちのステキな笑顔、そして涙。まわりの人と握手したりする姿にも本物の感動があってわたしまでじーんときちゃった。1年の最後の音楽会をこんなステキに終えることができて、幸せ者の極みです。
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by zerbinetta | 2013-12-27 00:07 | アマチュア | Comments(0)

宇宙から来るチェンバロ エスファハニ、チェンバロ・リサイタル   

2013年6月4日 @東京文化会館小ホール

ウィリアム・バード:解き明かしたまえ主よ(I、II、III);ドレミファソラ;
ジョン、今キスしに来て;第5パヴァーヌと第5パヴァーヌへのガリアルド;
戦争への行進曲;ファンシー;第1パヴァーヌと第1パヴァーヌへのガリアルド;
カリーノ・カスチュラメ;ファンタジア;ウォルシンガム
バッハ:音楽の捧げ物より、3声のリチェルカーレ;6声のリチェルカーレ;2声のカノン
リゲティ:ハンガリー風パッサカリア;コンティヌウム;ハンガリアン・ロック

マハン・エスファハニ(チェンバロ)


チェンバロという楽器に注目し始めたのは。昔のオペラのつま、ではなくて多分、シュニトケの合奏協奏曲。多様式で書かれた音楽はチェンバロが活躍。チェンバロの、細い鋼線のような、金属質だけど尖っていない、シャンシャン、ジェーンジェーンという音が好きです。どんなに強く弾いても弾くような丸みのある音。チェンバロのリサイタルは、実は2度目です。ずううっと前に、ここ、文化会館小ホールに聴きに来ました。友達に誘われて、曽根麻矢子さんのリサイタル。美人音楽家さんだったと思うけど、デエトにそんなところに誘うなんて、ブルックナーに誘って講釈をたれるのと同じくらい間抜けてるよね。イケメンが指揮するブルックナーだったらいいけどねえ。

なんて無駄話。ずいぶんと久しぶりの文化会館小ホールは、ああやっぱり、小ホールが好き。演奏者と適度に近くて一緒に音楽を楽しめる感じ。扇のように開いた感じで、照明を絞った落ち着いた空間は、典礼が行われる神聖な場所みたい。
ただ、お客さんが少ないのが本当に残念。若い(まだ20代)、コンクール歴のない無名の音楽家さんでは厳しいのかしら。わたしも友達が勧めてくれなければ(どうもありがとう♪)聴きに行かなかったかも知れないし。でも、この会場にいたお客さんは、とてもステキな時を過ごされたのではないかしら。

プログラムの前半は、バードの曲。どれもわたしは初めて聴きます。というかバードという作曲家の曲を聴くのも多分初めて。ルネッサンス期の(モンテヴェルディのひと世代前)イギリスの作曲家、らしいです。
始まりは、初期の曲、「解き明かしたまえ主よ」。テンポが揺れる不思議な感じのする曲で、右手と左手にリズムのずれみたいなのがあるような、記譜法がまだ未熟だったのかな。それに、エスファハニさんがかなり自由に弾いていた感じです。時間がゆるくゆがんだような感じで面白かった。こういうの初めて聴くので、へ〜〜!(びっくりマーク付き)って思いました。
次の「ドレミファソラ」は後期の作品。最初のとは全然違ってきっちりと楽譜が見える音楽。こういう黎明期の音楽を比較して聴くのって面白いですね〜。個人の発展と歴史の発展が同調して、音楽史の秘密を垣間見たような。1回、曲間に拍手を入れただけで、続けて弾かれたので、初めて聴く上にプログラムが見えなかったので、どの曲が、っていうのは言えないのだけど、成熟したバードの曲はどれも素晴らしかったです。当時の流行歌(?)、民謡(?)を元にした曲は、タイムスリップしてシェークスピアのいたエリザベス朝のイギリスに行ったみたいでステキでした。きっと、かの時代の人もにっこりしながら聴いたんでしょうね。

休憩の後は、バッハと、楽しみにしていたリゲティ。バッハは「音楽の捧げ物」から3声、6声のリチェルカーレと2声のカノン「昇り行く調が如く王の栄光高まらんことを」です。実は、6声のリチチェルカーレは、わたしはウェーベルンの方から入ったので、ラジオの現代の音楽のテーマではなかったでしたっけ?子供の頃の記憶で、曖昧なんですけど。でも、そんなわけで、このフリードリヒ大王(ほんとは違うらしいけど)の半音階的なヘンテコな旋律はわたしにとってむしろ現代の音楽だったんです。わたし、最近古楽の音色が、なんだかとても現代の音楽と親和性が高いと思ってるのですけど、チェンバロはその最たるもの。もちろん、エスファハニさんは昔のチェンバロのコピーで弾いているので、昔の人が聴いてた音色なんですけど、なんか宇宙の闇の向こうから来るような音色で、(前半のバードのときは、同じ楽器で弾いて朗らかで明るかったのに)、そうだ、この音は星が降ってくる畏怖を含んだ音なんだと思いました。本当に暗いところで星空を見上げると、星がすぐ近くで瞬いていて、落ちてくるような圧迫感に襲われるのですよ。きっとそのときに聞こえる音がチェンバロの音。バッハは、この曲を何で弾くのか楽器を指定していないそうなのだけど、チェンバロの音が一番ふさわしいように感じます。ただ、6声のリチェルカーレの方は、音楽が複雑で、チェンバロひとつでは音のかき分けがきついかなとは感じました。音色を分けたダブル鍵盤の楽器だったけど、同時の上下の鍵盤を使って音の描き分けはしていませんでした。音楽的にムズカシイのかな。

