ゲシュトップの吹き荒れる運命   

beethoven: overture king stephen, piano concerto no.3, symphony no.5
maria joao pires (pf), john eliot gardiner / lso @barbican hall


わたしはガーディナーさんとオーケストル・ルヴォリュチオネル・エ・ロマンティクのCDでベートーヴェンに目覚めました。それまではベートーヴェンはなんか権威のようで苦手でした。でも、彼らの溌剌とした若々しいベートーヴェンの演奏を聴いたとき、ベートーヴェンに対する認識が変わりました。かっこいい。ただね、ガーディナーさんって本屋さんで立ち読みしたんだけど、ウィーンフィルの人からめちゃくちゃけなされてる。テンポが全然取れない指揮者だって。その人が非難してた演奏のCDをわたしは持っているけど、それはステキな演奏だってわたしは思ってる。人の批判なんて鵜呑みにする必要ないし、わたしはわたしの耳でちゃんと聴こうって。
オール・ベートーヴェン・プログラムの音楽会は珍しいシュテファン王の序曲から。この曲、第9交響曲の有名なメロディの一部が聞こえるのね。この曲が書かれたのは第9交響曲が書かれる10年近くも前なので2つのメロディに関連があるのかないのかよく分からないんだけど、ちょっと面白かった。
ピアノ協奏曲はピレスさんのソロで第3番。最近、4番と5番ばっかり聴いてるので3番は久しぶり。おやっ、モーツァルトの短調の協奏曲みたい。ピレスさんってとっても小柄なんですね。びっくりした。ピアニストは手が大きい方が有利だから、小柄ではハンディになるのでは、と思う間もなくとってもステキなピアノでした。音が優しい。さすが、モーツァルトの演奏で評価の高い方です。この協奏曲は若い頃の作品なので、こんな柔らかなほっとするような演奏もステキです。
それに対して交響曲第5番は、ガーディナーさんらしい溌剌としたアグレッシヴな感じの演奏でした。ガーディナーさんは速めのテンポでぐいぐいと引っ張っていく方という印象がCDの演奏からしていたのですが、その感じを強くしました。もちろん、この交響曲がそうしたタイプの演奏にとてもよく馴染むものでもあるのですが。面白かったのはロンドンシンフォニーは古楽の団体ではないから普通に演奏できるのに、敢えてホルンのいくつかの音をゲシュトップで吹かせていたことです。昔の楽器なら弁がないことで自然倍音以外の音はゲシュトップで音程を変えなければ出ないのだけど、今の楽器は半音階も自在に吹ける。のに、敢えてゲシュトップ。しかも、半音階のすべての音ではなくていくつかの場面だけで。ベートーヴェンには、この音をゲシュトップで鳴らす音色上の必然があったのだろうという解釈です。現代オーケストラを振る指揮者でこんな解釈をしている方はわたしの知る限り誰もいないので、とってもびっくりしました。でも、ガーディナーさんの言いたいことはわかったし、わたしもこれでいいのだって思えたのです。もちろんこれは、ガーディナーさんのこの曲に対する解釈があった上なので、違ったタイプの演奏をする人が真似をしてゲシュトップで吹かせても上手くいかないに違いありません。最後までたたみかけていくような疾走感は爽快です。やっぱりわたしはこういうベートーヴェンが好きなんだな〜。
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# by zerbinetta | 2009-02-04 08:36 | ロンドン交響楽団

もしかしてホールが取れなかったのね   

copland: appalachian spring
fujikura: piano concerto
stravinsky: petrushka
noriko ogawa (pf), martyn brabbins / po @queen elizabeth hall


