自信を持って。上手いんだから。ね、札響さん。   

5月23日 @ロイヤル・フェスティヴァル・ホール

武満徹: ハウ・スロー・ザ・ウィンド
ブルッフ: ヴァイオリン協奏曲
ショスタコーヴィチ: 交響曲第5番

諏訪内晶子(ヴァイオリン)
尾高忠明/札幌交響楽団


ふふふ、会場で買ったプログラムも日本語併記だったので日本語で書いてみました。

最近ちょっと心配していることがあったんです。ロンドンには5つのメジャー・オーケストラがあってどこもとっても上手いし、それに世界中から上手な音楽家が頻繁にやって来るし、このブログを読んでる方なら分かると思うけど、音楽会(だけは)安いのでむちゃくちゃたくさん音楽会を聴いてるんです。なので耳が贅沢に肥えちゃって、下手な音楽は聴けなくなっちゃうんじゃないかって。いつも超おいしいものばかり贅沢に食べてたら舌が肥えちゃって(多分体も)、カップ・ラーメンとか受け付けなくなるみたいな。でも、音楽って、確かに上手い演奏にこしたことないけど、技術的な上手下手では割り切れないことが多くあって、上手ければいいというものでもないというのも事実。ロンドン・フィルハーモニックはロンドン・シンフォニーより下手だけど、心に残る演奏をたくさん聴かせてくれるし、わたしはロンドン・フィルの方が好きだったりしますし。
わたしは日本のオーケストラを最近ほとんど聴いたことがなくて、10年以上前にUSでNHK交響楽団を聴いた他は、そういえば3年くらい前に今日の札響を札幌で聴いたのが最後でした。なので、日本のオーケストラが今どのくらいのレヴェルにあるのかよく知らなかったんだけど、札響、予想外に上手くてまずびっくりしました。確かにロンドン・シンフォニーやロンドン・フィルより上手とは言えないけど(音量とか音色とかそういう個々の技術の問題。アンサンブルはとても良く揃っていました)、全く問題なく聴けました。良かった。わたしの耳ぶくぶくに醜く肥えてなくて。

そう、札響はとても良く弾けてました。みんながひとつにまとまってひとつの音楽を作っているのは確かにステキ。でも。。。と思うこともあるのです。それは、よく見ていると、みんなが揃って同じように、同じような恰好で弾いてる。なんか軍隊の行進のように揃っていてちょっと怖くさえありました。そして、無表情。朝の満員電車に乗って会社に向かってる人のような顔。もっと楽しそうな顔して弾いてよって思う。もうひとつ、ステージに出てきたとき、誰も音を出さないんです。音合わせまでの間、無音の間。なんだかわたし、間が持たなくなって気まずく感じました。そして音合わせはみんなちゃんと音合わせてる。こっちのオーケストラみたいに音合わせというより勝手に音だし感がないの。
そしてそこから聞こえてくる音楽は、とっても上手なんだけど、うんとたくさん練習して完璧です、聴いてください的な、いつどこで演奏しても同じように弾けちゃう音楽。わたしには物足りない。わたしが聴きたいのは、いつも同じようにこれがわたしたちの成果、的なコンクールみたいな演奏ではないんです。もっとスリリングで1回切りの一期一会の音楽。もっと積極的にひとりひとりが、ちょっとぐらいばらばらでもいい、仕掛けてくる、ドキドキするような感動。それがまだ、札響は足りないと思ったんです。

それが最も悪い形で出てしまったのが、諏訪内さんをソリストに迎えたブルッフの協奏曲の第1楽章。オーケストラが表に来るところは、上手に弾くんだけど、ヴァイオリンの伴奏にまわるところになるととたんに遠慮しちゃって音楽にならないの。低弦のピチカートの刻みのリズム、止まるかと思った。いつもは日本人の悪いとこだわって自分にも言い聞かせるように思っていた、諏訪内さんの自己主張のなさという弱点が、今日は諏訪内さんの演奏からは消えていて、その代わり、札響に行ってしまったのですね。諏訪内さんはかえってオーケストラに仕掛けたりなんかしてたんですけど、オーケストラはそれには応えられず。。。諏訪内さんのソロだけが印象に残ってしまいました。今まで聴いた彼女の演奏の中で、彼女の演奏は今日が一番良かったです。札響、上手いんだから自信を持ってがんばれ〜って心のうちで応援しちゃいました。

