光る青春の喜びと稲妻 by 峰   

beethoven: violin sonata nos. 6, 3 & 9
alina ibragimova (vn), cédric tiberghien (pf) @wigmore hall


最近、綿矢りささんのインストールを再読しました。わたしも日本語読書環境は貧弱で、しかたないので前に読んだのも忘れたことにまた読んでるんですが、この本も3回目くらいかな。蹴りたい背中も読みたいんですが、日本に置いてきちゃったので。綿谷さんってほんとに日本語上手い。そしてそれにもまして、17歳の女の子にしか書けない旬の日本語がとっても心地良い。小説家って自分とは違う他人になりすましたり、他人の視点で書くことができる技術があることが必要だけれども、でも、技術と内面が完全に一致してる生き生きとした言葉ってあると思う。40歳の男の作家が17歳の女子高生の一人称小説を書くことはできるけど、その言葉は17歳の女子高生が書いたものとは自ずと違ってくると思うんです。もちろん、その17歳の女子高生は40歳の作家と同等の技術で言葉を操れなければダメなんだけど。
そんなことを今日のアリーナ(・イブラギモヴァさん)の演奏を聴いて感じました。

ウィグモア・ホールでの3回にわたるベートーヴェンのソナタの全曲演奏会の最終回。もちろんソールド・アウト。わたしは運良くリターン・チケットを取りました。今日は第6番と第3番、第9番「クロイツェル」のソナタです。ピアノはもちろん、セドリック・ティベルギアンさん。
おふたりがステージに登場して、あっ似てる、カエル口って思いました。夫婦がお互い似てくるとか、ペットが飼い主に(飼い主がペットに)似てくるってよく言うけど、デュオのパートナーも似てくるのかな。なんだか微笑ましい。第6番のソナタはかわいい系で好きなんです。特に第1楽章のふたつ目の主題が楽しげでステキ。アリーナの演奏はそのシンコペイションに速度のあるアクセントを付けて生き生きと歌ってました。アリーナのベートーヴェンって偶数系がとってもいいなって思います。かわいらしさがアリーナの美質に合ってると思うんです。

アリーナのヴァイオリンの音が大好きです。ゴージャスな美音系ではなくて、ヴィブラートも控え目で、でも冷徹な音色でもなく、言葉でささやくような、風がそよぐような心地よさがあるんです。彼女の音楽は、大ホールでの協奏曲よりも、小さなホールでの室内楽やリサイタルが合ってると思います。人気が出て大きなホールでもお客さんで埋まるようになっても、小さなホールで弾いて欲しい。大きなホールでは彼女の美質が損なわれるような気がするんです。大きな声で叫ぶような音楽は彼女には似合わないんではないかと。
アリーナの音色には、素の良さがあるように思えます。全く飾らない、アリーナのそのままの今が音に出ている、生き生きとして鮮烈な印象。バッハだからと言ってベートーヴェンだからと言って構えることなく、自然に音楽に寄り添ってる。背伸びすることなく、彼女の感じるままを音にしている。もしかすると、ここが評価の分かれるところかも知れません。もっと偉大な音楽であるべきはずなのに表現し切れていないと。でも、わたしはそうではなく、今の彼女にしかできない彼女の今の音楽を大事にしたい。偉大な音楽は10年後20年後に聴けるのだから。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタはベートーヴェンの若い頃、まだ素直に喜べる頃の作品なので、アリーナのアプローチの仕方にとてもかなってると思う。彼女の演奏から聞かれる若い瑞々しさはこれらの音楽にぴったりじゃないかって。事実とってもステキだし。

でも、クロイツェルでは進化するアリーナの一面も見せてくれました。バッハのパルティータのようにすらっとさりげなく始まったので、優しい音楽なんだなっと思っていたら、主部に入ってなんと激しい演奏なんでしょう。まさに峰の言葉じゃないけど(曲目も違うし)、光る青春の喜びと稲妻。この言葉がぴったり。もちろん崩したりはしていないけれど。アリーナめちゃくちゃ気合い入ってた感じ。ピンと空気が張り詰めて、曲に応じてこんな表現もできるんだって新たな面を発見。髪を振り乱して息もつかせず駈け回る感じはまさに稲妻。一転、静かなところでの静寂に満たされた音楽。極端な演奏をしているわけではないのに、とても力強く音楽が伝わってくる。これを聴いちゃったら他に何を求めるのでしょう。細い華奢な身体からベートーヴェンの骨太の音楽(ヴァイオリン・ソナタの中ではこの曲が例外よね)が奔流のように迸ってきて、でも決して声高に叫ぶのではない、音楽が生まれて湧きだしてくる勢いと全体の構成との調和が高い次元で見事になされた演奏。第1楽章が終わってアリーナの細っこい体がちょっぴり喘ぐように息をしていました。第2楽章からはいつものアリーナっぽさが戻って、でも第1楽章で見せたステキな緊張感を維持したまま、自然な喜びに満ちた音楽を聴かせてくれました。

アリーナばかりでピアニスト、ティベルギアンさんのことを書かないのは不公平よね。ティベルギアンさんのピアノはアリーナの音楽にしっかり寄り添って支えていました。強い自己主張はないけれども、と言うかお互いに自己主張しながら、ふたりで対等にきっちり音楽をくみ上げて来たんだと思います。もちろんそれによって1歩退いて小さくまとまってる訳ではなく、ぶつかり合うところはしっかりぶつかり合って、刺激的な音でアリーナの音楽を上手く引き出すリードの上手さも光りました。特にクロイツェルでは、丁々発止のやりとりでふたりの音楽がどんどん登り詰めていたです。ふたりの息のぴったりぶりには、ちょっとうらやましく嫉妬しちゃいそうです。

ベートーヴェンのソナタシリーズの大トリを飾った今日の音楽会、ほんとに凄かった。幸せ。

音楽会が終わって、CDにサインをしてくださるというのでせっかくなので、してもらいました。ちょっとミーハー。このときのためにベートーヴェンのソナタのCD、アマゾンで買ったんだもん(ウィグモア・ライヴだけどウィグモア・ホールで買うより安いの)。写真も撮らせていただきました。かわいらしくてますますファンです。ベートーヴェンのソナタは今日の演奏も含めてウィグモア・ライヴとして全集になる予定です。いつ発売になるかは本人たちもご存知ないようですが。そうそう、今日はアリーナのお父さん(ロンドン・シンフォニーの主席コントラバス奏者)も来てらっしゃいました。お父さんのサインも欲しかったです。
c0055376_18521066.jpg

[PR]

by zerbinetta | 2010-05-25 18:50 | 室内楽・リサイタル

<< フェミニンたって決して柔じゃない 生まれては消える刹那な旋律 >>