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わたしってば日頃の行い良すぎ?   

22.02.2011 @barbican hall

haydn: symphony no. 99
toshio hosokawa: horn concerto -moment of blossoming
schubert: symphony no. 9

stefan dohr (hr)
simon rattle / berliner philharmoniker


今日こそ、余裕を持って仕事を終えよう。気持ちよく音楽会を聴こうと思ってたのに、やっぱりぎりぎりに終わって、って鞄をチェックしたら、うわっチケット持ってくるの忘れた! しまった、多分普通だったらクレジット・カードで再発券できると思うんだけど、今回の音楽会は4つの音楽会をバービカンとサウスバンク・センターで分けていて、4ついっぺんに取ったとき、どちらでも取れるのでサウスバンク・センターからチケットを買ったんです。そして今日の音楽会はバービカン。もしかすると、バービカンでは再発券できないかも知れない。。。しかたがない、いったん家に寄ってチケット取ってこよう。最初のハイドンは諦めよう。シューベルトが聴けるからいいや。
って思ったんですけど、間に合った。。。ハイドン聴けて良かった。とっても良いハイドンでした。わたし、ラトルさんのハイドンのCDを持っていて、その中の交響曲第22番「哲学者」がものすご〜く好きで、愛聴しているんだけど、今日のハイドンもめちゃ良かった。CDでもやってるように、ロンドンではハイドン得意のユロフスキさんがやるように、古楽的なアプローチで来るかと思ったら、ふくよかで美しい、ベルリン・フィルを駆使しての、柔らかなカステラのようなハイドン。ハイドンって技術的には演奏するの簡単そうだけど、勢いでごまかせないので、指揮者やオーケストラの技量がもろに出ちゃうのよね。ハイドンやモーツァルトこそ上手なオーケストラで聴きたい。最高に贅沢な至福のハイドンでした。

2曲目は、細川俊夫さんの新作、ホルン協奏曲。コレペティのお仕事をされてるともんべさんのブログによると、ベルリン・フィルのヴァイオリン弾きの方が「くだらない曲だ」と言っていたとか。で、どんな変な曲だろうかと思って聴いてみたら、普通の現代音楽でした。楽音的でない音も使われていないし、わたしはいい曲だと思いましたよ。まあ、ヴァイオリンは風の音を模倣したり、ピアノで音をずうっと伸ばしていたり、弾くの楽しそうじゃなかったけど。わたしたちは聴いて楽しんでるだけだけど、演奏する方は、弾きっぱなしで疲れたり、刻みしかなかったり、高い音ばかりだったり、いろいろ苦労があるから、曲に対する感じ方もいろいろですね。もちろん、つまらないからといって手を抜くベルリン・フィルではなかったです。
ホルンのソロは、昨日もオーケストラの中でとっても目立っていたドールさん。もう、言葉が出ないほど上手い。楽器を吹いてる次元を超えて、音楽を会場いっぱいに奏でてる。面白いのは、ホルンやトランペットが客席の2階にも何人か配置されていて、特に、ホルン・ソロとオーケストラの中のホルンがエコーのように共鳴しながらかけ合うの。英語のタイトルがmoment of blossomingで、開花のとき、満開のとき、とでも訳すのでしょうか、華やかな感じなんですけど、わたしが受けた印象はもっと静的で、秋の野山か春早く芽吹いた野山に渡る風のような情景。和風の音階が使われている訳じゃないけど、時間の流れの曖昧な感じは日本的かしら? 最後は作曲者も出てきて拍手をもらっていました。

そして、大大大好きなシューベルト(プログラムに交響曲第9番と書いてあったのでそうしました。ハ長調の大交響曲)。この曲はラトルさんとベルリン・フィルで以前に聴いたことがあります。初ラトルさんだったときです。そのときは、小さなオーケストラでっていう印象だったんですが、今日数えたら、ヴァイオリンが12人ですから普通のサイズですね。前回は前に演奏したシベリウスの交響曲第7番でヴァイオリンを16人も座らせていたので、小さく感じたのかも知れません。それから、アクセントやデミュニエンドの付け方が個性的で、シューベルトの楽譜のせいかなって思ったんですが、今日は普通に聴けたので、記号の解釈を一般的なものにしたのかも知れません。
そんなことはさておき、とっても立派なシューベルトでした。大交響曲の名前にふさわしい(シューマンが勝手に付けた名前ですが)。明るいひなたの音色で、どこをとっても音楽が溌剌としていて、第2楽章が特に良かったんですけど、前半の低弦のリズムが毅然として、なんか真実を目を見て語ってくる感じ。間をとったゲネラル・パウゼのあとは、一転して柔らかな過去を叙述するような語り口。ほんとラトルさんの音楽作りってステキ。第4楽章の徹底した同音反復も、かなり奇異な音楽だと思うけど、同じ音が繰り返されるごとに力がみなぎってきて、巨大な音楽を締めくくるのにふさわしい。褒め言葉を書き始めたらきりがないくらい。でも、今のわたしにはシューベルトはそんな立派な音楽を書く人ではないんです。もっと親密な気の置けない音楽を書く人。もちろん、交響曲だから、そうではないのかも知れないけれど、わたしにはちょっと立派すぎて、気軽に言葉を交わせない感じ。シューベルトが遠くに行ってしまった。わたしにはシューベルトは室内楽の人だなぁ。
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by zerbinetta | 2011-02-22 09:34 | 海外オーケストラ

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