最初の武満徹の音楽はとてもきれいな、日本人好みのする旋律のある音楽でした。札響も弦の音色はちょっと硬かったけど、鈴のような澄んだ音色で弾いていました。ただ、わたしにはこの曲は途中で退屈してしまいました。なんかつなぎの部分が毎回仕切り直しみたいで、これはきっと指揮者の責任ですが、もしかすると、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールがいつも演奏しているホールより響かないので上手く音がつながらなかったのかも知れません。もっと良く響くホールで聴いたら違った印象になるのかな。武満は、日本では悪口が言えないほどに崇め奉られている感じがするけど、わたしは彼の音楽にはとても良い作品もあるけど同時に(特に後期になるほど)凡作もたくさんあると思っています。この曲はきれいだけれども退屈な音楽でした、わたしには。でも、隣のイギリス人の婦人はとても気に入ったようです。フルートがひとり(ふたり)気を吐いてたなぁ。

休憩の後のショスタコーヴィチの交響曲第5番は、もちろん、タコ好きのわたしは大好きな音楽です。協奏曲の伴奏ではない、オーケストラの音楽を札響がどんな演奏をするかとっても楽しみでした。そして、とてもステキな演奏でした。札響の音はわたしのショスタコーヴィチの音でした。雪の夜の音。わたしが中学生の頃初めて聴いたときから、イメジの中にある、あの夜の雪の光景の音がしました。懐かしい。わたしは似非道産子(東京生まれ)なので、北海道の雪の光景は、そしてその音のない音は身にしみているのです。そんな音を共有できることが嬉しかったです。尾高のタコは、一本気。基本的にインテンポでがしがしと進みます。札響も尾高さんもこの曲を演奏し慣れているのでしょうか堂々と自信に満ちた演奏でした。第2楽章のトリオを珍しく遅めのテンポに設定して、古典的な感じ(ハイドンふう?)な感じを出していたところが可愛らしく面白かったです。タコのこの曲は前半の2つの楽章が良かったな。第3楽章はもうちょっとゆっくりとふっくら演奏して欲しかったし(ちょっと音が痩せてた)、第4楽章はテンポを揺さぶってドラマを作って欲しかったです。インテンポで進んでいったので結果が見えていたというか、答えが途中で分かっちゃったのが残念でした。でも力の入った良い演奏だったんですよ。お客さんはスタンディング・オヴェイション。会場は暖かな拍手に包まれました。

そしてカーテン・コールのとき、尾高さんのスピーチ(英語)があって、アンコールにエルガーのエニグマ変奏曲からニムロット。これはずるいよぉ。飛行機の中で観たのだめの映画もそうだけど、この曲涙腺を直接刺激しちゃう。最初の弦楽器の部分はまさしく祈り。震災の犠牲者への追悼とと復興への気持ちがまさに出ていました。とてもとても良い演奏。ただ後半の盛り上がるところはもう少し粘って感動的に演って欲しかったな。

最初の方にも書きましたが、自分自身のことを含めて日本人であることを強く感じました。わたしたちには何がかけているのかも。今日の音楽会を聴いて強く感じたのは、音楽を作るプロセスにおいて、みんなが最初っからすりあわせて齟齬のないように同じ方向を向いてること。人に意見を合わせるのが大人なんだよね。わたしたち、議論するのが苦手で、議論をすると議論のための議論になってしまってけんか腰、みんなでより良いものを作るという意識にかけていると思うんです。人と違っていることより人と合わせることが大事。ほんとは音楽を作るってそういうことじゃないんだと思うんです。始めにもっとみんながぶつかり合わないといけないんじゃないかって思うんです。人に迷惑をかけることはちっとも悪いことじゃなくって、迷惑をかけるところから始めなきゃって思うんです。わたし自身もね。

でも、やっぱり札響は大好きなオーケストラです。わたしの故郷のオーケストラですし、わたしが初めて聴いたオーケストラ(多分)なんです。短い間だけど、定期会員になっていたこともあるし。大好きで応援しているオーケストラなので、少し筆が走ってしまったかも知れません。好きな人には意地悪してしまうような(小学生か、わたし)。ロンドンでの音楽会は、贔屓目なしに、大成功だったと言えます。ロンドンにはこんなに日本人いるのかと思うほど日本人が多かったですが、イギリス人の音楽好きの方もたくさん来ていて、みんな喜んで聴いていました。会場はとても良い雰囲気でした。札響の歴史に新しい自慢が付け加えられた夜でした。
札響の皆さん、どうもありがとう。
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by zerbinetta | 2011-05-23 09:01 | 海外オーケストラ

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