今日のフィルハーモニアオーケストラの音楽会はサウスバンク・センターのもう一つのホール、クイーン・エリザベスで。こちらは小さなホールで室内楽の音楽会が多いのだけど、なので狭いステージにオーケストラがいっぱいいっぱい。今日の曲目が室内楽的な編成の音楽って訳でもないのに、ちっちゃなホールな訳はフェスティヴァルが取れなかったからかしら。ロンドンはオーケストラの数に比してホールが少ないので、ホールをとるのが大変って聞いたことある。フィルハーモニアも以前パリに本拠があったのよね。
あっこの指揮者さん前にも聴いたと思って名前を見て思い出した。そうそう、この間テルミカーノフさんの代わりにロンドンフィルを振った人だ。中庸中庸。コープランドのアパラチアの春はそんな彼とは相性の良い音楽って感じがします。イギリスとアメリカの音楽って何となく似たようなところがあるような気もするし、実際、演奏もとっても良かったんです。こういう曲って景色が目に浮かぶような演奏が好きなんですが、行ったこともないのにアパラチアの風景が感じられました。でも、アパラチアってどこだろう?前に住んでたメリーランドのそばにあった山脈がアパラチア山脈だったような気もするし、近所のショッピングモールでよくウィンドウショッピングしてたお店の名前がアパラチアン何とかだった気ががするんだけど、地理苦手だからなぁ。でも、もしそうだとすると、わたしの思い浮かべた景色は全く素っ頓狂ではないのかもしれませんね。
2曲目のフジクラさんの協奏曲は、もっと和風なのかなと勝手に思っていたら、それほど和のテイストは感じませんでした。ところどころにあっ和って思っただけ。フジクラさんはまだ30代の若い作曲家。ロンドンに長く住んでらっしゃるみたい。これからの活躍が期待される有望なひとりみたいですよ。じゃあわたしの感じはというと、ううむ、難しいなぁ、正直それほどびびびっと来なかった。ようするによく分からなかったですよ。最後にトイピアノが使われたけど、トイピアノのための協奏曲はもうあるしなぁ。
最後のペトルーシュカはオーケストラの上手さが光ったけど、もう少しリズムが切れていて欲しいなぁって思いました。
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# by zerbinetta | 2009-02-03 08:36 | フィルハーモニア

わたしとしては評価に困る   

alexander smelkov: the brothers karamazov
valery gergiev / mariinsky theatre @barbican hall


マリイインスキー劇場はオペラを音楽会形式で3日間。これだと大きな舞台装置を運ばなくてもいいから楽ちんよね。3日とも演目が違うんだけど、わたしは一番珍しそうなカラアマゾフの兄弟の回に行ってきました。イギリス初演。新しいオペラです。でも、今の時代、オペラはもう無理なのかなとも思ってる。音楽から口ずさめるようなメロディが消えて、「歌」が成り立たなくなってるし、オペラという形式が市民のものとなって採算が取れなくなってる今、オペラが書かれる意味があるのか、難しいところよね。オペラを過去のものとしないで今も生きていかせるためには新しい作品は絶対必要なんだけど。という思いが現代のオペラを聴くたびにしてるんです。しかしながら今日のオペラは過去につながることで表面上はその問題を回避してる。音楽はショスタコビッチ風。というか毒とアイロニーを抜いたショスタコビッチ。ときどき出てくるベートーヴェンの第9交響曲のテーマはこの劇と関係あるのかしら。字幕が読めなかったので(ここまで目が悪くなってるとは、悲しい)、劇の内容を理解できずにちょっと残念。
この音楽が20世紀の最初の4半期に書かれたものだったら納得できたでしょう。でも、これは今の作品。今ここにこうして書かれる意味はあるのでしょうか。オペラの延命措置と言うほかに。もちろん、今までになかった作品だし、書かれた時代なんて気にせずに楽しんじゃえっていう考え方もあるでしょう。でも、わたしはそうは思えない。もしもわたしたちが新しい音楽を生み出すことを今欲してるとすれば、今書かれるべき作品が必要だと思うし、それを聴きたい。新しいものを生み出すことに参加していたい。わたしは頭でっかちなのかな。どうしてもそんな考えを拭いきれずに満たされない気持ちで会場を後にしました。真っ白な気持ちでいれば楽しめたかもしれないのに。どういう風に音楽を聴くのがいいのか考えさせられちゃいました。
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# by zerbinetta | 2009-02-01 08:35 | オペラ

アンドリュー違い   

vic hoyland: phoenix
strauss: orchestral songs
strauss: ein heldenleben
soile isokoski (sp), andrew litton / bbc so @barbican hall