バッハが終わった後、エスファハニさんは、鍵盤に向かった姿勢から、さっと立ち上がって舞台袖に帰っちゃったので、一瞬拍手をするタイミングを失いました。後ろ姿に向かってぱらぱらと拍手。そして、舞台上ではチェンバロの配置転換が行われて、リゲティへ。リゲティは、現代チェンバロで弾かれます。
どうして、エスファハニさんが拍手を受けなかったのかは分かりません。バッハとリゲティの間につながりを持たせたかったのか、とも思うのですけど(300年以上の時を経た音楽は違和感なくつながっていきました)、そうでなくてただ神経質になっていただけかも知れません(リゲティのとき、とても緊張している(?)、疲れているようにも見えました)。本人に理由を聞いていないので分かりませんが。

「ハンガリー風パッサカリア」は単純な音符の繰り返しの上に、音楽が展開されるのだけど、古びたタイトルの通り、もちろん音の運びは現代的だけど、バロック音楽の直系なので、敢えてリゲティじゃなくても、ってヘンな感想を持ちました。でも、現代チェンバロのガラス細工のような透明でシャリンとした音色はすぐ好きになりました。
すごく良かったのは、「コンティヌウム」。これぞリゲティという感じ。アトモスフェールの世界をチェンバロでやるなんて。ものすごく速い連続音が、ひとつのつながったロングトーンのように聞こえてきたり、ひたすら連続音のクラスターを弾きまくる奏者にとって体育会系の音楽だけど、出てくる音は、まさに宇宙。宇宙で自由落下する衛星。これは凄い。この凄さは絶対録音したものだと消えてしまう繊細さ。いいもの聴いた。感激。それにしても、エスファハニさん、精根尽き果てたみたいで、譜めくりの人にお水を持ってきてもらってました。ごくり。
最後の「ハンガリアン・ロック」は、ロック音楽に対するアンチテーゼみたいな。大音響に拡大した音をスピーカーでがんがんに聞くのがいわゆるロックなら、現代チェンバロといえども、小ホールを静かに満たす音しか出ない楽器。でも、この耳を澄まして聴くロックが、障子の向こうの秋の虫の音を楽しむようで、面白かった。音楽はフォルティッシモを要求してるのに、静かに静かに音が生まれる、熱い音楽。CDで聴いてアンプのヴォリュームを上げて聴いたら壊れてしまう、それこそ邯鄲のような薄い羽の音楽。いいね、いいねっ。

アンコールはやらないかと思ったんですけど、少ない分かってるお客さんの鳴り止まない拍手に応えて、そのまま現代チェンバロでパーセル。チェンバロでこういう曲を弾くと、弦を弾く、ギターのような音色がフォークソングのように聞こえて、しみじみともの悲しく、懐かしく、とってもステキ。現代のチェンバロで弾く昔の音楽ももっと聴いてみたくなりました。

うっとりした気持ちでホールを出たら、片隅の引っ込んだところにサイン用のテーブルみたいのがしつらえてあって、何かなと思ったら、エスファハニさん。うわっ。せっかくだからプログラムにサインをしていただいて、生写真までいただきました♡なんだかおちゃめ。ゆっくりお話ししてみたかったけど、感謝の気持ちだけお伝えして、上野の夜に静かに帰りました。
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by zerbinetta | 2013-06-04 00:22 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

印象的な収筆 ハリソン・バートウィスルの音楽   

2013年5月23日 @オペラシティ・コンサートホール

バートウィスル:ある想像の風景(1971)、ヴァイオリン協奏曲(2009−10)、エクソディ'23:59:59'(1997)

ダニエル・ホープ(ヴァイオリン)
ステファン・アズベリー/東京交響楽団


イギリスの作曲家、サー・ハリソン・バートウィスルさん(サー・ハリー)の曲、3曲(全て日本初演)まとめた音楽会、コンポージアム2013の音楽会のひとつ。今年度の武満徹作曲賞の審査員がサー・ハリーさんなので組まれた音楽会かな。武満賞の本選の音楽会は日曜日にあってそこで受賞作が決定します。
バートウィスルさんは,管楽器の凶暴な音使いもするけど、仄かに旋律的だったり調性的だったり(このさじ加減がとってもいい)わりと聴きやすい音楽です。今回の音楽会とこの間聴いたCDとで、1960年代から現代までにわたる彼の代表的な音楽を聴いてみたんですけど、サー・ハリーさんって金太郎飴のようにどこを切ってもハリーさん。もちろん、成熟度には違いはあるんですけど、作風は変えてないのですね。ということは、個展という形でまるまる1音楽会を彼の作品に費やしてしまうより、1つの作品を他の作曲家の作品と並列して採り上げた方が、音楽会に変化が出るかも知れません。よっぽどサー・ハリー・マニアならともかく(ってそんな人ほとんどいない?会場は音楽関係者っぽい人たちとマニアっぽい人たちがいっぱいでした)、一般の音楽ファンにはアピールしづらいものがありますね。今回響きの似た音楽が後ろに2つ並んでたので、小編成の歌モノが真ん中にあれば良かったかも知れません。それにしても、日本ってすごい!会場は満席とはいかないけれども、お客さん入ってたし、あたたかく音楽を受け入れていた様子。オーケストラもきちんと真面目に(こういうところが日本のオーケストラの良いところ)演奏していました。日本の音楽ファンってステキだなって思いました。

