本物の悲しみ   

prokofiev: cinderella suite no. 1, excerpts,
piano concerto no. 2
tchaikovsky: symphony no. 6
viktoria postnikova (pf), yuri temirkanov / po @royal festival hall



テミルカーノフさんとフィルハーモニアのプロコフィエフ、チャイコフスキー・シリーズもいよいよ最終夜。ロンドンのお天気も珍しく夏真っ盛り。暑いです(といっても30度には届かないんだけどね)。今日は珍しく友達と行きました。暑い夕べにはビール。と友達に勧められて音楽会の前にビールを飲んでしまいました。これが失敗。見事にとろんと。で、プロコフィエフのピアノ協奏曲はあまり記憶にありません。

始まりはシンデレラの組曲第1番から。バレエは最近3回も観たので、バレエのシーンが思い出されて嬉しい。姉妹の喧嘩の場面は、アグリー姉妹の姿が目に浮かぶし、フェアリーのシーンはフェアリー・ゴッドマザーの威厳に満ちた姿、そしてシンデレラのワルツは、チューバのソロが大好きなのよね〜。夢の終わりを告げる真夜中の時計の鐘はこれでもかというように打ち鳴らされる、っていうか1打ごとに崩れ落ちるように咆哮する金管楽器がツボ。ほんとはもっといろんなシーンを演って欲しかったけど、全部やったら音楽会終わっちゃうものね。

ピアノ協奏曲の第2番は、ソリストが替わってポストニコワさんになりました。プロコフィエフのこの曲は強力な打鍵が必要なので是非男性の演奏を聴きたいって思っていたのに(前に聴いたユジャのネコ科の大型肉食獣のような機敏でしなやかな演奏も好きですが)、今日のピアニストは一見、おっとり系の女性。だと思ったんだけど、この人凄かったんですね。半分夢見心地で聴いてもったいなかった〜。もうビールは飲むまい。あとで調べてみると、この人、指揮者のロジェストヴェンスキーさんのパートナーで、なんと体育会協奏曲の最たるもののブゾーニの協奏曲も録音してるんですね。ますます、半分寝てたことが悔やまれる〜。

最後の悲愴は、しっかり起きてました。そして、このチャイコフスキー、プロコフィエフ・シリーズのラストを飾る素晴らしい名演でした。全く飾り気がなく、音楽の内面にのみ目を向けた演奏。ぴーんと張り詰めた弦楽器の硬質な響きが寒々としていい感じ。暗いモノトーンなオーケストラの響きも良いです。それにしてもどうしてこんなにしみじみと悲しい音楽なんでしょう。あの甘美な第2主題が始まるところはゆっくりと速度を落として、慰めと言うより悲しみを柔らかな手でなぞって浄化していくみたいです。嵐のような金管楽器の叫びも外に向かって解放されることなく、心の内にわだかまって心を締め付けます。第2楽章も乾いた音楽。ここにも慰めはありません。ティンパニの刻みは不安な心臓の鼓動のよう。第3楽章が終わってお約束のように拍手が、ブラヴォーまで飛び出して、これはしばらく鳴りやまないな、テミルカーノフさんは音楽を続けたそうなのにって思っていたら、振り向きもせず手を少し動かしただけで会場の拍手を鎮めてしまったの。ものすごいオーラ。そしてすぐに始まった最後の楽章は悲しみの極み。何が、こんなに悲しいんでしょう。しみじみと回想される悲しみ、そして終わり。人生の最後を悲しみに包まれて終えるなんて嫌だ、悲しすぎる。でも、これは自分の死ではないのかも。大事な人を失う思い、もしくは過去の自分を捨てる思い。告別に際して残されたものの音楽ではないのでしょうか。最後は拍手できなかった。涙ばかりがぼろぼろ出るのも止めなかった。
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by zerbinetta | 2010-06-29 08:45 | フィルハーモニア

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