アンドリュー・デイヴィスさん前にも聴いたわ〜って思っていたら、リットンさんでした。でも、名前がどこかに引っかかっているのでよおく思い出したらCDを持っていたのです。マーラーの交響曲第10番。マッゼッティさんの補作第2版。小川のようにさらさら流れる演奏だったと記憶してます(CDは日本に置いてきてしまったので今は聴くことができません)。BBCシンフォニーは財政基盤がしっかりしてるせいか、いつも意欲的なプログラムを組んでくれるので大好きです。今回も初演となるイギリスの作曲家、ホイランドさんのフェニックスという曲がプログラムに含まれてます。いきなり大音量で始まった曲ですが、これを書いている1ヶ月後の時点では、ほとんど記憶に残っていません。わたしが最近新しい音楽に聞き慣れていないせいではないかと思います。何だか時間がなくて、新しい音楽をじっくり聴くことができないんです。これはわたしにとって好ましくない状況なので、なんとか音楽を受け入れる環境を整えなくちゃ。
シュトラウスの音楽は耳に馴染んでいるので(今日の歌曲は初耳でしたが)、音を今でもなぞることができます。シュトラウスのオーケストラ付きの歌曲は先日の最後の4つの歌も含めて声とオーケストラの融合がとってもステキでゴージャスです。今日はシュトラウスのそんな歌曲の中から個々に5つの歌が歌われたのですが、こうして並べられて歌われるとそれでひとつの作品集のようにすら聞こえます。イソコフスキさんの声はとっても艶やかで、バックのオーケストラのきらめきもあって夕日に染まる景色のよう。シュトラウスの音楽ってそんな落日の美しさがあると思うのよね。多分未来を単純に今よりステキだと信じられた19世紀の残照のような。そんな感じは英雄の生涯の最後にも聞こえます。リットンさんは快速テンポで壮快にこの音楽を演奏しました。CDと生の演奏で聞こえる音のギャップが一番あって、生の演奏を聴くのが一番面白いのはシュトラウスの音楽だと思ってるんだけど、やっぱりそう。CDではなかなか聞き取ることのできない音の動きがたくさん聞こえて面白かった。
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# by zerbinetta | 2009-01-28 08:33 | BBCシンフォニー

透明すぎる死   

mahler: adagio from symphony no.10
strauss: four last songs
strauss: death and transfiguration
christine brewer (sp), leif segerstam / lso @barbican hall


ロンドン・シンフォニーの今シーズンのシリーズのひとつはlast words。それにしても今日のプログラムはそれにふさわしい。マーラーの最後のアダージョに、シュトラウスの美しい最後の4つの歌、そして死と変容。もういつ死んでもいいわ。なぁんてウソ。今日はシュトラウスの死と変容が聴きたかったんです。わたし、この曲好きなのにまだ生で聴いたことなかったから。アナウンスされてた指揮者がキャンセルになって、代わりにセーゲルスタムさん。ちょっとラッキーかも。
さて、マーラーの交響曲第10番の第1楽章になるはずだったアダージョ。マーラーが書いたままの未完成の楽章。一応スコアになってるとは言え、オーケストレイションが完成されてるとは言えず、音的にすかすかという印象があります。最近いくつか出てる全曲版(第1楽章もマーラーが書いたものに補完が加えられています)をよく聴いてるので、ますますその思いが強いのです。ロマンティックにマーラーが書いた音楽を膨らませて演奏する様式の演奏だったらスコアの欠点も多少補えると思うのだけど、スコアに忠実に対抗旋律なんかも対等に聞こえるように演奏する最近の演奏をすると、その対抗旋律がまだスコアに書き込まれていない部分もある単楽章版では物足りないんです。セーゲルスタムさんの演奏を聴いてますますそんな感じがしました。
セーゲルスタムさんは、ゆったりしたテンポで巨大に音楽を創っていく指揮者だと思うのだけど、楽譜の音符をニュートラルに音にしていく、透明感のある音楽を作っていく行き方は、どうでしょう、黄昏時の混濁のある音で書かれたシュトラウスの音楽にはすっきり割り切りすぎのような気がします。シュトラウスにはよく分からない曖昧な部分が残っていた方が音楽が豊かに聞こえると思うんです。彼の死と変容はなんか明るい日差しの中、病院の白いベッドの上で若い娘が突然清楚なまま死んでいくという感じに聞こえて、老人が意識の混濁の中で人生を回想しつつ黄昏色に染まった畳の部屋の布団でいつの間にか息を引き取っている、というわたしの頭の中に刷り込まれてる音とはちょっと違っていて残念でした。わたしの死と変容は古いけど、フルトヴェングラーさんがウィーンフィルを指揮した録音の演奏なんです。この感じ分かってもらえるかしら。
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# by zerbinetta | 2009-01-25 06:50 | ロンドン交響楽団