最初のある想像の風景は、前半は4群、後半は3群に分けられた金管楽器と、2群の打楽器(それぞれシロフォンとティンパニ)、2群のコントラバスのための音楽です。金管楽器は、トランペット、ホルン、トロンボーン(ところによりチューバ)が組になって4群、途中席替えして(打楽器とコントラバスの音楽は続いてる)、楽器ごとに3群になります。なので、前半は金管楽器のハーモニーよりも、点描的な音の表現、席替えして楽器ごとに分かれた後半は、水平的なハーモニー。それにしても、金管楽器の扱いが上手い。ミュート(カップ・ミュート系?)や音の強弱を駆使して多彩な音色を引き出していました。特に、ミュートしたトランペットの人の声のような音色にびっくり。

2曲目は一昨年初演されたばかりのヴァイオリン協奏曲。テツラフさんが初演を担当しているのですが,今日はホープさんが独奏。ホープさんはずっと前に聴いて印象薄かったので、どうなるのかなぁと思ってました。テツラフさんだったら良かったのにって。この曲、一昨年のプロムスでも演奏されたのですね。あれ?わたしどうして聴きに行かなかったんだろうと訝しんだら、その日は日本に帰っていたのでした。プロムスよりラーメンを選んだんですね。
ヴァイオリン協奏曲。作曲者の言葉を借りれば、ヴァイオリンとオーケストラの対話。オーケストラは合唱のように作曲されているとのこと。ヴァイオリンの独奏とオーケストラが,対等な関係で、でも対立するわけではなく、向き合ってます。力の入った名曲だと思います。ウェブ・サイトでテツラフさんとBBCシンフォニーとのプロムスでの演奏を聴きましたが、テツラフさんのは結構アグレッシヴ。対して、ホープさんは柔らかみがあって、音楽がとげとげしくない感じ。その分、オーケストラにもうちょっと控えた方がいいと思った瞬間もありました(音量で凌駕したと言うより、表現の方向性違い)が、どちらも気合いの入った演奏でした。ホープさん、どうなるかしら、と心配して損した(っていうか、今日はホープさんだから聴きに来ようか迷った失礼なわたし)。この曲、ヴァイオリンにメロディアス(といっても朗々と歌うメロディではなく、短くふと聞こえる隠れた旋律)な部分があったり、技術的には難しいのかも知れないけど、ヴァイオリン弾きにとっては楽しく弾けるのかもね。納得のいく良い曲だと思います。
ここでびっくり、サプライズで、サー・ハリーさんがこの日のために書き下ろした、ヴァイオリン・ソロのための短いアンコールがあるともっと良かったのですが、もちろん、そんなのはなし。あと、ホープさんって友達に似てて、ああ友達が弾いてるってずうっと思ってました。ってか、写真で見るよりずっといいじゃん。おでこそんなに広くないし。もしかしてわたし、ツェートマイアーさんと勘違いしてた?

最後は、エクソディ。タイトルが示唆するとおり、出(しゅつ)何かから。なんだけど、わたしはタイトルのような音楽には感じませんでした。脱出するイメジというより、何かそこに堆積するイメジ。もしくは見えない壁で脱出できないイメジ。全く正反対です。その理由かきっと、ずうっとそうされてる通奏旋律のせい。音楽の背後に、楽器を変え、隠れたりときどき現れたり、低い声部に行ったり高い声部に行ったりする持続的な音符があったからです。あまり動かないパッサカリアのような、というか心の中にずうっと聞こえている音。その上に、いろんな音がスパークする音楽です。ミニマムじゃないアダムスさんの音楽をいうのが頭に閃いたんですけど,何のことだか分かりませんね。
今日の音楽の中で,この曲が圧倒的に良かったし,演奏も良かったんです。
30分にわたる緊張の持続。30分ってモーツァルトやハイドンの最後の方の交響曲と同じくらいの長さだから、長くないように見えて、実は、ひとつの連続する音楽としては、ブルックナーの交響曲第8番のアダージョやマーラーの交響曲第6番のフィナーレの長さなので,かなり長いです。この長さで最後まで聴かせてしまうのですから凄いです。しかも、音楽が対比的というより、漸進的な変化と持続なので、一見コントラストに乏しいんです(だから、もう少し変化を付けてもとは正直思った)。最後の方の、はっちゃけたダンスのようなクライマックスは楽しかったですが。

そして。
音楽の最後、突然(という言葉がぴったり。予期してなかったことなので)、音楽が静かにふわりと終わるんです。何かがすうっと抜けたように。魂が抜けた?ああ、そうか、これがエクソディということなんだ。今までずっと聴いてきたものは、産みの苦しみ。でも、抜けるときはつるりと抜けるんですね。枝豆が鞘からつるりと抜けて口に滑り込むように。そんな、何かからの引力から解放されてふわりと自由に飛び出した瞬間の心地よさ。これなんですね。サー・ハリソンさんの音楽。筆をすうっとはらって最後に筆を、字を解放して書を留める。とてつもない開放感。似たような感覚は、ヴァイオリン協奏曲の最後にも少し感じたので、サー・ハリソンさんの音楽に含む秘蹟はここにあるんだって思いました。
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by zerbinetta | 2013-05-23 22:50 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

