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愛の大暴走 アントネッロのモンティヴェルディ「ポッペアの戴冠」   

2013年9月3日 @川口リリア音楽ホール

モンテヴェルディ:ポッペアの戴冠

彌勤忠史(演出)

和泉万里子(ポッペア)、彌勤忠史(ネローネ)
澤村翔子(オッターヴィア、運命の神)、酒井崇(オットーネ)
末吉朋子(ドゥルジッラ、美徳の神)、和田ひでき(セネカ)
赤地佳怜(アモーレ)、他
濱田芳通/アントネッロ


愛って正義も運命を良識も何もかも踏み倒して暴走していく、それでこそ愛。まわりの人を殺したり追放したり不幸にして真実の愛へと暴走していく暴君ネロ(ネローネ)。愛の果実は、部下の妻、ポッペア。オペラは、ネローネとポッペアのW不倫の本気の愛を朗らかに讃えます。愛最高。愛が一番。あらすじを読むと昼ドラ真っ青のどろどろとしたお話なのに、実際、普通の演出では笑いの要素はあってもシリアスな感じになるのに、これをロッシーニばりの喜劇に翻案。音楽も自由度を生かして現代的な要素も採り入れながら、はちゃめちゃに楽しくビートを刻み、ロック魂。字幕もそれに合う言葉を使って訳してたし(コメディ・ドラマを観ている言葉遣い)(バーズマンさんのミュージカル版「ラ・ボエーム」が同じように字幕を1950年若者言葉に直して成功)、たまに出てくる笑いを取る日本語のセリフも粋。それが今日の「ポッペアの戴冠」の印象でした。

バロック以前の音楽の専門集団、アントネッロが3回にわたって繰り広げるのは、オペラの創始者(事実はモンティヴェルディの前にオペラを書いた人はいるので、彼の「オルフェオ」は史上3番目のオペラということになるのですが)モンティヴェルディの3つのオペラ、「オルフェオ」「ウリッセの帰還」「ポッペアの戴冠」。今日はその1回目、「ポッペアの戴冠」です。
わたし、モンティヴェルディを偏愛しているので、この公演の情報を知ったときは狂喜乱舞。すぐにチケットを買って心待ちにしていました。特に「ポッペアの戴冠」は、まだ1度も観たことがなかったので期待度大です。モンティヴェルディのオペラはオペラ史の上でも重要だし、オペラ史上最高傑作のひとつでもあるのに、なかなか演奏されないんですね。現代のオーケストラではなく、バロック・オーケストラが必要なせいもあると思うのですが(確かレスピーギが現代オーケストラ用に編曲していますね)、バロック・オペラをなかったことにしている感といったら。バロック・オペラを主に上演する小さな劇場(昔のオーケストラは音量が小さいので)がどこか(地方がいいな)に欲しいですね(この状況は海外でも似てはいますが)。

川口には初めて来ました。意外と近いのにびっくり。埼玉ってもっと遠いと思ってた。リリア音楽ホールは中規模のホールで、バロックの楽器を演奏するのに適したサイズ。オーケストラピットはなくて、オーケストラはステージの上で演奏。その後ろに台が誂えてあって、そことオーケストラの前でオペラが演じられます。ステージ後ろの上のパイプオルガンのあるバルコニーが神さまの世界。オペラ・ハウスのステージをフルに使うのとは違うので、セットの変更とか演出上の制約はあるけど、歌とオーケストラが一体となって聞こえるし、シンプルな演出なのでかえって良いのです。オーケストラを挟んで後ろと前に分けたことによって、場の違いや奥行きも十分感じられましたしね。