びっくりを口ずさみながら   

mendelssohn: the hebides overture
schumann: cello concerto
mendelssohn: symphony no.3
steven issarlis (vc), philippe herreweghe / orchestra des champselysees @barbican hall


うわわわん。遅刻しちゃったぢゃないの〜。仕事が終わらなかった〜。会場に着いたらフィンガルの洞窟が聞こえてきたよぉ。仕方がないのでロビーで聴きながら待った。今シーズンの音楽会ってなにげにメンデルスゾーンが多いのねって思ったら、今年は地味に記念イヤーなのね。今年の記念は地味目の人が多いな〜。
さてわたしが聴けたのはシューマンのチェロ協奏曲から。ちょっと煮え切らない感じの曲なんですけどね。というかわたしとは相性が悪いみたいで、あまりよく分からないうちに曲が済んでしまいました。あっでも、ほぼ初めて聴く曲なのでした。シューマンの音楽は聞き込むほどに魅力が出てくるので、わたしの経験不足なんでしょうね。最後の交響曲第3番、スコットランドは馴染みのある曲。スケルツォの朝ぼらけ朝ぼらけの霧の中から草競馬が浮き上がってくるようなところ(わたしの勝手なイメジ)が好きです。不思議なことにヘレヴェッヘさんは楽章をアタッカでつなげずに少し間を置いて区切って演奏してました。それ以外は、ステキな演奏で、そうそう、ティンパニが珍しく女の人だったんですけど、この人がとっても上手で、オーケストラのリズムを作るという叩き方じゃないんですが、ものすごく音楽的に叩いていてそれがとっても印象に残りました。オーケストラもピリオドスタイルなのに響きが柔らかくてメンデルスゾーンの音楽の音色にぴったり。お終いにアンコールがあって、ハイドンの交響曲、びっくり。あのかわいらしい旋律ですよ。会場のみんなも微笑みます。会場を後にするときびっくりを口ずさんでる人が何人もいらっしゃいましたよ。もちろんわたしもそのひとり。だって、愉しい気分なんですもの。
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# by zerbinetta | 2009-01-24 06:49 | 海外オーケストラ

森と共にある孤独感   

britten: peter grims - four sea interludes
sibelius: violin concerto
elgar: enigma variation
lisa batiashvili (vn), martyn brabbins / lpo @royal festival hall


テルミカーノフさんの指揮が聴きたかったんですよ。厳しい音楽をされる方なので。でも残念なことに、指揮者が替わってしまいました。ブラビンスさんはイギリスの指揮者だそうです。BBCスコティッシュオーケストラで副指揮者をされていて来シーズンからはベルギーのオーケストラの第1客演指揮者になるようです。彼の音楽は一言で言うと中庸。人の良さが表れているのかとても誠実に音楽を奏でます。尖ったところや驚きが好きなわたしにはちょっと物足りないんですけど、でも、ブリテンやエルガーのイギリスものの音楽は流石です。お客さんもとても喜んでいました。こういうのがイギリスの音楽なのかもしれません。リサをソリストに迎えたシベリウスの協奏曲は、リサさんに寄り添った音楽作りがなされてました。リサのシベリウスを聴くのはこれが2回目。前回はドホナーニさん指揮のフィルハーモニア・オーケストラでUSで聴きました。このときはカデンツァの途中で弦が切れたんですよね。リサはまだ20代のヴァイオリニスト。でも、知らない間に結婚してお子さんもいらっしゃるらしい。月日が経つのは早いなぁ。でも、以前と変わらず若々しくてきれいでした。リサの音楽の特徴はおおらかさ。シベリウスの冒頭も緊張した細い線のような音ではなくゆったりと歌うように弾いていきます。シベリウスのこの音楽からここまで歌を引きだしたのはすごいことじゃないかしら。シベリウスは歌うような音楽を書く人ではなかったので。全体的にゆったりとしたテンポで、冷たいシベリウスではないけれども、これもとてもステキなシベリウスです。緑の森の中を独りで散歩しているような感じ。その孤独感がたまらなくいいのです。孤独といっても寂しい孤独ではなくって、自然の中にとけ込んでいくような豊かな孤独です。その孤独感の表出という点で、5年前の演奏よりもずいぶんと成熟したような気がします。演奏会のあと、サインをいただきつつ(ふふっ、あまり並んでなかったからちゃっかりね)一言二言お話ししました。ワシントンDCでの音楽会のこと、覚えておられましたよ。