なぜにエルガー交響曲第2番なのか小1時間問いただしてみたい 東京楽友協会交響楽団   

2013年4月7日 @すみだトリフォニーホール

ウェーバー:オペロン序曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番
エルガー:交響曲第2番

イリーナ・メジューエワ(ピアノ)
橘直貴/東京楽友協会交響楽団


爆弾低気圧が去って雨は止んだもののまだ時折強い風が吹く日曜日の午後。でも真っ青なお天気で、20度を超える気温は、たまにしかないロンドンの夏のよう。清々しくて気持ちのいい空気の中、音楽会に行ってきました。アマチュアの東京楽友協会交響楽団。聴きたかったピアニストのメジューエワさんが弾くのでやって来ました。トリフォニーホールは2回目。
少し早めに会場に着いたかなと思ったら、えええ!長蛇の列。プロのオーケストラでもこんなことないのに。で、列に並んでるのは普通のオーケストラの音楽会とはちょっと違った客層。お孫さんを連れたおじいさんとおばあさん率高し。出演者の家族関係かしら。メジューエワさんを聴きに来られた人たち(わたしも)ではなさそうですね。

舞台の上で音出しするのを聴いてると、みんななかなか良い音を出してる。このオーケストラは期待できる。定期演奏会も今日のが95回目だし、老舗なのね。アマチュアではトップクラスなのかな。丁寧に音合わせして(シティ・フィルの音合わせも丁寧だったな)さあ!
にこやかで駆け足のように指揮者の橘さん登場。始まりはオベロン序曲。うんうん、弱音では音が枯れちゃってる面があるけど,音楽はきちんとまとまっていてとってもステキ。プロやプロの卵のレヴェルではないけど、みんながひとつの音楽を作っている感じがするのはいいなって思う。練習の中で意思の統一をはかってる感じ。わたし的には好感度高い。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番、大好き。メジューエワさんのピアノってどうなんだろう、わくわく。真っ赤なビロードのような柔らかい肌触りのドレスで,ほっそりと華奢でアニメの世界から出てきた美少女みたい。指も細くて長い。そうそう、楽譜を見ながら弾くんですね。自作ふうの譜面を持っていました。
始まりのピアノのソロを聴いた瞬間から彼女のピアノに引き込まれました。たーん。たたたたらたたたらたたたんたん。の音がとっても鮮明に粒だって聞こえるの。極端に言うと打楽器みたいな感じに。スタインウェイのピアノだったけど、響きが膨らみすぎるのを押さえて、弦の音がちゃんと聞こえるわたし好みの音。
彼女の独奏は、彼女が先に立ってぐいぐいオーケストラをリードしていくというより、オーケストラにのっかって一緒に泳ぐ感じ。音楽は楽譜に書いてあるので、彼女が引っ張らなくても、みんなが楽譜通りに弾いたらちゃんと作曲家の音になることを信じてるみたい。でも、ちゃんと彼女の音楽はオーケストラを巻き込んでいました。
ベートーヴェンだからって気負うことなく自然体の音楽。特別のことは何もしてないのに、すうっと心に通る特別な音楽。第2楽章のオーケストラとの対話も、敢えて対立することなく、静かに語りかける感じ。この人は将来、ピレシュさんのようなピアノ弾きになるのかしら。なればいいな。
アンコールはベートーヴェンのポルカのような楽しい音楽。エコセーズ?気の置けない感じで粋でした。

休憩の後は、エルガーの交響曲第2番。えっ?!実は今日は、メジューエワさんがピアノを弾くことしか知らなくて,他に何の曲をするのか会場でプログラムを見るまで知らなかったんだけど、エルガーとは。しかもエニグマや交響曲第1番じゃなくて第2番。本場ロンドンでも1度も聴いたことのない曲。誰が選曲したんですかーーー?こんなマニアックな曲。大曲だけど,よく分からない感じだし、クラヲタさん向けマイナーな曲なら他にも良い曲があるでしょう。シマノフスキとかシュニトケの合奏協奏曲とか、スクリャービンの交響曲第3番とか(モロわたしの好み)、チャイコフスキーやドヴォルジャークの初期交響曲とかブルックナーの交響曲第4番の第3稿とか、よく知られているように見えてほとんど演奏されないのとか,いろいろあると思うのね。それなのにエルガーの交響曲、第1番じゃなくて第2番。よっぽど好きな人いたのかな。どんな話し合いがなされたのか聞いてみたい。どうして交響曲第2番なのか小1時間問いただしたい。

エルガーの曲、かっこはいいけど、行き当たりばったりな感じで,とっつきにくいんです。始まりのリズムのずれ、というか後打ちが上手く合わなかった感じでちょっとどきりとしたけど、ううむ、手堅くまとめてきた。併走するいろんな音たちをあるがままに演奏して、でも、もちょっと整理してメロディを浮かび上がらせた方が分かりやすくなるって思ったけど、吠えるところはとても良い感じ。反面弱音はやっぱり響かないかな。弦楽器がもうちょっとヴィブラートをかけて豊かに弾いてくれれば、そうよ、エルガーってもっとロマンティックなんだから。イギリス人だって頑固者で感情控えめだけど,ロマンティストなのよ。でも、なんかしっぽりくるのよね〜この演奏。なぜ?あっ!そうか、このヴィブラート控えめ感は、古楽?図らずも古楽っぽい響きになったので、エルガーの朴訥とした頑固者の雰囲気が良く出てる感じ。下の方で大きな音をぼっぼっと出してる,コントラファゴット?チューバ?が田舎のオルガンのバスみたいでとっても雰囲気ある。わざとやってるのかなぁ。でも、なかなかいいぞ。このオーケストラ、ロマンティックな作品より、ハイドンとかベートーヴェンとか,ブラームスとかが似合うんじゃないかな。
指揮の橘さんは、とっても上手くオーケストラの良さを引き出していたように思います。なかなかやるじゃんと思ったら,前にブザンソンのコンクールでファイナリストになっているのですね。プロよりもアマチュア・オーケストラの指揮者として活躍してるのかなぁ。今まで考えたことなかったけど、アマチュア・オーケストラの指揮者はプロオケの指揮者とは違った才能を求められそうだし、アマチュア・オーケストラの指揮者というジャンルの仕事があってもいいかもね。修行ではなくて、きちんとした職種として。