まず、喜劇ということについて書きましょう。
確かに、リブレットを丁寧に蒸留して不純物を取り除いて抽出すると、このオペラ、愛のドラマになる。最後の2重唱なんてほんとに美しい愛の賛歌。そして、夫も妻も理を唱える哲学者も愛の邪魔者。なので、わたしたち誰もが知る(史実はそうだとも言い切れないとしても)暴君ネロとポッペアの良識や理性の困難を乗り越える愛の物語として語られるのに他意はないと思うの。まあポッペアの側には女の打算(皇后になるという)も見え隠れしているので、単純な男と狡猾な女の影絵も見ることになるのですが。物語の暗い部分、ネローネを諫めることにより、死に追いやられる哲学者セネカ、恋敵、ポッペアを殺そうとする企みがばれて島流しに遭う皇后(元妻)をさらりと流して、喜劇の隅に配置するというのは秀逸な演出。それらの人のお付きの人たちが狂言回しに上手くはまっているのが良いの。
それにね、今の時代、真実の愛って滑稽でもあると思うのよ。周りも見ずに自分を失って愛に溺れるって、本人たちは真面目でも端から見れば可笑しくない?真実の愛=不義の愛、陰惨な陰謀と悲劇をからっと笑い飛ばして見せるのは、道徳離れした物語への強烈なカリカチュアでもあると思うのよね。
そしてそれは、神々の世界でも同じ。最初のプロローグで、この物語の本質が決定された演出も分かりやすいし良かったです。神さまなんてそんなもの。だって人間の写しなんですから。(ワグナーの「指輪」も内容通りに音楽をもっと軽くおちゃらけたものにしたら良かったのに)愛の神アモーレの傲慢ぷりったら。運命も美徳も愛にかなわないって。愛のまま、愛欲の思うとおりに生きる世界、ムフフ、ちょっと見てみたい、やってみたいような気もするけど、どんなカオスになるのでしょう。だからこそ笑い飛ばすしかない。
喜劇にするために、設定を極道の世界にしています。ネローネはやくざの組長、オッターヴィアは極道の妻、ポッペアは愛人から正妻にのし上がるホステス、というように。それが、モンテヴェルディのオペラの世界観をとても分かりやすくわたしたちに伝えている感じがして成功していました。

歌手は男声陣が良かったです。ネローネのカウンター・テナーの彌勤さん、演出もかねて大忙し、がものすごく安定していてカウンター・テナーでこんなにふくよかに自然に歌えるのかって驚くほどだし、セネカの和田さん、オットーネの酒井さんもとても良かったです。
女声では、ポッペアの和泉さんがすごく良かったです。アモーレの赤地さんも良かったけど、いいときと悪いときの差があったかな。でも、全体的にとても良くまとまっていたので歌手に不満はありません。
濱田さんのアントネッロもすごく良くて、特に即興的なところや、深い打楽器のビート感(アントネッロの十八番(?))は、古い音楽を聴いているというより、今のわたしたちの音楽の感覚に近いものを聴いた感じです。休憩後の第2幕の始まりは、打楽器(タンバリン)2台のセッションがロックのノリでびっくりしました。見慣れない昔の楽器(ガンバとかシターとか角笛みたいなコルネットとか)を含むオーケストラは今のオーケストラとは全く違うけど、博物館的な音楽ではなく、現代感覚溢れる乗りのいい音楽を演るのがこの楽団なんですね。日本で古楽を聴く層がどんな人なのか分からないけど、クラシックになじみのない若者にかえってアピールできそうな音楽です。ぜひそんな人たちにも聞いてもらいたい。

ほんとに素晴らしかった音楽会だったんですが、一点だけお小言。ホールの関係で1回の休憩を含めて3時間に収めるために省略が少しあったのが残念でした。10時までしか使えないホールもなんだかなぁって思うし、そんなホールを借りちゃうのもなんだかなぁって感じです。音楽会が終わってロビーに出たとたん、施設の閉館時間ですから早く出て下さいと言われるのはせっかくの楽しいオペラのあとにちょっと無粋でした。

次回は12月に「オルフェオ」。今度は短いので大丈夫でしょう。モンテヴェルディの最初の「オペラ」、牧歌的でのんびりした音楽(でもそれがステキ)をアントネッロがどんなアプローチでやってくるのか、今からすご〜く楽しみです。バロック聴いたことのない人もぜひ。

by zerbinetta | 2013-09-03 09:53 | オペラ

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