参考までに前に聴いた2003年の音楽会の感想を載せておきましょう。
「2つ目は、シベリウスのヴァイオリン協奏曲。そりゃもう大好きなのよ。この間もレーピンさんの演奏ですてきなの聴いたばかりだし。今日のソリストは、リサ(エリザベス・バティアシュヴィリさんだけど、プログラムもリサ・バティアシュヴィリさんになっていたので、お話ししたこともあるし、愛称のリサと呼ぶことにします)。仲良し好みの美人さん。日本音楽財団から貸与されてるヴァイオリンを弾いていて、今度、来年の初めに日本に行くみたい。春のリサイタルのときは、歌のある人だなって印象で、同年代のヴァイオリニスト、ヒラリーやサラとはまた違った個性の持ち主だなって感じてました。どんなシベリウスを弾くのかうんと楽しみ。そよそよと静かにオーケストラが揺れるのにのって彼女が歌い出したヴァイオリンはとっても大らか。ともするとここは神経質なまでの緊張感で弾かれる弱音(ムターさんのときはほんとにどきどきするような息を飲むくらいの鋭利な音だった)を、たっぷりと息をした歌い回しで弾き始めたのにはびっくり。でも、それがすごくすてき。そのあともゆっくりとしたテンポで大らかに歌っていたけど、彼女のヴァイオリンを聴いていると、音楽の向こうにシベリウスや彼女が見ている風景が目に浮かぶよう。ドホナーニさんとフィルハーモニアのオーケストラも実に上手く彼女をサポートしていて、とってもすてき。で、ハプニングは、長いヴァイオリンのカデンツァのお終いの近くで起こったの。リサが、突然弾くのを止めたの。そして小さな声でドホナーニさんに何か言ったのだけど、あれっ?どうしたんだろう?失敗したのかなって思ったら、ばしっと弦が切れて、あっと思った。彼女は袖に引っ込んで、その間ドホナーニさんはオーケストラの人と何か少し小声で話しながら待っていたのだけど、会場も静かに待っていました。この会場の雰囲気はまさしく彼女が作ったもので、みんなが音楽に集中していくの。決して緊張を強いる演奏をしているのではないのだけど、彼女の音楽に対する気持ちがそうさせるのね。びっくりする出来事なのにわたしたちは心静かにしていることができたの。彼女が戻ってきて、ドホナーニさんがオーケストラに指示して、カデンツァが終わったところから曲を再開して、大丈夫かな、彼女集中力切れてないかなって心配したけど、さすが。わたしの耳には全く問題なく聞こえる。1楽章が終わって、そこで、ドホナーニさんはリサに耳打ちして、楽器の音を合わせるようにさせたのだけど、わたしはこれを見てドホナーニさんに感動したわ。わたしの耳には感じ取れなかったけど、多分、リサのテンションは弦が切れたせいで変わっていたのだと思うし、それをさりげなく音合わせで間をとることによって戻したと思うの。若い音楽家をそうやってサポートする百戦錬磨の指揮者。ドホナーニさん大好き。第2楽章も第3楽章もやっぱりゆっくり目のテンポでたっぷり歌って、でもそれが、弛緩した歌ではなくて、北国の大らかな大地の香りがするの。リサはほんとにこの音楽をよく知ってるし好きなんだなって思えた。あとで見たら、リサは16歳の史上最年少でシベリウス・コンクールで入賞してるのね。彼女は2位だったけど、その年の3位にはズナイダーさんがなってる。なんかすっご~い。ここまで大らかに歌いきったシベリウスは、ちょっと異形だと思うけど、わたしにはとってもすてきで、今まで聴いたシベリウスの中でも最もすてきなひとつとなりました。」
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# by zerbinetta | 2009-01-21 06:47 | ロンドン・フィルハーモニック