(予想してたら)本当にアンコールは威風堂々だった。ロンドンのダイヤモンド・ジュビリーの音楽会よりもジュビリー的。何で日本に来てまでロンドン。ロンドンで過ごしたことがいろいろ思い出されてしまって、泣いてしまった。良いことも悪いこともあったからなぁ〜。
でも良い音楽会でした。これからは、アマチュア・オーケストラもたくさん聴いてみようっと。
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by zerbinetta | 2013-04-07 22:50 | アマチュア | Comments(0)

カレーライス、いやステーキ 隅田川2題   

2013年3月23日 @神奈川芸術劇場

ブリテン:カーリュー・リヴァー

花柳壽輔(演出/振り付け)

鈴木准/篠井英介(狂女)、大久保光哉/大沢健(渡し守)
井上雅人/花柳登貴太郞(旅人)、浅井隆仁/板東三信之輔(修道院長)、他
角田鋼亮(指揮)

清元 隅田川

花柳壽輔(斑女の前)、花柳基(舟長)


ロンドンで「カーリュー・リヴァー」とその元になった能「隅田川」のステキな公演を観てから、こういう舞台を観たいと思っていたので、見つけてそそくさと観に行ってきました。「隅田川2題」。オペラの「カーリュー・リヴァー」とこちらも能を元にした日本舞踊、清元「隅田川」。さてはて、どんなになるのでしょう。

今日は午前中は、隅田川の妙亀塚をお花見がてら見に行ってきました。後年、斑女が庵を結んで、梅若の霊を弔ったところです。ひっそりと静かに。

そんな隅田川にどっぷりつかるような(って身投げしたんじゃないよ)午前中を過ごしたので、KAATの近所にせっかくある中華街には寄れませんでした。しかも、うっかり県民ホールの方に行ってしまうし。何とか開演前に無事についた会場は、予想通り、日本舞踊を観に来たとおぼしき着物のお客さんとオペラを観に来た洋服のお客さんが混じっていました。皆さんそれぞれどのように感じられるんだろう?

今日はオペラが先。ステージは能舞台のような形に白木の床になっていて、舞台装置は何もなしの至ってシンプル。黒い衣装のソリストと合唱が前詞をアカペラの歌って音楽が始まります(ごめんなさい。彼らが歌いながらステージに現れた(たぶんこちら)のかステージに並んでから歌い出したのかはうっかり失念)。そして、舞台の左脇に退いて座って舞台が始まる。歌は、能の囃子方のように座ったまま演技はせずに歌うだけ。演技はもっぱら日本舞踊の人です。少人数のオーケストラはピットに。オペラを能のような形態で舞台にしたのね。歌は日本語に訳した歌詞を歌いました。カーリュー・リヴァーはスミダガワに置き換わっています。このことについては後でまた書きますね。ちなみに、ブリテンが作ったカーリュー・リヴァーという隅田川に当たる地名は、bush-stone curlew = オーストラリアイシチドリ(アボリジニの伝説では死と深く関わってるそう)と梅若丸の辞世の句「たづね来て とはゞこたへよ都鳥 すみだの河原の露ときへぬと」に出てくる都鳥(ユリカモメ)を思い出させますね。

一方の清元は、出てくるのは斑女と舟長だけ。初めて観る清元。ノッペリとした白塗りの舟長の顔がウルトラマンみたいって不謹慎なこと思っちゃって。ふたりのやりとりが最初コミカルでなんだかな〜って思って観てました(ほんとは深刻な内容なのかしら?感受性の低いわたし)が、最後にどかーんと絶望の奈落に落とされて、ずっしりと石を飲み込んだよう。なにこれ?ブリテンの「カーリュー・リヴァー」には救いがあるのに、能だって最後の退出の時、心を戻す時間があるのに、いきなり幕が落ちて、底に沈んだまま取り残されるとは。正直、今日はこれが一番衝撃的でした。びっくりして言葉が出ない。そういう内容なんですか??凄い。。

清元の方は、日本舞踊も初めてだし、何も気の利いたことは言えないんだけど、オペラの方はちょっと考えさせられました。
能の様式を採り入れて舞台を作る、というのはいいと思うんです。わたしもやってみたいアイディア(わたしの場合は「トリスタン」でこれをやってみたいんですけどね)。ただ、ブリテンが能にインスパイアされて作ったこのオペラ。黙っていても能の要素を持ってる。ブリテンは、能楽師が様式的に舞台に登場し、退場するように、歌手たちを単声聖歌を歌わせながら舞台に登場させ、退場させるのだけど、それはまるで教会での宗教儀式のよう(カトリック教会での僧が香を振りながら会堂をまわるのを思い浮かべてます)。そこに、ブリテンの強い宗教的なメッセージの存在を感じるのだけど、ブリテンが能に感化されて、それを独自の宗教的な世界に移したのに、さらに能の世界に形式だけ見て返してしまったために、ブリテンの一番のメッセージが伝わらなくなってしまっていました。それがとっても残念。また、歌を脇で歌わせて、演じるのは舞踊家というのも違和感を感じました。能の場合はシテも重要なところは謡うので、歌手に演じさせた方が良かったのでは、もしくは上手くいくかどうかは分からないけど、舞踊手の脇で黒子のように振る舞いながら歌う。もちろんそうすると歌手の演技力が問題になるのですけど、狂女の鈴木准さんは、ロンドンではとってもステキな演技者でもあったのでそれは残念です。
歌詞は先にも書いたとおり、日本語訳を歌いました。わたしはオペラは、現地語上演があっても良いと思っているので(というより、全部を原語上演にしない方が良いと思ってる)、これは問題ないのだけど、カーリュー・リヴァーをスミダガワとしてしまったのは、ブリテンの深慮を無視して、なんだかみすみす日本のに同化させてしまったことを象徴しているようでちょっと嫌でした。隅田川は、伊勢物語にあるように、東国の最果ての地。だけど、さらにブリテンは、カーリュー・リヴァーという架空の川にすることによって、死のイメジを(三途の川のイメジ)を持たせています(しかも都鳥とイシチドリという鳥を介してだなんてブリテンの洞察力には感服します)。その違いはとっても重要。かなり意識的に注意深く言葉を選んでる、と思うのだけど、あっさりと隅田川に戻してしまうのは、ブリテンの意図を汲んでいないと思わざるを得ません。むしろ、江戸時代になってお花見の名所となった隅田川のイメジを使って、最後の絶望を強調した清元の潔さを買います。
日本的な演出、舞踊や能との融合のアイディアはステキだと思うけど、ブリテンのオペラの本質を置き去りにして、表面だけを同化させてしまったのが、わたしには不満足でした。それによって、内容の凄さが曖昧になっているように思えたので。仏教的な精神を持つ能や清元の世界観と西洋人の(キリスト教的な宗教観の上に立つ)ブリテンのオペラでは、根元のところで違っていると思います。その違いを、曖昧にするのではなく、シャープに見せて欲しかったです。清元の幕切れがとてもインパクトがあったのでなおさらそう思いました。絶望、諦観の物語と救いの物語。同じ話の全く違う物語。
ブリテンは能に触発されるも決してこれを同化しないで、独自の世界観を貫いてる。それは大事にして欲しいし、もし変えるのなら、単純な同化ではなくて説得力のある変え方をして欲しかった。インドにもイギリスにもないカレーライスしかり、中国にないラーメンしかり日本人の同化力って凄いですからね。この力はちゃんと使わないと危険です。あっこの場合、本質を骨抜きにしているので日本の柔らかいステーキかな。あれはナイフとフォークでがしがしと肉を食べることのヨロコビを奪ってるから。

歌手、舞踊、オーケストラ、清元節の皆さんは、とっても良かったです(清元は初めてなのでほんとは良かったなんて分からないんですけど、観ていて楽しかったから)。大きな拍手を送りました。批判的に書いてしまったけど、舞台について深く考えさせられた公演で、やっぱり観に行って良かったです。
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by zerbinetta | 2013-03-23 23:02 | オペラ | Comments(0)

ブリテン・シンフォニアお誕生日コンサート アリーナも出るよ   

27.10.2012 @barbican hall

purcell: hear my prayer, o load
nico muhly: looking forward
bach: concerto for two violins in d minor
britten: les illuminaties
james macmillan: one
prokofiev: symphony no. 1
pekka kuusisto: omg hbd
bach: keyboard concerto no. 5
moondog / macgregor: sidewalk dances

bitten sinfonia, britten sinfonia voices with many guests


ブリテン・シンフォニアの二十歳のお誕生日音楽会。オーケストラに関係の深いゲストの人たちをたくさん迎えて盛りだくさんの音楽会。アリーナやクラシック、ジャズ・ヴァイオリニストのクーシストさん、テナーのパドモアさん、作曲家のニコ・マーリーさん、ピアノのマグレガーさんなどなど。幅広い音楽性のゲストが集まったところは、ブリテン・シンフォニアの面目躍如。

ブリテン・シンフォニア・ヴォイシスの合唱でパーセルの「主よ、わたしの祈りを聞いてください」から始まって、あれれ楽器が入ってるよって思ったら、そのまま重なってマーリーさんの「looking forward」期待とか希望って感じの意味でしょうか。シームレスにそのままパーセルの音楽につながって、ロイヤル・バレエで初演された「マシーナ」でもそうだったけど、バロック音楽との相性の良さを感じました。美しい曲。マーリーさん、オーケストラでチェンバロ弾いてました。髪型で浮いてたけど。

その次はわたしのお目あてのアリーナの弾くバッハの2つのヴァイオリンのための協奏曲。もちろんアリーナひとりで2挺のヴァイオリンをアクロバット弾きするのではなく、もうひとりはクーシストさんが担当。アリーナが弾き振りです。といいつつ、アリーナが弾き振りすると、去年のAAM(アカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージック)のときもそうだったのだけど、どこか引っ込み思案で、前に出てぐいぐいと音楽を引っ張る感じじゃなくて、遠慮気味にアインザッツを揃える感じになるんです。というわけで、音楽はどちらかというと(前面に出てるわけではないけど)手練手管の鬼才、クーシストさんが若干リードする感じになりました。アリーナはまだ、オーケストラをリードするよりも、指揮者のいるオーケストラと競奏する方が持ち味が出るんじゃないかなって思いました。でも、控えめながらも肩肘の張らないステキなバッハでしたよ。(あとでプログラムを見たら、アリーナの弾き振りではなくて、振りなしでした。確か事前アナウンスでは弾き振りになってたんだけど。。。うっかりしてました)

というわけで、アリーナを聴きに来たわたしにとってはあとは付録のつもりだったんだけど、わたし的には今日はパドモアさんが歌った、ブリテンの「レ・イルミナティ」が圧巻でした。パドモアさんはほんとにもう大好きな歌歌いだし、ブリテンの音楽がとってもシンプルで素晴らしいの。短い歌曲が9曲続くのだけど、どれも詩情があって、それにパドモアさんの声がのってきて、見事な夕焼け色の世界。これを聴いただけでも十分幸せだな〜。この曲のとき、アリーナは一番前の隅っこの方の席で聴いてました。パドモアさんの出番が終わった次の曲では、アリーナの隣にパドモアさんが入らして、一言二言言葉を交わして音楽を聴いていました。そうそう、全然関係ないけど、この間のアリーナのソロ音楽会に引き続いて、チアロスキュロス・カルテットのセカンド・ヴァイオリンの男の子が聴きに来ていました。彼もアリーナの追っかけ?

マクミランさんの音楽は、何回か聴いたけど、スコットランドのローカル作曲家のイメジです。ローカルだけど国際的だから流行のグローカルだと思ってググってみたら、グローカルって国際的だけどローカルな活動のことなんですね。マクミランさんは反対。ローカルなものを強く根に持ちながら、国際的な普遍的なセンスを持ち合わせている。静かでシンプルな音楽はいつもそう。

さらに(今日は盛りだくさん)、プロコフィエフの古典交響曲。古典と言いつつこの曲ちっとも古典じゃないと思うんですね。結構プロコフィエフらしいとげがいっぱい刺さってる。指揮者のいない、ブリテン・シンフォニーの演奏は、指揮者のリードする個性がないゆえ中立的で、プロコフィエフのとげが丸くなってしまった感じがしました。古典的な演奏も以前はいいと思ったけど今日はシャープな現代的な演奏を聴きたいと思ってしまったのでちょっと物足りなかったです。意外とOAEなんかが昔の楽器、昔のアーティキュレイションで演ったら面白いかなぁ。20世紀の作品だけど。ここでやっと休憩。

休憩後はいきなり雰囲気変わって(何が始まるのかと思ったよ)、クーシストさんのソロで、なんて言うのでしょう、現代音楽とポピュラー音楽のクロス・オーヴァー。エレクトリック・ヴァイオリンを足下にあるたくさんのペダルで音を加工しながら(多分半分即興で)音楽を作っていくんだけど、正直あんまりよく分かりませんでした。結構長かったぁ。

そして、いよいよマグレガーさん登場。マグレガーさんは音楽会シリーズを持ってたくらいブリテン・シンフォニアと親密な関係。この人もクラシックとポピュラーの間を自由に飛び回る音楽家。超かっこいい女性。最初は弾き振りでバッハの協奏曲BWV1056。彼女のバッハ、評判いいので楽しみでした。そして楽しみ通り。バッハの持つかちかちとした矩形が角が取れて丸みが帯びた感じで、幾何学的なピアノの音がとんとんと心を打つ。智と情のとっても絶妙のバランス。

最後は、ムーンドッグ。アメリカのジャズの音楽をマグレガーさんが編曲したそうですけど、ジャズに疎いので原曲はちっとも知らず。でも最初っから親しみやすいのでとっても楽しめました。マグレガーさんはここでは弾き振りと、ピアノが入らない曲では指揮台に立って指揮をしました。黒のパンツスーツ姿のマグレガーさんがかっこよくて超ステキ。指揮姿のマグレガーさんもっと観たいと思いました。ドラムスとか、サックスとかゲストの音楽家がたくさん入って賑やかにお誕生日をお祝い。それにしても今日の玉手箱をひっくり返したような音楽会。ブリテン・シンフォニアの柔軟性をしっかり堪能できたわ。

ブリテン・シンフォニアのお誕生日なのに肝心のブリテン・シンフォニアについて書かなかったので最後に。このオーケストラ、多分全然有名じゃないけど無茶上手いです。古楽から(古楽器を積極的に使うオーケストラじゃないけど)、現代物、さらにはクラシックの外側の音楽まで、幅広い適応性で、どれでも一流のレヴェルでこなすし、指揮者を立てない団体なので自律的なアンサンブルも完璧。全体がひとつの生命のように演奏します。レパートリーもユニークだし、もっと知られてもいいなぁ(と言いつつわたしも聴いたの2回目)。
何はともあれお誕生日おめでとうございます。これからのさらなる発展を願って。30年後、50周年のお誕生日でお会いしましょう(ってわたし、いくつになってるんだ)。
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by zerbinetta | 2012-10-27 22:54 | イギリスのオーケストラ | Comments(2)

お祭り! プロムス・ラストナイト   

8.9.2012 @royal albert hall

last night of the proms

nicola benedetti (vn)
joseph calleja (tn)
jiŕí bělohlávek / bbcsc, bbcso


お祭りです!
プロムスのラストを飾るプロムス・ラストナイト(そのままやん)。とっても人気があってチケットが取れないんです。アリーナとギャラリーの立ち見の当日券もかなり早くから並ばなければ買えないんですね。普通のチケットもくじ引き。プロムスの音楽会を5つ以上買った人には、まず、優先的にチケット購入のためのくじ引きの権利がもらえて(チケットを買うときラストナイト・チケット購入の抽選に参加するかどうか聞かれます。チケットを買ってない人も一般用に割り当てられた席の抽選にあとで参加できます)、ははは〜、今回初めて当たりました!!メイルが来たときにはなんのことか分からずびっくりしました!ラストナイト、テレビで放送されるし、お祭り騒ぎは楽しいとみんなが言うのだけど、実はわたし、それほど興味がなかったのですっかり忘れていたんです。でも、せっかくくじで当たった権利(一生分のくじ運を使い果たしたかも)、もったいないので安い席を2枚(2枚までしか買えません)買うことに。1枚は誰か友達に売ろうと、きっと欲しがる人はいるだろうと買ってみました。チケット売り出しの朝、激戦かなぁと思って1番にサイトにアクセスしたら、すらすらと入れて、チケットもいっぱい残っていて、安くて良い席が買えました。ラッキー♬

お祭りなので演奏の評価はしません。アリーナでは大きな風船がふわふわとはねてたし、鳴り物入りだし、会場にいる人たちは、音楽会ではなくてお祭りを楽しむテンションだもの。でも、演奏はどれもステキでした。手抜きなし。聴くところではお客さんもちゃんと聴いていましたしね。オーケストラは男性は黒の盛装だけど(プロムスではBBCシンフォニーは白のジャケットをいつも着てるんですが)、女性はカラフル。いつもと違って適度に華やか。

でもやっぱり、楽しむべきは、お祭りの雰囲気。しかめっ面で、訳知り顔で、クラシックを聴くという雰囲気は全くなく、みんなが高揚して楽しんでる。大きな国旗を掲げたり(日の丸も何個かありました!)、小さな旗を振ったり。わたしも即席のちっちゃな旗を作って振ってました。なんの旗だって?それはヒミツ。
音楽もポピュラーな小品とちょっとマイナーなのを上手い具合にミックスして、それとちょっぴりビエロフラーヴェクさんのお国ものも、新作も、ヴァラエティに富んでいて、大きな曲は、ニッキー(・ベネデッティさん)をソロに迎えたブルッフのヴァイオリン協奏曲。わたし的には、前にボエームを聴いてときめいてしまったカレヤさんの出番がもっと欲しかったけど、ステキなプログラムだったと思います。カレヤさんもなんか天性の明るさでお祭り気分を盛り上げてたし。ニッキーは文字通り花を添えてたし。このおふたりのゲストはなかなかです。
そしてゲストは他にも。びっくりゲストだったんですけど(情報漏れてた?)、オリンピックのメダリストたちも登場。ジョン・ウィリアムズさんのオリンピック・ファンファーレも演奏されたのでした。ロサンジェルス・オリンピックのとき書かれた曲だけど、かっこいいですよね、これ。ついでに(?)スターウォーズも演奏して欲しかった!

でも、今年のラストナイトのスペシャルは、今シーズンでBBCシンフォニーを退任してチェコ・フィルの指揮者になるビエロフラーヴェクさん。スピーチは下手だけど(失礼。でもそれがかえって飾りのない誠実な人柄を表しているのですね)、オーケストラもお客さんもわたしも彼のことが好きで、もっと長く主席指揮者を続けて欲しいと思っていただけにうんと残念。もちろんこれでビエロフラーヴェクさんとBBCシンフォニーの関係が終わるわけではないどころか桂冠指揮者になることだし、いつまでも良い関係でいてステキな音楽を聴かせて欲しいです。先にCBEに叙勲されているので、メダルをぶら下げて指揮したり。温かな雰囲気で、ビエロフラーヴェクさんを送り出しました。

最後は、プロムスを始めたヘンリー・ウッド、ープロムスの期間中胸像がステージの後ろに鎮座してて、今日はそれに桂冠されました(ラストナイトの行事のひとつ)ーの「イギリスの海の歌の幻想曲」、エルガーの「威風堂々」、パリー/エルガーの「イェルサレム」、「国歌」、と国威発揚コーナー。会場も一緒になって歌うのだけど、わたし歌詞知らないから歌えないしイギリス人じゃないし。まあでも、お祭りということで、にわかイギリス人になって楽しみましたよ(フィッシュアンドチップス好きだし)。最後は隣の人と手をつないで合唱。「蛍の光」が始まったとき、ああ、紅白歌合戦(って確か最後に蛍の光歌うよね?)っても思ったけど、こっちの「蛍の光」、本場スコットランド民謡の、はしみじみしてなくてクリスプ。友達とお酒を酌み交わす歌みたいですからね。

とっても楽しい夜でした。ロンドンにいるうちに1度は経験したいと思っていたので、良かったです。夏が終わったーーって感じです(ロンドンに夏があるのかは別にして)。こんな音楽会、日本にもあればいいのにな。

国旗がはためく会場
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お祭りを楽しむならアリーナ。風船ボールが客席をあっちに行ったりこっちに来たり
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ニッキーとカレヤさん。ビエロフラーヴェクさんが後ろの方に。指揮台も国旗だらけ
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by zerbinetta | 2012-09-08 00:03 | BBCシンフォニー | Comments(11)